How did you feel at your first kiss?
ひどい雨に降られて全身濡れた。
雨宿りするような場所もない所でのいきなりの雨だったので、ただもう濡れるしかなかったのだ。
じっとりとした湿気は梅雨特有のもので、そろそろまた雨が降るだろうとは思っていたが、それにしたっていきなりすぎた。
そして今鳳に、彼の自宅の前で、シャワー浴びて着替えて行って下さいと宍戸は誘われたのだが。
はっきり言って人の家に上がれるような状態では、まるでなかった。
「いい。ここまで来たらもう帰る」
びしょ濡れの後輩を見上げて宍戸が言えば、打ちひしがれでもしているかのような顔で見下ろされる。
あまりの真剣さに宍戸は盛大な溜息を吐きだした。
「………その顔は何なんだよ、お前…」
「だって宍戸さんが」
「だってとか言うな!」
宍戸がそうやって怒鳴ったところで臆した風もなく、尚、肩を落とした鳳が自分にしかこんな甘ったれた顔を見せないという事は宍戸もよく判っている。
でもだからといって、その図体でそれはないだろうというような、全身全霊、全力でしょげられてしまっては、どうしようもない。
結局いつも、こうやって自分が甘やかしてるって事かと内心で思いつつ、宍戸は、判ったと鳳に言った。
「じゃあ、シャワー貸してくれ。ついでに服も」
「はい。宍戸さん」
それはもう、満面の笑みで鳳は笑う。
手を引かれるようにして促され。
ここまで濡れていれば、室内を濡らすのも、一人も二人も一緒でしょうと言われて。
びちゃびちゃの有様で上がり込み、玄関からバスルームへと直行した。
鳳の家は、早い時間帯に家人がいることは殆どない。
宍戸は廊下の濡れ具合も気にしつつも、二人で入っても手狭な感じのまるでしない広々としたバスルームでシャワーを浴びた。
雨もシャワーも同じ水であるのに、まるで違う。
鳳が先に宍戸にシャワーを使わせたのでバスルームを出たのも宍戸の方が先だった。
用意されていたタオルで身体を拭くと、そのすっきりとした清涼感で、力が抜ける。
「宍戸さん。そこのクローゼットに新しいバスローブ入ってるんで、着て下さいね」
「いらね」
少しして、後から出てきた鳳は、宍戸の即答に生真面目に反論した。
「駄目ですよ。風邪ひいたらどうするんですか」
「ひくかよ。六月に」
「それあんまり関係ないと思いますけど」
そんなことを言いながらも、鳳は彼自身のことなどまるでお構いなしに、せっせと宍戸の世話を焼く。
髪先から滴を落としながら、宍戸にバスローブを羽織らせた。
「ええと。あと、着替えは……何がいいかな…」
「……長太郎。お前、人のことはいいから自分の身体拭けっての」
自分の事は放ったらかしで宍戸のバスローブの前合わせまで結んでくる鳳に呆れて。
宍戸は新しいタオルに手を伸ばし、鳳の髪を拭き始めた。
宍戸より大分背の高い年下の男は、宍戸の動作に合わせて僅かに屈んできて、宍戸にされるがまま、ぽつりと言った。
「あー…宍戸さんの髪、俺が拭いてあげたかったなあ…」
心底からの呟きに、宍戸は吐息で笑う。
「末っ子だもんな、お前」
構われる事ばかりで、だから構いたいんだろうとからかってやると、鳳はじっと宍戸を見つめて、宍戸さんだってそうじゃないですかと言った。
真面目に不服を言う様が、つくづく可愛げがあって。
宍戸はうっかり気をとられそうになる。
「ま、……確かに俺も末っ子は末っ子だけど、俺の場合はお前がいるだろうが」
自分だけにしか甘えてこないその存在。
鳳のそういう可愛げを宍戸は気に入っている。
構いたがりは鳳の方だとばかり思っていたが、実際は自分の方がその傾向が強いのではないかと、宍戸は最近思っていた。
「宍戸さん」
宍戸に髪を拭かれながら、鳳が一層身を屈めてきた。
呼びかけに、何だと疑問に思うより先に。
ふわりと唇がキスで覆われた。
「………………」
目を開けたまま宍戸が受け止めたキスは短かった。
長い睫を伏せた鳳の表情は、つぶさに間近に見てとれる。
「弟とか…嫌だな」
ゆっくりと睫毛を引き上げて、至近距離の、鳳の小さな囁きが宍戸の唇を掠る。
ひそめた小さな声での、不服。
