忍者ブログ
How did you feel at your first kiss?
[447]  [446]  [445]  [444]  [443]  [442]  [441]  [440]  [439]  [438]  [437
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 気配に振り返った途端、今まさに自分に対して飛びかかってこようとしている相手を目にして、海堂が覚えたものは危機感ではなかった。
「おっはよう! 海堂!」
「……、…おはようございます、」
 身体ごとぶつかってくるかのように背中にどすんとのしかかられる。
 流石に若干足元を揺らがせたものの海堂は持ちこたえて、どうにか朝の挨拶だけは返した。
 誰に対しても人懐っこい上級生は、そのまま海堂の背中にぴったりくっついて、制服越しに体温で暖をとっているようだった。
「んんー、海堂温かいにゃー」
「………………」
 二月も今日で終わるが、まだまだ外気は冷たくて寒い。
 菊丸が言うように、確かにこうしてくっついていると、海堂の背中も温かった。
 ごろごろと喉でも鳴らしそうな勢いで、にこにこと笑って、ぐりぐりと肩口に額を押し当ててくる菊丸を、海堂は振りほどけないでいる。
 温かさが惜しいからという訳ではなく、相手が上級生だからという訳でもない。
 正直な所、どう対応していいのか海堂には判らなかったからだ。
 ここまで衒いなく、人に懐かれたり接触された事がないので。
 どうすればいいのかまるで判らない。
 加えて、無類の動物好きである海堂にとっては、猫さながらの菊丸の言動は無下に出来ない気にさせられる。
 背中にほぼ同身長である菊丸を背負ったまま通学路で立ち往生するしかなくなる。
 近くに在ると、菊丸からはいつも歯磨き粉のミントの香りがする。
「………菊丸先輩」
「ん?」
「遅刻するっス…」
「あはは、それは困る」 
 困ると言いつつ、菊丸は海堂から離れない。
 それこそ猫のような大きな目で、肩口からじっと自分を見つめてくる菊丸に、海堂は息を詰める。 
「海堂ってさー」
 海堂の緊張など恐らく全く気にもしないで、菊丸はのんびりと言った。
「なんかいっつもいい匂いするねー」
「……は…?」
「なんだろなー、これ。んー……?…洗濯したてみたいな、アイロンがけの後みたいな。なんだろ。な、海堂はどう思う?」
「………はあ…」
 会話になっているのかいないのか。
 海堂が悩んでいると、やわらかい声が割って入ってきた。
「英二。海堂が困ってるよ」
「あ、不二だ。おはよ!」
「おはよう。海堂も、おはよう」
「………おはよう、ございます」
 愛想のない海堂の声にも、不二は笑みを深くして。
 菊丸の背中を、ぽんと手のひらで叩いた。
「さっき大石がコンビニでプリン二つ買ってたよ」
 今日発売のアレ、と不二が言うと、菊丸が跳びはねるように海堂の背中から離れた。
「イチゴとチョコレートのやつ!」 
「そう。ピンクペッパーが隠し味の。英二が前に、発売されたら絶対食べたいって言ってたからね。大石の事だから、覚えてたんじゃない?」
「もー、大石、大っ好き!」
 そう言うが早いか。
 菊丸は走り出して、あっという間に、その背中は見えなくなった。
「元気だよねえ、英二」
「………」
 笑う不二の隣で、海堂は曖昧に頷きつつも、内心ではしみじみそれに同意する。
 突然現れた菊丸がいなくなって、今度は不二と二人になって。
 実のところ人見知りの激しい海堂は、これはこれでまた緊張めいて押し黙る。
 そういった海堂の性質を熟知している上級生達は、菊丸にしろ不二にしろ、気にした風はなかったが。
 しかし今日は普段とは違い、海堂の方から不二に呼びかける。
「………不二先輩」
 海堂からの呼びかけに、珍しく不二の表情が判りやすくびっくりして。
「ん?」
 それでもすぐに、続きを話しかけやすくする柔らかい雰囲気で、不二が問い返してくる。
 海堂は少し視線をさまよわせて、息を整えるように吐き出した後、鞄の中からコンビニの袋を取り出して不二に差し出した。
「あれ、海堂も、あのプリン買ったんだ」
「……ビターチョコレートの、方っス」
