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How did you feel at your first kiss?
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 初めてしたのが自分の誕生日で、別れたのが相手の誕生日。
 二ヶ月も経たないうちの出来事だけれど、改めて考えたら短いどころかそんなにもったのかと思って神尾は少し驚いた。
 最終通告をしてきたのは当然跡部からだった。
 初めから、跡部は今日が最後の日、最後のセックスと決めていたようだった。
 でも何かが気に障ったみたいで、結局最後のセックスの最中に、ベッドの上で、神尾を突き放して、放り出して、終わりにしてしまった。
 今まで抱かれていた身体に服が投げられて、跡部の家から追い出されて、神尾は身体も気持もぐちゃぐちゃで、早く家に帰りたくて、走った。
 走った、つもりだったけど。
 実際はおぼつかない足取りでふらふら歩いてるだけ。
 暗闇の中、赤信号が眩しすぎて、目にしみて、泣いているだけだ。




 自分達が恋人みたいに付き合いだしたのはとても奇妙なことだけれど、あっさり別れるのはとても自然なことのように思えた。
 自分達は全然違う。
 同じことなんて、性別と、テニスをしていること以外何もない。
 顔をあわせるから見知っているというだけの関係から始まって。
 口をきくようになっても、跡部が神尾に言うのは冷たいからかいばかりで、神尾はそれに応戦しての憎まれ口だけしか口にしない。
 跡部と話した後の神尾は、いつも、苛々したり、ムッとしたり、悔しかったり、切なかったりした。
 我慢出来ない程ではないけれど。
 どうせならもう少し普通に話が出来ればいいのにと、ふと思って哀しくなる自分が怖かった。
 変だと思った。
 だからそれ以上考えないようにしていたのだ。
 八月の終わり、神尾の誕生日に突然跡部は「抱いてやる」と言って現れた。
 その時に、怖いだけじゃなくて、驚いただけじゃなくて、不安になっただけじゃなくて、神尾の心の一部に生まれたのは、跡部への恋愛感情だった。
 好き、と自覚した気持ちは瞬く間に神尾の気持ちの全部になって、跡部になら何をされてもいいと思ったのだ。
 つれていかれた跡部の部屋で、唇を塞がれて、口の中を舌で舐められながら、体中触られた。
 服を脱がされて、足を広げられて、見られたり撫でられたり吸われたりして、恥ずかしくてたくさん泣いて、ひどく痛いこともいっぱいされたけれど。
 終わった後にずっと抱き締めてくれていたから、何も言われなくても嬉しかった。
 腕があたたかだったから、髪を撫でてくれたから、涙が出た。
 愚図るみたいに延々泣いていたら、ぎゅっと一層強く抱き締めて、頭の中がふわふわするようなキスをいくつもくれた。
 跡部とするセックスがすごく好きだと思ったのは、終わった後の跡部がすごく優しかったからだ。
 優しいっていうのは言葉で伝わってくるものだと思っていたから。
 言葉なんかなくても優しいと判る、全部が終わった後の跡部の仕草が好きで好きでどうしようもなかった。
 セックスの最中は神尾が本気で泣くほど恥ずかしい事や怖い事を平気で言ったりやったりするのに。
 終わった後も泣いていると、ほんの少しだけ弱ったような顔で笑ってずっと抱き締めてくれた。
 最近はそこにからかうような言葉が交じるようになっていたけれど、それでも跡部は優しかった。
 最後の日だった今日には。
 そんな時間はなかったけれど。
 突き放されたのは突然。
 でもそう思っているのは自分だけに違いなかった。






   跡部は話し言葉も書き言葉も命令調だ。
 初めて跡部からのメールを見た時、神尾は思わず笑ってしまった。
 口調そのものの文面だったからだ。
 10月4日、跡部の誕生日に神尾の携帯に届いたメールも、一言で言えば「祝え」といった内容だ。
 神尾が跡部の家に行くと、珍しく跡部自身がドアを開けて、いきなり腰を抱きこまれて口付けられた。
 ドアは半開きのままだ。
 焦って跡部の肩に手を置いたら、上半身が反るくらい腰を引き寄せられて舌が絡まった。
