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How did you feel at your first kiss?
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 気をとられて歩調が緩む、そんな店だった。
「なあ、長太郎。これ、ケーキ屋?」
 鳳の家へ向かう慣れた道で宍戸が初めて気づいた小さな店を指差して問うと、隣を歩いていた鳳が丁寧に同意する。
「はい。先週末にオープンしたんです」
 明るいクリーム色に塗られた壁面。
 細工の細かいアイアンの扉。
 ガラスの奥の店内も甘い色合いだった。
 入口にはカラフルなチョークアートの立て看板に、色とりどりの花の鉢植え。
 見るからに可愛らしい造りと、ふわりと漂う菓子の香り。
「美味しかったですよ。そうだ、買って行きましょうか」
「え? あ、おい……」
 柔らかく微笑んで、鳳はそっと宍戸の背に手を添えて。
 店の扉に逆の手を伸ばす。
 宍戸は少々躊躇した。
 あまりにもこのケーキ屋が可愛らしすぎて、足を踏み入れるのが躊躇われたのだ。
 しかも男二人、制服でか?と思えば尚更のこと。
「宍戸さんが好きそうなケーキは……」
「ちょ、……っと待て…、長太郎」
「はい?」
 カラン、と軽やかな鐘の音。
 すでに扉は鳳の手によって開かれてしまった。
「宍戸さん?」
「いや……もういい……」
 いらっしゃいませと声もかけられてしまったこの状況で、さすがに回れ右で出て行く訳にも行かない。
 宍戸は諦めた。
 腹を括るような面持ちで中へと入る。
「………………」
 そう広くはない店内だったが、外国の家のキッチンのように明るく清潔で、何もかもが可愛らしい。
 どう考えてもこれはやはり場違いだと宍戸は思ったが、よくよく見れば連れの鳳は、場違いどころかこの空間にはまりまくっていた。
「お前……こういう場所似合うよな……」
「そうですか?」
 こんなにでかいのによと恨めしく長身の後輩を睨んだ宍戸だったが、鳳は宍戸を見つめて柔らかく笑ったままだ。
 上背もあって、手足も長くて、目立つ男。
 それなのにケーキ屋で違和感がないというのもすごい話だ。
 そして、ここにきてもう一つ。
 宍戸は気づいた。
 店内にいるスタッフの、声にならない声での賑わい。
「………………」
 店内にあるガラスケースにはきらびやかなケーキの数々。
 その奥にある厨房も見えるようになっている。
 店にいるのは全て女性だった。
 厨房でケーキをつくっているメンバーは白い帽子を、ガラスケースのすぐ奥に居る女性は茶色い帽子を被っていた。
 そして、そんな彼女達の雰囲気が一斉に華やいだ訳は当然、宍戸の横に居る、この男のせいだ。
「お前、今日でここ来るの何回目?」
「開店初日と、火曜と……今日で三回目ですね。姉がすごく気に入って、毎日でも食べたいらしいんですけどね」
 一回でも充分インパクトがあるだろう。
 この男が現れたら。
 それが三回目とあっては、すでに鳳がこの店で特別な客としてインプットされていて何ら不思議ではない。
 茶色い帽子の彼女などは、ほんのり頬が染まっていて、やはりなと宍戸は思ってしまう。
 鳳は、見目は派手な部類なのに、仕草や物言いがとことん優しく柔らかい。
 全てが丁寧で存在感も甘やかだ。
「このゼリー、宍戸さん好きかもしれない。上に乗ってるミントのジュレが美味かったですよ。あとリモーネとか、焼きリンゴのタルトもアップルパイとはまたちょっと違って美味かったし」
「………………」
 相変わらず鳳の手はさりげなく宍戸の背にあって、ショーケースを見下ろしながら宍戸が好きそうなもの、という前提で話をしている。
 なめらかな声といい、エスコートじみた振る舞いといい、本当にこいつはなあ、と宍戸はこっそり溜息をつく。
 微苦笑交じりのそれに悪い意味など欠片もない。
 自分とは違う鳳のそういうところが、宍戸も好きだった。
「じゃ、その焼きリンゴのやつにする」
「あとは?」
「お前にまかせる。俺が好きそうなやつ選んでくれ」
「了解です」
 そんな言い方を宍戸がしても、鳳は嬉しそうに頷くだけだ。
 鳳にオーダーを任せている間、厨房の女性陣があからさまに動きが止まっていて、宍戸はちょっとおかしくなってしまった。
 マジでもてるんだよなあ、こいつ、と。
 横目で鳳を見やって思う。
 若干ちくりと胸にくるものもあるが、無理もないと宍戸は誰より納得してもいる。
 これからますます良い男になるんだろうなあと考えてしまうあたりが、一つとはいえ年上の思考かもしれない。
 宍戸がそんなことをつらつらと考えている間に鳳のオーダーも支払いもとうに済んでいたのだが、なかなかその先が進まない。
 あまりにもぎこちない手つきでケーキをガラスケースからトレイに移し、更に箱へと移すべく格闘している彼女は、よく見れば胸元に実習のバッチをつけている。
 焦って余計に手が動かないらしく、箱に幾つかケーキを入れた所で全てがおさまらないと気づいてやり直す、という作業を繰り返していた。
 つい宍戸がその手元を見据えてしまった事も悪循環だったのか、箱を軽く持ち上げた際に、それを机上に落として中に入っていたケーキが幾つか倒れた。
「すみません…!」
