How did you feel at your first kiss?
強制だ。
強制休憩。
観月は机の前から、いとも強引に引き剥がされた。
力づくというべきか、腕づくというべきか。
「ちょ、…と…っ…」
乱暴な、と観月に怒鳴る隙すら与えずに。
赤澤は、長い腕で観月の身体を巻き込んできた。
背後から抱え込まれ、無理矢理赤澤ごと床に座り込まされる。
痛みは何もないものの、これはあまりにも暴挙だ。
観月がきつい目で背後を振り返ろうとすると、耳元で声がした。
直接声音を吹き込むように、低く。
「十五分休憩」
赤澤はそう言って、ぎゅっと観月を抱き寄せてきた。
「………………」
肩口に懐かれるように顔を埋められて、観月は咄嗟に息を詰めた。
首筋を、赤澤の長い髪が擽る。
思いのほか強い手の力。
でもそれはどこかおそろしく心地良く、観月を束縛している。
うっかり流されそうになる。
観月は背後の赤澤を睨もうと身じろぎながら口をひらいた。
「邪魔しないでくださ…、…」
「しねえよ」
「……、っ……」
「しない。休憩だって言ったろ?」
もがく自分などいとも容易く封じてくれてと観月が恨めしく肩口にいる赤澤を見下ろせば。
赤澤の手はやわらかく観月を抱き締め直してきた。
「プラス、俺の栄養補給タイムな」
「……なにばかなこと…言ってるんですか…」
もっと厳しく意見しようとして、でも観月がそう出来なかった訳は、
赤澤が観月の後ろ首に唇をそっと寄せてきたからだ。
「…………っ……」
「痕はつけねえよ」
大丈夫、と観月の腹部に回っている赤澤の手のひらが観月を宥めるように動いたけれど。
それ以前に、そのかすかな接触だけで。
どれだけ観月が影響を及ぼされるかを考えない赤澤に観月は立腹する。
判っているようで判っていない男。
しかも、部の為に纏めなければならない練習メニューや対戦校のデータを目の前にして、よりにもよってその邪魔をするのが部長だというのはいったい何の冗談なのか。
「観月」
「………………」
抱き込まれたまま微かに身体を揺すられた。
なめらかな低音で名前だけを繰り返される。
無頓着で大雑把なのに、赤澤は観月の気配に敏感だ。
観月が少しでも煮詰まってくると、早い段階ですぐに腕を伸ばしてくる。
判っていないようで判っている男。
本当は。
「………………」
素直に赤澤のその手に身を預ける事は、観月はしない。
そんなことは観月は出来ない。
それなのに。
赤澤が強引を装って、いつもこうしてしまうのだ。
観月は背中に当たる赤澤の体温に、やけっぱちになって凭れかかった。
抱き寄せられる。
また強く。
感触だけではっきりとしないが、多分髪にキスをされた。
「…、赤澤」
「ん…?」
甘ったるい密着が、じわじわと羞恥心に姿を変えて、観月へと浸透してくる。
せめてもの救いは顔が見えないこの体勢だと観月は思って。
しかしそれすらも、恐らくは最初から赤澤の意図した事なのだろうと思えば少々癪にもなってくる。
裏表のない赤澤の言動は、それゆえに観月には率直過ぎて。
いつも余裕を奪われる。
「なあ。観月のリンゴ食っていい?」
「………………」
気楽な口調で、どうでもいいような話で。
観月の硬直を紛らわせる空気をつくってくる赤澤に、観月はもう、抗う気力もなくおとなしく頷いていた。
観月の実家からルドルフの寮宛てに大量に送られてきたリンゴを、誰よりもせっせと食べているのは、この赤澤だ。
今更改めて聞くような事ではないと判っていながらも、どうぞ、と観月が言えば。
徐に観月の目の前に、赤澤の手が持つリンゴがひとつ現れる。
「……もう持って来てるんじゃないですか」
「一緒に食おうと思ってさ」
「僕は丸齧りはしないって言ってるでしょう」
「丸じゃなけりゃいいんだろ」
胸元に観月を抱き込んだまま、赤澤は観月の眼下で両手を使い、リンゴを二つに手で割った。
「……馬鹿力」
果肉の割れる小気味良い音に紛れて観月が呟けば、赤澤は左手の半分を自分で食べて、右手の半分を観月の口元に近づけてきた。