「………っ…ん」
「…………………」
「ん……んっ……ん」
 喉が甘ったるく詰まって、呻いて、とられた舌が跡部のそれとからまって、からまって、顔が熱くなっていく。
「……ん、ん…っ………ぁ……とべ」
「………欲しいんならもっとくっついてこい」
 からかって笑っている声。
 もうこれ以上どうやってくっつけばいいのか判らないくらい身体は密着しているのにそんなことを言われて、神尾は半ベソで、両手で跡部に縋りついた。
「ゃ……っ……跡部……」
 しがみついて縋った跡部からは、いい匂いがする。
 いつも決まったその香りを吸い込むと、即座に足にきた。
「……、……っと」
「……跡部…ー……」
「伸ばして呼ぶな」
 力抜けると呆れた溜息を零して跡部は神尾を抱き上げてきた。
「………わ…、……」
「心底馬鹿だな。お前は。毎回毎回いちいち焦りやがって」
 そうは言われても、横抱きにされる不安定さと気恥ずかしさに慣れるはずがない。
「…跡部…、…っ……靴、…靴…っ」
「ベッドに寝かせる前に脱がしてやる。じっとしてろ。足ばたつかせるな。落とすぞ」
「……………………」
 それは困るとぎゅうっと跡部の首に縋りついたら、低く笑う振動が伝わってきた。
 とにかく広い跡部の部屋に辿りついて、ベッドの縁に下ろされる。
 足をつかないように浮かせていると、跡部が膝をついてきた。
「跡部……っ?」
「オラ、足寄こせ」
「……う……」
 おずおず差し出した片足から靴をはずし、逆の足からもぬがせると、跡部はもう笑っていなかった。
 ベッドに乗り上げてきながら神尾を押し倒し、キスで深くそこに埋めてくる。
 服の上から胸元を辿ってくる跡部の手のひらに、もう震えが込み上げてきた。
「………………ぅ…っ…」
「………………」
「……っん、っ、ん」
 唇を塞がれたまま、跡部の両手が胸の上にのる。
 包みこむように卑猥に押し込まれ、心臓が毀れそうになる。
「く………ふ…、っ……っ……」
 神尾の両足の狭間にある跡部の腿が、押し上げるようにして圧迫してくるのにも耐え切れなくなって神尾はびくびくと全身を痙攣させた。
 始まったばかりなのに、もう一刻も早く終わらせて欲しいような気持ちでいっぱいになる。
 もう待てない、もたない、我慢出来ない。
「ん、…ゃ……ぁ…」
 キスが解けてもれる声は、半泣きだった。
 無言の跡部に次々衣服を剥ぎ取られ、多少神尾がもがこうが暴れようが構わず、跡部は神尾を全裸にする。
 腕からも足からも衣類を引き抜かれて神尾はベッドの上で身体を丸めた。
「……………っ……」
 その側から腕を引かれたり足を開かされる事になるのは毎度の経験で判っているのだがそれでも跡部の視線にさらされたまま大人しく身体を投げ出していることが神尾には出来ないのだ。
 それに最近跡部は神尾は全裸にするけれど、彼自身は服を着たまますることがよくあった。
 途中で脱ぐにしても、最初に自分だけ裸にされて、見られて、されるのが、神尾には恥ずかしくてどうしようもないのに。
「…………っぁ」
 両足を抱え込まれて、引きずり寄せられた。
 跡部の唇に含まれる。
 痛いような衝撃に身体が竦んだ。
「ぃ……っ…、ぁっ…っぁぅ、」
 いきなりこうされる時、跡部に容赦はなくて、神尾は我慢出来ない声をひっきりなしに上げさせられる。
 歯を食いしばったり唇をかんだり手に噛み付いたりして凌ごうとするのに、結局うまくいかなくて。
 こんな変な声をあげっぱなしになるのが恥ずかしくて泣いてしまう。
 温んだ口に吸いつけられ、舌を宛がわれて歯で掠められ、腰が発火しそうに煮詰まった。
 嗚咽も交ざってしまって、ますます声は止まらなくなって、跡部の舌に擦り上げられるたび身体が軸から震えた。
「っぁ、…ん…、んっ…ぁ、っ…」
 どろどろになっていくのは錯覚なんかじゃない。
 それなのに跡部の唇はずっとそこで神尾を食んでいて、どうしてそんな、と回らぬ頭で思ってもがけば身体が反転した。
 跡部の口から抜かれてうつぶせにされて、がくがくと痙攣するばかりの腰を手繰り寄せられる。
「…、跡…部……」
 振り向くことも儘ならない。
 腕で支えていることも出来ない身体に、跡部が覆いかぶさるようにして近づいてくる。
