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How did you feel at your first kiss?
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 早々に収集のつかなくなってしまった大量のチョコレートは、各々管理しろと顧問から配られる恒例の紙袋の中に各自で収めた。
 ブライダル用とおぼしきマチの広い無地の手提げ袋がチョコレートでいっぱいになって、氷帝学園テニス部のレギュラー用の部室に無造作に置かれている。
 今年のバレンタインデーは土曜日だった。
 学校は休みだが部活はあるので、部室がチョコレート置き場になるのは例年通りの光景である。
 すでに部を引退している三年生も、この日ばかりは部室で顔を合わせる事になった。
「しっかしさー、不思議だと思わね?」
「何や?岳人」
「チョコレート。袋に名前書いてなくてもさ、どの袋が誰のかだいたい判るじゃん」
 向日岳人と忍足侑士のダブルスコンビはチョコレートの詰まった幾つもの袋を横目にして言った。
「桁違いに量多いの抜きにしたって、跡部宛てのって無駄にキラキラして目立つじゃん。箱からして、ピカーンって。いちいち眩しいいんだよ反射して。それが一個や十個じゃないんだから」
「ええとこの高級チョコレートしかないしな」
「そうそう。しかもありゃ貴金属なのか?指輪?チョコと一緒についてる箱とかがまた眩しいだろ」
「オモチャで溢れてんのはジローか?」
「そう。ジローの。チョコよりオモチャのが多いんだ。あと枕とかさ。嵩張って仕方ねえの。それに比べて俺のは何でこうコンビニチックなチョコばっかなんだろうな?チロルチョコの数なら俺きっと氷帝ナンバーワンだよな」
「かわええやん」
 片手の手のひらに頬を乗せ忍足が笑うのを、向日は少しだけ赤くなって押しやった。
「………ナンバーワンっていえば、……ある意味鳳なんだけどさ」
「うん?」
「あいつのチョコレート。ほぼ100%手作り」
「つまりほぼ100%本命ってことかいな」
「そういうこと」
 まあわかるけど、と二人は顔を見合わせて大きく頷き合う。
 数でなら間違いなく氷帝トップは跡部だが、本命度でいうなら鳳はその上をいくかもしれない。
 とにかく学年に関係なく、人当たりがよくて優しくて、礼儀正しく親切で愛想がいい。
「…………でもあいつ」
「……うん」
「鳳、なんか泣きそうじゃね?」
「せやな。あれ時期に泣くで」
「……………侑士。どうにかしてやれよ」
「どうにか言われても」
 氷帝テニス部レギュラー用部室は、設備同様、広さも自慢である。
 同じ部室内でありながら、忍足と向日の会話が聞こえない程度の距離にいる鳳長太郎の、しかし表情は、そこからでも充分見てとることが出来て。
 二人はどうにも困ってしまった。
「気の毒になあ…」
「鳳、今日誕生日やのになあ…」
「……しかたねえ!俺がちょっと行って、宍戸に一言、」
「やめとき。岳人。あれ邪魔したら敵さん二人になるで?」
「………うう…、…だよなあ……」
 二人がこっそり盗み見た先には、元部長の跡部景吾と、引退後からはまた髪を伸ばしているらしい宍戸亮が、一見すると友好的には到底見えない顔で向かい合っている。
 宍戸が手にしたノートに視線をやった跡部が呆れた身振りをしていて。
 それに宍戸が怒っているらしいので。
「……宍戸の奴、またきっと二軍の奴らから、なんか頼まれたんだぜ」
 宍戸は現役時代、一度だけレギュラー落ちした事があった。
 僅かの間ではあったが二軍にいて、その時に。
 宍戸は二軍の部員達に桁外れに懐かれ慕われた。
 目つきも言葉遣いも悪かったが、実は宍戸はひどく面倒見が良い。
 二軍でもくさることなく誰よりも練習していたし、言葉は荒いが的確なアドバイスをすることもあって、最初こそ敬遠されていたようだったが瞬く間に一軍にいた時以上の信頼を集めていた。
