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How did you feel at your first kiss?
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 ゆるゆると眠いのには理由がある。
 答えが見つけられない考え事を、ずっと繰り返しているからだ。
 昼休みになった。
 眠気覚ましに噛もうと思って取り出したミントガムを、しかし口に入れる間もなく、すとんと睡魔に落ちたらしい。
 宍戸はガムを手にしたまま机に突っ伏して眠ってしまっていたらしかった。
 猛烈な眠気はしかし一瞬だった。
 肩を揺すられて、宍戸は手の中のガムを無意識に握り込みながらあっさり目覚めて顔を上げた。
 机を挟んで向かい側。
 びっくりするくらい近くにあったのは、クラスメイトで、チームメイトで、幼馴染でもある見慣れたベビーフェイスだった。
「………お前に起こされるとはな…」
 まだ幾許かの眠気にまみれた掠れ声で宍戸は呆然と呟いた。
「俺もビックリ!」
 あははーと呑気に笑ったジローが、うつぶせ寝で寝乱れているらしい宍戸の前髪に触れてきた。
 直すというより、より乱されている感がしなくもないが、宍戸は大人しくされるままになっていた。
 眠い、と呻いて眉根を寄せて。
 宍戸はあくびをひとつ噛み殺す。
「寝不足?」
 空いた方の片手で頬杖をつきながら、ジローが小首を傾げた。
「んー…そういう訳じゃねえけど」
 何となく、そんな風にはぐらかした宍戸に。
「じゃ、悩み事?」
 ハイテンションでもないのにいつになく矢継ぎ早に言葉をたたみかけてくるジローを前に、宍戸は小さく噴き出した。
 ジローの食い付きが、やけに必死に、懸命に、見えたのだ。
「ねえよ、別に悩み事も」
 ふうん、と頷いたジローが小さく言った。
「……俺はあるけど」
「ジロー…?」
 小さな溜息で、ぽつりと呟かれて。
 普段が陽気な分そんなしょげた態度を殆ど見せないジローなので、宍戸は面食らった。
 宍戸の前髪を撫でていた手を引っ込めて、ジローは両手で頬杖をつきなおすと、細い肩を窄めて目を閉じて、盛大な溜息を吐き出した。
 眉間に、ぎゅっと皺が寄っている。
「…おい?」
「宍戸に、ぜーんぜん頼りにして貰えなくてしょんぼりだし」
「………………」
 正直、ジロー以外の輩がこんな口調で物を言ったらぶちきれそうになる宍戸だが、こと、この幼馴染は別格だ。
 そう言われただけで、ものすごく悪い事をした気分になる。
 しょんぼりという言葉の通り、肩を一層落として、俯いて。
 小さな身体が尚小さくなっている。
「ジロー」
「いつになったら、宍戸は俺を全面全力で頼りにしてきたり、ちょっと聞いてくれよおって泣きついてきたり、俺にはもうジローしかいないんだよおとか言って抱きついてきたりするようになるんだろ」
「………それどう考えても俺のキャラじゃねえだろ」
「あ、やっぱしー?」
 からりと即座に明るく笑ったジローに、宍戸は内心ほっとする。
 冗談だろうとは思いつつ、ジローがどっぷりと落ち込んでいたりする様を見る事は、宍戸にしてみればどうにも落ち着かなかった。
「でもでも! 宍戸どうしたのかなっていうのは、マジで思ってるんだけど!」
「判ってるよ……サンキュ」
 おかえし、というようにジローの癖っ毛に手を伸ばし、宍戸がその髪をくしゃくしゃにすると、ジローは満足そうな顔をした。
 目を閉じて顎を持ち上げてご機嫌な表情になるのが、どこか愛犬を彷彿させておかしかった。
 そういえば、手触りも似ているかもしれない。
 毛並みというか。
 ふわふわとしたジローの髪に触れながら宍戸はぼんやりそんな事を思った。
 自分が撫でたら、嬉しがる。
 愛犬やジローはそうだけれど、はたしてこの手が万人に使えるのかどうかは、宍戸には迷うところだ。
「おーい、お前ら、そろそろ鳳が泣き出すからそのへんにしとけよ」
 いちゃいちゃしやがってと、突如威勢のいい声が響き渡る。
 宍戸とジローが同時に視線を向けた先、教室の前扉に、腕組みした向日と、半歩後ろに控えるようにして立つ鳳がいた。
「俺別に泣きませんってば」
 やんわりとした微苦笑で向日を見下ろし意見した鳳だったが、いいだろーとジローが宍戸の頭を胸元に抱え込むようにすると何故だか態度を一変させた。
「……それはちょっと泣きそうかも、…」
 そうは言っても。
 鳳は鳳でどこまで本気か判らねえなあと宍戸は呆れた溜息を零しつつ、片手でジローをぐいっと押しやった。
「うわ、拒絶されたっ」
「するだろ、ふつー」
「俺と宍戸の仲なのにっ?」
「どんな仲だよ」
