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How did you feel at your first kiss?
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 跡部の携帯から流れた電子音がある特定の相手専用に設定されたものだと知っていたから、神尾は今日はもうこれで帰ろうと思った。
 跡部の部屋の、つくづく跡部らしいと神尾が思っている派手な真紅のソファで、今まさに唇を塞がれかけていた所で。
 神尾がそのキスを避けると、跡部は露骨に眉根を寄せて、目つきを鋭くさせてきた。
 凄む声と眼差しを、神尾に遠慮無しにぶつけてくる。
「アア? 何の真似だ、てめえ」
 顔が再び近づけられて、神尾は跡部を押し返しながら言う。
「でん、わ!……電話、出ろって…!」
 けれど、憮然とした跡部は片手で神尾の後頭部を鷲掴みにしてきただけで、携帯は未だ鳴りっぱなしだ。
 跡部の長い指に髪も握り込まれて、がっちりと固定され、あくまでもまたキスの続きをされかける。
 神尾は手も足もばたつかせて暴れた。
「跡部! 鳴…ってるだろっ、電話…!」
「逃げんじゃ、ねえ」
 出ない訳にはいかない電話。
 それを神尾は知っているし、無論跡部だって判っているのに。
 電話は鳴ったままだ。
 神尾は必死に跡部を押しのけ、座っていたソファから立ち上がろうと躍起になる。
 そんな神尾を、跡部は一番手っ取り早い方法だとでも言いたげに身体ごと押さえつけてきた。
 ソファの上で神尾に馬乗りになってきたのである。
「おま、……乗んなってば! 苦しい!」
 神尾が不平を捲くし立てても全く意に介さず。
 跡部はその体勢で無理矢理神尾の唇を掠るように口付けてから、漸く腕を伸ばしてテーブルの上にあった携帯を手に取った。
 この体勢のままかよと、これはもう成す術無いと観念した神尾が。
 そんな跡部を、赤い顔で見上げつつ、あからさまな溜息を吐き出したところで相手はほんの少しも動じない。
 平然と携帯を肩口に挟んで話を始めた。
「はい。お待たせしました。何かありましたか。監督」
「………………」
 理知的な涼しい声。
 淀みない言葉遣い。
 それらと今やっている事のギャップがあまりにも激しすぎるだろうと神尾は呆れて跡部を見上げていた。
 結局キスはしてくるし。
 もうガキだ。
 ほんとガキ。
 跡部なんか、実際のところは、本当にガキ。
 でも、そう思いながらも、神尾は大人びた跡部の顔や仕草なんかを、気恥ずかしいくらいじっと見つめてしまうのだ。
 細く綺麗な前髪を額に零して、跡部が左の肩口に挟んでいた携帯を右手で持ち直す。
 仕草がいちいち色っぽい。
 人の身体の上で何やってるんだと神尾は呻くのを堪えるので精一杯だ。
「はい。その件は特に問題はないと自分は判断しましたが」
「………………」
 跡部の電話の相手は氷帝テニス部の顧問だ。
 これまでにもこういう事は幾度かあって、電話で話が済むのか、直に跡部が足を運ばなければならないのかは、今の所まだ判らないけれど。
 こうして電話の相手は判っていたのだから、話の内容だって急ぎと見当もつくのに。
 跡部も、あんな馬鹿な事をやってないで早く電話に出ればよかったのにと神尾は思わずにはいられなかった。
 神尾の上に馬乗りになって電話の相手と話をしている跡部の表情からして、結構重要そうな話だしなあと神尾が長引く電話に戸惑っていると。
「…判りました。今から学校に向かいます」
 やっぱりだった。
 跡部の返答に神尾は思う。
 神尾が最初に思った通りになったわけだ。
 まだ会って、たいして時間も経っていないけれど、今日はもう、これで帰るしかない。
 跡部は電話をきった。
「部活の事で出かけてくる」
「んー…」
 携帯を閉じて神尾の上から跡部が降りる。
 苦しいと散々口にしていたが、いなくなられると途端に神尾の腹部だか胸の中だかが、空っぽになったような気がして心もとなくなる。
「ん…、じゃ、俺も帰……」
 たぶんくしゃくしゃになっているだろう後ろ髪を適当に撫でつけながら神尾が身体を起こしかけたところで、いきなり、身支度を整えていた跡部から何かが投げられた。
 手裏剣さながらに回転しながら飛んできたものを、神尾はぎょっとして咄嗟に両手で挟んで受け止める。
「あ、…あっ…ぶね……!」
 受け止める一瞬の間をおいてから、ぶつかったらどうすんだよこれっ!と叫んだ神尾を跡部は細めた目で平然と眺め下ろして言う。
「ぶつかるタマかよ、てめえが」
 馬鹿にしているのか、そうでないのか。
 判らないちぐはぐな言葉と態度。
 神尾は飛んできたノートを両手で挟みこんで受け止めたままの体勢で、跡部に喚き散らす。
「投げるか普通! 人に向かってあんなに勢いよくノート投げるか…!?」
 着々と身支度を整えていく跡部は、神尾の言葉には無反応で、いつものことながら身勝手な事を言いつけてきた。
「一冊埋めろよ。埋めるまで帰んじゃねえ」
「はあ? ノート? 埋めるって何!」
「ほんとてめえの頭は空っぽだな」
 呆れ返った口ぶりで、しかし跡部はソファまで近づいてきて、シャツの袖の釦をとめながらまた神尾の唇をキスで掠った。
「…、ぅ」
 頭の話をしながらどうして口になんかするんだと神尾が喉を詰まらせると、跡部は冴え冴えとした目元で神尾を流し見ながら抑揚なく言った。
「不平不満があるならそれに書いておけ。今聞いてる時間はねえ」
「お前よう…お前ぇ…どうしてそうえらそうなんだよう?」
「ついでに他に言いたい事があるならそれも書け。そのノート一冊埋めるまで帰るな」
「帰るなって……帰るなって?!」
 俺ここでそんな事しなきゃなんないわけ?と叫んで神尾は額を跡部に軽く叩かれた。
「文句言ってねえでやれ。バカヤロウ」
「バ…ッ、バカとか言うか普通! 普通ドタキャンごめんなさいって謝るもんなんじゃねえの、跡部が俺に!」
「俺がお前に?」
「…………ぅ……、…跡部が、俺に、だよ…」
 どうしてこの流れで自分が叱られてるんだろうと神尾は首を傾げたくなった。
 あまりに堂々と跡部に反復されると、まるで本当に悪いのは自分みたいじゃないかと思って焦る。
「だいたい跡部がいないのに…何で俺一人でここにいなきゃなんないわけ…」
「……一冊埋めても戻ってこないなら帰っていいって言ってんだろ」
 神尾の呟きに対しては、跡部から、少しだけ歯切れの悪い返事があった。
 言ったっけか?と更に大きく首を傾げた神尾に、跡部はすぐに不遜な笑みを浮かべたけれど。
「ノート一冊埋めろとか簡単に言うけどよう、それ、どんだけ時間かかんだよ」
「俺様のどこが好きかも書いていいぜ? それならすぐに一冊埋まるだろうが」
 簡単にな、と毒のある笑みで囁かれ。
 ふざけんな!と怒鳴った神尾の唇は。
 今日三度目のキスに、やけに丁寧に塞がれてしまった。