「………神尾」
「……ひ……っ」
 名前を囁かれただけで跳ね上がる身体。
 耳に唇が当たって、耳の縁を含まれると思っただけで駄目になってしまった。
「ゃ……跡部…、……跡部……っ………ぁ、ぁ…っ」
 考えていた以上の卑猥さで耳を唇にいたぶられながら跡部の身体が押し込まれてくる。
「っぅ…ぅ……っ…ぁぅ…っ……ひ、っ」
「神尾……」
「……ぃ……ん…っ」
 顔を押し付けたシーツに全部の指先で取り縋って、背後から自分を拓いてくるものに耐えて、耐えて、耐えられなくて、零し続けた。
 声も涙も汗も欲望も。
 ただ止め処なく。
「……っあ…ぁ……っあ…ぅ」
 跡部の片手が崩れてばかりの神尾の下半身を支えるように下腹部に回される。
 もう片方の手が熱いもので埋まりきって限界が近くて辛がっているそこを包む。
 深く埋まった跡部がうねるようにゆるく動き出し、恐ろしく器用な指が神尾を苛み始めた。
「…跡、……っ……ぅ…っ…く、ぅ」
 舌みたいに濡れていたり柔らかくはないけれど、乾いて硬い指や手のひらはひっきりなしに動いて、締め付けたり解したり摩擦させたり揉み込んだりする。
 神尾の体内にいる跡部はゆっくり動いていて、むしろ跡部の手の動きの方が何倍か激しくて、促されるまま快楽だけがそこから引き出されていく。
「……、…っぁ……と……べ……」
「……………………」
「ひ……ぁ…っ…」
 跡部が、熱の滴る神尾のそれに絡めていた手を唐突に離した。
 迸る寸前まで甘く煮詰まったものが放り出されて、悲鳴じみた声で怯える神尾に、畳み掛けるように跡部は動き出した。
「ぅぁ…っ………あ、っ、ぁ、」
 両手で神尾の腰を固定した跡部は、本気で抉り込んでくる。
 神尾は背後を振り返ろうとして、とてもそんな事が出来る状態でない事を思い知らされた。
 身体が激しく揺さぶられて首がすわらない。
 振り回される動きに自分の汗が普通出ない経路で肌を伝う感触に身震いがひどくなる。
 ぶつかるような動きでもまだ足りないというように突き上げてこられて神尾は混乱した。
「っ、っ……ぁ、っ、ぅ」
 重く熱く苦しくなるばかりのそこに跡部の手や唇がない。
 でもこのままもっていかれそうな程、身体は限界に近かった。
 ベッドに突っ伏して、腰だけ高く支えられ、だからそこが跡部の身体どころかシーツに擦りつけられることもない。
 完全に宙に浮いたような不確かな状態で、しかしもう体内から全身を揺さぶられて、どうしようもなかった。
 こみあげてくるものを、どうしたらいいのか判らない。
「跡部……っ……ゃ、…跡……っ……こわ……」
「…………………」
「…、…ゃ…ぁ…あっ…」
 突き上げられるままに零れだした。
 止まらなくて、でも一瞬で終わる衝動でもなかった。
「ひ……ぁ…」
 何にも包まれないまま限界まで蓄えた熱を吐き出していくのは、おそろしく長く続いた。
 跡部が動くたびに止まらなくなってしまう。
 神尾はもう自分の身体がどうなっているのかも判らない。
「…ぁ……っ……ぁ…ぁ、ん…っ…ぁ」
 跡部に突き上げられればその分だけ、貪婪にそれを受けとめて、吐き出し続ける自分の身体が怖くて仕方なかった。
 泣きじゃくっては、長いそれからまだ終われずにいる神尾の困惑に。
 跡部は神尾に深く身体を埋め込んだまま、動きを緩める。
「……神尾?…」
「………や……っ……!……」
 変なのは言われなくてもわかっている。
 だから言わないでと必死で思ったのに、跡部は未だ長引く感覚に吐き出し続けているそれを手に包んできた。
 直接そこに刺激がないままいきついて、開放と呼ぶのも躊躇われるほど長く零し続ける自分の身体を跡部に知られて神尾はしゃくりあげて泣いた。
「…ゃ…、………」
「………………」
「…………や、……だ…、…こわい……っ」
「神尾」」
「なんにも…ないとこで…いくの………怖…っ…」
 心もとなさに押し潰されそうになって、苦しい呼吸をこらして、うわ言めいて神尾が口にした途端、身体の中から引き抜かれた。
 跡部がいなくなる。
 痙攣が止まらなかった。
「………っ…、」
「……帰れ」
「……、……っ…ぁ……と…べ……?…」
「二度と来るな」
