How did you feel at your first kiss?
宍戸の目覚めは概していい方だ。
それ故に時々失敗する事がある。
目覚めがよくて失敗というのは、本来あまりある事ではないようなのだが。
少なくとも宍戸は、自身の目覚めのよさ故に、ここ最近幾度か失敗をしている。
「………目…覚めましたか…?」
柔らかな声に問われた時には、すでに宍戸は八割方覚醒していた。
ここ最近の失敗の事を思い返して、目を閉じたまま、ベッドから起き上がらずにいただけだ。
「………………」
問いかけてきたのは鳳で、それは昨晩一緒に眠りについたのだから別段驚く事ではなかった。
ただ呼びかけに宍戸がゆっくりと目を開けると、ひとつだけ、気配で宍戸が不思議だと思っていた事が具体化していて目に映る。
鳳はベッドの縁に腰掛けていた。
足は床に、上体を僅かに捻り、宍戸をそっと見下ろしてきていた。
宍戸が目覚めた時に、鳳がそういう状態だった事はこれまで一度もない。
大抵は、目覚めのいい宍戸が先に起きて、同じベッドリネンに包まる鳳の寝顔を見るのが常だ。
少々無理がたたって宍戸がベッドからなかなか出られない時は、極力静かにベッドから抜け出した鳳が、甲斐甲斐しく飲み物や食べ物の準備などしてベッドに運んでくる。
今のようにベッドの縁にただ腰掛けて、じっと宍戸を見下ろしているというのは初めての事だった。
「おはようございます。宍戸さん」
「おう……おはよ…」
宍戸の額に鳳の手が重なる。
前髪を撫で付ける仕草が、同時に、起き上がろうとした宍戸を制した。
「長太郎?……」
「うつ伏せになってから起き上がって下さい」
「……あ…?」
うつ伏せ、ともう一度鳳が言う。
何だか知らねえけど、と呻きながらも宍戸は言われた通りにした。
寝具の中で仰向けからうつ伏せになり、肘から手のひらまでをシーツについて、うつ伏せの体勢から起き上がる。
あ?と宍戸は同じ言葉を零した。
それは、ここ最近宍戸がやらかした失敗とは無縁の感覚。
「………………」
「…大丈夫?」
鳳の手のひらが宍戸の背中から腰を緩く擦ったので、宍戸は一瞬どういう顔をしていいものか悩んでしまった。
「朝起きた時に、仰向けのまま起き上がるのは、すごく腰に負担かけるそうなんで……一度うつ伏せになってから起き上がるといいって聞いたんですよ」
「………腰……なぁ…」
唸るように宍戸が言うと、鳳は宍戸を抱き寄せてきた。
「すみません。毎回学習しなくて……」
ええと、と言葉を濁してから。
これでもやっぱりきついですか、と神妙に問われて。
宍戸は苦笑いでそれを一蹴する。
「だからそれはお前が謝る事かっての。……んとに学習しねえな。長太郎」
宍戸のここ最近の失敗というのは、目覚めのよさ故に、前日の夜の行為で酷使した腰の事を忘れ、勢いよく起き上がっては撃沈する、という一連の動作の事だ。
その都度、鳳は慌てふためいて謝るし、宍戸は羞恥にかられながら怒鳴っている。
鳳に抱き寄せられたまま、宍戸は素直に言った。
「今のは、すげえ楽だったわ。起き方一つで違うもんなんだな……」
ほっと息をつく鳳に、宍戸は笑みを深めて、その背に腕を回し返した。
「お前さ、長太郎。ひょっとしてこれ言う為だけにずっと、そこに座って俺が起きるの待ってたわけ?」
ベッドの中でもなく、外でもなく。
ある意味、起きぬけに宍戸が身体を起こす前にと見張っているかのように。
鳳はああしていたのだろうか。
呆れと感心の入り混じった笑いで問いかけた宍戸に、鳳は柔和な笑みで応えてくる。
「ここに座ってると、俺もいろいろ忙しかったんで。ちょうどよかったんですよ」
「は?」
「眠ってる宍戸さんを見ていたりとか、宍戸さんのこと考えていたりとか」
「………忙しいって言わねえよそれ…」
臆面もなく鳳が告げてきた言葉が、密着した身体から直に響いてくるようで。
宍戸は赤くなってしまっているかもしれない顔を、鳳のパジャマの胸元に埋めた。
更に柔らかく鳳の腕に抱き込まれて、朝っぱらから全く、と思いながらも抜け出したくない自分に一番参る。
「……お前、なんか悪戯とかしてねえだろうな」
鳳がいつから起きていたのか知らないが、あんな体勢で自分の事を見下ろしているだけで本当に時間が潰れるのだろうかと宍戸は思って。
何とは無しに口にした言葉を鳳はおかしそうに聞き返してきた。
「何ですか、悪戯って」
「何って。…落書きとか」
「しませんよ」
鳳は宍戸を抱き寄せたまま笑い出す。
振動に取り囲まれたまま、宍戸は溜息を零した。
