How did you feel at your first kiss?
それは露骨に、喧嘩を売ってる顔。
今の宍戸の表情は、見る人によっては、まさにそれなんだろう。
鋭い眼差し、切れ上がった眦。
眼光は強く、力がある。
全体的にシャープで、、雰囲気に隙がない。
そして何より、じっとこちらを見据えてくる表情。
滝はそんな宍戸の視線を受け止めて、柔和に微笑み軽く首を傾けた。
「なに?」
「………あ?」
その睨むような目つきが、実際には別に、本当に自分を睨んでいる訳ではないのだと、滝は勿論知っていたけれど。
どうやら宍戸自身に、滝を見据えていた自覚が全くなかったようなのがおかしくて、滝の笑みは深くなる。
あんなに見ていたのにねと思いながら口にした。
「だってさっきからそうやって、随分こっちを見てるから」
何かなと思って、と付け加えると、宍戸が幾分決まり悪そうな顔になった。
どうやら本当に、これっぽっちも、宍戸にはその自覚がなかったようだ。
「……悪ぃ」
「別にいいよ」
後ろ首に手をやって、目線を伏せ、小さく口にした宍戸は、そもそも滝の目には、どことなくぼんやりしているように見えていた。
正面から、じっと滝を見据えていた目は、元々が切れ長で怜悧なものだから一見するときつい印象だけれど。
気心知れた間柄の滝からすれば、自分の顔を見続けながら何の考え事だろう?という印象だ。
いつもは人の賑わう氷帝のカフェテリアだが、今日は比較的すいている。
滝と宍戸は六人掛けのテーブルを二人でゆったりと使っていた。
ほんの少し前までここにはジローや向日もいて、大層賑やかだったのだけれど。
彼らの待ち人だったらしい忍足が顔を見せると三人でいなくなってしまったので、今はこうして滝と宍戸の二人きりだった。
滝にとってみれば、宍戸は決して気難しい相手ではないけれど、ずっとぼんやりし続けている宍戸に対しては、さて、どうしようかと少々悩む所だ。
ひとまず紅茶のカップを両手にくるみ、口元に運んだ。
そして今まさに口をつけようとしたそのタイミングで、投下された言葉に滝はうっかり紅茶を吹き出しかけた。
「初恋」
「………っ、…は…?…」
初恋?
初恋と言ったのか?宍戸が?と。
滝は硬直した。
正直、それは宍戸の口から出てくるにはあまりにも予想外の言葉だった。
「……さっきあいつらが言ってただろ」
何そんなに驚いてんだと、宍戸が不審気に目を細める。
確かに。
先ほどジローと向日が、初恋の子の話などしていた。
あの二人がそういった話題で話す分には、滝だって少しも驚きなどしなかったのだが、それが宍戸の口から飛び出てこられると、どうしたってびっくりしてしまう。
硬派というか何というか、あまり宍戸が好んでする話題でもないからだ。
一言、初恋という言葉が出てきただけで、滝は充分驚いた。
それなのに、尚宍戸が続けて言った言葉がこれだ。
「長太郎の初恋がお前でも、俺、驚かねえよなぁ」
「………………」
めちゃくちゃだ、あまりにもめちゃくちゃな事を、宍戸は言い出した。
宍戸が驚かなくたって、俺は驚いたよ!と喚き出したい気分だった。
しかし滝は唖然となっていて、絶句していて、喚くどころか無言で宍戸の事を見据えるばかりだった。
瞬きも忘れて、耳にかけていた髪が一束、はらりと落ちても、耳にかけなおす気力もない。
いったい何を言い出したのか、この友人は。
不躾な程まじまじと、それも奇妙な物を見る目で凝視する滝の視線を物ともせず、寧ろ宍戸は少しだけ唇の端を緩めて表情を柔らかくした。
「あいつら言ってただろ。初恋の子は特別で、何となく、ずっとどっかに引っ掛かってるような感じがするって」
宍戸とジローと向日は、幼等部から一緒で比較的自宅も近い、いわゆる幼馴染だ。
始終べったり一緒にいる訳ではないが、付き合いが長い分、気心知れた気安さのような雰囲気が彼らの間にはある。