半分ならいいってものじゃないと思いながらも、結局観月も口を開ける。
「うまいよなー」
「食べるたびに、それ言ってますね…」
「マジでうまいからさ」
「……そうですか」
率直な言葉は何度も聞いたのに、その都度心底から感嘆して言われてしまうと、聞く側の観月としても奇妙に面映くなった。
赤澤の手からリンゴをかじりながら、観月はふと思い立つ。
「……北欧のリンゴの話って知ってます?」
「いや? どんな?」
十五分の休憩時間。
残りがあとどれくらいかは判らないけれど。
このくらいの話は出来るだろうと観月は囁いた。
「北欧四カ国の人間性…といいますか。特徴を現したたとえ話です。道にリンゴが落ちていたらどうするか」
「特徴ねえ…」
「ズボンで擦って食べるのがノルウェー人。考え事をしていてリンゴに気づかないのがフィンランド人。食べたいけど気づかないふりで通り過ぎるのがスウェーデン人。拾って売るのがデンマーク人」
「まさしくお国柄ってやつだな」
「貴方はどうします」
「俺?」
「そう。貴方です」
無論食べるのだろうなと観月は思って聞いたのだが。
赤澤は違う答えを口にした。
「落とした奴を探すかな」
「………………」
「何か変なこと言ったか?」
「……いえ。そうですね」
ああこの男には。
本当に、憶測やデータなど、何の役にもたたない。
観月は心底から、そう思った。
食べたりせずに探すだろう。
確かにこの男なら。
「それで観月は俺に文句を言いながらも、それにちゃんとつきあってくれて、その上しっかり落とし主を探してきそうだよな」
「………………」
お前のそういうとこがホント好きだぜ?とあまりにもさらりと付け加えられて。
本当に。
何を言い出すか判ったものではない男の腕の中で、観月はリンゴを喉に詰まらせる。
果実の破片に色まで変えさせられた観月の頬には、笑った形の赤澤の唇が。
丁寧に、丁寧に、寄せられた。
強制休憩。
観月は机の前から、いとも強引に引き剥がされた。
力づくというべきか、腕づくというべきか。
「ちょ、…と…っ…」
乱暴な、と観月に怒鳴る隙すら与えずに。
赤澤は、長い腕で観月の身体を巻き込んできた。
背後から抱え込まれ、無理矢理赤澤ごと床に座り込まされる。
痛みは何もないものの、これはあまりにも暴挙だ。
観月がきつい目で背後を振り返ろうとすると、耳元で声がした。
直接声音を吹き込むように、低く。
「十五分休憩」
赤澤はそう言って、ぎゅっと観月を抱き寄せてきた。
「………………」
肩口に懐かれるように顔を埋められて、観月は咄嗟に息を詰めた。
首筋を、赤澤の長い髪が擽る。
思いのほか強い手の力。
でもそれはどこかおそろしく心地良く、観月を束縛している。
うっかり流されそうになる。
観月は背後の赤澤を睨もうと身じろぎながら口をひらいた。
「邪魔しないでくださ…、…」
「しねえよ」
「……、っ……」
「しない。休憩だって言ったろ?」
もがく自分などいとも容易く封じてくれてと観月が恨めしく肩口にいる赤澤を見下ろせば。
赤澤の手はやわらかく観月を抱き締め直してきた。
「プラス、俺の栄養補給タイムな」
「……なにばかなこと…言ってるんですか…」
もっと厳しく意見しようとして、でも観月がそう出来なかった訳は、
赤澤が観月の後ろ首に唇をそっと寄せてきたからだ。
「…………っ……」
「痕はつけねえよ」
大丈夫、と観月の腹部に回っている赤澤の手のひらが観月を宥めるように動いたけれど。
それ以前に、そのかすかな接触だけで。
どれだけ観月が影響を及ぼされるかを考えない赤澤に観月は立腹する。
判っているようで判っていない男。
しかも、部の為に纏めなければならない練習メニューや対戦校のデータを目の前にして、よりにもよってその邪魔をするのが部長だというのはいったい何の冗談なのか。
「観月」
「………………」
抱き込まれたまま微かに身体を揺すられた。
なめらかな低音で名前だけを繰り返される。