 氷帝には副部長は存在しないのだが、恐らく当時の宍戸のポジションは、他校でいうならば副部長だったのだろう。
 数百人のテニス部員を束ねる絶対的カリスマである跡部相手にも宍戸はまるで構わない所があったから、そういう面でも揉め事やら相談事やらは宍戸を経由する事が多かった。
 呆れたり怒ったりしながら、一応全ての事に耳を傾け行動する宍戸は、それまでは寧ろ距離をおいていたような跡部と、必然的に会話する機会が増えていた。
 けれどもその事が、今鳳の表情をかすかに歪ませている原因というわけではなかった。
 忍足と向日が言うように。
 鳳は、跡部と話す宍戸を見て、いわゆる泣きそうに見える顔をしているわけではないのだ。
 全ての原因は、宍戸の行動、それのみにあった。







 大人っぽくなった。
 鳳は、最初宍戸がひどく痩せた気がして心配したのだが、よくよく見つめれば怜悧になったのだ。
 切れ長の目も、細い顎も、真直ぐな首も。
 ひどく綺麗だと思った。
 ほんの少し会っていなかった間に伸びた黒髪は、見慣れぬ長さで額とうなじにかかっている。
 長いか短いかしか知らなかったから。
 伸びかけの髪から覗いて見える宍戸から目が離せなくなって。
 鳳は少し弱った。
「………………」
 一見怒ったような顔で跡部と話している宍戸が、実はその表情ほど不機嫌なわけではないという事は判るのに。
 今宍戸が考えている事が鳳にはつかまえられない。
 氷帝の高等部へのエスカレーター進学とはいえ、三年の宍戸は多忙で、思うように会えないでいた一ヶ月近く。
 それでも電話やメールは交わしていて、その時には全く考える事もなかったこの焦燥感。
 きつい目で甘く笑う、荒い言葉で優しく宥める、そんな宍戸は、今、跡部と何事か話しながらチョコレートを食べている。
 バレンタインに、宍戸が貰ったであろうチョコレート。
 初めは気にするようなことではないと思っていた。
 ミントガムが手放せない宍戸は、割合にジャンクフード好きなのだ。
 甘いものも好んで食べる。
 だから貰ったチョコレートを食べる事にたいした意味はないと、鳳は思おうとして、思い切れず、深みにはまっていく自身の後ろ暗い感情をどんどん持て余していく。
 あれはどういう意味なんだろうかと溜息がもれそうで。
 それを噛み殺すので手一杯になっている。
「…………………」
 なにも意味なんかない。
 ただ宍戸は、貰った自分のチョコレートを食べているだけ。
 そして鳳は、それを見ているのが苦痛なだけ。
 嫌なだけ。
「…………………」
 きちんと食べるんですね、チョコレート、と宍戸の唇ばかり見つめて鳳は思った。
 何だかひどく卑屈な気分になってくる。
 氷帝に入学してから、バレンタインに出回る大量のチョコレートには、いい加減見慣れた感がある。
 テニス部には、とにかく一人桁外れな量を貰う跡部を筆頭に、尋常な数ではないチョコレートが集まるのだ。
 そのあまりの大量さに、どこか感覚がずれてきてしまって。
 山と積まれたチョコレートに込められている意味など、まるで考えられなくなってしまう。
 その筈なのに。
「…………………」
 宍戸がああやって無造作にチョコレートを口に運んでいるのを見ていると、急激に。
 ただのチョコレートが、バレンタインに女の子から宍戸に送られたチョコレート、に変わっていって。
 それを食べている宍戸に、鳳は無闇やたらな焦燥感が募ってきてどうしようもなくなった。
 どうして食べるの。
 俺の前で?と鳳はとうとう溜息を零した。
「…………………」
 久々に部室で宍戸と顔を合わせて、この後一緒に帰ることになっている。
 跡部との話が終わるのを待っている鳳は、次第に自分でもどうしようもなく煮詰まってきてしまって、普段殆ど体験することのない苛々が募って自分自身を持て余す。
