How did you feel at your first kiss?
口論が、思いの他、激しくなってしまった。
普段から憮然としている事の多い宍戸亮の顔つきが、不機嫌を通り越して怒りを含んで。
普段おっとりしている鳳長太郎の顔つきが、躊躇を通り越して苛立ちを含む。
日も落ちたテニスコートの中で、二人しかいないのだから一発触発の彼らを止める者は誰もいない。
「もう打たない? お前に指図される筋合いはねえんだよ。さっさとやれ。バカ」
「いい加減にしてください。レギュラー復帰したのに、試合前に怪我でもしたらどうするんですか」
「怪我ぁ? するかそんなもん。さっさと打てっての!」
打球に対する反応時間を極限まで短縮する為、ラケットを持たずに鳳の200km/h近いサーブを受け続ける特訓は、何も今日初めてすることではない。
数週間、毎晩繰り返してきた。
そして今日、氷帝において敗者には有り得なかった筈の、レギュラー復帰も果たして。
その日の夜だ。
宍戸はこうして暗がりのコートで鳳と言い争っている。
始めてすぐに、数本のサーブを打ったか打たないかで、鳳は止めようと言い出して。
あとは宍戸がどう怒鳴りつけても、もうサーブを打とうとしない。
昨日までは渋りながらも従順だった後輩の抵抗に、宍戸の腹立ちは瞬く間に高まってしまった。
「長太郎!」
「………もう止めて欲しいんです。宍戸さん傷だらけじゃないですか」
「今更なに言ってんだ。お前」
「その身体の傷、全部俺がつけたんですよ……」
痛ましそうに眉をゆがめて見つめてくる鳳の表情に、宍戸は深々と溜息をついた。
「それがどうした」
「もう宍戸さんはカウンターライジングをマスターしてる。それなのに、まだするんですか?こんなこと」
「当たり前だ。完成度は100%じゃない」
「お願いですから止めましょう。もう」
「お前には指図されないって言ってんだろうが!」
ネット越しに言い争っているうちエスカレートして。
距離が縮まって、宍戸の手が鳳の胸倉を掴み締める。
自分よりも背の高い後輩の胸元を締め上げて、下から睨み上げて。
けれど宍戸がどう怒鳴りつけても、鳳は言うことを聞きやしなかった。
コート中に響き渡る荒いだ声。
宍戸のきつい罵声が、突然に止む。
テニスコートが静寂で満ちる。
突然、そして暫くの間の沈黙。
静かだった。
ひどく。
静かだ。
低い声が沈黙を破る。
静寂に滲むように鳳の声がした。
「……宍戸さん。いつもミントの匂いがしますね……」
「………ミントガム食ってんだから当たり前だろ………だいたい匂いっつーか、それ味だろ」
「………ですね。ミント味、です」
「……………あのな……お前、なんで今俺にキスなんかした」
「したくて。……ごめんなさい。嫌でした?」
生真面目に会話してしまった。
宍戸は訳が判らなくて、とりあえずそうするしかなかったのだ。
覆いかぶさるようにキスされて。
言い争っていた相手にいきなり。
鳳が普段からしているクロスのペンダントトップが、ひたりと宍戸の喉に触れた。
喉に冷たい封印。
唇は温かかった。
キスだった。
紛れも無く、ネットを挟んでテニスコートでしたことは。
「……………だって宍戸さん罵詈雑言つくすから………… 好きな人に怒鳴られるの、しんどいです」
「お前な、」
「黙らせたかったし、特訓も止めさせたかったし、………ずっと、すごく好きだし。宍戸さんのこと」
ひっそりと告げてくる後輩の、どことなく力ない気配に宍戸は深い溜息をついた。
我慢出来なくなってて、と後輩に囁かれ、なんだかくらくらしてきた。
しかも逃げられるとでも思っているのか、鳳の手に、宍戸は利き手をきつく握りこまれていた。
「長太郎」
「……やです」
「泣きそうな顔すんな。そんなデカイ図体してみっともねえ」
「宍戸さんに嫌われたらマジで泣く」
「半ベソで脅すなバカ」
でも振りほどけないほど強い手の力。
触れるだけだったけれど、我慢が出来なくなったみたいにひどく熱っぽかった口づけ方。
背の高い、広い胸の、後輩。
「………………ったく。しょうがねえな」
「宍戸さん……」
「黙らせよう止めさせようで咄嗟にやっちまった事なら、しょうがねえ。俺もお前にやっちまったしな」
「………なんのことです…?」
怪訝に問い返されて、宍戸はおとなしく手を握られながら嘆息する。
「この髪だよ」
「…宍戸さんの髪?」
「お前が俺の代わりにレギュラー落ちるなんざ、めちゃくちゃなこと言い出すから。焦るわ腹立つわ困ったわで、お前を黙らせて止めさせる方法が俺もあれ以外浮かばなかったしよ」
「宍戸さんの髪、切らせちゃったの俺が原因だったんですか?!」
鳳が、宍戸が髪を切った事に異様に固執していたのが判っていただけにそのことを言う気は全くなかったのだが。
あれと同じかと思えば、宍戸は、何だか突然されたこのキスにも対応できる気がしたのだ。
「バーカ。鋏持ってたんだから、最初から髪は切るつもりだったさ」
