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How did you feel at your first kiss?
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 跡部の言葉ひとつ、動作ひとつで、神尾の気持ちはどのようにも動く。
 嬉しくもなるし、苦しくもなるし、幸せにもなるし、不安にもなる。
 跡部が、まるで自分の感情の軸になっていて。
 跡部に纏わって自分の気持ちが巡り巡っているような心もとなさをいつも神尾は持っている。
 こうしてただ一緒に歩いているだけでも感じている。
「おい」
 跡部の低い声には、幾らかの苛立ちと、幾らかの困惑と、幾らかの遊楽が交ざっている。
 その分、そのようにだけ、神尾の気持ちは揺すられる。
 跡部の家に向かう道すがら。
 いきなり跡部に肩を抱かれた。
 それで強張ってしまった神尾を、跡部は強引にそのまま抱き寄せ歩き続けながら、前方を見据えて告げてくる。
「泣かす前から泣くな」
「………………」
「俺がお前を泣かすのは家についてからだ」
「……泣…いてねえよ…」
「どうだか」
 肩をそびやかす。
 前を見たまま目を細める。
 跡部は、神尾の肩を抱いたまま。
「………、…跡…部」
 ぎこちない小声で神尾がその名を口にすれば。
 すぐに跡部の視線は神尾に向けられたのだけれど。
 それはもうあからさまに不機嫌に見下ろされて、神尾は息を詰める。
「嫌がってんじゃねえよ。生意気に」
 往来を歩きながら、跡部は神尾の肩を抱き、だからそれが、と神尾は怖く思っているのに。
 跡部は平然としている。
 寧ろ腕の力が強くなる。
「なにガチガチに固まってんだ」
「だって、お前……!」
 こんな所を友人や知り合いに見られたらどうする気なのかと、言葉にしきれないまでも、神尾は声を振り絞った。
 どうしてそんないとも簡単に、自分の肩など抱いて歩くのだ。
 跡部は。
 神尾はそう思うのに、混乱するのに、跡部は神尾を放さず、足も止めず、ただ唇を婀娜めいて歪ませた。
「肩が嫌なら腰だな。ついでに馬鹿でどうしようもないお前にキスもくれてやるよ」
 言った通りに腰を抱かれて軽くキスまで奪われる。
 ひくりと神尾の喉が引き攣った。
「な…、…っ……何、…なに考えてんだよ…っ!」
 ひどく手馴れた自然なやり方だったせいで、神尾は間の悪いような狼狽を跡部に晒す羽目になった。
「何考えてんのお前…、…っ」
「てめえのことだよ」
「……っ……、」
 当たり前の事を当たり前のように告げる跡部の言葉が、神尾の頭の中を埋め尽くす。
 否が応でも強烈な存在感で人目を集める跡部が、いったい自分相手に、こんな人目につく場所で、何を言って、何をしでかしているのかと。
 神尾が狼狽と困惑のないまぜになった悲鳴を上げても、跡部は平然としている。
 依然神尾の腰を抱き寄せたまま歩き、一度も歩を滞らせる事なく、跡部の家へと向かっているだけだ。
 そうしながら跡部が毒づいてくる言葉は、神尾が危惧しているものとはまるで次元が違った。
「………ったく……四六時中馬鹿みたいに馬鹿なお前のことをだな。この俺様の優秀な頭で考えてやってんだよ」
「……、………」
 もう少しまともに有難がれと凄まれて、神尾は歯噛みして、顔を赤くする。
「ば、……ばかばか言うなっ…!」
 精一杯の虚勢で叫んだ言葉も跡部は容易くあしらう。
「お前に言ったのは、さっきは一回だ。このバカが」
「また言った…っ」
「うるせえな…さっきみたいな半端なヤツじゃなくて、マジでその口塞ぐぞ」
「……っひ……」
 こうなってくると一切の虚勢も張れなくなって、神尾の喉が細声を上げてしまう。