「……アホ。言ってねえよ、んなこと」
年下って意味で言っただけだと、フォローめいた言葉を宍戸が口にしたのは、鳳が甘ったれた言動とはあまりに不釣り合いな表情をしてみせるからだ。
少し憂鬱そうに眉根を寄せる。
明るい甘い色の目で、じっと宍戸を見据えて。
「………………」
こんな風に、鳳の中にある大人びた部分と子供じみた部分のアンバランスさは絶妙で、宍戸にしてみればこの年下の男に向ける自分の感情は自然と様々になる。
頼る。
甘やかす。
頼られる。
甘やかされる。
何を、どうしても、一方通行にならない。
何をしても通じ合う、だから、どう接触を持っても、どう思うところがあっても、構わないのだ。
「まあ、弟でもいいと思うけどな…」
ふと、ひとりごちたのは。
つまりそういう感情から出て言葉だったのだが。
盛大にそれが不満らしい鳳に、さっきよりも深いキスでまた宍戸は唇を塞がれて。
「だから。弟じゃ嫌なんですけど」
「あー、はいはい」
「うわー、今すごい適当に流したでしょう、宍戸さん!」
何でそんな真剣に怒るんだと、宍戸は呆れようとしたのだが、失敗した。
おかしくなってしっまったのだ。
「はいはい」
「しかも、すっごい適当にあしらってるし」
「うるせ」
「大きい声出してません」
「そういう意味じゃねえよ」
ああもう、と宍戸は伸びあがって。
続きだと言わんばかりに、手にしたタオルで荒っぽく鳳の髪を拭いた。
こうやって、鳳が屈んでこなければ。
爪先立ちしないと彼に届かない。
という事はつまり、またでかくなってやがんのかと顔を顰めた宍戸を、見つめていた鳳の目が徐々に見開かれる。
それはつまり。
「………………」
身長差がついても、まだ今のところ。
キスには不自由ない程度の差だと宍戸が思った通りだったからだ。
驚く鳳の表情もよく見えて、宍戸は下から鳳の唇に口づける。
伸びあがって僅かに片側に倒した分だけ、首筋が少しばかり窮屈で。
でも重ねた唇の心地よさの前には何の問題もなかった。
そうやって、宍戸は機嫌良くキスをほどいたのに。
「……何だ、そのツラ」
鳳ときたら何だ。
「や、……」
心底驚愕した顔をして固まっているのだ。
自分がキスして何がそんなに不満だと宍戸が噛みつくように怒鳴る。
「お前もしただろうが!」
しかも二度。
鳳も負けじと言い返してくる。
「しましたけど…! だけど、してもらったの初めてなんですけど…!」
「……し、……してもらったとか言うな、アホ!」
だから何でそんなに判りやすく、感動しましたって顔をするんだと、今更ながらに宍戸は気恥ずかしくなってくる。
うわあ、と呟いて口元を片手で押えている鳳を宍戸は照れ隠しに睨みつけたのだが。
その視線を、鳳はそれはもう甘ったるく、見つめ返してきて。
抱き込まれる。
バスローブ越し、大きな手のひらに腰を支えられ、宍戸は額と額を合わせるようにして擦り寄ってくる鳳を、その表情を見上げて。
結局は、すべてを笑って受諾する事になるのだ。
「長太郎ー、……お前、それじゃああんまりにも簡単すぎねえか」
キスをひとつ宍戸が渡しただけで、綺麗な顔で、幸せだと鳳は笑う。
とろけたような表情が、何故、とても大人びて目に映るのか。
可愛い喜び方で男の顔をする鳳に、欲しければこんなものいくらでもとればいいと、宍戸はもう一度軽くその唇を塞いだ。
ぐっと腰が強く抱かれる。
宍戸から始めたキスは、角度のついた深いキスで鳳から塞ぎ直され、宍戸は一瞬目を瞠ったが、一瞬の後は、そのまま鳳に全てを預けて目を伏せる。
抱きしめてくるから。
背がしなる。
喉が震える。
濃厚になるキスで。
雨に濡れたのとも違う。
シャワーを浴びたのとも違う。
それでも、それ以上の、濡らされ、浴びせかけられる印象で、抱き竦められている。
口づけられている。
手を伸ばし、宍戸は鳳の濡れ髪を撫でるように頭部を抱き寄せた
また深くなったキスに、くらりと目を閉じた視界も回る。
自分のこの手で、抱き締める事の出来る、存在。
手のひらで愛おしさに触れられるということ。
ただもう、無条件で、信じている、愛している。
それは、ただもう、無条件で。
