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How did you feel at your first kiss?
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 11時50分のことだった。
「不動峰の神尾君に、青学の海堂君」
 そういう風に氷帝の鳳に呼ばれた二人は、鳳を見てからお互いを見て驚いた。
「うわ、マムシ!」
「……リズム…!」
 神尾と海堂は、とても近くに、寧ろ隣にいたお互いに、今の今まで気づかなかった。
「あれ、ひょっとして二人は気づいてなかったの?」
「……………」
「……………」
 長身の鳳がおっとり微笑んだ。
 それぞれ学校の違う同級生。
 今は私服姿で、場所は待ち合わせ場所としてメジャーな大型公園の噴水前だった。
「バンダナしてねーから判んなかったんだよ!」
「てめーこそいつもの黒ジャージじゃないから判らねえよ!」
「顔は同じだよ?」
「……………」
「……………」
 邪気のない鳳の不思議そうな言い方には反発し辛くて、神尾と海堂はそこで口を噤んだ。
 違う中学校に通っていて、しかしテニス部所属という共通点がある三人は、友人ではないが見知らぬ他人でもない。
 大会が行われればよく顔を見合わせる。
「二人とも待ち合わせ?」
「……………」
「……………」
 鳳の人懐っこい問いかけに、神尾と海堂は更に固まった。
 鳳の言うように、二人はまさに待ち合わせをしている。
 この状況ならば誰でも判る事かもしれなかったが、それに続いた鳳の言葉は神尾と海堂の心臓を握り込んだものだった。
「神尾君は跡部部長と?」
「………っ…」
「……なんでてめえが氷帝の跡部さんと……」
「う、……うるせぇ…っ」
 笑みを浮かべる鳳、赤くなる神尾、怪訝な海堂、再び赤くなる神尾、と規則正しく彼らは変化した。
「海堂君は乾さんと?」
「…………、…」
「……休みの日までつるむほど仲良いのかよ」
「……う…るせーんだよ…!」
 神尾と海堂だけ役割を交代して、先ほどと同じリアクションがもう一度繰り返される。
「俺は宍戸さんと待ち合わせ」
 聞いてねえ!と息のあった応えを、神尾と海堂は鳳に向けて同時に叫んだ。






 同学年、テニス部、人待ち、待ち合わせの場所。
 彼ら三人の偶然同じであった出来事は、ここまでだった。
「……待ち合わせ時間が十二時半?」
 お前どれだけ早く来てんだと海堂は鳳を唖然と見上げた。
 鳳は鳳で、きつい海堂の目つきにも何ら怯まず、少しでも早く会えるならそうしたいからと言って微笑むばかりである。
 広場にある大きな時計が、正午を知らせて鐘を鳴らす。
「海堂君の待ち合わせ時間か。………ええと、神尾君…」
「下手な慰めなんかかけやがったら」
「……………」
「……、…っ…そーゆー顔で、じっと見んなマムシ…っ!」
 十一時半の待ち合わせだという神尾は。
 両脇をかためる鳳と海堂からの視線を振り払うように激しく怒鳴り散らした。
 三十分の待ちぼうけをくらわされてもまだ待っている自分だけが馬鹿みたいじゃねえかとか。
 どうせ俺はお前らとは違うとか。
 思っている事全部を口に出してしまって喚く神尾に、さすがにからかいの言葉を向けるような性格はしていない鳳と海堂は。
 とりあえず神尾の待ち人だけでも早く現れてくれないだろうかと祈った。
 しかし事は得てして一番避けたい方法で起きるもので。
 十二時十五分。
 噴水前に三人の三年生が、揃って姿を現した。
「長太郎。お前何時に来たんだよ」
「今ですよ。宍戸さん」
「嘘つけ。アホ。お前なぁ、何度言や判るんだ? 夏場とかだったら脱水症状起こす場合だってあるんだからよ。無駄に早く来んなっての」
 トレードマークのキャップを後ろ向きに被った宍戸が、待ち合わせ時間の十五分前に現れて鳳を叱る。
「ごめん、海堂…! 待たせた…!」
「………気にしてないっすよ」
「いや、怒っていいって。怒る所だから。ほんとすまない。家を出る時間が遅すぎた」