 そうして跡部はさっさと家を出て行った。
 神尾は真紅のソファに膝を抱え込んで座っている。
 ちんまりとそこにおさまり、ノートを膝上に乗せて、シャープペンを走らせている。
 書き付ける文字と同じ言葉を口にしながら。

『跡部のばーか。人のことおいてでかけんな。ばーか。えらそーに命令とかすんな』

 一ページに一文字にしてやろうかとも考えたのだが、それだと今度はページが足りないんじゃないかと思い直した神尾は、行数を無視してどんどん書きなぐった。

『ふつうありえねー! なにさまだおまえ、人のことよんどいて、いのこり勉強みたいなことさせんな、ばかやろー』

 しかし、どうも文句というのは画数の多い字を使う事が多いものだと神尾は気づいた。
 書くのが面倒だったり漢字が自信なかったりで、やけに平仮名ばかりになると、どうも間が抜ける。
 不平不満は活字にするとやけに情けないと知ってしまった。 
 平仮名の『ばか』で埋まったページを見ると、自分で書いておきながら神尾は何だか脱力してしまう。
「くそう……どうせだったら、もうあらいざらいいろんなこと書いてやる。えっと……この間…会った…時、」
 この間会った時。
 なんで勝手に怒ったんだよ。
 書いたら余計にあの時の事を思い出してしまってムカムカする。
 跡部は時々、神尾にはさっぱり判らない理由で、勝手に不機嫌に怒り出すことがある
 跡部に言わせると、てめえも同じだという事なのらしいが。

『映画みるっていったのに、急に家帰るとか言って、お前のそういうとこほんとなおしたほうがいいと俺は思う』

 不動峰の部活の仲間達で観て面白かった映画だから、神尾は跡部とも一緒に観たいと思って誘ったのに、神尾がこの映画を観るのは二度目になると告げた途端、機嫌の悪くなった跡部に神尾は強引に連れ帰られてしまったのだ。