さっきも、向日の初恋の幼等部のなんとかちゃんの話や、ジローの初恋のお菓子屋さんのなんとかさんの話で盛り上がっているのを、滝は微笑ましく聞いていた。
話題の内容的に、宍戸は直接話に加わらない。
でも滝と同じように話は聞いていて、どうやらその流れで発生したのが件の発言のようだ。
それにしたって、と滝は呆気にとられる。
どうして初恋の話の流れで、そうなるんだ。
「お前なら、いいな」
「………………」
あのねえ、と滝が真面目に意見しようとしたのを、宍戸の表情が遮ってくる。
よりにもよって、宍戸には珍しい、ちょっと甘いやさしい目で笑ってそんな事を言う。
滝は言葉を詰まらせた。
宍戸のその表情は、つまり、あれだ。
愛おしい。
そういう目を、宍戸はしている。
宍戸が今、脳裏に思い浮かべているのは、年下の、あの男の事だろう。
滝はもう、どこから、どうやって、突っ込んでいけばいいのか判断出来なかった。
何で鳳の初恋が自分になるのかとか、どうしてそれならいいのか。
いやそれ以前に、普通に考えてそもそも全然違うだろうとか。
訳の判らない宍戸の発想を咎めるべきか、可哀想な後輩の心中を代弁してやるべきか。
「………………」
無言で錯乱した滝は、ひとまず片手で掴んだティカップで、ぐいっと紅茶を一気飲みする。
たん、とソーサーの上ではなくテーブルの上にカップを置き、一息つかせる。
そして強く宍戸を見据えた。
「………宍戸」
とりあえず。
とにかく。
まずは、これを言っておかないとと滝は低く声を振り絞った。
「それ、鳳には、言わないように」
混乱する思考の中から、どうにかこうにか滝が捻り出した言葉に、宍戸は判りやすく不思議そうな顔をした。
「そうなのか?………あー…そういうの人から言われるのって、やっぱ嫌ってやつ…?」
俺そういうとこよく判んねえんだよなあと呟く宍戸に、いや問題はそこじゃないと滝はがっくりと肩を落とした。
「鳳には言うなって言ったのはね、よりにもよって宍戸から、そんなことそんな顔で言われたら、鳳がダメージ受けるからだよ…っ」
「………何で?」
「なんで、って………」
うわあ、と滝は引いた。
本当に、なんにも、宍戸は判ってない。
冗談でなく、こんな事を宍戸が言っていると知ったら鳳の受けるショックは計り知れないだろう。
「だいたい、鳳の初恋が俺の可能性なんてないよ。そんな可能性、ゼロだよ、ゼロ」
「いや、お前の初恋の話じゃねえし。お前に断言されても」
「宍戸だって同じだろ!」
何言いきっちゃってんの!と滝は訴えたが、宍戸は聞いちゃいない。
「お前、嫌なのか? 長太郎の初恋がお前だったら」
「だから…!」
嫌というなら、少々語弊はあるかもしれないが、それは鳳の方だろう。
あれだけ懐かれて、あれだけ尊敬されて、あれだけ大事にされて、あれだけ愛されて。
何で宍戸は判らないんだと滝は思う。
滝は鳳とダブルスを組んでいた事もあるし、宍戸ほどではないにしろ、鳳の事は判っていると思っていたのだが、ここにきて気づいてしまった。
この宍戸は、あんまり、鳳の事を判っていないんじゃないだろうか。
「………ほんと、マジで、鳳傷つくから」
思わず泣き事めいた口調で滝は呟いた。
何せ滝は本人の口から聞いて知っているのだ。
鳳の初恋が誰かなんて。
今その初恋の相手と付き合っていて、鳳がどれだけ幸せで、どれだけその相手の事が大事かも全部滝は知っている。
「……滝…?」
不思議そうな顔をする宍戸は、やっぱり全然判ってない。
そんな彼を上目にちらりと見上げて、滝は、何をどう言えば伝わるだろうかと必死に頭をフル回転させる。
「………あのね」
「…ん?」
「宍戸が今言ってるのはね、鳳が、宍戸の初恋は跡部だって断言してるのと同じ事なんだよ?」
「はあっ?」
ここにきて漸く、ちょっとだけでも、その突拍子のなさが宍戸に意味が伝わったようで。
露骨な声を上げて愕然とする宍戸を前に、滝は畳みかけていった。
