How did you feel at your first kiss?
お帰り海堂、と聞き慣れた声がした。
海堂が顔を上げれば歩いて行く方向の少し先に乾が立っていて、ひらひらと片手を振っていた。
「乾先輩…」
多分、乾を見てほっとした海堂の心情は、表情や態度にも出ていたのだろう。
乾は少しだけ目を瞠って、それからゆっくりと微笑むと、海堂の元へとやってきた。
対峙して、近くから海堂を見下ろした乾は、片手で海堂の頭を撫でるように髪をかきまぜてくる。
「お疲れ」
笑んでいる乾の手に抗う気力も、もはや海堂には残っていなかった。
夏休みに入って早々、海堂は母親の実家に家族揃って帰省する事になっていた。
中学に入ってから休みとくればテニス三昧で、盆暮れ正月は自宅にいるのも精一杯といった状態だったので、なかなか祖父母に会う事もなく、海堂も気にはしていたのだ。
中学三年のこの夏に、高校に入ればまた忙しくなるだろうからと、思い切って数日泊まりに行く事になり、それはそれで良かったのだが。
「やっぱり親戚大集合だったか?」
「………ッス」
そうかー、と優しげに頷く乾の横に並んで歩きながら、海堂は大変に賑やかだったこの三日の事を思い返して、長く息を吐いた。
元々の性格に長男気質加わって、どうにも甘え慣れしていない海堂には、大人達から年少の親戚まで、たっぷりと構われまくる事にかなりの気力を持っていかれてしまったのだ。
「合宿とかは普通に出来るんだから、団体行動が駄目だって訳でもないと思うが」
「テニスは別です…」
「大人数が苦手?」
「まあ……多少…」
こんな風に当たり前のように会話をしているが、そもそも約束もしていないのに当たり前みたいにこうしている自分達は何なんだろうと海堂は考える。
ちらりと盗み見るように傍らの男を見上げれば、気づいているのかいないのか。
乾は前を見たまま、よく頑張ってきたじゃないかと言った。
「見てきたみたいに言いますね」
「想像に難くないね」
さっきは正面から伸びてきた乾の手が、今度は横から。
頭を抱き寄せるようにされて、またくしゃくしゃと指先に髪をかき乱される。
「………………」
この人には何をされても平気だな、と海堂は思った。
乾以外の誰にされても、こんな風に普通に受け入れる事は到底出来なさそうだ。
思えば最初から、乾に対しては海堂の言動はいつもそれまで人には見せられなかったものばかりだった。
頼るとか。
甘えるとか。
それ以上の事も。
何でこの男には出来たんだろう。
「ん? どうした?」
じっと乾を見上げている視線に、乾が不思議そうに海堂を覗き込んできた。
「……疲れちゃったか」
疑問とも確信とも言いかねる口調だったが、海堂は黙って頷いた。
乾はあっさりとした手つきで数回海堂の頭を撫でてから、何飲む?と近くの自販機を指さした。
「本音は、うちに連れて帰りたい所なんだけど」
早く休ませてあげたいからこれで悪いな、と乾が先に立って自販機に近づいていく。
「………………」
広い背中を見つめて、海堂は考えた。
疲れきった後、一人でいるより乾と一緒にいる方がよほど休まるとか。
そんなのは、もう、いつからだったのか。
「乾先輩…」
「んー…?」
どう言えば良いのか海堂には見当もつかない。
何にする?と振り返ってくる乾の気配に、だから何の考えもなしに動いた。
額を、触れるか触れないか程度に少しだけ。
乾の背中に押し当てた。
「………海堂」
「………………」
「振り返ったら、ダッシュとか、無しな」
物凄く慎重に乾が宣言するのがおかしかった。
物凄く神経を集中させて乾が振り返るタイミングを図っているのも。
海堂は俯いたまま考えた。
家族は、もう一日田舎に残ることになって、予定通り帰ってきたのは海堂だけだ。
だから。
「逃げるなよー」
「………………」
猫でも捕獲するような言い方で、いよいよ振り返ろうとする乾を。
今日は自分を持ち帰るつもりの全くないこの男を。
この後どう持ち帰ろうかと、海堂は真剣に考えている。
