How did you feel at your first kiss?
ファミリーパックのアイスの紙箱を片手に抱えたジローに宍戸が向き合っている。
氷帝の、学校近くのコンビニの前。
口調は荒いが面倒見のいい宍戸と、スイッチが入らない状態のぼんやりしたジローとでは、一緒にいても同学年同士には見えにくい。
目上の人達相手に微笑ましいと思うのもどうかと考えつつ、鳳は黙ってその様子を傍らで見ているのだけれど。
「お前、袋貰わなかったのかよ? そんな抱えてると、中の、すぐ溶けるぞ?」
「あー…袋は、エコ」
「とにかく早く帰って……って、食いながら帰んのか」
「ん」
全部食うと腹壊すぞと言いながら、ジローがごそごそと紙箱から棒のアイスを取り出すのを宍戸は手伝ってやっている。
「何味食うんだよ」
「甘いやつー」
「アホ、どれも甘ぇよ」
アソートのアイスキャンディをひっかきまわして気に入りの一本を選んだらしいジローは、口にくわえたまま更に箱から二本を取り出した。
「あい、あえう」
「あげるじゃねえよ。口に食べ物入れたまま喋んな」
「………………」
それでも通じてるんだなあと鳳が苦笑いしていると、眠そうな顔のままジローはアイスを口に入れ、片手を振って歩き始めた。
「こけんじゃねーぞ!」
「あーい」
溜息をつきながらその小さな背中を見送った宍戸の視線が、すっと鳳に向けられて。
「長太郎、どっち食う?」
「宍戸さんは?」
ジローから受け取った二本のアイスキャンディを手にした宍戸が、鳳の返答を聞くや、小さく笑った。
「何ですか?」
「どっちにするかって聞いた所で、お前の返事はいつもそれな」
「苦手な物なら苦手だって、ちゃんと言いますよ?」
「ミントガムはそうしなかっただろうが」
確かに鳳はミント系の辛い味には強くなく、以前に宍戸から貰ったそれを、いつまでも鞄に入れておいたことがあったのだけれど。
「あれは全く別の次元の話です」
「はあ?」
宍戸さんから初めて貰ったものだったから、と鳳が微笑んで告げると。
まじまじと見返してきた宍戸が、がっくりと肩を落として、嘆息する。
どういう意味での溜息かと、鳳は宍戸の名前を呼びかけた。
「宍戸さん?」
「………そういう、キラッキラした顔、ちょっとは自重しねえかな。ほんと、お前」
うんざりしたような顔だったけれど、言われた言葉はやけに甘く響くので、鳳も曖昧に首を傾げるしかない。
自分が今どういう顔をしているかなんて、正直判らないけれど。
好きな人に向けている表情なのだから、自重出来るものでもないだろうと鳳は思う。
ありのままだから。
宍戸を前に取り繕わなければならないことは何もない。
「……っあー、もう、溶ける!」
俺はこっちにすると水色の方を選んだ宍戸が、黄色い方を鳳に手渡してきた。
「いただきます」
「買ったの俺じゃねーけどな」
透明なパッケージはコンビニ前のゴミ箱に捨てて、冷たいアイスキャンディを口にしながら歩き出す。
頭上にある太陽が、自分達へと落としてくる日差しは容赦ない。
まだ梅雨明けもしていないのに、強く、熱い。
「お前のレモン?」
「いえ、パイナップルですね。宍戸さんのはソーダとか?」
「やっぱミントじゃねえよなあ…」
多分それを幾らかは期待していたのだろう。
眉を寄せる宍戸は、甘いものよりも、味や香りのすっきりとしたものの方を好む。
取り替えてあげようかなと鳳は一瞬考えたのだが、パイナップルとて相当甘い部類だ。
それでは意味ないかと提案を止めたのだが、突然鳳は、宍戸に肘と手首の間辺りを掴まれて瞠目する。