雨宿りするような場所もない所でのいきなりの雨だったので、ただもう濡れるしかなかったのだ。
じっとりとした湿気は梅雨特有のもので、そろそろまた雨が降るだろうとは思っていたが、それにしたっていきなりすぎた。
そして今鳳に、彼の自宅の前で、シャワー浴びて着替えて行って下さいと宍戸は誘われたのだが。
はっきり言って人の家に上がれるような状態では、まるでなかった。
「いい。ここまで来たらもう帰る」
びしょ濡れの後輩を見上げて宍戸が言えば、打ちひしがれでもしているかのような顔で見下ろされる。
あまりの真剣さに宍戸は盛大な溜息を吐きだした。
「………その顔は何なんだよ、お前…」
「だって宍戸さんが」
「だってとか言うな!」
宍戸がそうやって怒鳴ったところで臆した風もなく、尚、肩を落とした鳳が自分にしかこんな甘ったれた顔を見せないという事は宍戸もよく判っている。
でもだからといって、その図体でそれはないだろうというような、全身全霊、全力でしょげられてしまっては、どうしようもない。
結局いつも、こうやって自分が甘やかしてるって事かと内心で思いつつ、宍戸は、判ったと鳳に言った。
「じゃあ、シャワー貸してくれ。ついでに服も」
「はい。宍戸さん」
それはもう、満面の笑みで鳳は笑う。
手を引かれるようにして促され。
ここまで濡れていれば、室内を濡らすのも、一人も二人も一緒でしょうと言われて。
びちゃびちゃの有様で上がり込み、玄関からバスルームへと直行した。
鳳の家は、早い時間帯に家人がいることは殆どない。
宍戸は廊下の濡れ具合も気にしつつも、二人で入っても手狭な感じのまるでしない広々としたバスルームでシャワーを浴びた。
雨もシャワーも同じ水であるのに、まるで違う。
鳳が先に宍戸にシャワーを使わせたのでバスルームを出たのも宍戸の方が先だった。
用意されていたタオルで身体を拭くと、そのすっきりとした清涼感で、力が抜ける。
「宍戸さん。そこのクローゼットに新しいバスローブ入ってるんで、着て下さいね」
「いらね」
少しして、後から出てきた鳳は、宍戸の即答に生真面目に反論した。
「駄目ですよ。風邪ひいたらどうするんですか」
「ひくかよ。六月に」
「それあんまり関係ないと思いますけど」
そんなことを言いながらも、鳳は彼自身のことなどまるでお構いなしに、せっせと宍戸の世話を焼く。
髪先から滴を落としながら、宍戸にバスローブを羽織らせた。
「ええと。あと、着替えは……何がいいかな…」
「……長太郎。お前、人のことはいいから自分の身体拭けっての」
自分の事は放ったらかしで宍戸のバスローブの前合わせまで結んでくる鳳に呆れて。
宍戸は新しいタオルに手を伸ばし、鳳の髪を拭き始めた。
宍戸より大分背の高い年下の男は、宍戸の動作に合わせて僅かに屈んできて、宍戸にされるがまま、ぽつりと言った。
「あー…宍戸さんの髪、俺が拭いてあげたかったなあ…」
心底からの呟きに、宍戸は吐息で笑う。
「末っ子だもんな、お前」
構われる事ばかりで、だから構いたいんだろうとからかってやると、鳳はじっと宍戸を見つめて、宍戸さんだってそうじゃないですかと言った。
真面目に不服を言う様が、つくづく可愛げがあって。
宍戸はうっかり気をとられそうになる。
「ま、……確かに俺も末っ子は末っ子だけど、俺の場合はお前がいるだろうが」
自分だけにしか甘えてこないその存在。
鳳のそういう可愛げを宍戸は気に入っている。
構いたがりは鳳の方だとばかり思っていたが、実際は自分の方がその傾向が強いのではないかと、宍戸は最近思っていた。
「宍戸さん」
宍戸に髪を拭かれながら、鳳が一層身を屈めてきた。
呼びかけに、何だと疑問に思うより先に。
ふわりと唇がキスで覆われた。
「………………」
目を開けたまま宍戸が受け止めたキスは短かった。
長い睫を伏せた鳳の表情は、つぶさに間近に見てとれる。
「弟とか…嫌だな」
ゆっくりと睫毛を引き上げて、至近距離の、鳳の小さな囁きが宍戸の唇を掠る。
ひそめた小さな声での、不服。
「……アホ。言ってねえよ、んなこと」
年下って意味で言っただけだと、フォローめいた言葉を宍戸が口にしたのは、鳳が甘ったれた言動とはあまりに不釣り合いな表情をしてみせるからだ。