 なんで?と回らぬ頭で思う間もなく、ましてや口にするまでもなく、跡部はベッドから降りてしまう。
 床に落とした神尾の服を拾い上げ、無造作に投げて寄こした。
 やっと見上げた跡部は、冷たい横顔しか神尾に向けていなかった。
 急にそんな顔になったのか、今日最初からそういう顔をしていたのか、神尾にはもう判らなかった。
 泣き濡れた目で見上げた跡部が怒っている事は理解した。
 神尾に酷く苛立っている事も。
 跡部がもう自分を見ようともしない事を。
「あとべ………」
 か細く呼びかけると、切り捨てるようなきつい目で一瞥され、神尾は息を詰める。
 跡部の双眼に浮かぶものは嫌悪だった。






 投げつけられた服を纏って、神尾は暗闇の中、跡部の家を出た。
 頭の中をぐるぐるといろいろな事が回っていた。
 自分の身体がひどく汚く思えた。
 たくさん考えた。
 跡部の事をたくさん。
 考える側から涙が出るから小さな子供みたいにしゃくりあげて泣いた。
 最初は、自分が何かしたから急に跡部が怒ったのだろうかと考えた。
 セックスがどういうものかなんて、神尾は跡部しか知らないので判らないが、跡部が呆れるようないやらしいことを自分はしてしまったのだと思った。
 触られもしないでいきつづけて、跡部のベッドもぐちゃぐちゃにして。
 そんなの普通じゃない。
 自分はきっとおかしい。
 それから、本当は、もうずっと、そろそろこういうことを自分にするのも潮時だと跡部が思っていたのかもしれないと考えた。
 最近二人になるとすぐ抱かれることが多くて。
 跡部は服を着たまま、神尾ばかりが脱がされて始められる事が殆どで。
 跡部は、してくれていただけだったのかもしれない。
 そう考えたらもう、跡部が最初から今日でおしまいにするつもりだったのだろうと神尾は思った。
 ここ二ヶ月足らず、浮かれるように幸せで、楽しくて、嬉しくて。
 きっと自分だけが気づいていなかったのだ。
 飽きるまでの間遊んで。
「…………跡部……っ……」
 遊んで、終わって、それなのに馬鹿みたいに自分だけ判ってなくて。
 汚いうえにみっともなくてどうしようもなくなった。
 いなくなっちゃいたいと思った。
 もう跡部がいなくなったのだから、自分が敢えていなくなる必要もないのに自分がいること自体が悪いことだと思えてならなかった。
 止まらない涙も、先程までの自分の身体を思い起こさせて不快で、神尾は目元を強く擦っては、そこからまた溢れてくる涙に咳き込んだ。
 吐きそう、と口を押さえてしゃがみこむ。
 実際には涙がますます零れてきただけだった。
 どうしようと唖然となっても神尾の真っ赤になった目からは涙が止まらず、今は体液という体液が厭わしく、神尾は瞳とは対照的に青い顔色でふらふらと公園らしき敷地に足を踏み入れた。
 暗がりの中でだいぶ不確かだったのだが、確かにそこは公園のようだった。
 水飲み場に近寄って、水を出す。
 静かな敷地内に、ばしゃばしゃと水音が響いた。
 蛇口の下に頭を突っ込むと、予想外に冷たい水が肌を打ってくる。
「……っ…、…」
 水に濡れたところから、ぞくっと寒気が湧き上がってきた。
 泣き続けて重くなっている瞼にだけは、その冷水が心地よかった。
 考えもなしに水を浴びてしまって、拭くものもないまま濡れた神尾は、もうそれ以上の気力もなくすぐ近くにあった公園のベンチに座り込んだ。
 髪が冷たく張り付いてくる。
 濡れてないところも、濡れているところも、冷たく、寒かった。
 風邪、ひくかなあ、と考えて。
 今そんなことを考える自分を神尾は呆れ半分、感心半分で自嘲する。
 泣きすぎて壊れたかなと思う。
 まだ不規則にしゃくりあげてしまう。
 身体がついていかなくて苦しいだけだった。
 でもまだ泣こうとする自分を持て余していると。
「……、っ……?……」
 上着のポケットに入っている携帯が震えだした。
 跡部の家に入る前にマナーモードに変えてあったままだった。
 メロディもなく震え続ける携帯。
「…………………」
 今は誰からの電話も、とる気がなかった。
 部活の仲間でも、クラスの友達でも、親でも、誰でも。
 話なんか出来ない。
 携帯は、まだ着信を知らせている。
 神尾のわき腹あたりを震わせ続ける。