 会えないでいた時の方が、まだマシだなんて考えるまでなってしまって。
 宍戸の事が、好きとか大事だとか思う以上に、何か酷い言葉をぶつけてしまいそうで歯を食いしばる。
 腹が立つというよりは、泣きたいような気分だった。
 そんな自分が嫌だと鳳は思った。
 今日は誕生日で、ひとつ歳を重ねた筈なのに。
 完璧に子供還りしてしまったかのような自分の幼稚な独占欲に、鳳はとうとう宍戸から目を逸らせた。
 そうするしかなく、机に顔を伏せてしまった。







 気づかせたいなら叩けばいいのに、へんに優しい癖のある手は、鳳の後ろ髪をそっと撫でてきた。
「長太郎。待たせたな」
「…………………」
 顔をあげた鳳は、寝ていたつもりはない筈なのにと、いつの間にか二人きりになっていた部室に気づいて僅かに戸惑った。
「………先輩達は?」
「帰った。悪かったな、長いこと」
 顔を机に伏せて悶々と苛立っている間に、跡部も忍足も向日も居なくなっていた。
 鳳の髪に触れていた宍戸の指が動いて、空気も動いて、甘いチョコレートの匂いが後からついてくる。
「…………………」
 目つきがきつくなってしまったのを鳳は自覚していた。
 それをそのまま宍戸に向けている事も。
 宍戸が微かに目を見張る。
「長太郎」
「…………………」
 鳳が宍戸の事を強い視線で直視しても、宍戸は驚きはしないし、怒りもしない。
 優しいことも言わないし、不安がったりもしない。
 問いかけなのか呼びかけなのか、それとも諌めの声なのか、区別出来ない声音で名を呼んでくるだけだ。
「………女の子から貰ったチョコレート、食べるんですね。俺の前で」
 みっともないと鳳自身が思うくらいの口調は、ひどく嫌な言い方で耳にこびりついて聞こえた。
 久しぶりに顔を合わせて、それなのに。
 こんなこと言いたくない。
 鳳は、いい加減泣きたい気になった。
「長太郎」
「…………………」
「チョコレート味。食いたくねえの」
「…………………」
 え?と声にはならなかった鳳の問いかけを拾うように、宍戸は机に片手をついて、鳳に顔を近づけてくる。
 薄い唇から甘い匂いの吐息が鳳の名前を包んで零れてくる。
 バレンタインだから、チョコレート。
「…………………」
 鳳の唇を掠めただけの接触。
 閉じないままの真直ぐな宍戸の視線の中に、自分に向けられた優しげな和らぎを見つけて、鳳は息を詰めた。
 手が伸びた。
 両腕で、力づくで、抱き締めていた。
 縋りつくように。
「…………………」
 立ち上がった反動で後ろ側に蹴りだしてしまった椅子が倒れて大きな音をたてる。
 でもそんなこともどうでもよくて、鳳は宍戸の薄い背中を更に引き込んで、食いしばる歯を解いて言った。
「…………頭、どうにかなるかと思った……!」
 叫びと呻きの入り混じったような声が出た。
「……………バァカ」
 大袈裟な奴だなと続いた宍戸の声は掠れていて、多分自分の抱擁のせいと判ってはいたが鳳は手の力を緩めてやれない。
「宍戸さん………」
「…ん、………まあ……悪かったよ…一応」
「…………え…?」
 思ってもみなかった事を言われた気がして問い返した鳳のうなじに宍戸の片手が宛がわれる。
 髪の生え際から差し込まれた指が、鳳の後ろ髪を掴む仕草の甘さに四肢を束縛する腕の力が一層強まる。
「宍戸さん…?」
「………お前に、あんな顔させる気はなかったって言ってる」
 誕生日なのにとおおよそ普段の宍戸のイメージからは予想もつかない事を言われて鳳は身体を固まらせてしまう。
「宍戸さん…」
「……うまくは…出来ねえよ。…お前が俺にするみたいには、出来ねえけど」
「…………………」
 宍戸から鳳の背へと、今度は両腕が一度に伸ばされ、抱き締められた。
「…………………」
 胸にぴったりと収まって、しかしその薄くて軽い、でも強くて確かなものの方から抱き締められてもいる。
 宍戸の両手が鳳の首にやわらかく絡んでくる。
