How did you feel at your first kiss?
例え力づくでも、と鳳は言った。
今から俺の言う事を、絶対に、聞いて貰いますと。
低く重々しい口調で断言した。
それを聞いて喜んだのは、鳳の視線の先にいた宍戸の、隣にいた向日だ。
「聞いたか侑士! とうとう忠犬の反逆だぜ!」
「何でてめえがはしゃいでんだよ!」
宍戸の怒声など全く耳に届いていないかのごとく、向日は忍足の制服の二の腕あたりを激しく引っ張って嬉々としている。
忍足はといえば、ほんまやなぁ、と至って暢気に応えているばかりで、向日によって腕だけを揺さぶられながら密やかに宍戸を流し見てきた。
無論宍戸はその視線に気付いてはいたが、不機嫌も露にそっぽを向いて、今まさに足を踏み出そうとしていた正門を突破すべく歩を進める。
「……何邪魔してんだよ」
宍戸の正面に立ちはだかったのは鳳だ。
相当きつい宍戸の眼差しにも臆した風もなく、鳳は首を軽く左右に振った。
その唇には、絶やされる事の無いいつもの笑みは無い。
「俺と行くんですよ。宍戸さん」
「あ? 知るか…!」
「駄目です」
暖冬らしい今年の冬は、いつまでも厳しく寒くはならないままでいる。
もう十二月だというのにだ。
今頃になって漸く散り始めた黄金色の葉の下で、授業が終わって、部活も引退してしまっている三年生の面々が帰途につこうとしているのを、こうして一人の下級生が制している。
名の知れたテニス部員達の喧騒に、敢えて割って入る生徒の姿はなかった。
鋭く眼差しを吊り上げて激怒している宍戸と、普段の温和さをどこに置いてきたのか厳しく我を通そうとする鳳と。
好奇心全開で瞳を煌かす向日と、さして興味もなさそうな顔をしながら立ち去ろうとはしない忍足と。
氷帝学園の正門前で相対している。
「宍戸さん」
「ああもううるせえよ。手離せ、この馬鹿力!」
「力づくでもって、俺言いましたよね」
「ふざけんな! やれるもんならやってみろよ」
鳳も宍戸も真剣に怒鳴りあっている。
さんざん面白がっていた向日が、暫しその状況を眺めた後、ふいに表情を怪訝に歪めた。
一転小声で、ダブルスのパートナーである忍足を上目に見つめ、口をひらく。
「…何あれ。もしかして…マジ?」
「らしいな。…どないしたん岳人。急にそないな顔して」
「………だってあいつらマジだぜ?」
せいぜいが軽い小競り合いだろうと向日が思っていた事は、その表情を見れば明確だ。
「えー…何あれ。何なんだよあれ?」
「さあ…?」
忍足はといえば、最初から判りきっていた事だけに、ゆったりと唇に笑みを浮かべて、向日の肩を利き手で抱きこむ。
「…あ? 何だよ侑士」
「見物」
あれが氷帝名物のバカップルやで岳人、と忍足は真顔でふざけている。
「てめ、人んことおちょくってんじゃねえッ、忍足!」
即座に物凄い勢いで宍戸が忍足に噛み付くように怒鳴ったが、宍戸はその両頬を鳳の手に包まれ、顔を向ける方向を変えられる。
グキッと音でもしそうに無理矢理顔を鳳と向き会うような位置に変えられた宍戸の激昂ぶりは凄まじかった。
「いっ……てえんだよッ! 馬鹿野郎!」
「だから早く行った方がいいって言ったじゃないですか!」
「そっちじゃねえ! 今お前が力任せに…、……ああもうッ、離せッ!」
「縛り付けてでも今日は連れていきます!」
温和な普段の印象など全てかなぐり捨てて、鳳も宍戸に負けない怒声で張り合っている。
うるせえ、と眉根を寄せた向日の両耳を忍足がやんわり塞いでやっていた。
「お前の言う事なんか知るか! 俺の事は放っとけッ! 俺に構うなッ!」
忍足の手のひらでもっても防げなかった宍戸の怒鳴り声を聞き取って、向日は、あーあ、と呟いた。
言ってもうたなあと忍足も苦笑いする。
「宍戸さん」
