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How did you feel at your first kiss?
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 すごい集中力というものはつまり、色々な方向へとそれが向けられる。
 特に乾の場合はその傾向が強いように思う。
 集中していると他の事は目に入らないようだし、何かのきっかけで別の事が気になると瞬く間にそちらに没頭したりする。
 海堂は、机を挟んで真向かいに座っている乾の様子を見ながら、しみじみと、そう考えた。
 放課後、もう誰もいないから入っておいでと、乾の教室にメールで呼ばれた。
 海堂が行ってみると、乾は広げたノートを前に何やら思案顔で。
 それもいつもの事と言えばいつもの事、海堂は目礼して教室に入り乾の前の席の椅子を引き出して座った。
 それから大分経ってから、ちょっと待っててな、と顔を上げない乾が呟き、どうぞと海堂は答えた。
 背中を向けるのも何なので身体は乾と面と向っているものの、乾は何やら呟きながら一心不乱にノートに文字を綴っている。
 そんな様子を何とは無しに海堂は見つめている。
「………………」
 乾の手が。
 ああ、探してるな、と海堂は思って、消しゴムを近くに滑らせてやる。
 乾の指先がそれに当たって、確実に手に取る。
 ふと気付くと足元にマーカーが落ちている。
 海堂は座ったまま屈んでマーカーを拾い上げ、机の上に置いた。
 ほどなくして、また何かを探す手で乾の手が動き出し、そのマーカーを取る。
 集中の仕方が、どこか子供っぽいのが乾だ。
 海堂は少しだけ唇の端を緩めた。
 夢中になる、没頭する、そうする事で他が見えなくなる性質は自分達の共通点かもしれない。
 でも、こうやって二人でいれば、目の届かない範囲を片方が補う事も出来るのだ。
「海堂」
「……何っすか?」
 いきなり呼びかけてきて、ノートの一枚を千切った乾が、知ってたか?と生真面目な声で問いかけてくる。
 てっきり何かテニスに関するデータだと思って差し出された紙に視線を落とした海堂は、そこに書きつけられた言葉を見て眉根を寄せる。
「乾先輩。何ですか、これ」
「うん。さっき気づいたんだけどな」
 いまあいたい。
 紙面に書かれていた文字だ。
 海堂は真面目に首を傾げると、乾は今の今まで没頭していたデータ帳を徐にぱたんと閉じて、机の端に押しやった。
 指先で文字の上を叩く。
 ここにきて初めて、正面から目と目が合った。
「逆から読むと、いたい、あまい、ってなるんだな。これ」
「………………」
 今、会いたい。
 痛い、甘い。
 回文というやつかと思いつつ、海堂は曖昧に頷いた。
「……はあ…」
 それがどうかしたのだろうか。
 でも、それを訊ねるのを海堂は止めた。
 多分、意味はないのだろう。
 乾の思考は取り留めない。
「海堂に会いたいなあと思ってさ」
「………………」
「頭の中で考えた言葉が何でか逆さになったらこうなって」
 発見もしたから、これはもう海堂に直接言おうと思って呼んだわけだ、と乾は笑う。
 そうして恐らく海堂が到着する間に全く別に思いついた事があって、データ帳を開いたのだろう。
 すると今度はそちらに夢中になって。
 しばらく海堂は放置されていた訳なのだが、不思議と乾のそういう所が、海堂は気にならなかった。
 時々、おかしな人だとは思うけれど。
 物事に集中して、のめり込んでいる時の乾が、海堂は嫌いでなかった。
 乾の書くデータのように、きっと頭の中もびっしりと情報や知識で埋まっているであろう男が、ふと自分の事を思い立ったりするという現実が少し不思議で。
 無意識に気の緩んだ表情になった自分に、海堂は気づかなかった。
「あー…、やっぱ、呼んで良かった……」
 頭上に大きな手のひらが乗せられる。
 何だと海堂が目を見開くと、乾がやけに和んだ顔で微笑んでいた。
「海堂の、こういう顔見られるんだからなあ」
「………別に、顔なんて普段と変わっちゃいないと思いますけど」
「海堂には見えないもんな?」
 だから。
 何で、そう、嬉しそうに笑うのだ。
 乾の方こそ。
 どうにも気まずくなって海堂は視線を乾から外した。
「あの」
「ん?」
「………頭。撫でんの止めて貰えます」
「黙って俺の手を叩き落とさないで、まず聞いてくれる所が優しいよな、海堂」
「あんた、さっきから何なんですかっ」
 優しい笑顔と、優しい手と。
 心底から嬉しそうなその気配は何なんだ。
 海堂が噛みつくように怒鳴っても、やはり乾は楽し気に、手を退かさない、笑みを絶やさない。
 そうしてやっぱり海堂も、振り払えないのだ。
「黙って待っててくれて、ありがとな」
「………………」
「消しゴムとマーカーも、ありがとう」
 気づいていないとばかり思っていたのに気づいていて。
「こういうのも、恥ずかしいのに、ちゃんと我慢してくれてありがとう」
「……判ってんなら…っ」
 頭を撫でられるとか、本当にありえないくらい恥ずかしいんだと思う海堂の心中も、きっちり把握した上で、乾は止めない。
 何だか頭の中がぐるぐるする。
 海堂は黙りこむ。
 心臓が痛い。
 感情が甘い。
 痛い、甘い、今会いたい。
 つまりこういう事かと。
 実感させられている気分で、乾の手の感触に甘んじた。
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