 すぐやりなおします、お待たせして、と口にした相手が殆ど涙目で、宍戸は肩で息を吐いた。
 びくっと跳ねた相手の肩先に、慌てて顔の前で軽く手を振る。
「あー……違う。苛ついてんじゃねえよ」
 鳳とは違って、宍戸の態度は概して荒くとられがちだ。
 またやっちまったかと思いながら、口調が変えられないあたり宍戸も自分でどうかと思うが、直せないものどうしようもない。
「いいよ、それで」
「え…?」
 頼りない風情ではあるが、明らかに自分よりも年上であろう女性が、心細そうに問い返してくる。
 こういう時に鳳ならきちんと優しい言葉がかけられるんだろうけどなあと思いながら、宍戸はガラスケース越しに倒れたケーキの入った箱を見やった。
 焼きリンゴのタルトの上に、ふんわりとのったクリームが一部零れているのと、キャラメルのケーキの上の飾りが落ちている。
 宍戸はガラスケースに、もう一歩近づいて、声のトーンを落とした。
「構わねえよ、それくらい」
「あの、でも」
「どうせ食うの俺達だし。形がきちんとしてるのは、ちゃんと見たからよ」
 厨房からこちらに向けられてる視線が、鳳に対してのものだけでなく、時間がかかりすぎている事を咎める気配も含まれ出している。
「失敗しなきゃうまくなんねーんだから、次ちゃんとやればいいさ」
「お客様……」
 半泣きになっている相手へ、だからといってうまい事も言えないのだから、宍戸はそっけなく告げた。
「包んじまって。それで。いいから」
 こくりと頷いた相手の目が赤くて、そこまで怯えさせていたかと宍戸の内心も複雑だった。
 もう少しどうにかならないだろうかと思うものの、どうも見た目といい態度といい、宍戸はこういう自体に陥りやすいのだ。
「お待たせしました」
「おう、どうもな」
 深々と頭を下げる相手に軽く返して、宍戸はケーキの箱を受け取って店を出る。
 代金は後で鳳の家で払おうと思い、それを言いかけた宍戸は、外に出て鳳の顔を見るなり肩を盛大に落としてしまった。
「お前ー………」
 なんつー顔してんだよと吐き捨てると、らしくもなく憮然とした面持ちの鳳もまた、深い溜息を吐き出して答えてくる。
「こんな顔にもなりますよ……」
 嫉妬深いんですよすみませんと早口に添えられて、はあ?と宍戸は首を傾げた。
「お前さ……俺が妬くならともかくさ……」
「何で宍戸さんが妬くんですか。あの子、最初から宍戸さん見て赤くなってたのに、あんな風に優しくされたらもう、絶対に宍戸さんのこと好きになった」
「は? 赤くって…そりゃお前だし! だいたいどこ見てお前、優しくとか言うか」
「あのねえ…! 宍戸さん、あなたに向けられた視線に、俺が気づかない訳ないんですけど? それにね、宍戸さんは優しいですよ。グラグラくる感じに優しくて、知ってしまうともう我慢できなくなる感じに優しいんです」
「………や、…お前の言ってること全然判んね…」
 宍戸が呆れて返しても、鳳は一向に浮上しない。
 先程まで、ケーキ屋できらきらしていた男とは思えない落ち込みっぷりに呆れつつも、宍戸は鳳の広い背中を軽く叩いた。
「お前、何かストレスたまってんじゃね? ちょうどいいから、甘いもんでも食って解消したらどうよ」
「ストレスが溜まってる時は血液が酸性になってるんで、ケーキみたいな甘い酸性の食べ物を取り込むのは逆効果なんですよ……」
 アルカリ性のものを食べないとストレス解消にはならないんです、と言った鳳に生意気だと返しながらも、しょぼくれている年下の男が可愛くない筈もない。
 宍戸はしまいに笑い出してしまう。
「じゃあ、これっぽっちも甘くない俺でも食ってストレス解消すりゃいいだろ。多分俺とかアルカリ性だ」
「宍戸さんはどこもかしこも甘いですよ!」
「ば…っ…、…んな事でけえ声で言ってんじゃねえ……!」
「宍戸さん、ケーキ! ケーキ!」
「いんだよっ、ちょっとくらい振り回したって! どうせ倒れてるんだからよっ」
 小競り合い。
 喚いて。
 構って。
 怒鳴って。
 歩いていく。
 でも鳳の家についたら。
 二人で、少し崩れたケーキを食べて。
 きっと少しは雰囲気も甘くなるだろうから、今はこれで。
 いいことにする。
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初めまして。
初めまして。華と申します。少し前からこちらのサイト様に通わせて頂いていました。コメントをさせて頂くのは初めてで、少し緊張しています…(笑)
今日のssもとっても可愛らしい雰囲気で、読み終わった後は笑顔になってしまいました。こたらのお宅のふたりは本当にお互いが常に相手を欲していて、こんな関係に憧れてしまいます。…本当は少し妬けるくらいに(苦笑)
また、こちらのサイト様のお話はケーキの種類ひとつを挙げるにもすごく雰囲気がお洒落で、文章おひとつおひとつがキラキラしてして本当に素敵ですね!どれも情景がふんわりと色鮮やかにと浮かび上がって来ます。
これからもどんなお話を拝見出来るのだろうとどきどきしています。ご負担にならないペースでこれからも頑張って下さい。またお邪魔させて頂きます。
2007/02/22(Thu)06:31:28 編集
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