 なにか、家族にあったのだろうかと、神尾はふと不安になった。
 いくらなんでも鳴りすぎだ。
 こんなに長いこと。
「…………………」
 おそるおそるポケットから携帯を取り出して。
 背面ディスプレイに目をやってぎょっとする。
「………なん……、…」
 跡部。
 ディスプレイにあるのはその文字だ。
「……なんで…?」
 神尾は困惑して、上ずった声をもらしていた。
 なんで、どうして、跡部が電話をかけてくるのか。
 こんなに。
 こんなに。
 長いこと。
「……………………」
 跡部は割合に気が短い。
 普段から、出ない電話を何コールも呼び続けたりしない。
 神尾はどうすることも出来ない携帯電話を手にしたまま、性懲りもなく目が潤んでくるのを感じていた。
 怖くて。
 叫びだしそうになるのを堪えて、堪えきれなくなって、身体を竦ませた。
 ぼたぼたと落ちた涙が携帯を濡らす。
 涙で壊れるのではと思う。
 携帯も、自分も。
「……………………」
 通話ボタンに指を伸ばす自分を、同じ自分が止めろと止めている。
 どうしたらいいのか判らない。
 頭の中がおかしくなりそうだった。
「……………………」
 泣きながら、震える指で、神尾が通話ボタンを押すには、長い時間がかかった。
 これで最後の言葉を聞けば、消えてなくなれる気がした。
 そう思って漸く指が動いた。
「家か」
「……………………」
 跡部の声は荒れていた。
 息も、語気も、言葉そのものも。
「今どこかって聞いてんだよっ!」
 思っていたものとまるで違う言葉に。
 声が出ない神尾に跡部の怒声がぶつけられた。
「神尾!」
「……………………」
 本当は何か言おうと思った。
 けれど神尾の口から零れたのは泣き声だった。
 悲痛に歪んで、掠れて、みっともないだけの泣き声。
 神尾は電話を切った。
「ふ…、…ぇ……っ………」
 自分から零れるものは何もかもいやらしくて、あさましくて、跡部に聞かせたり見せたりなんかもう出来ない。
 肩を跳ね上がらせて泣きじゃくって、目を覆う手に握り締めた携帯も、限界を訴える気持ちも身体も、みんなこのまま壊れるから、だから、と神尾は何かに許しを請うように目を閉じる。
 何かにではない。
 跡部にだ。
「……神尾…、……!…」
「………………っ…」
 声のするほうに反射的に顔を向けた神尾は、もうすでにぐしゃぐしゃになっている顔を更に歪めた。
 次々流れる涙を見て、公園に駆け込んで来たらしい跡部は瞬時大きく息を詰めた。
 神尾が立ち上がって走り出そうとしたのに気づくと、すぐさま我に返ったように。
 跡部は神尾の腕を引っ手繰った。
「や…っ……!……」
「……逃げるなっ!」
「…やー…ぁ…ー…っ…!」
 強引に抱き込まれてしまって神尾は跡部の腕の中で激しく抗った。
 何がどうなっているのか判らないこともあったし、それから、それでもやっぱり、跡部が好きで。
 辛い事を言われるのが怖くて。
 冷たい目で見られるのも。
 突き放されるのも。
 捨てられるのも。
 終わりにされるのも。
 本当は全部全部全部怖い。
「……てめえが比べるようなこと言ったからだろうがッ!」
 跡部の怒声は凄まじくて、神尾はビクッと全身を竦ませた。
 縛り付けられるように抱き竦められた。
 苦しくて。
「………跡部……ぇ……」
 自分から触れられないもどかしさに神尾が泣けば、それ以上の力で抱き締められた。
「……くそ、…なんでこんな冷えて……」
「跡部…、…離し…」
「誰が離すか」
「だ……って……跡部が……」
 帰れって。
 二度と来るなって。
 いった、ともつれる舌で告げれば砕かれそうにまた抱き締められる。
「だからてめえが……!…」
「……おれ……へんなんだろ…? おかしいんだろ?……きたないんだよな…?」
「な…………」
 跡部が絶句するところなんて想像も出来なかった。
 実際されてみてもまだ信じられない。
「…………さわられてないのに……、ずっと、ずっと……ぃ…ったり、へん……って……わか、……でも…っ」
「誰がへんだのなんだの言った? お前だろうがっ…なんにもないとこでいくのが怖いって泣きやがったのは」
「…だ……って、跡部…さわってくれなか……っ…………」