「宍戸の初恋が跡部ならいいなって、鳳に言われてたら、どう思うわけ。宍戸は」
「おま、…それありえねえだろ……どっから来た話だよ」
「だから俺もそう言ってるんだよっ。万が一、鳳が本気でそう思い込んで、断言してたとしたら、宍戸が可哀想だろって話!」
だから思い込みで、それも見当違いなことを言わないようにと。
滝がストレートに、そして真面目に告げると、さすがに複雑極まりない顔で宍戸も大人しくなった。
「………………」
ああもう。
こっちも、あっちも、と滝は苦笑いする。
「本当ならまだしも、何かにつけ推測の引き合いに跡部出されるの、宍戸だって嫌だろう? 鳳の事に俺を絡めるのもそれと一緒だよ」
何故なのか、鳳にとっての跡部というポジションと、宍戸にとっての自分のポジションは、どこか似たものになっているらしい。
気にするようなことは何一つないのにと滝は呆れていて、それは恐らく跡部も同じ心境に違いなかった。
「………お前相手だと、なんにも勝てる気しねえんだよな…」
頬杖をついて、斜に視線を流して宍戸がぽつりと呟いた。
それがあまりにも小さな、真面目な声で、滝は怒っていいのか慰めていいのか、判らなくなる。
「また言ってる。少なくとも、宍戸と鳳の事で、俺は関係ないよ。それに勝ち負けの話なら、宍戸に負けたのは俺の方だろう?」
それ違うと否定してやっても駄目、当人が勝手に気にしているだけの話なのに、それに雁字搦めになる。
こっちも、あっちもだ。
宍戸も、鳳も、それぞれ相手にはぶつけられないから、時折こうして、滝に複雑な心境を零す。
「…滝」
「それで?」
「何が…?」
「こういう風に、宍戸の中の鳳に俺が登場してきちゃうってことは、鳳と喧嘩でもしたの?ってことだよ」
同じように、鳳の中の宍戸にも跡部が登場していたのだから、聞くまでもないけれど。
敢えて明確に言葉にした滝に、けれど宍戸はそこまでは甘えてきたりしない。
「……悪い」
「悪くない」
即答して滝は笑った。
全然悪くない。
「ほんと二人して、馬鹿だなあとは思うけどね」
「………るせえ」
ほんの少し赤くなった宍戸が、からかう気もおきない程度には可愛かったので。
滝は充分満足した。
「…俺も行くわ」
立ちあがって、恐らくは鳳の元へ真直ぐに向かうのであろう宍戸を手のひらを振って見送る。
「………………」
滝は浮かべていた笑みをやわらかくとかして、一人になって。
先程一気に飲み干してしまって空になっているティカップを横目に、もう一杯何か飲もうかなと考える。
「萩之介」
そしてそれは何というタイミング。
しかしそれこそが跡部だというタイミングで。
滝の手元に新しいカップを置いた跡部が、それはもうあからさまに不機嫌そうな仏頂面で滝を見下ろしてきて言った。
「お前は面倒見が良すぎる」
「………跡部もね」
これもらっていいの?と滝が笑いかけると、跡部は言葉でなく視線だけで返事をする。
「ありがとう。ごちそうさま」
「傍迷惑な馬鹿者共に構ってんじゃねえよ」
「まあ、…そのあたりは、ちょっとだけ同意かな」
よりにもよって、ねえ?と滝は跡部に笑いかけた。
跡部は相変わらずの不機嫌な顔だ。
全くもって意味のない、あて馬にもならないであろう立ち位置に、勝手に置かれる自分達。
「俺様は忙しいんだよ」
あいつらに巻き込まれてる暇ねえんだよ、と苦々しく吐き捨てる跡部の初恋だとか。
「だよね。俺も俺なりにね。忙しいんだよね……」
人には言えても、自分の事はなかなかうまくいかない、滝の初恋だとか。
それこそ本当に、色々あるのだ、この日常には。
文句を言ったり呆れてみたり、突っぱねてみたり受け入れてみたり、何だかんだと、時には誰かの手助けなども得て、進んでいくのだ、この日常を。
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