 普段が落ち着き払っている分、真剣に謝って慌てている様子がかわいいようにも見えるなどと海堂に思わせている乾は、待ち合わせ時間の十五分後に現れてしきりに頭を下げている。
「なに喚いてんだ神尾。道路まで聞こえてるぜ。お前の馬鹿っぽい声」
「……、…っ…馬鹿だと? 最初にそれか?! ここまで人待たせておいて、詫びの言葉も無しか?!」
「お前が俺を待つのは当然だろうが。お前は俺が来るまで待ってりゃいいんだよ」
 ゆったり歩いてきて、たっぷり悪態をついて、すっごく偉そうな立ち居振る舞いの跡部は、待ち合わせ時間の四十五分後に現れて、慌てるどころか謝るどころか寧ろ神尾に説教している。
「判ったか? 長太郎」
「悪かった! 海堂」
「うるせえよ。神尾」
 三者三様に上げた声が重なって。
 ここで初めて。
 三人の三年生は、お互いの存在に気づいたようだった。
「……何だ? お前ら…」
「……おや。これはまた」
「……………」
 目を見開いた宍戸、眼鏡を押し上げた乾、不機嫌に押し黙る跡部。
 三竦みになった彼ら三年生に、二年生の三人も加わり、合計六人が。
 明るい日差しを反射させて眩く水滴を散らす噴水前で、対面と相成った。
 その場に生まれた沈黙は一瞬の事で、真っ先にそれを打ち破ったのは宍戸だった。
「跡部。お前遅刻したんならちゃんと謝れよ。なに偉そうにしてんだ」
「ああ? 誰に物言ってんだ宍戸」
「お前だ跡部」
 宍戸の言う事は正論は正論なのだが、聞いて凄む跡部は相当恐ろしい形相をしている。
 それに対して宍戸はまるで構っていないようだったが、焦ったのは神尾だ。
「え? あの、…」
「神尾。お前どれだけ待ったんだ?」
「……え…、…」
 あまり話をしたことのない他校の上級生に名前を呼ばれ、真正面から目線を合わされて。
 神尾は言葉を詰まらせる。
 あの跡部を相手に、あんな物言いをする人間を見たことがなかったから驚いたのもあるし。
 他人のことなんかどうでもよさそうな感じのする宍戸の、思いも寄らない気さくな口調に驚いたせいもある。
「………気安くそれを呼ぶな」
 跡部が一層不機嫌になっていく。
 宍戸に向けてそう言った後、跡部は神尾の事もきつく睨み据えた。
「てめえもそういうツラするんじゃねえよ」
「……は?」
「なに神尾睨んでやがんだかな。……ったく」
 呆れた宍戸が、次に矛先を向けたのは海堂にだった。
「よう、海堂」
「……ッス」
 一度試合をした事があるせいだけでなく、基本的に海堂は目上には礼儀正しい。
 宍戸に呼ばれて目礼した海堂に、宍戸は問いかけてくる。
「神尾はどれだけこの俺様の事を待ってたんだ?」
「…………四十五分ッス」
「サイアクだな、跡部」
「ふざけんな。てめえには関係ねえんだよ」
「サイアク」
 口が悪い上に、不機嫌な跡部相手でも何ら物怖じしない宍戸の態度を、つい海堂もまじまじと見つめてしまった。
 海堂にとって、特に拘りのある試合の対戦相手だった宍戸へは、どことなく不思議な感情を持っていた。
「……なあ鳳」
「はい? 何ですか? 乾さん」
「宍戸は何故君に聞かないで海堂に聞く?」
 乾が海堂の横顔を流し見て複雑そうに呟くのに、鳳は笑みを深めた。
「俺が答えると部長の怒りの矛先が俺にも向くからだと思います。他校の海堂君にはそんなことしませんから。跡部部長も」
「なるほど? 君を庇うわけだ。宍戸は」
「優しい人ですよね」
「……のろけないでくれるか。鳳」
「すみません」
 そんな快活に、爽やかに謝られてもねえ、と乾は嘆息する。
 そうしながら、集中力のある海堂の注意が、そろそろ宍戸から戻ってきたかを伺う為に、乾はそっと海堂を盗み見る。
 すると、しっかりと、目が合った。
「…海堂?」
「……………」
 感情が表情に出にくい海堂だけれど。
 乾にはそのあたりの詳細も判るから。
 今海堂が考えているであろう事を察知して、乾は唇に笑みを刻んだ。
「海堂が宍戸に見惚れてるから、俺があぶれて鳳と話し込む事になったんだけどな」
「……、…っ…」
 見惚れてって何だという目。
