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How did you feel at your first kiss?
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 鳳の手首に嵌っている時の印象と、こうして手にとってみた時の印象とが、随分違う。
 宍戸はしみじみ体感している。
 昨日鳳が宍戸の部屋に忘れていった腕時計は、今宍戸の手の中で、ずっしりと重い。
 鳳の手首にある時はそんな事は感じさせないのに、こうして持ってみるとその重厚感は凄かった。
 どういう事なのかと、ひどく不思議になる。
「………………」
 宍戸は普段、時刻に関しては携帯電話があればいいと思っているので、腕時計は身につけない。
 だから余計になのか、これではまるで拘束器具めいていないかとつい思ってしまう程に鳳の腕時計は重かった。
 重みを持て余しがちに手にしながら、でも普段これを身につけているのなら、忘れていってしまうのもおかしな話だと宍戸は考えた。
 違和感を覚えないのだろうか。
 これだけの存在感が、普段あるべき場所にないというのは。
「……これで三回目だぜ…長太郎の奴」
 誰に言うでもなく呟きながら、宍戸は足を早める。
 向かっているのはテニス部の、レギュラー専用部室だ。
 一時間目が始まる前に鳳と会って、この忘れ物を持ち主に渡さなければならないのだ。
 用件と待ち合わせ場所と時間は、昨夜のうちにメールをしてあった。
 宍戸と違い、普段日用品として身に着けているものなら、時計がないのはさぞや不便だろうと宍戸は思って、授業が始まる前の待ち合わせにした。
 場所が部室なのは、学年の違う宍戸と鳳が落ち合うにはそこが一番手っ取り早かったからだ。
 いつものように待ち合わせ場所には先に鳳がついている。
「長太郎」
 プロのクラブハウス並みの施設を持つ部室の外壁に鳳は鞄を肩に掛けて寄りかかっていた。
 目線を伏せている横顔は、近頃頓に大人びて、硬質で、でも宍戸が声をかけると即座に顔を上げてみせた表情は柔和だ。
 この上なく。
 その満面の笑みに宍戸はつい苦笑いしてしまった。
 すぐさま駆け寄ってくる様といい、そんなにあからさまだから忠犬とか何とか言われるんだと言うってやりたくなる。
「ありがとうございます。宍戸さん。わざわざ。あと、おはようございます」
「ん、…はよ。ま、わざわざって程でもないけどよ…」
 ほら、と手にした腕時計を宍戸が差し出すと、鳳は手のひらの上に乗せてそれを受け取った。
「………………」
 軽やかな所作で鳳はその大振りの腕時計を左手首にはめる。
 宍戸は、じっと鳳の手元をを見ていた。
「……宍戸さん?」
 どうかしましたか?と優しい気遣いの滲んだ声に、宍戸は曖昧に首を振った。
「いや? 別に。ただ、お前この間も忘れていったよな。それ」
「すみません。面倒かけて…三回目ですよね、これで」
「そんなん別にいいけどよ…」
 ただなんで腕時計を忘れていくのだろう。
 それは無論腕時計を外すからで、そして外すのはいつも、どういう時かは、宍戸も知っている。
 何となく言いよどんでしまう宍戸をどう思ったのか。
 鳳は、はめた腕時計に右手を当てて、微く苦笑を滲ませた目でそこに視線を落とす。
「はずさないと、ね…?」
「………………」
「傷、つけるから。宍戸さんに」
「………長太郎?」
 ひっそりと囁かれた言葉の意味が判りづらい。
 怪訝に眉根を寄せた宍戸に、鳳は、ますます不思議な言葉を放ってくる。
「夢中になるから。すみません」
「長太郎…意味わかんねーんだけど…」
「痛かったでしょう?」
「は?」
 何が?と真顔で問い返す宍戸の腰骨の裏側に、鳳の指先が軽く触れる。
 すぐに離れていって、すこしも濃密な気配などない接触だったのに、宍戸はびくりと身体を竦ませた。
「そこ、ね…」
「………っ……」
「後ろから、」
「…、…長太郎、…っ…」
 朝早くから、こんな場所で、鳳が何を口にし出したのか察して、宍戸は息を詰めた。
 怒鳴り声がやけに弱々しいのは実感していた。
「掴んで、支えて、動いたからこすれて、真赤に擦れてた」
「ば…、っ……」
 何を言っているのかと狼狽しながらも、すぐに思いおこす事が出来るリアルな記憶。
 組み敷かれて、うつ伏せて、片頬をシーツに埋めて、腰をきつく掴まれ、幾度も。
 幾度も。
「…………ッ、…」
 宍戸が生々しい記憶に硬直しつつも、それで気づかされた事に、ふと目を瞠る。
「………長太郎、…お前…だから腕時計はずすのか…?」
 宍戸を抱く時に、鳳は腕時計をはずすのだ。
 その事は宍戸も判っていた。
 けれど、意味合いは全く違っていたらしく、だからなのかと宍戸が問いかければ当然だというように鳳は頷いた。
「前に、腕時計はめたままして、随分痛くさせちゃいましたから…」
「……大袈裟。……っつーか、お前…さぁ…」
 痛みなどあったのかどうかすら危うい。
 それなのにあくまでも宍戸に痛みを覚えさせないようにと、鳳は腕時計をはずしていたと言う。
 宍戸はそんな鳳を見て、いつもこう思っていたのにだ。
「お前は、すげえ余裕あるよなぁって…俺は思ってた」
 思わず、ぽろっと口から出てしまった宍戸の呟きに、今度は鳳が仰天する。
「余裕…って……何ですか。それ。そんなのあるわけないじゃないですか」
「……っ…、…だってお前、こっちは最初っから訳わかんなくされてんのに、お前は平然と腕時計はずしてやがるしよ…!」
 両肩を鳳の大きな手のひらに掴まれてしまって、揺さぶりたてられそうな剣幕に、宍戸は怒鳴った。
 本当に。
 いつも思っていた。
 すぐに正気でなくなるような自分とは違い、鳳は冷静に最初に腕時計をはずすのだと。
「宍戸さん」
「…んだよっ。凄むんじゃねえよっ」
 信じらんない、と珍しく砕けきった口調で鳳に呻かれて、宍戸は怯みそうになる。
「何を考えてんですか。宍戸さんは」
「てめ……思いっきり馬鹿にしてんだろ」
「思いっきり唖然としてるんです」
 俺のどこをどう見てそんな、と鳳は言いながら宍戸を抱きこんできた。
 それこそ宍戸の背筋に鳳の腕時計が食い込んでくるくらい強く。
「長太郎、っ……おま、…ここどこだか判って…っ…」
「余裕あるって……余裕って……よりにもよって宍戸さんが俺にそれ言いますか」
「聞けよ長太郎…っ……、つーか離せバカッ」
 一気に気恥ずかしくなって怒鳴る宍戸にお構いなく、鳳は抱擁の腕の力をきつくする。
「時計痛いって…!」
「余裕だなんて思われるくらいならもう二度とはずしません」
「今の話だ今のっ」
「もー…ほんと信じらんない」
 会話になっているのかいないのか。
 呆れた鳳と怒鳴る宍戸の取り合わせだが、しかし抱き締めあったままの喧騒は、紛う事なき恋愛の密度で満ち満ちている。
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