How did you feel at your first kiss?
嫌いな事はいっぱいある。
騒がしい場所や、ガサツな行動、人の話を聞かない相手、鬱陶しい天候。
思い通りに進まない計画、抑制の出来ない感情、欺かれること、まずい食事、見苦しい情景。
あげていく側から増えていくみたいに、それくらい、観月にとって嫌いな事はたくさんあった。
傍からは、神経質だとかデリケートだとかいう言葉で簡単に纏められてしまう無数の出来事。
ちなみにそういう自分への評価も、観月はやはり嫌いだった。
別に神経が細い訳でもないし、繊細な訳でもない。
普通に考えて、こんなものを好きな人間がいるのかと観月は思う。
当たり前の苦痛や不満を、異様なように受け取られる事こそ不服で、だから観月はそういった事を極力口にしなかった。
溜息でそれを一蹴し、流す術を身につけた。
そういうわけで、今となっては、夥しい数ある観月の嫌いな物を把握している相手など誰もいない。
誰もいない筈なのに。
何故か、過去に観月が口にした事は全て記憶していて、更に口に出した事のない嗜好まで把握している男が一人いた。
「観月、寄りかかっていいぞ」
「………はい?」
ルドルフの屋外用のテニスコートで、ベンチに座って練習メニューの打ち合わせをしていた只中だ。
赤澤の言葉に観月は不審げに顔を顰めた。
「なに気味の悪いこと言ってるんです。貴方」
「だって雨上がりだろう?」
「……それが何だって言うんです」
肩を越す長い髪をゴムで括っている赤澤が、切れ長の目で観月を流し見てくる。
観月の愛想のない言葉にも気にした風もない。
それどころか彼は、淡々とした口調で、観月の思いもしなかった言葉を紡いだ。
「雨の塩素の匂いで気分悪くなるだろ、お前」
「………………」
そんな事、口に出した事は、一度もない。
観月が睨むように見返してもまるで動じない赤澤が、観月の頬を掌でそっと撫でた。
あまり甘くないやり方だったけれど、その接触に観月は息を飲む。
「肩にもたれるとかじゃなくて。背中で寄りかかってきていいし」
「しませんよそんなこと!」
全力で否定しつつ、観月は赤澤に問いかけた。
「雨の話なんて……貴方にした事ない筈ですけど」
実際、苦手なのだ。
雨上がりの、塩素の混じった匂い。
元々観月は匂いには敏感で、それで機嫌だけでなく気分まで悪くなることも度々あった。
ただ、それこそ雨上がりの匂いだけで具合が悪くなるなどと言おうものなら、どういうからかいかたをされるか判ったものではない。
だからこれは誰にも言った事がないのだ。
確実に。
「あー、聞いちゃいないけどさ」
「それなら何故」
「見てりゃ判るだろ」
「………………」
どういう意味だと観月が尋ねるより先。
赤澤が、上半身を屈めるようにして、ぐっと観月の顔に近づいてくる。
急に間近で、下から覗きこむようにされて。
観月が息を詰めると、赤澤は淡く笑みを浮かべた。
「具合悪いってとこまではいかないみたいだけどな。気分が悪いって顔はするからさ。雨上がりは」
そこまであからさまに自分の感情が顔に出ているとは思わなかった観月は、赤澤の指摘にどう返していいのか判らなくなった。
そんな困惑までよんでしまったかのように、赤澤が唇の端を引き上げて声をひそめる。
「俺がお前を好きすぎるんだ。ダダ漏れって訳じゃねえから、気にするな」
「………、っ…」
さらっと言われた言葉に雁字搦めにされた気分で、観月は赤澤から視線を外した。
「寮に戻っててもいいぞ」
「……追い出されるみたいで不愉快です」
「そっか? じゃ、こうしてな」
肩を抱かれて引き寄せられる。
同時に赤澤は片足を折り曲げてベンチに上げて、横向きに座って背中を向ける。
かたい背中にこめかみを当てることになり、観月はますます気難しげに眉間を歪めた。
結局こんな体勢だ。
しかし観月はそのままそこで目を閉じる。
雨の匂いはまだ周囲に散乱している。
体温の高い男の熱は正直暑苦しい。
でも、嘘みたいに観月は楽になる。
何なんだ、と唸るように観月は重心を赤澤の背中にかけた。
誰かに甘えるなんて、それこそ観月の一番嫌う事なのに。
「なあ」
「………何ですか」
「お前、ちゃんと寄りかかってるよな?」
感触が軽すぎて判らねえなどと言いながら、おそらく観月が嫌がるから、赤澤は振り返ってまでは確かめないのだろう。
あまりに真面目な問いかけに、観月は握った拳で赤澤の背中を一度叩いてやった。
「どれだけ鈍いんですか」
「おー、いたか」
「いたかじゃありません!」
笑っている赤澤に、観月は腹を立て、呆れて、そして、恥ずかしくなる。
赤澤には、結局ダダ漏れな気がする。
嫌いな事も、好きな事も。
でも、多分その原因は自分だ。
赤澤が察するばかりでなく、自分が発しているのだろうと観月は思った。
だから今。
こうしている今。
観月の感情は、赤澤には判りやす過ぎる程に判りやすく伝わってしまっているに違いないのだけれど。
もういい、と観月は諦めた。
赤澤の背に持たれて諦めた。
好きすぎるんだ。
そんなの、どっちがだ。
こっちだってだ。
「いいです。もう。諦めてあげます」
「ん?」
低い問いかけに、観月は何でもありませんと呟いて、ますます赤澤の背中に体重をかけた。