 宍戸とジローが言いあっているうちに、向日と鳳は教室の中に入ってきた。
 近づいてきて、言葉には出さないけれど。
 鳳の表情が、まだあからさまに、いいなあといったものだったので、宍戸は指先で鳳を呼んだ。
 窺うように首を傾けて、腰を折るようにして顔を近づけてきた鳳の前髪を、宍戸は無言で、くしゃくしゃとかきまぜる。
 こういうことだろう、つまり。
 今、鳳が欲しがっているものは。
 これが万人に使える手かどうかは知らないが、どうやら鳳にも効果があるようだと宍戸は踏んだ。
「………………」
 宍戸がこうした時、ジローは目を瞑って、ご機嫌に笑みを浮かべた。
 鳳はといえば、じっと宍戸の目を見据えたまま、ゆっくりと。
 それはもう甘く、ふわりと、華やかな笑みを浮かべていく。
 どちらにせよ嬉しそうだったり気持ち良さそうだったりするのは見ていてちゃんと判る。
 愛犬、ジロー、鳳。
 俺って撫でる才能あんのかもなと宍戸は考えた。
「宍戸さん」
「…あ?」
 鳳の声が、小さく、宍戸の耳に届く。
 控え目でいて、きっぱりとした呼びかけ。
 続けて鳳はこう言った。
「くらべたら、嫌です」
「………は?」
 そういう顔してるから、と思いのほか強く意思表示されて、時々こんな風に見透かしてくる鳳に宍戸はびっくりさせられるのだ。
 上体を屈めたままの体勢で宍戸の返答を待っている鳳の頭を、宍戸は今度は軽く、数回たたいた。
「宍戸さん」
 アホ、と返すつもりだったが、口が勝手に違う言葉を放った。
「……あー…悪い」
 それも結構神妙な声まで出てしまって。
「いいえ」
 にこにこと微笑む鳳と、歯切れ悪くも詫びた宍戸の傍で、ジローが唇を尖らせ、向日が地団駄を踏む。
「なんだよー、ふたりしてー、俺放って仲良くすんなよー」
「…っあー!…うぜえ! お前ら、ほんとうぜえ! ベタベタすんな、ベタベタ…!」
「………つーか、お前、何か用かよ、岳人」
 今更ながらに宍戸が問いかけると、用なきゃ来ねえよっと向日が噛みついた。
 宍戸にとってもう一人の幼馴染である向日は、昔から見た目と完全に相反して態度が荒い。
「しかも聞くの俺だけかよ! 鳳にも聞けよ、何か用かって!」
「こいつはいいんだよ、別に用なくたって来るから」
「……ナチュラルに言ってくれちゃうよねえ、宍戸はー」
 あっけらかんとした顔で、ジローが笑う。
 向日は相変わらず怒っていて、怒ったまま突然に言った。
「跡部からお前に伝言! 明日は17時まで、絶対に鳳をレギュラールームに近づけるな。5分前になったらお前が鳳連れて来い。以上、伝えたからなっ」
「……ッ、…おま、っ…、今この場でそれ言うか…?!」
 よりにもよって鳳を前にして。
 明日のその企画は、鳳のシークレットバースデイパーティだろう。
 サプライズじゃなかったのかと宍戸が呆気にとられて向日を凝視すると、胸の前で腕組みした向日は平然とそれを受け止めて笑った。
「こいつはちゃんと空気読むもん」
 そして傍らの長身の後輩を横目に見上げて。
「な、鳳?」
「……がんばります」
 さすがに鳳は苦笑いしていたが、従順に会釈のように目線を伏せてみせた。
「ほらみろ。それより宍戸、お前こそ、しくじんじゃねえぞ」
「何にしくじるんだよっ」
「手放したくなくなって、すっぽかすなって事!」
 曖昧なような、直球なような。
 どちらともとれる問題発言を平気で放って、じゃあな!と向日は教室から出ていった。
 宍戸は絶句して、そのまま固まった。
「じゃ、俺も行こ。明日、ちゃんと鳳連れてきてねー、宍戸ー」
 ジローまでもにそんな事を言われた。
 俺昼寝してくるしーと言い置いて、そしてジローも教室を出ていった。
 これで二人きりだ。
「………………」
「…宍戸さんも、眠りますか?」
 寝不足?とそっと尋ねてくる鳳を見上げて、固まっていた宍戸は硬直を振り払うよう、それはもう盛大な溜息を吐き出した。
「……信じらんね…」
「………ええと……明日のことですか?」
「本人前にして、ネタバレとか、するか普通」
 信じられないのは、友人の行動、それと。
 さらりと宍戸の寝不足に気づく鳳のこともだ。
 色々と宍戸には解読不能だった。
「…おい、長太郎」
「はい?」
「お前、俺が寝不足なの判んのか」
 はい、とあっさりと頷かれて宍戸は溜息を吐く。
「………じゃ、今晩は寝られるようにしろ」
「俺に、それが出来るんですか?」 
「ああ。助けろ」
「勿論です」
 鳳が宍戸の足元に膝をついて屈んだ。
 傅くようにも見える。
 心なしか周囲の視線を感じなくもないが、宍戸もそこは無視することにした。
 思い悩む事無く、今晩はぐっすり眠りたいのだ。