無頓着で大雑把なのに、赤澤は観月の気配に敏感だ。
観月が少しでも煮詰まってくると、早い段階ですぐに腕を伸ばしてくる。
判っていないようで判っている男。
本当は。
「………………」
素直に赤澤のその手に身を預ける事は、観月はしない。
そんなことは観月は出来ない。
それなのに。
赤澤が強引を装って、いつもこうしてしまうのだ。
観月は背中に当たる赤澤の体温に、やけっぱちになって凭れかかった。
抱き寄せられる。
また強く。
感触だけではっきりとしないが、多分髪にキスをされた。
「…、赤澤」
「ん…?」
甘ったるい密着が、じわじわと羞恥心に姿を変えて、観月へと浸透してくる。
せめてもの救いは顔が見えないこの体勢だと観月は思って。
しかしそれすらも、恐らくは最初から赤澤の意図した事なのだろうと思えば少々癪にもなってくる。
裏表のない赤澤の言動は、それゆえに観月には率直過ぎて。
いつも余裕を奪われる。
「なあ。観月のリンゴ食っていい?」
「………………」
気楽な口調で、どうでもいいような話で。
観月の硬直を紛らわせる空気をつくってくる赤澤に、観月はもう、抗う気力もなくおとなしく頷いていた。
観月の実家からルドルフの寮宛てに大量に送られてきたリンゴを、誰よりもせっせと食べているのは、この赤澤だ。
今更改めて聞くような事ではないと判っていながらも、どうぞ、と観月が言えば。
徐に観月の目の前に、赤澤の手が持つリンゴがひとつ現れる。
「……もう持って来てるんじゃないですか」
「一緒に食おうと思ってさ」
「僕は丸齧りはしないって言ってるでしょう」
「丸じゃなけりゃいいんだろ」
胸元に観月を抱き込んだまま、赤澤は観月の眼下で両手を使い、リンゴを二つに手で割った。
「……馬鹿力」
果肉の割れる小気味良い音に紛れて観月が呟けば、赤澤は左手の半分を自分で食べて、右手の半分を観月の口元に近づけてきた。
半分ならいいってものじゃないと思いながらも、結局観月も口を開ける。
「うまいよなー」
「食べるたびに、それ言ってますね…」
「マジでうまいからさ」
「……そうですか」
率直な言葉は何度も聞いたのに、その都度心底から感嘆して言われてしまうと、聞く側の観月としても奇妙に面映くなった。
赤澤の手からリンゴをかじりながら、観月はふと思い立つ。
「……北欧のリンゴの話って知ってます?」
「いや? どんな?」
十五分の休憩時間。
残りがあとどれくらいかは判らないけれど。
このくらいの話は出来るだろうと観月は囁いた。
「北欧四カ国の人間性…といいますか。特徴を現したたとえ話です。道にリンゴが落ちていたらどうするか」
「特徴ねえ…」
「ズボンで擦って食べるのがノルウェー人。考え事をしていてリンゴに気づかないのがフィンランド人。食べたいけど気づかないふりで通り過ぎるのがスウェーデン人。拾って売るのがデンマーク人」
「まさしくお国柄ってやつだな」
「貴方はどうします」
「俺?」
「そう。貴方です」
無論食べるのだろうなと観月は思って聞いたのだが。
赤澤は違う答えを口にした。
「落とした奴を探すかな」
「………………」
「何か変なこと言ったか?」
「……いえ。そうですね」
ああこの男には。
本当に、憶測やデータなど、何の役にもたたない。
観月は心底から、そう思った。
食べたりせずに探すだろう。
確かにこの男なら。
「それで観月は俺に文句を言いながらも、それにちゃんとつきあってくれて、その上しっかり落とし主を探してきそうだよな」
「………………」
お前のそういうとこがホント好きだぜ?とあまりにもさらりと付け加えられて。
本当に。
何を言い出すか判ったものではない男の腕の中で、観月はリンゴを喉に詰まらせる。
果実の破片に色まで変えさせられた観月の頬には、笑った形の赤澤の唇が。
丁寧に、丁寧に、寄せられた。
PR
この記事にコメントする
カテゴリー
アーカイブ
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析