 鳳の胸元に治まるように身体を寄せているその身体を、こんなにも強く抱き締めている筈が、全て守られ逆に抱き締められていると思わせるような、甘く幸せな感触の大切な人が鳳の腕の中にあった。
「宍戸さん」
 語尾は舌と一緒に直接宍戸の口腔に含ませた。
 重ね合わせた唇に深い角度がついて、擦り寄っては拓かせた熱っぽい粘膜はチョコレートの味がする。
 からめた舌ごと、もう本当にその柔らかさを飲み込みたくなるような気でむさぼって。
 がっついた息もなすりつけて、甘みを放つ舌を執拗に奪った。
 宍戸の舌から甘みを感じるたび、ゆっくり頭の中が溶けていく。
「…………く………ん」
 宍戸の両手が鳳の制服をつかんでくる。
 胸元を、正面から。
 震えている。
 苦しいのかもしれない。
 それでも鳳は宍戸の唇に固執した。
「………ん………ぅ……っ…ん、」
「…………………」
「ふ………ぁ…っ………」
 両手で小さな頭を抱え込んで口づけて、胸元にあった宍戸の指が痙攣じみて震えて、もがいて。
「………っ…ン…」
 一息に落ちた。
「………………宍戸さん…」
「……は……、……ぁ……」
 頬に唇をすべらせて、てのひらの中の小さな後頭部を丁寧に指先で包み直す。
「宍戸さん」
「…………、ん……だよ……」
「ほんとにチョコレート味……」
 おいしかったと吐息で伝えると、宍戸は眦の赤くなった綺麗な目できつく睨んできた。
 鋭い視線が真直ぐに宛がわれて。
 悪態か罵倒のひとつでもつかれるかと、それすらも甘ったるい気分で笑んで待ち受ける鳳に、宍戸は濡れそぼった唇を動かして囁いてくる。
「この程度で満足かよ…」
「………我慢してるんです。煽らないで」
 何の準備も無く、ましてこんな場所で出来るわけもない行為を、本当は自分がどうしようもなく望んでいると判っているから。
 一月以上触れていなかった身体に、すでにキスが暴走しかけていることも判っているから。
 鳳は苦笑いで誤魔化すように、再度唇を合わせた。
「……………、……」
 すると今度は宍戸の方からゆるく唇がほどかれる。
 抗える筈もなく、鳳はそこに舌を差し入れた。
 普段ミントの香りのする冷たい口腔が、今日は甘い匂いであたためられている。
 荒いでいく呼吸が生々しくなってくるがどうしようもなかった。
 息がきれるほど口付けあって、舌がからみあうごとに湿った音がたち、息が上擦って声のようになる。
「…………宍戸さん……」
「………ん………、……ぃ……」
 微かに頷かれただけで加速した欲情に歯を食いしばるようにした鳳の隙をさらうように宍戸は膝をついた。
 ベルトに宍戸の手がかかって鳳は思い出したかのように躊躇する。
「……ちょ、……宍戸さ…何して」
「………黙ってろ、ばか……」
 仕草が荒っぽくて、凶暴な目で睨み上げてきたけれど、通された口腔は濡れそぼって潤んでいた。
「…………、……」
「………ン……っ……」
 闇雲に突き上がってくる刺激に鳳は息を詰めて机に片手をついた。
 膝立ちになっている宍戸は前合わせを外して少し押し下げただけの鳳の制服の生地に顔を埋めて睫毛を伏せた。
 ず、と奥まで通されて、鳳はまた言葉を飲んだ。
 吸い付いてくる粘膜の柔らかさに、宍戸の唇の中激しく形が変わる。
「…っぅ…、…ッ…………」
「宍戸さん………、」
「…………く……ふ…、っ、」
「……ごめんなさい……苦し…?…ですか?…やっぱり止めま…」
「ん、………ん…」
 そのままで首を微かに横に振った宍戸の唇は小さくて。
 手ひどく押し広げその口いっぱいに埋まってしまうのもいい加減にしないと、とは思っている。
「………っ……ぅ…」
「……………、……」
 喉に突き当たるまでひどくして、と思っているけれど。
 見下ろしている宍戸の表情にどうしようもなく煽られて、鳳は引くに引けなくなっていた。
「宍戸さん……」
