How did you feel at your first kiss?
突拍子も無い話題転換は乾の専売特許だと海堂は思っている。
無論乾の中では考えの流れがあっての言葉なのだろうけれど、乾はその流れというものを殆ど表面化させないので、海堂からするとさっぱり判らないのだ。
「心中ってさ、どうなんだろうね、あれは」
抑揚のない物言いで結構とんでもない事を言っている年上の男を海堂は胡乱に見据えた。
海堂の日課の夜のランニングに、いい加減身体がなまるからつき合わせてと言って同行した乾は、エスカレーター式の青春学園の三年生とはいえ、いわゆる受験生という身の上だ。
「…………したいんですか」
乾ならば余裕だとばかり思っていたが、ひょっとして受験ストレスってやつだろうかと、海堂は出来るだけ慎重に問いかける。
うまくない聞き方だとは思ったが仕方が無い。
海堂は大概こういう事は苦手なのだ。
走りこみながら話をすると、やはり息が少し乱れる。
暗がりの中で互いの息が白く濃くなって見えた。
「いや」
乾は海堂の生真面目な反応がおかしかったのか、笑って首を振った。
「それはない。……もし仮に俺がそんな事言ったら、海堂、即座に俺に愛想つかしそうだし」
「その前に二~三発殴るかもしんねえ……」
「男前だ」
「そういう問題じゃねえよ」
本当に大丈夫なんだろうかと海堂はこっそりと乾を伺い見た。
走りながらでも判った事が一つ。
上背がある彼を見やる目線にまた角度がついてしまった気がする。
部活を引退してからも、乾の身長はまだ伸びているのかもしれない。
「心配しないでいいよ、海堂」
「……すんなって方が無理でしょうが。そんな話して」
「ごめん」
乾の笑い顔は明るかったので内心でほっとしながら。
海堂は、悪態をつかずにはいられなかった。
心配になって当たり前だ。
こんな。
「悪かったって、海堂。ゴメンナサイ」
笑いながら謝られたってなと海堂が目線で訴えてやっても乾の表情は変わらなかった。
「今日って、心中禁止令の発布の日なんだよ。知ってたか、海堂」
「……徳川吉宗のですか」
「そう。さすが」
肩を並べて、走る。
随分久しぶりで、でも何の違和感もない。
「一七二三年。心中をしたものは大罪。生き残っても死罪。心中って言葉を使うのも禁止したってやつだね」
「はあ……」
「どうなんだろうね、あれは。心中って」
乾の言葉がまた繰り返される。
相変わらず乾の考えている事は海堂には判らなかったけれど。
「死ぬほど好きとか、好きすぎて死にそう、とかなら判るんだけどね。海堂がいるから」
「………………」
またとんでもないというか、どうしようもないというか。
海堂が、ここから乾を振り切って走って帰りたくなるような事を平気で言い出した男に、海堂は相槌もうてない。
乾はお構い無しに話を続ける。
「好きだから死んでしまおうとか、もう死ぬしかない好きだとか、そういうのも同じ感情なのかな、と」
教科書眺めながら考えた訳だよと乾が言う。
「あんたな……」
長く沈黙した後、海堂は呆れた。
余計なお世話を承知で、ちゃんと普通に勉強しろよという言葉が喉まで出かかる。
しかしそれを口にしなかったのは、それよりもっと言っておきたい事があったからだ。
「俺は、そういうのは好きじゃねえ」
第一、と海堂は走りながらまっすぐ前を見て言った。
「そんな風にしねえよ、絶対」
乾の事が好きで、その事がこれから先。
どういう現実と絡むのかは、海堂にはまだ判らない。
けれど、少なくともそんな風に、好きだから死んでしまおうだとか、もう死ぬしかないとか、そんな風にはならない。
ならないと、海堂が決めた。
乾の視線を感じたが、海堂は前を見て走り続けた。
「俺は、拘り方とか、のめりこみ方とかが激しいだろう?」
「俺のがしつこいっすよ」
「ディープな所まで、つい考える」
「俺はそういう事が苦手なんで、先輩がその分深く考えてくれていいです」
冷たい夜気のなか走る。
不思議と寒さは感じない。
「勿論心中なんかは望まないけど、どっか似たような事なのかもしれない。俺が考えてるのは」
「明らかにやばかったら反論するんで」
好きにしていいと海堂が初めて視線を乾へと向ける。
乾は夜空を見ていて、そして、たぶん海堂が見えていないものも見ている。
「………………」
乾の内面は複雑だ。
緻密にデータ収集したがるのは、いつもどこか、なにか足りないのだと訴えているようにも見えた。
人に興味がなかったら、データなど集められない。
でもそれでいてどこか人と距離を置こうとする所もある。
強くて危うくて、乾のそういう所に海堂は共鳴する。
自分達は所々似ていて、同じ物が欠けていたり、過剰に余ったりしている。
全てがきっちりと噛み合ったりはしていないからこそ、離れたくないのだ。
「………………」
乾の視線がふわりと海堂に降りてくる。
「末永くよろしく」
笑う乾の物言いは淡々としていて、どこか冗談のようにも聞こえるけれど。
了解、と真摯に呟いて海堂はピッチを上げた。
走る、走る、スピードを上げて。
逃げているのではない、進んでいるのだ。
早く、早く、今よりももっと、もっと先にまで。
行くために。
進むために。
先に立つのは、その時先に立てる方でいい。
その時早く、走れる方でいい。
走りながらお互いの指先が繋がる。
くいとどめる為ではなく、引きずり寄せる為でもなく、どこかで確かに触れたくて繋がる。
