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How did you feel at your first kiss?
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 学校からの帰り道に待ち合わせた跡部と、駅の構内を通り抜ける際に、ある機械を見かけて神尾は足を止めた。
 思い出した。
「跡部、悪い。ちょっと待って」
「ああ?」
 少し先を歩いていた跡部の制服の裾を握り締めて引っ張る。
 即答された低く呻くような口調ほどはガラの悪くない眼差しが跡部の肩越しに神尾へと流されてくる。
 神尾は空いている手で、目に留まったその機械を指差して、跡部に言った。
「俺、証明写真撮らなきゃいけなかったんだった」
「……普通に喋れ」
「喋ってんじゃん」
 ちょっと付き合ってくれようと跡部の制服の裾を尚も引張ると、思いのほかあっさりと跡部は神尾の後についてきた。
「受験用かよ」
「そ。この間学校でも撮ったんだけど一応予備も用意しておけって」
 受験する学校がいきなり増えるかもしれないし、受験票から剥がれる事もあるかもしれないし、と神尾は一つずつ指を折りながら話し、証明写真の機械と向かい合う。
 駅の地下構内の片隅。
 証明写真を撮る以外に用はない為か、すぐ後方の雑踏とは違ってやけにその場は静かだった。
 神尾は箱型の機械の外側についている鏡に向かって、適当に髪を整えた。
 元々癖のない神尾の髪は寝癖に悩まされる事もない。
 財布から小銭を浚って、さっさとすませてしまおうと神尾がカーテンに手を伸ばした所で、肩を引かれた。
「お前、本当に受験生の自覚あんのかよ」
 呆れ返った跡部の言葉に神尾は背後を振り返ろうとしたが、振り返るまでもなくそのまま引き戻されて再び向き合うことになった鏡の中に。
 跡部の顔も一緒に映りこんだので。
 そのまま前を見据えて神尾は鏡の中に問いかけた。
「へ? なんで?」
 跡部はといえば、それはもううんざりとした表情で嘆息している。
「頭の出来が微妙なんだから格好くらいまともにいけっての」
「し…っつれいな奴だなー…」
「俺様は間違った事なんざこれっぽっちも言ってねえがな」
 うう、と唇を噛んで、鏡に映っている跡部を睨みすえた神尾だったが、跡部は一見軽薄そうな薄笑いを返してきただけだった。
「………………」
 高校に上がってから、毒のある美形に一層磨きのかかった跡部は、後は無言で。
 神尾の髪に長い指先を沈めてきて、髪を流し、毛先を作る。
 簡素な鏡の中、跡部は僅かに細めた目で神尾を見据えながら、神尾の制服の襟元も整える。
 綺麗な指で、そしてふいに、にやりと笑う。
「どうした? 顔赤いぜ?」
「………、…うるせえ…」
 身長差がまた広がってきているので、跡部は上体を屈めるようにして神尾の耳元で囁いてきた。
 ん?と促す吐息は笑み交じりで、神尾は声にならない声で悪態をつくしかない。
 やらしい顔しやがってー!とか。
 やらしい目で見やがってー!とか。
 やらしい触り方しやがってー!とか。
 やらしい、つまりそれだけだった、神尾の言いたい事は。
「いい具合にエロい感じになったんじゃねえの」
 それこそ卑猥な低音で囁いてきた跡部の指先は、どういう意味だと神尾が噛み付くより先に、駄目押しと言わんばかりに親指の腹で神尾の唇を少し強めに擦ってきた。
 痛いような感触の後に、神尾の唇に濃くなった血の気の色がつく。
「ばっ、ばっ、馬鹿か跡部っ!」
「ああ?」
「……、っじゅ、受験用の写真、撮るんだ俺はっ! エロとか言うなっ!」
「そうかよ。それなら早くしろよ、お前。俺様を待たせるなんざ百万年早ぇよ」