「………お前は…健やかっつーか、何つーか……」
「それ、小学生の時に通知表に書かれた事あります」
本当に。
健やか、伸びやか、そういう言葉の似合う男なのだ。
鳳は。
そういう彼の腕の中では、宍戸もまるで虚勢が張れなくなる。
抱き込まれてそこで甘く寛ぎきるなんて真似、自分がしているなんて事が。
未だに宍戸自身、不思議でならない。
「それで何でわざわざ俺を欲しがんのか判んねえよ……」
雰囲気も眼差しも心中も清々しい。
その目で、その手で、執着するのがどうして俺かなと思って零れた言葉を、鳳はすぐに笑いを止めて、生真面目に聞き返してきた。
「……何か…夢見でも悪かったですか」
「………………」
肩を掴まれ、身体を離される。
あまりに真剣な鳳の表情に、宍戸は思わず真顔で返してしまった。
「お前、人の夢ん中まで見えてんのかよ」
「寝顔がちょっとだけ苦しそうに見えたから」
そんなに改まって深刻になるような話じゃねえよと宍戸が微苦笑で告げても、鳳は何かに嵌ってしまったかのように表情を曇らせている。
「俺が何か夢で、宍戸さんに酷い事とかした…?」
「あのなあ…長太郎」
「宍戸さんが言いたくないような、どうしようもないようなこと?」
「おい」
「何言ったんですか。俺」
「長太郎」
そんなに思いつめたようにされてしまっては、今更絶対、口に出せないではないかと宍戸は気難しい不機嫌な顔になる。
けれど、このまま放っておいたら、この年下の男はどこまでも下降線を辿っていくのだろうという事も判る。
いらねえ恥晒させやがってと、八つ当たり気味に宍戸はベッドに膝立ちになり、鳳の髪に両手の指先をもぐりこませる。
「宍戸さん?」
「お前は何もしてねえし、何も言ってねえよ」
それ以前の話の夢だった。
「どこほっつき歩いてたか知らねえけど」
夢の中だからって一人にすんな。
宍戸は言い切ってから、鳳の唇を噛みつくようにして塞いだ。
大概恥ずかしい事を口にしたという自覚が宍戸にはあって。
でも、言ってしまえば絶対もっと恥ずかしい返答が鳳から返されるだろうという事も容易く想像出来たので。
聞かない為には言わせない。
そうする為の術は、結局。
再度ベッドにもつれこむきっかけになっただけだった。
それ故に時々失敗する事がある。
目覚めがよくて失敗というのは、本来あまりある事ではないようなのだが。
少なくとも宍戸は、自身の目覚めのよさ故に、ここ最近幾度か失敗をしている。
「………目…覚めましたか…?」
柔らかな声に問われた時には、すでに宍戸は八割方覚醒していた。
ここ最近の失敗の事を思い返して、目を閉じたまま、ベッドから起き上がらずにいただけだ。
「………………」
問いかけてきたのは鳳で、それは昨晩一緒に眠りについたのだから別段驚く事ではなかった。
ただ呼びかけに宍戸がゆっくりと目を開けると、ひとつだけ、気配で宍戸が不思議だと思っていた事が具体化していて目に映る。
鳳はベッドの縁に腰掛けていた。
足は床に、上体を僅かに捻り、宍戸をそっと見下ろしてきていた。
宍戸が目覚めた時に、鳳がそういう状態だった事はこれまで一度もない。
大抵は、目覚めのいい宍戸が先に起きて、同じベッドリネンに包まる鳳の寝顔を見るのが常だ。
少々無理がたたって宍戸がベッドからなかなか出られない時は、極力静かにベッドから抜け出した鳳が、甲斐甲斐しく飲み物や食べ物の準備などしてベッドに運んでくる。
今のようにベッドの縁にただ腰掛けて、じっと宍戸を見下ろしているというのは初めての事だった。
「おはようございます。宍戸さん」
「おう……おはよ…」
宍戸の額に鳳の手が重なる。
前髪を撫で付ける仕草が、同時に、起き上がろうとした宍戸を制した。
「長太郎?……」
「うつ伏せになってから起き上がって下さい」
「……あ…?」
うつ伏せ、ともう一度鳳が言う。
何だか知らねえけど、と呻きながらも宍戸は言われた通りにした。
寝具の中で仰向けからうつ伏せになり、肘から手のひらまでをシーツについて、うつ伏せの体勢から起き上がる。
あ?と宍戸は同じ言葉を零した。
それは、ここ最近宍戸がやらかした失敗とは無縁の感覚。
「………………」
「…大丈夫?」
鳳の手のひらが宍戸の背中から腰を緩く擦ったので、宍戸は一瞬どういう顔をしていいものか悩んでしまった。
「朝起きた時に、仰向けのまま起き上がるのは、すごく腰に負担かけるそうなんで……一度うつ伏せになってから起き上がるといいって聞いたんですよ」
「………腰……なぁ…」