自分のものよりは大分華奢な、でもしっかりと伸びた指で、結構強く引っ張られて。
何だろうと鳳が訝しがるより先に、鳳が手にしていたアイスキャンディの先端が宍戸の唇に触れていた。
「………………」
鳳の腕に手をかけたまま、宍戸が鳳の冷菓を舐め、少し考える顔をして、溜息をつく。
「やっぱ甘い…」
睫毛を伏せたすっきりとした涼しい目元を、気難しげに寄せられた眉間を、鳳は見おろして。
衝動というより、本当に真面目に、抱き寄せたいなとか、キスをしたいなとか思う。
さすがに今ここでしたら宍戸に真剣に怒られるだろうから出来ないけれど。
彼がくれるこの距離感が特別すぎて、自分以外の相手には多分見せないであろう所作の気安さに、何か堪らないような気分になって困った。
「…長太郎」
「あ、…はい」
一瞬ぼんやりしていた鳳は、宍戸が憮然と上目に睨んでくるのに気づいて、返事の後かすかに苦笑いを浮かべた。
自分の考えていることなど筒抜けなのだろう。
宍戸は憮然としていて、結局怒られるのかと、鳳が神妙に宍戸の言葉を待っていると。
アイスキャンディで冷たく濡れた宍戸の唇は、ふわりと甘い匂いの溜息を洩らして、ひそめた低い呟きを零す。
「だからそういう顔をだな…」
「はい………えっと、すみません」
「そうじゃなくて! 我慢させてるのが可哀想で堪んなくなるようなツラもすんな、馬鹿!」
「……、は…?」
うっかりキスくらいしてやりたくなるだろうがと宍戸は吐き捨て、不貞腐れている。
結構真面目に怒っている。
でも、言っているそれは。
いったい、何なのだ。
「………………」
うわあ、と鳳は生真面目に照れた。
宍戸からからかわれたり更に怒られたりはしなかったから、多分あまり表情には出ていなかったようだ。
それにしたって本当にもうどうしようかと思って。
熱冷まし。
そんな気分で、鳳は無意識に、手にしていたアイスキャンディを口に運んだ。
そしてすぐに、それは今しがた宍戸が口にしていたとか、そんな事を考えたら熱など冷める訳がない。
宍戸もどうやら同じような状態らしく、水色のアイスキャンディに歯を立てていた。
並んで歩いているけれど、お互い少しだけ相手のいない方に身体を向けて。
その日の帰りに二人で食べたアイスキャンディの味は、それですっかりうやむやになってしまった。
翌朝の通学路で、珍しく朝からしゃっきりと目が覚めているらしいジローが、氷帝の学生の姿も多い公道で大声を出しながら駆け寄ってきた。
「宍戸ー、おはよー! 鳳ー、おはよー!」
自主練のあと一緒に登校していた鳳と宍戸に向かって走ってきて、朝一番にジローが言った事には。
「なあ宍戸ー、昨日鳳は何味だったー?」
どっかん、と。
それは派手に投下され場は一瞬静まり返る。
「……、っは…?」
宍戸が裏返った声を上げる傍らで、絶句した鳳は、咄嗟にかけるフォローの言葉も見つからない。
「あ、聞くの逆がよかった?」
ゴメン!とあっけらかんと笑ったジローは、今度は鳳を、じっと見つめて。
「宍戸は何味だった? 鳳」
「…、…ジロー先輩」
「ジロー、……てめえ…」
昨日食べたアイスの味を聞きたいのなら。
そうじゃなくて。
そうではなくて。
聞き方は!と鳳と宍戸の心の声はシンクロしていたが、公衆の無言の動揺は凄まじく、そんなものは敢え無く搔き消されてしまった。
「何や、賑やかやなあ」
がっくんは昨日もいつも通りイチゴ味やったで?と呑気に話の輪に入ってきた忍足に、正直鳳と宍戸は心底感謝したのだったが。
影の功労者である筈の忍足は、気の毒にも次の瞬間、隣にいた向日に容赦なく蹴り飛ばされてしまっていた。