 今日新発売のラインナップの、もう片方。
 こちらの隠し味は唐辛子だ。
「………こっちの方がいいって、不二先輩言ってたんで」
「え、……これ、僕に?」
 不二が大きく目を見開いて、本当に驚いた顔をするので。
 海堂はどういう態度をとっていいものかと真面目に悩んで、ただ無言で頷いた。
 不二と菊丸と大石が、雑誌に載っていた今春に向けてのコンビニの新スイーツの記事を見ていた場所に、たまたま海堂も居合わせたのだ。
 辛いもの好きのせいか、僕はこっちがいいな、と不二が言っていた方のプリン。
 それが一つだけ入っているコンビニの袋を、不二が海堂の手から受け取った。
 らしくもなく緊張していたのか、肩から力が抜けたのを海堂は自覚した。
 おめでとうございます、と海堂は低く呟いた。
 誕生日、とも小さく付け加える。
「うわ……嬉しいな…」
 思わず零れたような不二の声に、海堂は決まり悪いような落ち着きのなさを覚える。
「………いや、別に、」
 プリン一つだけですけどと言いよどむ海堂に、不二は首を振った。
「ううん、だけなんて事ないよ。本当に嬉しい。ありがとう、海堂」
「……や、…ですから、そんな大層な………」
 海堂の困惑をよそに、不二が、いっそ感動でもしているかのような顔をする。
 そしてそれが決して上辺だけのものではなくて、本心からの表情だと、海堂にも判るので。
 海堂としてはますます、どうしていればいいのか判らなくなる。
「あの、………遅刻…するんで……」
「あ、そうだね。うん、行こう」
 不二は相変わらず両手の上にコンビニの袋を乗せ、笑顔でそれを見つめている。
 慣れない事をしたという自覚がある上に、隣でずっとそんな様子を見せられて海堂の居た堪れなさはピークに達する。
 先程の菊丸さながらに、ここから走り去るのは問題の行為になるだろうか。
「ねえ、海堂」
 少々気もそぞろになっていた海堂は、不二からの呼びかけにぎこちなく視線を返した。
 あ、と海堂が思ったのは、そうして見おろした不二の表情が、少し意味ありげな笑みに変化していたからだ。
 不二がこういう表情をする時は、海堂にとってあまり心臓によくないような言葉が投下される。
「乾に自慢してもいい?」
「………は?」
「海堂に、誕生日おめでとうって言って貰って、プレゼント貰ったんだよって。言ってもいい?」
「プレゼントって……、そんな大袈裟な」
 海堂の言葉を遮って、不二がちょっと悪い目をする。
「言ったら絶対、乾にものすごく羨ましがられるね。…うん。もしかしたら、とんでもなく悔しがられるかな?」
「あの、…」
「ひょっとしたら半狂乱になるかも。うわあ、からかい甲斐があるなあ…」
「不二先輩…、…?」
 楽しくなってきたなあ、と。
 いったいどこまでが本気か判らない表情で不二が笑い、海堂は隣で頬を引き攣らせた。
「大丈夫大丈夫、ちゃんと手加減してからかってくるから」
「………………」
 大丈夫って何がだとか。
 手加減って何だとか。
 海堂にも言いたい事は色々あったが、こういうモードの時の不二に海堂が何かを言える訳がなかった。
「もし昼休みか放課後にでも、乾が海堂に泣きついてきたら慰めてやって?」
 ちょっと鬱陶しいかもしれないけど、と不二が悪戯っぽく付け加える。
 本当に今更ながら、そのからかいというのが、何を、どこまでするつもりなのかと。
 不二を見返して海堂は絶句する。
「ありがとね、海堂」
 コンビニの袋を目の高さまで持ち上げて、そう言って。
 不二は足取りも軽く歩き出す。
 その少し後を黙ってついていきながら。
 二月二十九日。
 果たして今日がどんな日になるのかと、海堂はひっそりと頭を悩ませるのだった。
PR
この記事にコメントする
name
title
font color
mali
url
comment
pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
無題
うふふ・・・いつも拝見させていただいてます。幸せにさせていただいてます。ありがとうございます。
ふみ 2012/04/04(Wed)07:45:08 編集
アーカイブ
ブログ内検索
バーコード
カウンター
アクセス解析
忍者ブログ [PR]