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How did you feel at your first kiss?
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 学校に向かう道のりで、何で昨夜が『帰さない日』だったのかを宍戸は考えている。
 宍戸の隣を歩く鳳は、それはもう判りやすく、宍戸が怒っているのか怒っていないのかを、じいっと宍戸を見つめて悩んでいる。
 昨日はえらい強気だったくせしてなあ、と宍戸は唇の端を引き上げつつも肩で息を吐く。
 それを見た鳳が、ゴメンナサイと実に素直に頭を下げるものだから。
「お前さあ……何をそうしょぼくれてるわけ?」
 宍戸は笑いながら聞いたのに、鳳はますます申し訳なさそうに肩を落としてしまう。
 背が高く、バランスの良い長い手足と、綺麗で明るい笑い顔。
 優しい物言いと丁寧な所作で、その場にいるだけで人目を集める鳳は、今春には宍戸と同じ高等部に上がってくる。
 鳳が新入生の時から知っている宍戸からすると、よくもここまで大人びたものだと思う見目なのに、何故か宍戸といる時は、時々こんな風に頼りない顔をする鳳だ。
 かわいいよなあと宍戸はぼんやり思う。
「昨日は、帰さないって強引だったのになあ?」
「……すみません」
「謝るかそこで」
「辛くない…?」
 ひっそり問われて、距離も近くなって。
 大きな手のひらが腰に回るものだから。
 宍戸は歩きながら片肘で鳳を押しやった。
「朝っぱらから往来でそういう事言うんじゃねえっての」
「……平気ですか?」
「平気なわけあるか」
 昨日はいきなりの誘いで、元々泊まる気のなかった宍戸が少々駄々をこねたせいなのか、ベッドに雪崩れ込んでからの鳳は執拗だった。
 正直、重だるい腰と芯の抜けたような下半身の違和感は強かった。
 でもまあたまにはいいよな、と宍戸は思っている。
 自分がどれだけ鳳にベタ惚れか自覚している宍戸は、多少鳳が暴走がしても、それが嬉しかったりする自分を認めている。
「なあ。何で昨日だったんだよ?」
「……宍戸さんを帰れなくしたのがですか?」
 そういう風にわざわざ言葉を置き換えなくてもいいだろうがと呻きながら、宍戸は、ああそうだよと自棄気味に言った。
「今晩そうすりゃ、日付け代わったらお前の誕生日だし。明日なら明日で、誕生日の最後まで一緒だったんじゃねえの?」
 今日は二月十三日。
 だから、どうして昨日あそこまで鳳が強引だったのかが不思議でならない。
 歩きながら横目でちらりと宍戸が見やった鳳は、甘い造りの顔をしっかりと宍戸へ向けていた。
 前見て歩けと宍戸は再び肘で鳳を押しやったが、普段従順な年下の男は、こういう時は全然宍戸の言う事をきかない。
 あのー、と控えめながらも意見までしてくる。
「俺別に誕生日が特別って訳じゃないんですけど」
「ん?」
「俺が宍戸さんと一緒にいたかったり宍戸さんを欲しがったりするの、それが二月十二日でも良いじゃないですか」
「そりゃ……まあ、…いいけど」
 誕生日は、やはり特別なんじゃないかと思ってしまうから、不思議だっただけの話で。
 確かに宍戸だって、そういうのはいつでもいいと思う。
「それに宍戸さん、十四日って、あんまり俺と会ってくれなかったじゃないですか」
「は?」
「学校で」
 去年の事を言われているらしかった。
 宍戸は、そりゃ当たり前だろ、と自分よりもかなり背の高い後輩を見上げる。
「朝も昼も夜も、お前の周り女の子だらけなんだから」
「大袈裟です」
「大袈裟なわけあるかよ。とてもじゃねえけど、あの中に割り込んでく気力ねえよ。俺には」
 鳳を取り囲む女の子達というのは大半は品が良いので争奪戦といった雰囲気ではないのだが、それにしても女性陣の一大イベントであるバレンタインデーと好きな相手の誕生日が同じ日であるというのは、相当な状況になる。
「………ああ? もしかしてお前、明日一緒にいない時間の分、昨日とったわけ?」
「そうですよ」
 ふと思い当たった事を宍戸が尋ねれば、あっさりと鳳は頷いた。
「どうして今日じゃなくて昨日?」
「今日だと、明日が誕生日だからって事になるかと思って」
「……やなの? それ」
「さっきも言いましたけど、誕生日だけ欲しい訳じゃないんで」
「でも、誕生日も、欲しいんだろ?」
「はい」
 我儘の言い方が可愛すぎるだろうと宍戸は頭を抱えたくなった。
「………ちょっとは、まあ、判るけどよ」
「何がですか?」
 小さく呟いただけの宍戸の言葉を、鳳は正確に拾った。
 宍戸は溜息交じりに鳳の顔を見据える。
「あー……ちょっとここで待ってろ」
「はい。……宍戸さん?」
 不思議そうな鳳を置いて、宍戸は歩いてきた道路の向こう側に渡った。
 そこにあるのは判っていたので。
「宍戸さん」
 言われるままに足を止めていた鳳だったが、宍戸が反対側の歩道から道路を渡ってくるなり、すぐに足早に歩を進めてきた。
 宍戸は向こう側の道にあった自動販売機で買ったドリンクを鳳に差し出す。
「バレンタインデーじゃねえよ。それでもいいならやる」
 ホットの『くちどけココア』のアルミ缶を突き出すと、鳳は数回瞬いた後、それこそとろけるような笑顔を満面に浮かべた。



 誕生日だからじゃない外泊。
 バレンタインデーだからじゃないチョコレート味。
 二月の詐術は、甘く欺け。
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