騒がしい場所や、ガサツな行動、人の話を聞かない相手、鬱陶しい天候。
思い通りに進まない計画、抑制の出来ない感情、欺かれること、まずい食事、見苦しい情景。
あげていく側から増えていくみたいに、それくらい、観月にとって嫌いな事はたくさんあった。
傍からは、神経質だとかデリケートだとかいう言葉で簡単に纏められてしまう無数の出来事。
ちなみにそういう自分への評価も、観月はやはり嫌いだった。
別に神経が細い訳でもないし、繊細な訳でもない。
普通に考えて、こんなものを好きな人間がいるのかと観月は思う。
当たり前の苦痛や不満を、異様なように受け取られる事こそ不服で、だから観月はそういった事を極力口にしなかった。
溜息でそれを一蹴し、流す術を身につけた。
そういうわけで、今となっては、夥しい数ある観月の嫌いな物を把握している相手など誰もいない。
誰もいない筈なのに。
何故か、過去に観月が口にした事は全て記憶していて、更に口に出した事のない嗜好まで把握している男が一人いた。
「観月、寄りかかっていいぞ」
「………はい?」
ルドルフの屋外用のテニスコートで、ベンチに座って練習メニューの打ち合わせをしていた只中だ。
赤澤の言葉に観月は不審げに顔を顰めた。
「なに気味の悪いこと言ってるんです。貴方」
「だって雨上がりだろう?」
「……それが何だって言うんです」
肩を越す長い髪をゴムで括っている赤澤が、切れ長の目で観月を流し見てくる。
観月の愛想のない言葉にも気にした風もない。
それどころか彼は、淡々とした口調で、観月の思いもしなかった言葉を紡いだ。
「雨の塩素の匂いで気分悪くなるだろ、お前」
「………………」
そんな事、口に出した事は、一度もない。
観月が睨むように見返してもまるで動じない赤澤が、観月の頬を掌でそっと撫でた。
あまり甘くないやり方だったけれど、その接触に観月は息を飲む。
「肩にもたれるとかじゃなくて。背中で寄りかかってきていいし」
「しませんよそんなこと!」
全力で否定しつつ、観月は赤澤に問いかけた。
「雨の話なんて……貴方にした事ない筈ですけど」
実際、苦手なのだ。
雨上がりの、塩素の混じった匂い。
元々観月は匂いには敏感で、それで機嫌だけでなく気分まで悪くなることも度々あった。
ただ、それこそ雨上がりの匂いだけで具合が悪くなるなどと言おうものなら、どういうからかいかたをされるか判ったものではない。
だからこれは誰にも言った事がないのだ。
確実に。
「あー、聞いちゃいないけどさ」
「それなら何故」
「見てりゃ判るだろ」
「………………」
どういう意味だと観月が尋ねるより先。
赤澤が、上半身を屈めるようにして、ぐっと観月の顔に近づいてくる。
急に間近で、下から覗きこむようにされて。
観月が息を詰めると、赤澤は淡く笑みを浮かべた。
「具合悪いってとこまではいかないみたいだけどな。気分が悪いって顔はするからさ。雨上がりは」
そこまであからさまに自分の感情が顔に出ているとは思わなかった観月は、赤澤の指摘にどう返していいのか判らなくなった。
そんな困惑までよんでしまったかのように、赤澤が唇の端を引き上げて声をひそめる。
「俺がお前を好きすぎるんだ。ダダ漏れって訳じゃねえから、気にするな」
「………、っ…」
さらっと言われた言葉に雁字搦めにされた気分で、観月は赤澤から視線を外した。
「寮に戻っててもいいぞ」
「……追い出されるみたいで不愉快です」
「そっか? じゃ、こうしてな」
肩を抱かれて引き寄せられる。
同時に赤澤は片足を折り曲げてベンチに上げて、横向きに座って背中を向ける。
かたい背中にこめかみを当てることになり、観月はますます気難しげに眉間を歪めた。
結局こんな体勢だ。
しかし観月はそのままそこで目を閉じる。
雨の匂いはまだ周囲に散乱している。
体温の高い男の熱は正直暑苦しい。
でも、嘘みたいに観月は楽になる。
何なんだ、と唸るように観月は重心を赤澤の背中にかけた。
誰かに甘えるなんて、それこそ観月の一番嫌う事なのに。
「なあ」
「………何ですか」
「お前、ちゃんと寄りかかってるよな?」
感触が軽すぎて判らねえなどと言いながら、おそらく観月が嫌がるから、赤澤は振り返ってまでは確かめないのだろう。
あまりに真面目な問いかけに、観月は握った拳で赤澤の背中を一度叩いてやった。
「どれだけ鈍いんですか」
「おー、いたか」
「いたかじゃありません!」
笑っている赤澤に、観月は腹を立て、呆れて、そして、恥ずかしくなる。
赤澤には、結局ダダ漏れな気がする。
嫌いな事も、好きな事も。
でも、多分その原因は自分だ。
赤澤が察するばかりでなく、自分が発しているのだろうと観月は思った。
だから今。
こうしている今。
観月の感情は、赤澤には判りやす過ぎる程に判りやすく伝わってしまっているに違いないのだけれど。
もういい、と観月は諦めた。
赤澤の背に持たれて諦めた。
好きすぎるんだ。
そんなの、どっちがだ。
こっちだってだ。
「いいです。もう。諦めてあげます」
「ん?」
低い問いかけに、観月は何でもありませんと呟いて、ますます赤澤の背中に体重をかけた。
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