『いっしょにみたかったのにあとべのばーか!』

 だんだん跡部の名前も書くのが大変になってきて平仮名だ。
 ついでに言葉におこしてみると、何だかこれすごい恥ずかしいなと神尾は思ったのだが、勢いで見ない振りをした。
 とにかくこのノート一冊、全部埋めなければならないのだ。 

『背のびする時に、両手を頭の上にあげて、手をこうささせて手のひらをくっつけて、背のびすると背骨のゆがみがとれるんだって。ストレッチにもなるんだってよー』

 今日の体育の授業で教わったストレッチのこと。

『プッチンプリンの、ちょーでかいバージョン見たかー? 俺昨日あれ一人で食った! ちゃんとプッチンできるんだぜ』

 何だか日記みたいになってきたなと気づいたものの構わずに書く。
 とにかくどんどん神尾は書いた。

『なんかネタつまってきた。てゆーか、ノート一冊分書けって、すごいノルマじゃね? どんだけ書かせんだよ。ありえねー』

 言葉が堂々巡りになってきては、書いている神尾も飽きてしまう。
 一度手を止めてしまうと、余計に何も書けなくなった。
 それで仕方なく。
 しょうがねえ、と神尾は呻いて、禁断のエリアに突入することにした。
 出来たら書きたくなかった事なのでせめてもの抵抗で箇条書きにしてみた。

『あとべの好きなとこ』
『1・あとべんちにくるとうまいもんがある』
『2・家でテニスができる』
『3・えらそーだけどテニス教えてくれるとこ』
『4・むかつくけど宿題みてくれるとこ』
『5・けっこう時々はやさしい』
『6・性格悪いぶん顔と声はいい』

 これがまた何でなのか神尾には全くもって謎なのだが、23まで書けてしまった。
 こんなの本当に恥ずかしい。
 それならばもう嫌いなところも書いてやると勢い込んだものの、そっちの方は3つしか書けず神尾は赤い顔で先に進んでいくしかなかった。
 そして、書き始めからどれほどの時間が経ったのか。
 気づくと神尾は両手でノートを握り締め、おおー!と感嘆の声を上げていた。
「マジで一冊埋まった…!」
 最後のページまで書き綴ったノート。
 正直信じられなかった。
 本当に一冊埋まるとは。
「…………帰ってこないじゃんかよ」
 なんだよう、と神尾は不服を口にしたが、時計を見てみると跡部が出て行ってから二時間半近くが過ぎていた。
「いつまで人んこと自習させとく気だよ…跡部の奴」
 俺もう帰るからなと不貞腐れながらも、神尾は少し考えて。
 ノートの最後のページに書き加えた。
 今の時間と、そして。

『おつかれ。跡部』

 それで正真正銘最後の行まで埋めきって。
 そのノートを置いて神尾は帰っていった。



 翌日、跡部は不動峰に現れた。
 正確には、帰宅しようと正門を出かけていた神尾を待ち伏せしていた。
 運転手つきの跡部の家の送迎車に、神尾は無理矢理押し込められる。
「なに、…なに、すんだよ…っ!」
 こんな暴君めいた事をする輩は、跡部をおいて他にいない。
 だから驚くというよりは咎めて大声を上げた神尾の額を、跡部は件のノートで叩いてきた。 
「痛…!」
 パーンと小気味良く上がった音ほどは、たいして痛くもなかったのだけれど。
 後部座席に並ぶ跡部は、神尾の腿にノートを放って寄こしてきた。
 腕を組んで前方を見据えたまま言う。
「突っ込みどころ多すぎて、添削のしがいが有りすぎだ。無駄に睡眠時間削られたぜ」
「…え?」
 神尾が恐る恐る手元のノートのページをめくると。
 どのページも、どのページも、赤い文字でいっぱいだった。
「…………………」
 赤いペンの文字は、跡部の文字だ。
 真赤だよ、と唇だけ動かした神尾は、いったい何が書かれているのだろうかとまじまじ紙面を見つめていると、跡部が不機嫌極まりない声で凄んでくる。
「何笑ってんだ。てめえ」
「だって……だって、なんか、」
 添削している。
 答え合わせしている。
 全頁に、赤いペンで、跡部の文字。
「跡部ー……」
 なんだよもう、と。
 神尾は、読み終えてしまう事が勿体無いと、心底から思う不思議なノートを抱き締めた。
 そんな事にも跡部は腹を立てたような顔をして辛辣に言葉をぶつけてくるけれど。
 神尾の大事な大事なノートを取り上げたりするようなことはしなかったので。
 盛大に繰り広げられている二人の口喧嘩で、車内は幸福な密度で満ちる。
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