少し憂鬱そうに眉根を寄せる。
明るい甘い色の目で、じっと宍戸を見据えて。
「………………」
こんな風に、鳳の中にある大人びた部分と子供じみた部分のアンバランスさは絶妙で、宍戸にしてみればこの年下の男に向ける自分の感情は自然と様々になる。
頼る。
甘やかす。
頼られる。
甘やかされる。
何を、どうしても、一方通行にならない。
何をしても通じ合う、だから、どう接触を持っても、どう思うところがあっても、構わないのだ。
「まあ、弟でもいいと思うけどな…」
ふと、ひとりごちたのは。
つまりそういう感情から出て言葉だったのだが。
盛大にそれが不満らしい鳳に、さっきよりも深いキスでまた宍戸は唇を塞がれて。
「だから。弟じゃ嫌なんですけど」
「あー、はいはい」
「うわー、今すごい適当に流したでしょう、宍戸さん!」
何でそんな真剣に怒るんだと、宍戸は呆れようとしたのだが、失敗した。
おかしくなってしっまったのだ。
「はいはい」
「しかも、すっごい適当にあしらってるし」
「うるせ」
「大きい声出してません」
「そういう意味じゃねえよ」
ああもう、と宍戸は伸びあがって。
続きだと言わんばかりに、手にしたタオルで荒っぽく鳳の髪を拭いた。
こうやって、鳳が屈んでこなければ。
爪先立ちしないと彼に届かない。
という事はつまり、またでかくなってやがんのかと顔を顰めた宍戸を、見つめていた鳳の目が徐々に見開かれる。
それはつまり。
「………………」
身長差がついても、まだ今のところ。
キスには不自由ない程度の差だと宍戸が思った通りだったからだ。
驚く鳳の表情もよく見えて、宍戸は下から鳳の唇に口づける。
伸びあがって僅かに片側に倒した分だけ、首筋が少しばかり窮屈で。
でも重ねた唇の心地よさの前には何の問題もなかった。
そうやって、宍戸は機嫌良くキスをほどいたのに。
「……何だ、そのツラ」
鳳ときたら何だ。
「や、……」
心底驚愕した顔をして固まっているのだ。
自分がキスして何がそんなに不満だと宍戸が噛みつくように怒鳴る。
「お前もしただろうが!」
しかも二度。
鳳も負けじと言い返してくる。
「しましたけど…! だけど、してもらったの初めてなんですけど…!」
「……し、……してもらったとか言うな、アホ!」
だから何でそんなに判りやすく、感動しましたって顔をするんだと、今更ながらに宍戸は気恥ずかしくなってくる。
うわあ、と呟いて口元を片手で押えている鳳を宍戸は照れ隠しに睨みつけたのだが。
その視線を、鳳はそれはもう甘ったるく、見つめ返してきて。
抱き込まれる。
バスローブ越し、大きな手のひらに腰を支えられ、宍戸は額と額を合わせるようにして擦り寄ってくる鳳を、その表情を見上げて。
結局は、すべてを笑って受諾する事になるのだ。
「長太郎ー、……お前、それじゃああんまりにも簡単すぎねえか」
キスをひとつ宍戸が渡しただけで、綺麗な顔で、幸せだと鳳は笑う。
とろけたような表情が、何故、とても大人びて目に映るのか。
可愛い喜び方で男の顔をする鳳に、欲しければこんなものいくらでもとればいいと、宍戸はもう一度軽くその唇を塞いだ。
ぐっと腰が強く抱かれる。
宍戸から始めたキスは、角度のついた深いキスで鳳から塞ぎ直され、宍戸は一瞬目を瞠ったが、一瞬の後は、そのまま鳳に全てを預けて目を伏せる。
抱きしめてくるから。
背がしなる。
喉が震える。
濃厚になるキスで。
雨に濡れたのとも違う。
シャワーを浴びたのとも違う。
それでも、それ以上の、濡らされ、浴びせかけられる印象で、抱き竦められている。
口づけられている。
手を伸ばし、宍戸は鳳の濡れ髪を撫でるように頭部を抱き寄せた
また深くなったキスに、くらりと目を閉じた視界も回る。
自分のこの手で、抱き締める事の出来る、存在。
手のひらで愛おしさに触れられるということ。
ただもう、無条件で、信じている、愛している。
それは、ただもう、無条件で。
PR
この記事にコメントする
カテゴリー
アーカイブ
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析