 神尾を無造作に証明写真の箱の中に押し込んだ跡部は、それでも手早く椅子の高さを調整し、神尾の手から小銭を奪い、硬貨を入れるなりカーテンを閉めて外に出た。
「いいか。早くしろよ」
 声だけが外から聞こえてきた。
「こ…っ……こういうのはなっ、撮る前にそれなりの気持ちの準備ってもんが…っ……」
 そんな事を言った所で、跡部に通じるわけがない。
 しょうがない。
 相手は暴君だ。
 神尾はそう思い、半ばやけっぱちで姿勢を正した。
 撮影開始のボタンを押す。
 ガラス板の向こう側は黒くて、ガラスに映りこんだ自分を見て、色味など判りもしない筈なのに、うわあやだこれ、と神尾が思った時にはシャッター音だ。
 唇どころではない。
 顔が真赤だ多分。
 神尾は確信した。
「終わったんなら、さっさと出て来い」
 カーテン越しに、外からすぐさま跡部の声がした。
 機械の自動音声は撮り直しの有無を尋ねてくる。
 ああもうっ、と神尾は呻いた。
「こんなんでいい訳ないだろっ……撮り直す!」
 そう叫びながら神尾が再度ボタンを押すと、いきなりカーテンが開いた。
「…っな…、…!」
「………………」
 突然の事に心底驚いた神尾が、逃げられる訳もないのに咄嗟に右肩側の壁に身を引くと、狭い個室の中に強引に割り込んできた跡部が、後ろ手にカーテンを締め、空いた手で神尾の後ろ首を掴んできた。
 大きな手のひらは容易く神尾の後ろ首を鷲掴み、親指の先で器用に神尾の顎を上向きに角度づけて固定する。
「……っ、ン…」
「………………」
「………ん……んっ」
 何の手加減もない濃厚なキスに唇を塞がれ、神尾が大きく目を見開いてしまった時だ。
 機械からのシャッター音がした。
「ン…っ…?…ん?…、…ぇ…っ…?」
「おら、出な」
「…………、…っとべ……っ、おま、…っ」
 強引に腕を掴まれ引っ張り出される。
「信じらんね……ッ! お前、最悪…っ!」
「逃げたけりゃ?」
 好きにしな、とでも言うように駅の雑踏に向かって顎で促してくる跡部に、つい激情のまま乗せられそうになった神尾だったが、その後に続いた嘯く跡部の言葉に、はっと息をのんで走り出すのを思いとどめた。
「最高の証明写真が出来たんじゃねえの?」
「……うあっ…写真…っ!」
 そうだあんなもの残して行けるわけがない。
 まだ機械から出てこない写真に、神尾は慌てふためいた。
 それを跡部は笑って見ている。
「有難く使えよ」
「使えるか馬鹿っ」
「ご利益あるぜ」
 早く出て来いよっと機械に叫び、跡部には馬鹿馬鹿馬鹿っ!と連呼した神尾は息も荒く涙目だ。
 長い長い数分を経て、証明写真が落ちてくる。
「あ、ばかっ、返せっ」
「まあ…それなりに良い出来じゃねーの」
 神尾の数倍手早く、跡部が人差し指と中指で挟み込んで奪った証明写真は、完璧にフレームインしたキスシーンが写っている。
「何でそれ跡部が持ってくんだようっ!」
 指に挟んだ写真をひらひらと肩の上で揺らしながら跡部が歩き出す。
 神尾は一瞬の間の後、ダッシュでその背を追った。
「そんなにこいつを履歴書に貼りたかったか。お前は」
「ちが…、っ…、……んなわけあるか…っ」
「いらねえんなら俺が貰う」
 あまりにも楽しげに、跡部はそんな事を言って、神尾を絶句させる。
 お願いです返して下さいと、今なら頭を下げることも出来ると神尾は思った。
 それは本当に、恥ずかしい代物ですからと、神尾は跡部に奪われた証明写真を恨めしく見据えて思う。
 だってそれは、つまりはそう。
 証明写真だ。
 正真正銘の。
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