「……ほら…忠犬が今度こそマジで怒ったぞ」
「ほんまにアホな飼い主やなあ……」
ひそひそと向日と忍足が会話を交わす視線の先で、整う面立ちから従来の甘さを根こそぎ剥ぎ取ったきつい表情で鳳が宍戸を呼んでいた。
普段丁寧な立ち居振る舞いをする鳳とは思えない程、粗野にその両手が動く。
宍戸の髪を掴み締めるようにしてその後頭部を両手で包み、鳳が宍戸に顔を近づけていく。
宍戸が俄かにうろたえ出した。
「ちょ、…てめ……長太郎、…っ」
「………………」
「バ…ッ…何する気…、だ…よっ!」
「キスを」
「馬鹿野郎っ……ちょっと、おい、……マジかよ…っ」
「………………」
大きく首を傾けて。
あろうことか学校の正門前で暴挙に出ようとしている鳳は、宍戸の腕の力ではびくともしないらしかった。
躍起になって鳳と格闘していた宍戸が、切羽詰った声で忍足と向日の名を叫んだ。
「お前ら黙って見てねえでこいつどうにかしろよ…ッ!」
「はあ? 何で」
「せやな。宍戸が悪いで、どう考えてもな。恋人きれさすようなこと平気で言うからや」
「そうそう。侑士の言う通りだぜ」
「……っざけんなっ!」
したり顔の忍足と向日を怒鳴りとばしながら、宍戸は鳳の肩を両腕を突っ張らせて懸命に押しやっている。
宍戸が全力を出しているのは傍目にも明らかだったが、鳳は揺らぎもしていなかった。
「止せって…! このアホッ」
「力づくというのは止めました」
「全然止めてねえだろうが! これが力づくじゃなくて何が力づく、」
「最初からこうすればよかったですね…」
「長太郎っ!」
唇と唇の近すぎる距離。
止めてやる?と上目の目線だけで忍足を伺った向日に対し、忍足は全く返答になっていない笑みを返すだけだった。
視線は向日に向けたまま、忍足は低い声でひとりごちる。
「鳳に虫歯移して、二人で歯医者通ったらええやん。宍戸。一人で行くのがそんなに嫌ならそれはいっそ得策やで」
ええこと思いついたなぁと忍足は笑って続けた。
後の言葉は鳳に告げたものだ。
恐れ入りますと鳳が応えていた。
今にも宍戸の唇にかぶりつきそうな角度で。
「長太郎、止せっての…! いや、もう、頼むから止めろっ! 止めて下さい!」
「知りません。宍戸さんなんか。歯医者が本当に苦手だって言うから、それなら治療中は側についてますって言ってるのに、それでも行かないって言うんだから」
「それが嫌だっつってんだよッ! ありえねえだろっそれ!」
立会い出産じゃあるまいしと錯乱した宍戸が喚いている。
「………あいつら…つまりなにか。そういう事なのか」
向日の声音が一気に低くなった。
凄む向日の呟きに、忍足が逐一頷いている。
くわっと牙を剥く勢いで向日が声を荒げた。
「歯医者に行く行かないであれか! 虫歯がどうこうであの騒ぎか!」
「まあまあ岳人。無類の歯医者嫌いの宍戸の為に、治療中は側について手でも握って、一生懸命励ましたろうって思ってた忠犬が、きれてもうて、ああなってん」
気の毒な話やんと忍足は向日を見つめて言った。
「しかも一人じゃ怖いくせして異様に恥ずかしがり屋の奥さんは、旦那の立会い拒んだあげくに共同出産ってな」
そこまで忍足は至極平静な真顔で言って。
そして沈黙の後。
とうとう耐えかねたらしく、忍足は深く深く俯いてその肩を震わせ出した。
「………………」
向日は。
自分の両肩に手を置いて声にならない声で激しく笑う相方を小さな身体でしっかりと受けとめながら。
騒動の根源の二人を心底から呆れ返って、睨みつけた。
ひとしきり騒ぎが続いた後に。
「さっさと歯医者に行ってきやがれこのバカップルがッ!」
勇ましく、雄々しく、鳳と宍戸を足蹴にして。
正門から校外へと蹴りだした向日によって漸く、状況は沈静化されたのであった。
