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How did you feel at your first kiss?
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 夜這いしてくるなら、どうせならもう少し色っぽく出来ないのかと、跡部は浅い眠りから覚醒させられながら眉を顰める。
 今日は神尾を自宅に泊めた。
 ただし別々に寝ている。
 寝室には二人で入ったのだ。
 ところが口付けの合間で始まったどうでもいいような事がきっかけの言い争いは、次第に睦言で誤魔化す事も出来なくなっていって。
 元来気の長い性格ではない跡部は、寝室に神尾を一人残して、自分はリビングに向かった。
 五十畳のそのスペースにある四つのソファのうちの一つに身体を投げ出して。
 不機嫌に舌打ちして跡部は目を閉じる。
 顔の近くまで引き上げたブランケットにもぐりこんでやろうかと思うくらい。
 やけに月明かりが眩しい夜だった。
 きつい月光を遮断するように双瞳を閉ざす跡部の表情はそれだけで冷たく怜悧で、こんな剣呑とした気配の跡部に好き好んで近寄ってくる者など、氷帝の中にだっていない。
 機嫌を損ね、腹をたてている跡部に対する普通の対応は、遠巻きに見るのがせいぜいだろうに。
 わざわざこの懐に、もぐりこんでくるのだからこれは相当の馬鹿だ。
「………………」
 細い手足。
 体温が高い。
 匂いのない軽い身体。
 それがブランケットの中に入ってくる。
 ベッドに比べて格段に狭いソファの上、必然と互いの肢体は密着するが、その接触に色気は欠片も感じ取れない。
 幼児が親の布団に入ってくるようなものだ。
「…………あとべ」
「…………………」
 力ない小声で呼ばれても、返事なんかしてやるかと跡部は冷たい視線を差し向けただけだ。
「…………………」
 神尾と目が合って。
 すぐさま舌打ちした跡部の表情に、神尾がびくりと肩を震わせる。
 よほど冷たい顔にでもなっているんだろうと、急激に潤んでいく神尾の瞳に知らされた跡部は、きつい目をしたまま神尾の肩を手で包んで震える唇に口付ける。
 二人で横になるには狭すぎるソファで、それでも身体を横たえて。
 ぎこちなく強張っている舌を軽く含みとってやると跡部の手のひらの中で神尾の肩が痙攣した。
 ちょっと仲たがいしただけで、瞳を真っ赤にして、こんな風にもぐりこんでくるからみんな神尾が悪い。
 きつい月明かりで青白く晒されるもの全てが、無防備すぎて苛立った。
 跡部は噛むように神尾の舌を貪りながら、ブランケットを蹴って、その代わりに神尾を身体の上に引き上げた。
「……跡部、……」
「…………………」
 言葉では応えてやらないまま見つめていると、ぱたぱたと落ちる音が聞こえてくるみたいな泣き方で神尾は涙を零した。
「あとべ………」
「…………………」
 色気のまるでない、てんで幼児の仕草で泣くだけで、口にするのは名前だけ、両手で縋るようにしてしがみついてくる、それだけの神尾に。
 結局跡部は暴力的に煽られて、慣れない痛まされ方をする心情に歯噛みさせられ、単純なのに思うようにならない苛立ちで、執着する。
「…………………」
 手のひらで頬を、指先で目元を。
 同時に拭うように神尾の顔に伸ばされた跡部の手の中に。
 すっぽりとおさまるほど小さい神尾の顔は、涙で濡れて月明かりに照らされる。
「…………………」
 これが綺麗で、これが可愛いのだと、跡部がこれまで持ち得なかったそれらの感情は、もう神尾に対してだけしか使われない。
 それを言ってしまう方が神尾は信用しないと判っているから、跡部はもう何も言わない。
 両手で抱き締めて。
 相手の首筋に顔を埋めた事など。
 跡部は神尾以外にした事がない。
「…あとべ」
 自分に縋りついてくる腕の懸命さに。
 必死さに。
 気持ち良さげに目を閉じる跡部の表情は、神尾ですらも知らないもの。
 良くても悪くても感情が高ぶってしまえば泣き出す神尾ともつれ合うように四肢を絡ませあいながら跡部はソファから床に身体を落とした。
 神尾の服を剥ぎ取ってしまって、全裸に月光を浴びることになった華奢な体躯を、跡部は無言で拓いていった。
 しずかに動いた。
 ゆるく混ぜた。
 重めの、でもやわらかい、不思議な抵抗感の中を、互いの区別がつかなくなるように混ぜた。
 ほとばしるような声を導かないようにえぐり、神尾の唇から上ずった息遣いだけが零れるように揺する。
 声になる手前。
 息だけで喘ぐような神尾は、ひどく辛そうにも、ひどくよさそうにも見えた。
 喉をひらききって、あまくかすかな声交じりの呼吸を引き出し、潤んだ目から涙が零れ落ちないように跡部は神尾と身体を繋げた。
 跡部の動きに沿って、ひっきりなしに神尾の瞳の中でゆらぎ続ける涙は、月明りを反射させ見たこともないように光っていた。
「………跡部…、…」
「……………………」
 声でなく息を交ぜあって口付け合い、静かに繰り返した分すぐにはとまらない愉悦は本当に長くて。
 神尾は随分泣いた。
 跡部が随分泣かせた。



 そこには確かに誘惑が存在していた。
 どれがそうだったかではなく、月夜の青白いあかりが照らしていたもの全てが。



 全てが。
 誘惑。

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