一瞬で、充分だ。
無論乾の中では考えの流れがあっての言葉なのだろうけれど、乾はその流れというものを殆ど表面化させないので、海堂からするとさっぱり判らないのだ。
「心中ってさ、どうなんだろうね、あれは」
抑揚のない物言いで結構とんでもない事を言っている年上の男を海堂は胡乱に見据えた。
海堂の日課の夜のランニングに、いい加減身体がなまるからつき合わせてと言って同行した乾は、エスカレーター式の青春学園の三年生とはいえ、いわゆる受験生という身の上だ。
「…………したいんですか」
乾ならば余裕だとばかり思っていたが、ひょっとして受験ストレスってやつだろうかと、海堂は出来るだけ慎重に問いかける。
うまくない聞き方だとは思ったが仕方が無い。
海堂は大概こういう事は苦手なのだ。
走りこみながら話をすると、やはり息が少し乱れる。
暗がりの中で互いの息が白く濃くなって見えた。
「いや」
乾は海堂の生真面目な反応がおかしかったのか、笑って首を振った。
「それはない。……もし仮に俺がそんな事言ったら、海堂、即座に俺に愛想つかしそうだし」
「その前に二~三発殴るかもしんねえ……」
「男前だ」
「そういう問題じゃねえよ」
本当に大丈夫なんだろうかと海堂はこっそりと乾を伺い見た。
走りながらでも判った事が一つ。
上背がある彼を見やる目線にまた角度がついてしまった気がする。
部活を引退してからも、乾の身長はまだ伸びているのかもしれない。
「心配しないでいいよ、海堂」
「……すんなって方が無理でしょうが。そんな話して」
「ごめん」
乾の笑い顔は明るかったので内心でほっとしながら。
海堂は、悪態をつかずにはいられなかった。
心配になって当たり前だ。
こんな。
「悪かったって、海堂。ゴメンナサイ」
笑いながら謝られたってなと海堂が目線で訴えてやっても乾の表情は変わらなかった。
「今日って、心中禁止令の発布の日なんだよ。知ってたか、海堂」
「……徳川吉宗のですか」
「そう。さすが」
肩を並べて、走る。
随分久しぶりで、でも何の違和感もない。
「一七二三年。心中をしたものは大罪。生き残っても死罪。心中って言葉を使うのも禁止したってやつだね」
「はあ……」
「どうなんだろうね、あれは。心中って」
乾の言葉がまた繰り返される。
相変わらず乾の考えている事は海堂には判らなかったけれど。
「死ぬほど好きとか、好きすぎて死にそう、とかなら判るんだけどね。海堂がいるから」
「………………」
またとんでもないというか、どうしようもないというか。
海堂が、ここから乾を振り切って走って帰りたくなるような事を平気で言い出した男に、海堂は相槌もうてない。
乾はお構い無しに話を続ける。
「好きだから死んでしまおうとか、もう死ぬしかない好きだとか、そういうのも同じ感情なのかな、と」
教科書眺めながら考えた訳だよと乾が言う。
「あんたな……」
長く沈黙した後、海堂は呆れた。
余計なお世話を承知で、ちゃんと普通に勉強しろよという言葉が喉まで出かかる。
しかしそれを口にしなかったのは、それよりもっと言っておきたい事があったからだ。
「俺は、そういうのは好きじゃねえ」
第一、と海堂は走りながらまっすぐ前を見て言った。
「そんな風にしねえよ、絶対」
乾の事が好きで、その事がこれから先。
どういう現実と絡むのかは、海堂にはまだ判らない。
けれど、少なくともそんな風に、好きだから死んでしまおうだとか、もう死ぬしかないとか、そんな風にはならない。
ならないと、海堂が決めた。
乾の視線を感じたが、海堂は前を見て走り続けた。
「俺は、拘り方とか、のめりこみ方とかが激しいだろう?」
「俺のがしつこいっすよ」
「ディープな所まで、つい考える」
「俺はそういう事が苦手なんで、先輩がその分深く考えてくれていいです」
冷たい夜気のなか走る。
不思議と寒さは感じない。
「勿論心中なんかは望まないけど、どっか似たような事なのかもしれない。俺が考えてるのは」
「明らかにやばかったら反論するんで」
好きにしていいと海堂が初めて視線を乾へと向ける。
乾は夜空を見ていて、そして、たぶん海堂が見えていないものも見ている。
「………………」
乾の内面は複雑だ。
緻密にデータ収集したがるのは、いつもどこか、なにか足りないのだと訴えているようにも見えた。
人に興味がなかったら、データなど集められない。
でもそれでいてどこか人と距離を置こうとする所もある。
強くて危うくて、乾のそういう所に海堂は共鳴する。
自分達は所々似ていて、同じ物が欠けていたり、過剰に余ったりしている。
全てがきっちりと噛み合ったりはしていないからこそ、離れたくないのだ。
「………………」
乾の視線がふわりと海堂に降りてくる。
「末永くよろしく」
笑う乾の物言いは淡々としていて、どこか冗談のようにも聞こえるけれど。
了解、と真摯に呟いて海堂はピッチを上げた。
走る、走る、スピードを上げて。
逃げているのではない、進んでいるのだ。
早く、早く、今よりももっと、もっと先にまで。
行くために。
進むために。
先に立つのは、その時先に立てる方でいい。
その時早く、走れる方でいい。
走りながらお互いの指先が繋がる。
くいとどめる為ではなく、引きずり寄せる為でもなく、どこかで確かに触れたくて繋がる。
一瞬で、充分だ。
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