今から俺の言う事を、絶対に、聞いて貰いますと。
低く重々しい口調で断言した。
それを聞いて喜んだのは、鳳の視線の先にいた宍戸の、隣にいた向日だ。
「聞いたか侑士! とうとう忠犬の反逆だぜ!」
「何でてめえがはしゃいでんだよ!」
宍戸の怒声など全く耳に届いていないかのごとく、向日は忍足の制服の二の腕あたりを激しく引っ張って嬉々としている。
忍足はといえば、ほんまやなぁ、と至って暢気に応えているばかりで、向日によって腕だけを揺さぶられながら密やかに宍戸を流し見てきた。
無論宍戸はその視線に気付いてはいたが、不機嫌も露にそっぽを向いて、今まさに足を踏み出そうとしていた正門を突破すべく歩を進める。
「……何邪魔してんだよ」
宍戸の正面に立ちはだかったのは鳳だ。
相当きつい宍戸の眼差しにも臆した風もなく、鳳は首を軽く左右に振った。
その唇には、絶やされる事の無いいつもの笑みは無い。
「俺と行くんですよ。宍戸さん」
「あ? 知るか…!」
「駄目です」
暖冬らしい今年の冬は、いつまでも厳しく寒くはならないままでいる。
もう十二月だというのにだ。
今頃になって漸く散り始めた黄金色の葉の下で、授業が終わって、部活も引退してしまっている三年生の面々が帰途につこうとしているのを、こうして一人の下級生が制している。
名の知れたテニス部員達の喧騒に、敢えて割って入る生徒の姿はなかった。
鋭く眼差しを吊り上げて激怒している宍戸と、普段の温和さをどこに置いてきたのか厳しく我を通そうとする鳳と。
好奇心全開で瞳を煌かす向日と、さして興味もなさそうな顔をしながら立ち去ろうとはしない忍足と。
氷帝学園の正門前で相対している。
「宍戸さん」
「ああもううるせえよ。手離せ、この馬鹿力!」
「力づくでもって、俺言いましたよね」
「ふざけんな! やれるもんならやってみろよ」
鳳も宍戸も真剣に怒鳴りあっている。
さんざん面白がっていた向日が、暫しその状況を眺めた後、ふいに表情を怪訝に歪めた。
一転小声で、ダブルスのパートナーである忍足を上目に見つめ、口をひらく。
「…何あれ。もしかして…マジ?」
「らしいな。…どないしたん岳人。急にそないな顔して」
「………だってあいつらマジだぜ?」
せいぜいが軽い小競り合いだろうと向日が思っていた事は、その表情を見れば明確だ。
「えー…何あれ。何なんだよあれ?」
「さあ…?」
忍足はといえば、最初から判りきっていた事だけに、ゆったりと唇に笑みを浮かべて、向日の肩を利き手で抱きこむ。
「…あ? 何だよ侑士」
「見物」
あれが氷帝名物のバカップルやで岳人、と忍足は真顔でふざけている。
「てめ、人んことおちょくってんじゃねえッ、忍足!」
即座に物凄い勢いで宍戸が忍足に噛み付くように怒鳴ったが、宍戸はその両頬を鳳の手に包まれ、顔を向ける方向を変えられる。
グキッと音でもしそうに無理矢理顔を鳳と向き会うような位置に変えられた宍戸の激昂ぶりは凄まじかった。
「いっ……てえんだよッ! 馬鹿野郎!」
「だから早く行った方がいいって言ったじゃないですか!」
「そっちじゃねえ! 今お前が力任せに…、……ああもうッ、離せッ!」
「縛り付けてでも今日は連れていきます!」
温和な普段の印象など全てかなぐり捨てて、鳳も宍戸に負けない怒声で張り合っている。
うるせえ、と眉根を寄せた向日の両耳を忍足がやんわり塞いでやっていた。
「お前の言う事なんか知るか! 俺の事は放っとけッ! 俺に構うなッ!」
忍足の手のひらでもっても防げなかった宍戸の怒鳴り声を聞き取って、向日は、あーあ、と呟いた。
言ってもうたなあと忍足も苦笑いする。
「宍戸さん」
「……ほら…忠犬が今度こそマジで怒ったぞ」
「ほんまにアホな飼い主やなあ……」