「明日、17時まで、俺とお前、どこで何して時間潰すか考えてくれ」
 結局宍戸は、向日やジローの事は全く言えない立場となった。
 盛大なネタバレはおろか、その当人に。
 鳳に。
 内緒で遂行するべき時間の内容を、丸投げしたのだから。
 ここ数日宍戸を悩ませていた出来事。
 それは鳳に気づかれないように、パーティの準備が整う時間まで、彼を学校に足止めするというミッション。
 それが宍戸に課せられた指令だった。
 ただ時間を潰すだけならば、まだいい。
 しかし何せ明日は、それがひどく困難な一日なのだ。
 明日はバレンタインデー、そして鳳の誕生日だ。
 どれだけの人が鳳に声をかけてくるか、チョコレートを、バースデイプレゼントを、渡しにくるのか。
 そんな中、ずっと鳳の傍に貼りついているべきなのか、それともいっそどこかに雲隠れするべく誘うべきなのか。
 宍戸には一向にうまい考えが思い浮かばなかった。
 跡部に勝手に命じられてからずっと、ああでもないこうでもないと考え続けて、結果こんな風に寝不足になるくらいだ。
「了解です。宍戸さん」
「………………」
「大丈夫。今晩はもう、ゆっくり眠って下さいね。それと………そんな風に、ずっと考えてくれて、ありがとうございました」
「………この貸しはどこで返したらいい?」
 鳳の口調があまりに健やかで、宍戸も力が抜けた。
 少し笑って尋ねると鳳は穏やかな声で淀みなく言葉を紡ぐ。
「時間潰しのプランの中に、そのへんはちゃんと練り込みます」
「……一応俺の出来る事にしろよ…?」
 ま、何でもやるけどよ、と宍戸が小さく付け足すと、鳳が笑みを浮かべて、ひっそりと宍戸の指先を手に握った。
 するりと爪先まで撫でられるようにして離れていく一瞬の接触だけれど。
 じん、と指先に熱が溜まるほどに甘い触れ方だった。
 その一連の所作で、忘れていたけれど、ずっと手にしたままだったミントガムが鳳に持っていかれる。
 これ、俺にください、と目線で鳳にねだられて。
 宍戸が頷くより先に、耳元で、低くひそめた鳳の囁き声が届く。
「…今ここでは出来ないキスの代わりにします」
「………………」
 言うなり鳳は片手で器用に包み紙を剥いて、ガムを口に入れた。
 至近距離で視線が交差して。
 その瞬間。
 誰にも気づかれないけれど、自分達に判る。
 ああ確かに、これはキスだ。
 じゃあ明日、と鳳が教室を出て行き、おう、と宍戸はそれを見送った。
 宍戸はそうして一人になったけれど、昼休みはまだ時間があって、教室の中は依然ざわめいていて。
「………………」
 ゆっくりと宍戸は机にうつ伏せた。
 その体勢で、ポケットから新しいミントガムをひとつ取り出し、包み紙を剥き、口に入れ、噛み締める。
 キスをする。
 とりあえず今は、そんなバーチャルなキスをして。
 眠気にたゆたい、明日へそっと思いを馳せる。
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無題
新着で読むことができて、幸せです!
暖かく、少しずつ染み込んでくる幸福感に酔いしれました。
鳳穴には、こういう穏やかさが似合いますね。
happybirthday!
jen 2013/02/14(Thu)23:31:44 編集
無題
トリシシが減りつつある中素晴らしい書き手様がいらして本当に嬉しいです!落ち着いたカップルもいいですね!
カイト 2013/02/18(Mon)18:08:32 編集
無題
ひさしぶりの鳳宍、ありがとうございました。寝不足になるまで考えこんでしまう宍戸さんがかわいいですね。
ちょたお誕生日おめでとう。
manya 2013/02/21(Thu)00:37:57 編集
お返事が遅くなって申し訳ございませんでした!
jen様
読んで下さってありがとうございます~。
鳳宍だからこその、ゆったりとした幸せな空気感が書きたいなあと思って書いたものだったので、頂いたお言葉本当に嬉しかったです!ありがとうございました。

カイト様
こちらこそ読んで頂けてとても嬉しいです。ありがとうございます。
手が遅いものでなかなか更新が儘なりませんが、大好きな二人をまだまだ書いていきたいと思っているので、これからもどうぞよろしくお願いいたします!

manya様。
更新遅いサイトですのに読んで頂けて、こちらこそいつも本当にありがとうございます!
鳳宍はいつもお互いがお互いに対して真剣で、一生懸命な所がかわいいなあと思います。
普段から仲良しで微笑ましい~。
直美 URL 2013/05/28(Tue)04:48:51 編集
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