 海堂の感情の何を見透かしてそういう事を言うのかと身構える目。
 乾には海堂の瞳に宿る感情がつぶさによく判った。
 海堂に近づいていって、そっと笑みを零す。
「遅れてごめんな。海堂」
「……さっき聞いたっす」
「うん。でも本当に悪かったと思ってるから」
 早く二人きりになるにはどうするのがいいかな?と乾は海堂にだけ聞こえるように囁いた。
 無表情だった海堂に、乾だけが知る、気をゆるしてくだけた表情が一瞬浮かぶ。
 乾の言葉に、呆れたようでもあり、はにかんだようでもある。
「走るか。ここから一緒に」
 真顔で、わざと恥ずかしい方法を提案してみた乾も、結局楽しんでいるのだ。
 ただ、ほんのり滲むような雰囲気の甘さを堪能するには、周囲の賑やかさがかなり邪魔ではあるが。
「神尾。お前どういうつもりで、あんなツラして宍戸の奴なんか見やがんだ?」
「訳わかんねーこと言うなよさっきから!」
「訳わかんねーのはお前だ。馬鹿」
「勝手に何不機嫌になってんだよ! 人のこと四十五分も待たせておいて、普通怒るの俺だろ! もー、絶対、待ってなんかやらねえからな! 一分でも遅れたら俺は帰る! てゆーかもう今日も帰る! 跡部のバカヤロウ!」
 はっきり言ってうるさい二人だった。
 公共の場で迷惑極まりない。
 正確には叫んでいるのは神尾一人なのだが、この直後、うるさい以上に傍迷惑な行動に出たのが跡部だったので、二人まとめての迷惑行為に他ならない。
「……なっ、……な、……なに、…」
 いきなり。
 跡部に抱き締められた神尾は、一転。
 それまでの剣幕とは逆に、今度は声も出せなくなってしまったようで、口をぱくぱくさせていた。
 顔は、ちなみに真っ赤だった。
「…………っ………な…、……跡、…」
「押さえとかねえと走って逃げんだろうが」
 押さえているとかいうレベルだろうか。
 甚だあやしいこと極まりない。
 衒いのない、と言い切ってしまうのも気恥ずかしい程の抱き竦めっぷりは、白昼堂々の公園で繰り広げられる行為としては犯罪に近いのではと思ってしまうくらいだった。
「バ、………ちょ…っ……離せ…!」
 気の毒にもますます真っ赤になっていく神尾の顔を、角度的に正面から見ている乾と海堂は、見ない振りをしてやるのがせめてもの親切だろうかと、さりげなく彼らに背を向けた。
 神尾は周囲を気にしつつも、そんな青学の二人の細やかな気遣いには意識を向ける事が出来ないようで、すでにもう半ベソで跡部に抱き締められていた。
 跡部も。
 恐らくは半分面白がっての嫌がらせなんだろうけれど、神尾の薄い背をかき抱く腕の熱っぽさに垣間見えるのは、大概本気な欲だけである。
「宍戸さん?」
「ん?」
「いえ…何か楽しそうだから」
 鳳が、そっと呼びかけた宍戸は。
 賑やかだったり秘めやかだったりする二組の恋人同士を見つめて、呆れているのかと思いきや、何だか優しい顔をしていた。
 それに気づいて声をかけた鳳にも、宍戸は笑みを向けた。
「ああ……可愛いもんだと思ってな」
 二人とも、と優しげに見守るような眼差しに、鳳は上半身を屈めた。
 宍戸の耳元に囁けるように。
「綺麗で」
「……あ?」
「優しくて格好良くて、憧れて」
「……………」
「そういう俺の全部の初めての人が宍戸さん」
 可愛いのなんて、宍戸さんでしょう?と鳳が告げれば、宍戸は神尾よりは控えめに、海堂よりは判りやすく、その表情に含羞を帯びさせた。






 三者三様の、二人きりの世界。
 それらはたまたま公園前を通りかかった青学の菊丸と不二の声が敷地内に響くまでは、甘ったるく繰り広げられていた光景だった。
「そこの六人ー。トリプルデート中ー?」
「グループ交際なんて可愛いね」
 菊丸と不二、彼らの言葉に。
 六人はその場に一斉に固まり、沈黙した。
 そして次の瞬間。
 それぞれが、それぞれの三方向に、全力で走り出していった。
 散らばった三組の恋人達の、その後の過ごし方は、当事者以外誰も知らない。

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