唸るように宍戸が言うと、鳳は宍戸を抱き寄せてきた。
「すみません。毎回学習しなくて……」
ええと、と言葉を濁してから。
これでもやっぱりきついですか、と神妙に問われて。
宍戸は苦笑いでそれを一蹴する。
「だからそれはお前が謝る事かっての。……んとに学習しねえな。長太郎」
宍戸のここ最近の失敗というのは、目覚めのよさ故に、前日の夜の行為で酷使した腰の事を忘れ、勢いよく起き上がっては撃沈する、という一連の動作の事だ。
その都度、鳳は慌てふためいて謝るし、宍戸は羞恥にかられながら怒鳴っている。
鳳に抱き寄せられたまま、宍戸は素直に言った。
「今のは、すげえ楽だったわ。起き方一つで違うもんなんだな……」
ほっと息をつく鳳に、宍戸は笑みを深めて、その背に腕を回し返した。
「お前さ、長太郎。ひょっとしてこれ言う為だけにずっと、そこに座って俺が起きるの待ってたわけ?」
ベッドの中でもなく、外でもなく。
ある意味、起きぬけに宍戸が身体を起こす前にと見張っているかのように。
鳳はああしていたのだろうか。
呆れと感心の入り混じった笑いで問いかけた宍戸に、鳳は柔和な笑みで応えてくる。
「ここに座ってると、俺もいろいろ忙しかったんで。ちょうどよかったんですよ」
「は?」
「眠ってる宍戸さんを見ていたりとか、宍戸さんのこと考えていたりとか」
「………忙しいって言わねえよそれ…」
臆面もなく鳳が告げてきた言葉が、密着した身体から直に響いてくるようで。
宍戸は赤くなってしまっているかもしれない顔を、鳳のパジャマの胸元に埋めた。
更に柔らかく鳳の腕に抱き込まれて、朝っぱらから全く、と思いながらも抜け出したくない自分に一番参る。
「……お前、なんか悪戯とかしてねえだろうな」
鳳がいつから起きていたのか知らないが、あんな体勢で自分の事を見下ろしているだけで本当に時間が潰れるのだろうかと宍戸は思って。
何とは無しに口にした言葉を鳳はおかしそうに聞き返してきた。
「何ですか、悪戯って」
「何って。…落書きとか」
「しませんよ」
鳳は宍戸を抱き寄せたまま笑い出す。
振動に取り囲まれたまま、宍戸は溜息を零した。
「………お前は…健やかっつーか、何つーか……」
「それ、小学生の時に通知表に書かれた事あります」
本当に。
健やか、伸びやか、そういう言葉の似合う男なのだ。
鳳は。
そういう彼の腕の中では、宍戸もまるで虚勢が張れなくなる。
抱き込まれてそこで甘く寛ぎきるなんて真似、自分がしているなんて事が。
未だに宍戸自身、不思議でならない。
「それで何でわざわざ俺を欲しがんのか判んねえよ……」
雰囲気も眼差しも心中も清々しい。
その目で、その手で、執着するのがどうして俺かなと思って零れた言葉を、鳳はすぐに笑いを止めて、生真面目に聞き返してきた。
「……何か…夢見でも悪かったですか」
「………………」
肩を掴まれ、身体を離される。
あまりに真剣な鳳の表情に、宍戸は思わず真顔で返してしまった。
「お前、人の夢ん中まで見えてんのかよ」
「寝顔がちょっとだけ苦しそうに見えたから」
そんなに改まって深刻になるような話じゃねえよと宍戸が微苦笑で告げても、鳳は何かに嵌ってしまったかのように表情を曇らせている。
「俺が何か夢で、宍戸さんに酷い事とかした…?」
「あのなあ…長太郎」
「宍戸さんが言いたくないような、どうしようもないようなこと?」
「おい」
「何言ったんですか。俺」
「長太郎」
そんなに思いつめたようにされてしまっては、今更絶対、口に出せないではないかと宍戸は気難しい不機嫌な顔になる。
けれど、このまま放っておいたら、この年下の男はどこまでも下降線を辿っていくのだろうという事も判る。
いらねえ恥晒させやがってと、八つ当たり気味に宍戸はベッドに膝立ちになり、鳳の髪に両手の指先をもぐりこませる。
「宍戸さん?」
「お前は何もしてねえし、何も言ってねえよ」
それ以前の話の夢だった。
「どこほっつき歩いてたか知らねえけど」
夢の中だからって一人にすんな。
宍戸は言い切ってから、鳳の唇を噛みつくようにして塞いだ。
大概恥ずかしい事を口にしたという自覚が宍戸にはあって。
でも、言ってしまえば絶対もっと恥ずかしい返答が鳳から返されるだろうという事も容易く想像出来たので。
聞かない為には言わせない。
そうする為の術は、結局。
再度ベッドにもつれこむきっかけになっただけだった。
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