忍者ブログ
How did you feel at your first kiss?
[244]  [243]  [242]  [241]  [240]  [239]  [238]  [237]  [236]  [235]  [234
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 二人になりたくないだとか、話をしたくないだとか、そう言われてしまったらもう成す術がない。
 きっかけはちょっとした意見の食い違いだった筈。
 その筈だよなあ、と今となっては迷うみたいに思えてならない。
 鳳はその自問自答で、改めて深く落ち込んでしまった。
 いつまでもこうして学校の中庭で立ち尽くしている自分も相当間が抜けている。
 ぼんやり見つめるのは、今しがた宍戸に振り払われた自分の手だ。
 何がどう、どこでこじれてしまったのか。
 数日前のささやかな言い争いは、今となっては宍戸の完全な拒絶でもって、鳳には取り繕う事すら出来ない状態だった。
 だいたいそんなに長いこと、宍戸と話もせず、顔も合わせず、気まずいままでいるなんて事、土台鳳には無理な話なのだ。
 これまでも、小さな諍いが起きる度、大抵は鳳の方から宍戸に接触を試みていた。
 それでまた言い合うにしろ、お互い神妙に謝るにしろ、何とはなしに普段通りになるにしろ、これまでならそれで状況の進展や改善が成されてきた訳なのだが。
 今回は、どうにも事態が収集されないまま拗れに拗れている。
 メール、電話、直接会う、鳳がどの行動に出ても宍戸は頑なに鳳を拒絶するのだ。
 怒っている顔で、でも傷ついている目で、どこか悔しそうに、顔を反らしてしまう。
 挙句に先程のような駄目押しの台詞まで口にされてしまって、鳳はすでにこれは普段の諍いのレベルの話ではないと思い、吐き気すらしてくる。
 宍戸の存在が取り上げられてしまうと、こうまで自分のバランスが乱れてしまうのだと再確認して、鳳はいよいよどうすればいいのかを暗澹と思い悩んだ。
 落ち込んではいるものの、だんだんと煮詰まってきている鳳は、強く自制していないと自分が何をしでかすか判らないという強迫観念にも襲われている。
 腹立ち紛れに取り返しのつかない態度や言葉を放ちたくない。
「よーう、アンニュイ色男ー。いつまで固まってんだー?」
 もうここにはいない宍戸の、去り際の頑なで強固な拒絶を思えば何度でも何度でも最下層まで気分も沈みきる。
 そんな鳳は、耳では聞こえていたものの、言われた言葉の意味を理解するのに恐ろしく時間がかかってしまった。
「……………え?」
 ひどく間の悪いテンポで鳳が横を向くと、そこには見事に呆れ顔をした上級生がいた。
「あれ…向日先輩…」
「あれー向日先輩ーじゃねーっつの。ボケてんのかお前!」
 身軽で小柄な彼はそう怒鳴ると、一瞬で鳳の近くまで来て、鳳の向こう脛を蹴り付けてくる。
「小さくて見えなかったとかほざいたら蹴る!」
「もう蹴ってるじゃないですか!」
 実際身長差はかなりある。
 鳳はそれでも上級生の攻撃を甘んじて受けるしかない。
 この先輩は時々ひどく凶暴だ。
「鳳よー。お前ら今回随分こじれてんじゃねーの?」
「……は……?」
「今更しらばっくれんな! むかつくな!」
「は、…すみません」
 手荒に、手でも殴られる。
 避けたら倍増だろうなと思い、鳳はひとしきり向日に攻撃された。
 その後、それでお前何やらかしたんだ?と向日は鳳のネクタイを引張った。
「何だかんだ言ったって、宍戸の奴はお前に甘いってのに。あんな風に拒否られるってことは、お前相当ヤバイことしたんだろ。例えば無理矢理やっ」
「宍戸さんにそんな事しませんよ…!」
 今抱える強迫観念には敢えて目を瞑って、鳳は慌てて叫んだ。
 ネクタイが引張られて首元が苦しいので、屈みこむようにして向日の目を見て言う。
「きっかけはちょっとした意見の違いというか……そんなにとんでもない事って感じじゃなかったんですよ!」
「でも宍戸、すっげえ怒ってんじゃん?」