ひそひそと向日と忍足が会話を交わす視線の先で、整う面立ちから従来の甘さを根こそぎ剥ぎ取ったきつい表情で鳳が宍戸を呼んでいた。
普段丁寧な立ち居振る舞いをする鳳とは思えない程、粗野にその両手が動く。
宍戸の髪を掴み締めるようにしてその後頭部を両手で包み、鳳が宍戸に顔を近づけていく。
宍戸が俄かにうろたえ出した。
「ちょ、…てめ……長太郎、…っ」
「………………」
「バ…ッ…何する気…、だ…よっ!」
「キスを」
「馬鹿野郎っ……ちょっと、おい、……マジかよ…っ」
「………………」
大きく首を傾けて。
あろうことか学校の正門前で暴挙に出ようとしている鳳は、宍戸の腕の力ではびくともしないらしかった。
躍起になって鳳と格闘していた宍戸が、切羽詰った声で忍足と向日の名を叫んだ。
「お前ら黙って見てねえでこいつどうにかしろよ…ッ!」
「はあ? 何で」
「せやな。宍戸が悪いで、どう考えてもな。恋人きれさすようなこと平気で言うからや」
「そうそう。侑士の言う通りだぜ」
「……っざけんなっ!」
したり顔の忍足と向日を怒鳴りとばしながら、宍戸は鳳の肩を両腕を突っ張らせて懸命に押しやっている。
宍戸が全力を出しているのは傍目にも明らかだったが、鳳は揺らぎもしていなかった。
「止せって…! このアホッ」
「力づくというのは止めました」
「全然止めてねえだろうが! これが力づくじゃなくて何が力づく、」
「最初からこうすればよかったですね…」
「長太郎っ!」
唇と唇の近すぎる距離。
止めてやる?と上目の目線だけで忍足を伺った向日に対し、忍足は全く返答になっていない笑みを返すだけだった。
視線は向日に向けたまま、忍足は低い声でひとりごちる。
「鳳に虫歯移して、二人で歯医者通ったらええやん。宍戸。一人で行くのがそんなに嫌ならそれはいっそ得策やで」
ええこと思いついたなぁと忍足は笑って続けた。
後の言葉は鳳に告げたものだ。
恐れ入りますと鳳が応えていた。
今にも宍戸の唇にかぶりつきそうな角度で。
「長太郎、止せっての…! いや、もう、頼むから止めろっ! 止めて下さい!」
「知りません。宍戸さんなんか。歯医者が本当に苦手だって言うから、それなら治療中は側についてますって言ってるのに、それでも行かないって言うんだから」
「それが嫌だっつってんだよッ! ありえねえだろっそれ!」
立会い出産じゃあるまいしと錯乱した宍戸が喚いている。
「………あいつら…つまりなにか。そういう事なのか」
向日の声音が一気に低くなった。
凄む向日の呟きに、忍足が逐一頷いている。
くわっと牙を剥く勢いで向日が声を荒げた。
「歯医者に行く行かないであれか! 虫歯がどうこうであの騒ぎか!」
「まあまあ岳人。無類の歯医者嫌いの宍戸の為に、治療中は側について手でも握って、一生懸命励ましたろうって思ってた忠犬が、きれてもうて、ああなってん」
気の毒な話やんと忍足は向日を見つめて言った。
「しかも一人じゃ怖いくせして異様に恥ずかしがり屋の奥さんは、旦那の立会い拒んだあげくに共同出産ってな」
そこまで忍足は至極平静な真顔で言って。
そして沈黙の後。
とうとう耐えかねたらしく、忍足は深く深く俯いてその肩を震わせ出した。
「………………」
向日は。
自分の両肩に手を置いて声にならない声で激しく笑う相方を小さな身体でしっかりと受けとめながら。
騒動の根源の二人を心底から呆れ返って、睨みつけた。
ひとしきり騒ぎが続いた後に。
「さっさと歯医者に行ってきやがれこのバカップルがッ!」
勇ましく、雄々しく、鳳と宍戸を足蹴にして。
正門から校外へと蹴りだした向日によって漸く、状況は沈静化されたのであった。
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