 それで跡部は一転、至極機嫌良さそうに笑った。
 神尾の腰を抱き寄せたまま、歩を進めていく。
 早く。
 歩く。
 まるでひどく急いでいるかのように思える足取りで。
「……跡部…」
「何だよ」」
「だいじょうぶ…なのかよう…」
「アァ?」
 半ば引きずられるようにして歩きながら、ぽつりと零した神尾の言葉を、跡部は正確に拾い上げてくる。
 雑な問い返しのようでいて、きちんと視線を合わせてくる跡部の眼をぎこちなく見つめ返して、神尾は言葉を濁した。
「だから……こういうの…さ…」
 視線が周囲を見回してしまう。
 無意識に。
「この程度、じゃれてるようにしか見えねえだろ」
「…、見えねえよっ」
 じゃれるとか。
 ありえないだろう。
 跡部の顔立ちや雰囲気にこれ程までに不釣合いな言葉があるだろうかと神尾は唖然とする。
 だから神尾はこんなに心配しているのに。
 当の跡部は人を食ったような目で神尾を見下ろしてくるばかりだ。
「……こんなとこ見られたら…やばいんじゃねえの、跡部…」
「てめえが悪目立ちさせてんだよ」
 え?と神尾は聞き返した。
 跡部の言った事がよく判らなかったからだ。
「…跡部?」
「笑ってりゃいいだろうが」
「………………」
「そんな悲壮感たっぷりのツラしてねえで、俺に肩抱かれようが腰抱かれようが、笑ってりゃいいんだよ。てめえは」
「……俺の…せいかよう…」
「ああ。てめえのせいだ」
 皮肉っぽく笑んだ唇。
 眇めた眼差し。
 歩きながら跡部が、再び神尾に顔を近づけてきた。
「………………」
 ゆっくりと
 ゆっくりと。
 あえて歪めて見せても印象は綺麗なままの、唇や。
 不思議な色で見据えてくる瞳で。
 跡部に、摑まって、完全に、神尾は動けなくなる。
「………………」
 盗むようなキスで唇を掠られる。
 小さく唇を啄ばむだけで、跡部は離れていく。
 さっきしたキスと同じだ。
 でも、だからこそ。
「……泣くようなキスじゃねえだろ」
 同じように繰り返してくれる跡部に、神尾は心もとない不安を闇雲な勢いで覆い隠す安堵感を覚えるのだ。
「…………ばかやろ…こんなとこでするな」
 うう、と呻いて俯きかける神尾を、跡部は強引に引きずってまたスピードを上げて歩き出す。
 足早で、本当に。
 それはスピードが信条の神尾ですら懸命になってしまうほどの歩みで。
「跡部」
「お前がさせてんだ。何もかも俺に」
 何もかもというのは、こういう事なのだろうか。
 神尾は思う。
 強引な、肩や腰を抱いてくる腕。
 隠そうともしないキス。
 急くばかりの帰り道。
「………俺のせいに…すんなってば…」
「いい加減観念して腹くくれ」
「……跡部の言ってる事よく判んねえよ…」
 神尾は、ただ跡部の事が、好きなだけなのだ。
 それだけだから。
 こんな場所での密着や、キスは、こわいことだと思ってしまうのに。
「俺以外目に入らなくなれ。俺にのめりこんで、深みに嵌って、溺れちまえって言ってんだよ」
「………、なん…」
 思いのほか真顔で跡部が脅してくる。
 なんで、そんなのは、とっくじゃんかと。
 神尾は思いながら、伝わりづらい自分の恋情に、いつもいつも、手こずってばかりいる。
 でも跡部はずっと側にいるままだし。
 神尾の恋情も、消える事がないので。
 ここから、どこへでも、どこにでも、確かに道が続いているように。
 心から、どこへでも、どこにでも、好きだと思う気持ちが伸びていく。
 だからいい加減跡部だって、もっと平然としていたっていい。
 脅すみたいな言葉が、不思議と甘く聞こえるのは、どちらのせいか。
 神尾はひっそりと、そんな事を思ってもいる。
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