 神尾は泣きながら跡部の背中にしがみついた。
「おれ……跡部…しか……」
 知らないのに、と掠れた語尾をそれでもきちんと聞き取って、跡部は舌打ちした。
「……………判ってる」
「じゃ、……なん………で?………いつも跡部の…手、とか……おなかとか…ある…のに…さっきは、だから、おれ」
「………判ってる!」
 勝手に想像して、現実とごっちゃになって、きれただけだと跡部が自棄気味に怒鳴った。
「あっさり出ていきやがって……!」
「…………………」
「追いかけてきてもみつからねえ。電話には出ねえ」
「………出た……よ」
「その前の電話だ!」
 あの前があったのかと神尾は驚いた。
 恐らく盛大に泣いていて気づかなかったのに違いない。
 こっそり着信履歴を見てみたかったが、この状況ではとても叶いそうになかった。
「……あとべ…」
「人の誕生日にてめえは……!」
 だって跡部が追い出した、とは思っても口には出さない。
 神尾は、跡部の胸元に顔を埋めて背中に回した手でぎゅっとしがみつくだけだ。
 今だけ。
 今なら。
 聞いてもいいのだろうか。
「跡部………最近、服…脱がないでするのなんで……?…」
 跡部の舌打ちと一緒に今度こそもう本当に息もできないくらいきつく抱き締められた。
「……そんな余裕奪うくらいのことやってる自覚ねえのかよ」
 そう聞こえて、すぐに身体が離された。
 跡部が着ていたジャケットを脱いで神尾に着せて、肩を抱き寄せてくる。
「行くぞ」
「……………跡部のうち?」
「他にどこに行く」
「いい…の…?…」
「謝ってやるって言ってんだ! 黙ってついて来いバカ」
 いつものように怒鳴られて、神尾は肩を上下させて涙を零した。
「……謝んなくて…いい…よう…」
 謝らなくてなんか、いいから。
「あとべと……したいよぅ……」
「……ッ…、……てめ…」
 ぐっと言葉だか息だかを詰まらせた跡部の気配に泣きながら顔を上げた神尾は、跡部に肩を抱かれたまま。
 押し当てられた唇を下から受け止めた。
「………ん……」
「…………………」
「ん…………っん」
「……させてくれって言ってやるから黙ってついてこい」
 聞いたことのない言葉が聞こえてくる。
 神尾はもうあまり考えられずに囁いて応えた。
「なんでもする………」
 跡部がして欲しいこと、なんでも。
「…………違うだろ…てめえ……」
「なんでも……するから」
 して、と爪先立ちで伸び上がって、神尾は跡部の唇を舌でそっと舐めた。
 何か毒づくように跡部が熱っぽい言葉を口にして、やみくもに抱き締められた後、引きずられた。
 ものすごい早さで歩く跡部の背中を見ながら、もつれる足元の覚束なさよりも安堵が勝った。
 それと、もどかしさによる苦しさと。




 冷たくなった神尾の身体を気にしてか、跡部の家に戻るなり、浴室に直行し、跡部に抱き取られたまま神尾は全身をシャワーで温められた。
 高い位置にあるフックにかけたシャワーヘッドからの湯を浴びながら。
 跡部が髪を撫でつけてくれる。
 頬を包んで、やわらかいキスを繰り返してくれる。
 神尾は殆ど衝動で座り込みそうになってしまう。
 そのまま跡部の下腹部に唇を寄せようとしたのを、跡部に遮られた。
 膝をついたのは跡部で、熱く濡れた舌をそこに搦めてきたのも跡部で、ふらつく神尾の下半身を両手で支えながら、全部飲んだのも跡部だった。
「………あとべ…」
「もうなんにもないとこでいかせねえよ」
 卑猥に唇を舐めとりながら立ち上がった跡部は、よく見慣れた傍若無人な顔で笑って言った。
「まだ泣けんのか。神尾」
 呆れ果てた言葉に俯けば、泣いて出た分入れといてやると、体液交換みたいなことを平気で言うから。
 神尾は全身真っ赤になって跡部に嫌というほど苛められた。




  流した涙の分、与えられたのは。
 跡部からのそれと、甘いリンゴの味のシードル。
 お子様にはちょうどいいとだろうと、微量のアルコールを含んだシードルのスイートを口移しされて終えた10月4日。
 神尾がこれまでで一番たくさん泣いたこの日が、跡部の誕生日だった。

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