海堂が顔を上げれば歩いて行く方向の少し先に乾が立っていて、ひらひらと片手を振っていた。
「乾先輩…」
多分、乾を見てほっとした海堂の心情は、表情や態度にも出ていたのだろう。
乾は少しだけ目を瞠って、それからゆっくりと微笑むと、海堂の元へとやってきた。
対峙して、近くから海堂を見下ろした乾は、片手で海堂の頭を撫でるように髪をかきまぜてくる。
「お疲れ」
笑んでいる乾の手に抗う気力も、もはや海堂には残っていなかった。
夏休みに入って早々、海堂は母親の実家に家族揃って帰省する事になっていた。
中学に入ってから休みとくればテニス三昧で、盆暮れ正月は自宅にいるのも精一杯といった状態だったので、なかなか祖父母に会う事もなく、海堂も気にはしていたのだ。
中学三年のこの夏に、高校に入ればまた忙しくなるだろうからと、思い切って数日泊まりに行く事になり、それはそれで良かったのだが。
「やっぱり親戚大集合だったか?」
「………ッス」
そうかー、と優しげに頷く乾の横に並んで歩きながら、海堂は大変に賑やかだったこの三日の事を思い返して、長く息を吐いた。
元々の性格に長男気質加わって、どうにも甘え慣れしていない海堂には、大人達から年少の親戚まで、たっぷりと構われまくる事にかなりの気力を持っていかれてしまったのだ。
「合宿とかは普通に出来るんだから、団体行動が駄目だって訳でもないと思うが」
「テニスは別です…」
「大人数が苦手?」
「まあ……多少…」
こんな風に当たり前のように会話をしているが、そもそも約束もしていないのに当たり前みたいにこうしている自分達は何なんだろうと海堂は考える。
ちらりと盗み見るように傍らの男を見上げれば、気づいているのかいないのか。
乾は前を見たまま、よく頑張ってきたじゃないかと言った。
「見てきたみたいに言いますね」
「想像に難くないね」
さっきは正面から伸びてきた乾の手が、今度は横から。
頭を抱き寄せるようにされて、またくしゃくしゃと指先に髪をかき乱される。
「………………」
この人には何をされても平気だな、と海堂は思った。
乾以外の誰にされても、こんな風に普通に受け入れる事は到底出来なさそうだ。
思えば最初から、乾に対しては海堂の言動はいつもそれまで人には見せられなかったものばかりだった。
頼るとか。
甘えるとか。
それ以上の事も。
何でこの男には出来たんだろう。
「ん? どうした?」
じっと乾を見上げている視線に、乾が不思議そうに海堂を覗き込んできた。
「……疲れちゃったか」
疑問とも確信とも言いかねる口調だったが、海堂は黙って頷いた。
乾はあっさりとした手つきで数回海堂の頭を撫でてから、何飲む?と近くの自販機を指さした。
「本音は、うちに連れて帰りたい所なんだけど」
早く休ませてあげたいからこれで悪いな、と乾が先に立って自販機に近づいていく。
「………………」
広い背中を見つめて、海堂は考えた。
疲れきった後、一人でいるより乾と一緒にいる方がよほど休まるとか。
そんなのは、もう、いつからだったのか。
「乾先輩…」
「んー…?」
どう言えば良いのか海堂には見当もつかない。
何にする?と振り返ってくる乾の気配に、だから何の考えもなしに動いた。
額を、触れるか触れないか程度に少しだけ。
乾の背中に押し当てた。
「………海堂」
「………………」
「振り返ったら、ダッシュとか、無しな」
物凄く慎重に乾が宣言するのがおかしかった。
物凄く神経を集中させて乾が振り返るタイミングを図っているのも。
海堂は俯いたまま考えた。
家族は、もう一日田舎に残ることになって、予定通り帰ってきたのは海堂だけだ。
だから。
「逃げるなよー」
「………………」
猫でも捕獲するような言い方で、いよいよ振り返ろうとする乾を。
今日は自分を持ち帰るつもりの全くないこの男を。
この後どう持ち帰ろうかと、海堂は真剣に考えている。
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