 そっと宍戸の後頭部を撫でると、その熱っぽい所作に安堵したように宍戸が目を瞑るのが堪らなかった。
 指先で摘まめてしまう細い顎を撫でて、見ている以上に触れてみれば、そんなに小さな唇を押し広げてしまっているのが信じがたくもなってくる。
「…、ん…、…っ……、ん、…、っん」
「宍戸さん…、…」
「………っ……く……ん………っ…」
「ね、………あの………宍戸さ……」
「……………、…ぅ…、…っ、」
「……それ……止めてください……もちませんから……」
「……っ…ん…っ…っ…ぅ………」
「宍戸さん…、」
「ぃ……、…っ………」
「………駄目ですよ…」
 すきまなく押し広げてしまっている宍戸の唇から、次第に含みきれなくて零れ落ちていく口液がしとどに滴り落ちて宍戸のシャツを濡らしている。
「ほんとに、………ね、宍戸さ……」
 宍戸のしようとしていることは鳳にも判っている。
 いい加減どうしようもなくなっているのは事実だったが、だからこそせめてこのままということだけは避けたい。
「…………出来ませんってば……そんなこと」
「…、………は…、っ…」
「………ッ…、…」
 熱い息と一緒に宍戸の唇から抜き出され、鳳が安堵と苦痛の入り混じった熱っぽい吐息を零す。
「誕生日…だろ……」
 掠れた宍戸の声に視線を落とす。
「それくらい…言えよ……」
「…、……っ………」
 飲め、くらい、と途切れ途切れに言いながら再び絡みついてきた舌の感触にも言葉にも腰が震えて鳳は完全に理性を奪い取られてしまった。
「……ッ、ぅ、ン…っ………」
「………………、………」
 最初のを飲み下された喉の音が生々しく耳について。
 鳳は、二度、三度、と続け様に宍戸の喉を直接それで穿った。
「……………ふ……、…っ…」
 鳳が腰を引く。
 繋がっていた箇所が離れても、滴り落ちるものは何もなかった。
 全て宍戸の中に流れ落ちていった。
「宍戸さ、………」
 ぐったりと息を吐き出した宍戸の肩を抱きながら鳳も膝をついた。
 ひどく無理をさせたような気がして鳳が伺うように宍戸を覗き込むと、宍戸は視線を逸らせ赤くなって何事か毒づいた。
「………気持ち悪く…ない?…大丈夫ですか? 苦しいとかは…?」
「……バーカ………だいじょ…ぶに…きまってんだろ…」
 伸びかけの前髪をかきあげながら、鳳はあいた左手で宍戸の肩を抱いた。
 右手が宍戸の前髪から頬に移る。
 包みこむ。
 横向きで、鳳は真っ赤になっている宍戸の唇を塞いだ。
「………長太郎……」
 苦しくないようにしたキスの合間に呼びかけられて、鳳はすぐに唇を離した。
「宍戸さん?…なに…?…」
「これ以上は……」
「……はい」
 判ってますと鳳が苦笑して頷くと、何故か宍戸は怒ったような顔をした。
 したくないとは言ってないだろうがと凄まれて、一瞬聞き違いかと鳳が呆気にとられているうちに。
 宍戸はきつい目で睨み上げてきながらも、鳳の胸元に凭れかかるように身体を預けてきた。
「へたに手出されるほうがきついんだよ……」
「…………………」
 残りは全部持って帰って食え。
 つまみ食いすんな。
 鋭くも、掠れた甘めの声で宍戸は鳳にそう言いつけた。
「…………………」
 つまみ食いの一言で済ませてしまうにはあまりにあれは濃厚すぎると鳳は思ったが。
 まだチョコレートの匂いのする宍戸の指先に軽く口づけながら、はい、と従順に頷いた。







 鳳の部屋、ベッドの上で、チョコレートの山どころではない濃密な甘さで感情を煮詰めあった後。
「………宍戸さん。ホワイトデーは何味の俺でお返しすればいいですか?」
 うとうとと眠たげな宍戸を抱き締めながら、鳳はその耳元で囁いた言葉で宍戸から手荒な肘打ちを食らわされた。
 そうとはいえ。
 胸の内いっぱいに注がれた甘みある感情が無くなってしまうような事はない。

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