「……なので、ちょっとした事なんて思ってるのは俺だけで、実際は俺が宍戸さんに何かすごく酷い事を言ったりやったりしたのかと思って、話を聞こうとしてるんですけど、……」
「あー…完全拒否な訳だ。…それでさっきの捨て台詞か?」
 こんな所じゃなくて、二人でいられる所で話をしようと言った鳳に。
 二人にはならない、話もしない、と言い切っていなくなった宍戸だ。
 思い返して再度どっぷりと落ち込んだ鳳の肩を、向日がたいして深刻そうでもない様子で叩いた。
「まあ、ちょっと待てよ。悩むのその後にしな。多分今頃、侑士が宍戸に探りいれてるからよ」
「……はい? 忍足先輩が…ですか?」
「そうそう。お節介侑士がさ」
 茶化す言い方をしても、こと忍足に関して他者が少しでも他意のある言い方をすれば烈火の如く怒るのもまた向日だ。
「見るに見かねてってやつらしいぜ。俺は面倒くせえって言ったんだけどな。張り込んでたわけよ、さっきまで。それで、俺はお前担当、侑士が宍戸担当で、事情を探る」
「………………」
「………あ、鳳、お前…!」
 そう聞いた瞬間の鳳の表情だけで向日は悟ったらしく、途端に憤慨して鳳を睨みつけてきた。
「嫉妬丸出しのツラしてんじゃねえよ! っつーか、侑士と宍戸が今二人でいるってだけで、そういうツラすんの、この俺に失礼じゃね?!」
「……いえ、…疑うっていうんじゃなくてですね」
 鳳は、すみませんと言ってから真摯に首を振った。
「……それで宍戸さんが、今何をどうして怒ってるのかを忍足先輩に話したら……悔しいなって思ったんです」
「………お前がいくら聞いても答えなかったのに?」
「はい」
 あーそっか、と向日は神妙に頷いた。
 確かにそうだなと頷く小さな頭を鳳は苦笑で眺め下ろす。
「しょうがねえ。まあ、そん時は慰めてやっからよ」
「……はあ……すみません」
 向日のさばさばした男っぽさに鳳は苦笑いを浮かべたまま目礼する。
「お、メール。侑士だな。………カフェテリア、よし、了解」
 携帯電話を取り出して素早くメールを確認した向日が、鳳のネクタイを引っ張って歩き出した。
「ちょ…っ……向日先輩、」
「飼い主いねえんだからしょうがねえだろ。キリキリ歩け」
「歩きますよ! 首輪じゃないんですから引張んないでください…!」
「生意気言うな!」
 何の言い争いだか判ったものではない。
 鳳は向日に半ば引きずられるようにして、校内施設であるカフェテリアに向かう。
 オープンエリアのテラス席で、忍足がひらひらと手を振っていた。
「侑士! どうだったよ? 宍戸何であんな怒ってんの?」
 矢継ぎ早に問う向日と、彼の背後にいる鳳が、二人がかりで見つめた先。
 足を組んで座っている忍足は、ゆったりと背凭れに寄りかかって、にこやかに言った。
「あかんわ。ぜんっぜん口割らへんねん」
「はあ? 何やってんだよ侑士!」
「堪忍なぁ、岳人。俺、頑張ったんやけどなー」
 憤慨する向日とは対照的に、至ってのんびりと忍足が告げるのに。
 鳳はそれはそれで安堵した。
 宍戸があそこまで気分を害している理由を、自分には告げず他の相手ならば言うという状況だけは免れたのだ。
「………………」
 忍足と向日が、ああでもないこうでもないと話し出すのを。
 同じテーブルについて、鳳はぼんやりと見つめる。
 考えている事は宍戸の事だけなので、鳳は先程の向日の時と全く同じリアクションをとる羽目になった。
「ししどのはなしー…?……なんでししどが、おーとりとはなししないか、おれしってるしー……」
「はあ?! ジロー、マジで?!」
「何や…起きたのか、ジロー?」
 テラス席の一番端のテーブルに、顔を伏せて眠っていたジローが、ゆらりと顔を上げて言った言葉に向日と忍足が反応してから、鳳は我にかえった。
「ジロー先輩……?!」
 くあ、と大きく欠伸をして、ジローは頬杖をついて鳳を流し見てきた。
 涙目だが、意識は覚醒してきているらしい。
 小さく笑っている。
「宍戸はねー、鳳とふたりきりになっちゃうと、だめなんだって」