氷帝の、学校近くのコンビニの前。
口調は荒いが面倒見のいい宍戸と、スイッチが入らない状態のぼんやりしたジローとでは、一緒にいても同学年同士には見えにくい。
目上の人達相手に微笑ましいと思うのもどうかと考えつつ、鳳は黙ってその様子を傍らで見ているのだけれど。
「お前、袋貰わなかったのかよ? そんな抱えてると、中の、すぐ溶けるぞ?」
「あー…袋は、エコ」
「とにかく早く帰って……って、食いながら帰んのか」
「ん」
全部食うと腹壊すぞと言いながら、ジローがごそごそと紙箱から棒のアイスを取り出すのを宍戸は手伝ってやっている。
「何味食うんだよ」
「甘いやつー」
「アホ、どれも甘ぇよ」
アソートのアイスキャンディをひっかきまわして気に入りの一本を選んだらしいジローは、口にくわえたまま更に箱から二本を取り出した。
「あい、あえう」
「あげるじゃねえよ。口に食べ物入れたまま喋んな」
「………………」
それでも通じてるんだなあと鳳が苦笑いしていると、眠そうな顔のままジローはアイスを口に入れ、片手を振って歩き始めた。
「こけんじゃねーぞ!」
「あーい」
溜息をつきながらその小さな背中を見送った宍戸の視線が、すっと鳳に向けられて。
「長太郎、どっち食う?」
「宍戸さんは?」
ジローから受け取った二本のアイスキャンディを手にした宍戸が、鳳の返答を聞くや、小さく笑った。
「何ですか?」
「どっちにするかって聞いた所で、お前の返事はいつもそれな」
「苦手な物なら苦手だって、ちゃんと言いますよ?」
「ミントガムはそうしなかっただろうが」
確かに鳳はミント系の辛い味には強くなく、以前に宍戸から貰ったそれを、いつまでも鞄に入れておいたことがあったのだけれど。
「あれは全く別の次元の話です」
「はあ?」
宍戸さんから初めて貰ったものだったから、と鳳が微笑んで告げると。
まじまじと見返してきた宍戸が、がっくりと肩を落として、嘆息する。
どういう意味での溜息かと、鳳は宍戸の名前を呼びかけた。
「宍戸さん?」
「………そういう、キラッキラした顔、ちょっとは自重しねえかな。ほんと、お前」
うんざりしたような顔だったけれど、言われた言葉はやけに甘く響くので、鳳も曖昧に首を傾げるしかない。
自分が今どういう顔をしているかなんて、正直判らないけれど。
好きな人に向けている表情なのだから、自重出来るものでもないだろうと鳳は思う。
ありのままだから。
宍戸を前に取り繕わなければならないことは何もない。
「……っあー、もう、溶ける!」
俺はこっちにすると水色の方を選んだ宍戸が、黄色い方を鳳に手渡してきた。
「いただきます」
「買ったの俺じゃねーけどな」
透明なパッケージはコンビニ前のゴミ箱に捨てて、冷たいアイスキャンディを口にしながら歩き出す。
頭上にある太陽が、自分達へと落としてくる日差しは容赦ない。
まだ梅雨明けもしていないのに、強く、熱い。
「お前のレモン?」
「いえ、パイナップルですね。宍戸さんのはソーダとか?」
「やっぱミントじゃねえよなあ…」
多分それを幾らかは期待していたのだろう。
眉を寄せる宍戸は、甘いものよりも、味や香りのすっきりとしたものの方を好む。
取り替えてあげようかなと鳳は一瞬考えたのだが、パイナップルとて相当甘い部類だ。
それでは意味ないかと提案を止めたのだが、突然鳳は、宍戸に肘と手首の間辺りを掴まれて瞠目する。
自分のものよりは大分華奢な、でもしっかりと伸びた指で、結構強く引っ張られて。
何だろうと鳳が訝しがるより先に、鳳が手にしていたアイスキャンディの先端が宍戸の唇に触れていた。
