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How did you feel at your first kiss?
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 春の雨に打たれている三色すみれを見つめているのは白と黒のコントラストが強い二つの瞳だ。
 瞬きをあまりしない海堂の眼は、色も光も鮮やかに強い。
 じっと、何を見る時でも、ただひたすらに、じっと。
 その対象を見据えている海堂の眼は、乾の胸を爽快にすく。
「……何っすか…」
「うん?」
 自ら見据える時の眼差しはあんなにも強いのに、見つめられる事には弱いのも不思議だ。
 乾の視線に気づいた海堂の気配に、逃げられそうと思って乾は、海堂が校舎の窓辺から見下ろしていた中庭にある花壇の花に視線を移した。
 雨の屋外。
 渡り廊下は少しだけ肌寒くすらあった。
「ギリシャ神話で、小さな丘の上に咲いていた純白のすみれのつぼみにキューピットの矢が外れて当たって、それで三色すみれが生まれたって記述があるな。名前がパンジーなのはフランスのパンセから。思うって意味だね。花が小首をかしげて物思いにふけっている人を連想させるから」
 一息に言うと、海堂が面食らった顔をするのがおかしかった。
 本当は、先程までの海堂こそ、パンジーのようだったと乾は思っていたが、口には出さない。
 言えば必ず、逃げられるだろう今度こそは本当に。
「今日の雨は冷たいな。夜冷え込みそうだから、今晩の夜ランは極力控えめに。……まあ、出来たら走らない方向で」
「………………」
 海堂の眼をじっと見つめて乾が言うと、目つきが悪いと名高い後輩の眼は睨み返してくる事もなく。
 珍しい瞬きを、数回忙しなく繰り返した。
 眼を伏せた事で睫毛がよく見てとれた。
 艶のある真っ直ぐな睫毛を乾がこんなに近くで見るのはここ最近になってからだ。
 自主トレのメニューを海堂に乞われるまで、こうしてメニューを渡すようになるまで、同じ部に一年以上いながらもこの距離感は存在したことがない。
 乾はデータ収集が趣味だったが、そんな乾の元へこんなにも率直にその知識を望んで欲しがってきた相手は海堂が初めてだった。
 あの海堂がね、と乾が最初に内心で思った感情には。
 驚きよりも、ひどく純度の高い感悦めいたものが色濃い。
「海堂」
「………………」
 少し屈んで顔を近づけるようにして伺うと、この近い距離感に慣れないのか、海堂が黙ったまま息を詰める。
 脅かしたい訳では無論ない。
 乾は半分に折ったプリンタ用紙を数枚、海堂に手渡して視線をはずしてやった。
「はい。これに雨の日用のメニューもついてるから」
「……乾先輩?」
「無茶はしない。判ったか?」
「………………」
 口調は変えなかったが、乾の最後の言葉に、海堂は頷いた。
 こくりと、その所作を。
 視界の端に捉えた乾は、率直に思ってしまった。
 かわいい。
 何だろう、この後輩は。
「ありがとうございました」
 低い声で言い、頭を下げる。
 バンダナを巻いていない黒髪は、その動きでさらりと動いた。
「また放課後な」
 乾の言葉に、海堂は目礼をして背を向けた。
 乾は海堂の後姿を窓辺に寄りかかったまま見送った。
「………………」
 乾は顎に手をやって。
 パンセ。
 物思う。
 自分の心情を。
「………………」
 何だろう、あの後輩は。
「…構いたい。…可愛がりたい」
 突き詰めてみて、今、乾の心中にあるのは。
 多分そのどちらかの言葉が近いと結論づける。 
 小さく呟いてみる事で納得しながらも、乾はふと、微かに笑いもした。
 何だろう、あの後輩は。
 そして。
 何だろう、今の自分は。


 物思う。
 物思う。
 今しばらくは物思う。
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