「………駄目…というのは?」
 事と次第によってはどうともとれる言い方に、鳳は強張った面持ちで先を促す。
 ジローはまた欠伸をした。
「むかついててもー…? 鳳とふたりになって、話とかしちゃうと、宍戸は怒ってらんなくなるんだって」 
「………………」
「ふたりきりになっちゃったら、それだけでもうだめなんだって。だから嫌なんだって」
「許したくない……って事じゃないみたいやな」
「……つーか、ゲロ甘だろ。その言い草は」
 絶句する鳳にお構い無しに、忍足と向日はぼそぼそと顔をつき合わせて話をしている。
「あとねー……なんか、今みたいにまでなっちゃったら、いい加減鳳も愛想つかしてんじゃねーのって言ってた。で、もし鳳と二人きりになって、鳳から別れ話とかされたらどうすんだって言ってた」
「しませんよ!」
「……しないやろ…」
「しねーよな…」
 俺その時は慰め係って言っておいた!と宣言してから、ぱたりとジローはテーブルに顔を伏せ寝入ってしまう。。
 鳳の心中は複雑極まりない。
 ジローにはそういう事を告げている宍戸がというよりも、その宍戸の考え自体が鳳には驚愕だった。
「ジローなら許しちゃうわけ?」
 含み笑いする向日と、何の話?と首を傾げる忍足を前に、鳳は無言でいる。
「それで逃げ回ってんのかよ。宍戸もちっちぇえなー」
「岳人は男らしな」
 楽しげに笑っていた忍足が、鳳の制服の袖口を指で引張る。
「はい…?」
「宍戸。帰るみたいやで。どないする?」
 逆の手の親指で、裏門を指差す忍足に言われるままに鳳が眼差しを向けると、そこには確かに宍戸の姿が見て取れた。
「だいたいさー、鳳。お前、思いつめたような顔しすぎなんだよ。なっ、侑士」
「岳人の言う通りやで。だから宍戸もびびってんのと違うか?」
 笑ってれば人懐っこくて取っつきやすいワンコみたいなのによー、と可愛らしい事この上ない向日に言われ、鳳は勢い良く立ち上がった。
 椅子が音をたて、向日は咄嗟に忍足の腕に取り縋る。
「なん、…なんだっ?」
「…………宍戸さんを怖がらせなければいいわけですね」
「侑士、こえーよ、こいつ…」
「きれたな…鳳」
 びくつく向日と苦笑いの忍足を他所に、鳳は立ち上がったまま、すう、と息を吸い込んだ。
 目を閉じて、息を溜めて、そして。
 宍戸の名前と謝罪の言葉を口に出す。
 そのすさまじい声量に、向日と忍足は耳を塞ぎ、離れた所にいたジローは椅子から落ちた。
「なに? なに? なに?」
「……こいつに羞恥心ってもんはねえのかっ?」
「あ、…宍戸、走ってきよるで」
 顔真赤やん、と忍足が爆笑する。
「そりゃそうだろ。ごめんなさいもうしません怒んないで下さい宍戸さーん……だぜ?」
 心底から呆れて向日は頬を引き攣らせる。
 這いずってきたジローも、どうしたの鳳、と露骨に鳳を指差して不審気に忍足に問いかける。
「宍戸を怖がらせない方法で謝っとる……らしいで?」
「それで恥ずかしがらせて?」
「また怒らせんのか?」
 ジローと向日が言うように、物凄い勢いでテラス席まで走ってきた宍戸は、手もつけられない状態で、怒っている。
 怒っている、けれど。
 ない交ぜになった羞恥心や、ほっとした故の混乱も、確かに見て取れた。
 現に鳳も、宍戸に胸倉を掴まれ怒鳴られながらも、やっと正面きって向き合ってくれた宍戸に安堵する。
 背中に上級生達からの呆れた眼差しを感じないでもなかったが、鳳は激昂している大切な人を、両腕でしっかりと抱きこんだ。
 怒声は胸元にぶつかって、赤く染まっている耳元の熱を唇で感じて、鳳はもう一度そこで囁く。
 ごめんなさい、という言葉と共に。
 わだかまりを抱えた人は、鳳の腕の中に和らいで溶けた。
PR
この記事にコメントする
name
title
font color
mali
url
comment
pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
アーカイブ
ブログ内検索
バーコード
カウンター
アクセス解析
忍者ブログ [PR]