「………………」
鳳の腕に手をかけたまま、宍戸が鳳の冷菓を舐め、少し考える顔をして、溜息をつく。
「やっぱ甘い…」
睫毛を伏せたすっきりとした涼しい目元を、気難しげに寄せられた眉間を、鳳は見おろして。
衝動というより、本当に真面目に、抱き寄せたいなとか、キスをしたいなとか思う。
さすがに今ここでしたら宍戸に真剣に怒られるだろうから出来ないけれど。
彼がくれるこの距離感が特別すぎて、自分以外の相手には多分見せないであろう所作の気安さに、何か堪らないような気分になって困った。
「…長太郎」
「あ、…はい」
一瞬ぼんやりしていた鳳は、宍戸が憮然と上目に睨んでくるのに気づいて、返事の後かすかに苦笑いを浮かべた。
自分の考えていることなど筒抜けなのだろう。
宍戸は憮然としていて、結局怒られるのかと、鳳が神妙に宍戸の言葉を待っていると。
アイスキャンディで冷たく濡れた宍戸の唇は、ふわりと甘い匂いの溜息を洩らして、ひそめた低い呟きを零す。
「だからそういう顔をだな…」
「はい………えっと、すみません」
「そうじゃなくて! 我慢させてるのが可哀想で堪んなくなるようなツラもすんな、馬鹿!」
「……、は…?」
うっかりキスくらいしてやりたくなるだろうがと宍戸は吐き捨て、不貞腐れている。
結構真面目に怒っている。
でも、言っているそれは。
いったい、何なのだ。
「………………」
うわあ、と鳳は生真面目に照れた。
宍戸からからかわれたり更に怒られたりはしなかったから、多分あまり表情には出ていなかったようだ。
それにしたって本当にもうどうしようかと思って。
熱冷まし。
そんな気分で、鳳は無意識に、手にしていたアイスキャンディを口に運んだ。
そしてすぐに、それは今しがた宍戸が口にしていたとか、そんな事を考えたら熱など冷める訳がない。
宍戸もどうやら同じような状態らしく、水色のアイスキャンディに歯を立てていた。
並んで歩いているけれど、お互い少しだけ相手のいない方に身体を向けて。
その日の帰りに二人で食べたアイスキャンディの味は、それですっかりうやむやになってしまった。
翌朝の通学路で、珍しく朝からしゃっきりと目が覚めているらしいジローが、氷帝の学生の姿も多い公道で大声を出しながら駆け寄ってきた。
「宍戸ー、おはよー! 鳳ー、おはよー!」
自主練のあと一緒に登校していた鳳と宍戸に向かって走ってきて、朝一番にジローが言った事には。
「なあ宍戸ー、昨日鳳は何味だったー?」
どっかん、と。
それは派手に投下され場は一瞬静まり返る。
「……、っは…?」
宍戸が裏返った声を上げる傍らで、絶句した鳳は、咄嗟にかけるフォローの言葉も見つからない。
「あ、聞くの逆がよかった?」
ゴメン!とあっけらかんと笑ったジローは、今度は鳳を、じっと見つめて。
「宍戸は何味だった? 鳳」
「…、…ジロー先輩」
「ジロー、……てめえ…」
昨日食べたアイスの味を聞きたいのなら。
そうじゃなくて。
そうではなくて。
聞き方は!と鳳と宍戸の心の声はシンクロしていたが、公衆の無言の動揺は凄まじく、そんなものは敢え無く搔き消されてしまった。
「何や、賑やかやなあ」
がっくんは昨日もいつも通りイチゴ味やったで?と呑気に話の輪に入ってきた忍足に、正直鳳と宍戸は心底感謝したのだったが。
影の功労者である筈の忍足は、気の毒にも次の瞬間、隣にいた向日に容赦なく蹴り飛ばされてしまっていた。
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