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How did you feel at your first kiss?
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 日曜日に他校との練習試合に赴いた屋外のテニスコートで、海堂は自動販売機を前に、立ち竦んでいる。
 乾は少し離れた所からそんな海堂に気づいたので、暫し様子を黙って窺っていた。
 何せ海堂は、どこか人慣れしない野生の猫のような所があるので。
 いきなり声をかけると逃げられる確率が結構高い。
 乾が気配を殺して見据える先で、たっぷりと数分。
 海堂はその場に立ち尽くしていた。
 手にしたものを、ただじっと見下ろしている。
 どうやらそれは自動販売機から取り出した缶ジュースのようだった。
「………………」
 あれくらい気がかりな事があるのなら、いっそ声をかけても大丈夫だろうと、乾は歩き出した。
 海堂は乾に全く気付いていないようなので、近くまで寄って静かに呼びかける。
「海堂」
「……、……乾先輩…」
 小さく反応する様は、やはり、びっくりして毛を逆立てる仔猫のようだ。
 言えば当人に絶対怒鳴られるので乾は勿論口にはしないけれど。
 代わりに、乾は海堂の手元に視線を落として、淡々と言った。
「間違えた?」
「………………」
 海堂が手にしていたのは炭酸飲料だ。
 彼がその類の飲み物を自分からは選ばない事を乾は知っている。
 ああそれでか、と乾は粗方の合点がいった。
 海堂が随分と長い事立ち尽くしていた訳。
 彼は迷っているのだろう。
 かわいいな、と思う。
 思うだけに留めて、乾は後押しの言葉を放った。
「それなら越前にやるといい」
 まるで今思いついた提案みたいに乾は口にしたが、実際海堂の頭にはその選択肢がすでにあるという事を判った上での助言だ。
 青学のルーキーは、事ある毎にその炭酸飲料を飲んでいる。
 相当好物のようだと、データ収集癖のある乾だけでなく、海堂もきちんと知っているのだ。
 ただ、海堂の性格上、越前にジュース一本渡す事が、相当ハードルの高い行為だという事も乾は理解しているので。
 何というか。
 微笑ましいというか。
 やはりどうしたってかわいいなあと思う気持ちが脇でてきてしまうので、乾は懸命にそれが表面化しないよう努め、わざと無表情を取り繕った。
 そんな乾に、突如海堂が。
「うん?」
「………………」
 手を伸ばしてきたかと思うと、掴んだ缶ジュースを、乾の胸元近くに、ぐいっと押し当ててきた。
 きつい目元をそうして伏せると、海堂の睫毛の長さが際立った。
 そのままそっぽを向くような仕草も。
 普段海堂が滅多にしない分、どこか幼く乾の目には映った。
「どうした?」
 からかうつもりはなかったし、海堂の意図している所は充分理解していた乾だったけれど。
 無言で自分に押しつけられる缶ジュースと、うまく言葉に出来ない海堂がますますかわいいものだから、つい笑ってしまう。
 海堂が機嫌を悪くする前にと、乾は右手で缶ジュースを受け取り、左手を海堂のバンダナ越しに頭の上に乗せて、そっと海堂の目線を拾い上げた。
「俺が渡してくればいいか?」
「………………」
 年上の自分を使いだてする事は気が引けるようで、海堂は不機嫌にはならなかった。
 困ったように、普段は鋭い眼光を乾に遠慮がちに乾へと向けてくるだけだ。
「………………」
 思えば、こういう風に海堂に使われるなんて事。
 少し前だったら有り得なかったはずだ。
 そう思えば寧ろ感慨深い。
 海堂は大抵単独行動をとっていたし、部内の上級生相手には、礼儀を払いつつも彼の方から接触してくる事など皆無だったからだ。
 トレーニングメニューを考えたり、一緒に自主トレをするようになったり、自分に対して少しずつほどけてくる海堂から乾は目が離せなくて時々困る。
 自分が、まるで執着しているかのように海堂に拘ってしまう、その自覚があるからだ。
「一番上手なやり方で渡してくるから心配しなくていいよ」
「………………」
 越前の好きなジュース。
 それを海堂から越前へ。
 手渡しの仲介役は乾だ。
 内面のやわらかみを必要以上に硬質な態度でひた隠す海堂が、あの生意気なスーパールーキー相手に、後々なるべく困らないようにしてあげようと、乾は笑みを浮かべた。
「……先輩」
「ん?」
 物言いたげな海堂の目が、じっと自分を見上げてくる。
 それだけのことが、どうしてこんなに、浮かれる程嬉しいんだろうかと、乾は唇の端を引き上げる。
 はっきりいって、海堂どころか。
 こんな有様では自分の方こそが、越前の、格好のからかいのネタになるだろうと、乾は思う。
 恐らく乾の予想通り、越前は、海堂に傾倒する乾を見抜いて、また何か鋭い言葉を放ってくるのだろう。
「それもいいか」
「………はい?」
「いや。それじゃ、また後でな」
 行ってくるよと、乾は缶ジュースを持っていない方の手を海堂の肩にかけた。
 しっかりと鍛えてあるしなやかな肌の感触は、それでいて乾の手のひらには、ひどく甘い余韻を残す。
 不思議な、不思議な、存在だった。
 乾にとっての海堂は。
 まるで考えの纏まらない、でもその纏まらなさに、もう少し浸っていようと乾は考えている。


 多分、そう遠くはない未来、自分の感情は全て明け透けに、そして判りやすく単純に、纏まるであろう予感がする。


 だから今は、あともう少しだけ。
 訳の判らなさに足掻くのだ。
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