「………宍戸さん」
「ただお前が予想もしなかったこと言い出すから、慌てちまってとんでもない切り方しちまったけどな」
ここまでしなくてもよかったかと、毛先の見えなくなった髪を指先でつまんで宍戸はぼやいた。
「……、っ……おい」
話をしているというのに、いきなり頭を抱き込まれる。
後輩のくせしてそう易々と先輩を抱きこむんじゃねえと思ったが、そうされることが気持ち良いと知ってしまって宍戸は溜息を吐き出した。
それを鳳はどう受け取ったのか、どこか必死な声が宍戸の耳に触れた。
「………俺、……黙らせたいとか、止めさせたいとかって、それが理由なのは、本当はほんの少しで。正直言うと」
「……………………」
「宍戸さん」
「……………そんなに好きか?俺が」
はい、と耳元で躊躇わない声がして。
遠慮がちに、でもひどく熱っぽくかき抱かれる。
感情が伝染してくる。
強く抱きしめられていって、宍戸の唇に鳳のクロスが当たる。
押さえつけられる。
キスをする。
クロスに。
「………気持ち悪かったり……します…?」
「いや………お前のことは気に入ってるしな」
「厭とかじゃ……?」
「別に」
今までわざわざ恋愛感情を気にしたことがない相手なだけに、意識させられたらそれは案外するりとはまって、宍戸はあっさり納得した。
何事にもスピードが信条の宍戸は、新しく捕まえた感情を怪訝に思うことはしなかった。
「おい。長太郎」
「はい」
「明日、髪切りに行くの付き合え」
「…………まだ切るんですか?」
「こんなザンバラなまんまで試合に行かせる気か。お前」
ついでにお前も切れよと言いつけると、はい、と鳳はおとなしく返事をする。
そうして名残おしそうに腕を緩めていくから、宍戸は鳳を可愛いなどと思ってしまった。
もう一度キスしたかったら、サーブ100本と引き換えに俺からしてやろうかとそそのかしたら、容赦のない100本が浴びせられて腹が立ち、そしてそのうちおかしくなって、宍戸は鳳のサーブ100本を、最初は怒って最後は笑って、全てその手で受け止めた。
普段から憮然としている事の多い宍戸亮の顔つきが、不機嫌を通り越して怒りを含んで。
普段おっとりしている鳳長太郎の顔つきが、躊躇を通り越して苛立ちを含む。
日も落ちたテニスコートの中で、二人しかいないのだから一発触発の彼らを止める者は誰もいない。
「もう打たない? お前に指図される筋合いはねえんだよ。さっさとやれ。バカ」
「いい加減にしてください。レギュラー復帰したのに、試合前に怪我でもしたらどうするんですか」
「怪我ぁ? するかそんなもん。さっさと打てっての!」
打球に対する反応時間を極限まで短縮する為、ラケットを持たずに鳳の200km/h近いサーブを受け続ける特訓は、何も今日初めてすることではない。
数週間、毎晩繰り返してきた。
そして今日、氷帝において敗者には有り得なかった筈の、レギュラー復帰も果たして。
その日の夜だ。
宍戸はこうして暗がりのコートで鳳と言い争っている。
始めてすぐに、数本のサーブを打ったか打たないかで、鳳は止めようと言い出して。
あとは宍戸がどう怒鳴りつけても、もうサーブを打とうとしない。
昨日までは渋りながらも従順だった後輩の抵抗に、宍戸の腹立ちは瞬く間に高まってしまった。
「長太郎!」
「………もう止めて欲しいんです。宍戸さん傷だらけじゃないですか」
「今更なに言ってんだ。お前」
「その身体の傷、全部俺がつけたんですよ……」
痛ましそうに眉をゆがめて見つめてくる鳳の表情に、宍戸は深々と溜息をついた。
「それがどうした」
「もう宍戸さんはカウンターライジングをマスターしてる。それなのに、まだするんですか?こんなこと」
「当たり前だ。完成度は100%じゃない」
「お願いですから止めましょう。もう」
「お前には指図されないって言ってんだろうが!」
ネット越しに言い争っているうちエスカレートして。
距離が縮まって、宍戸の手が鳳の胸倉を掴み締める。
自分よりも背の高い後輩の胸元を締め上げて、下から睨み上げて。
けれど宍戸がどう怒鳴りつけても、鳳は言うことを聞きやしなかった。
コート中に響き渡る荒いだ声。
宍戸のきつい罵声が、突然に止む。
テニスコートが静寂で満ちる。
突然、そして暫くの間の沈黙。
静かだった。
ひどく。
静かだ。
低い声が沈黙を破る。
静寂に滲むように鳳の声がした。
「……宍戸さん。いつもミントの匂いがしますね……」
「………ミントガム食ってんだから当たり前だろ………だいたい匂いっつーか、それ味だろ」
「………ですね。ミント味、です」
「……………あのな……お前、なんで今俺にキスなんかした」
「したくて。……ごめんなさい。嫌でした?」
生真面目に会話してしまった。
宍戸は訳が判らなくて、とりあえずそうするしかなかったのだ。
覆いかぶさるようにキスされて。
言い争っていた相手にいきなり。
鳳が普段からしているクロスのペンダントトップが、ひたりと宍戸の喉に触れた。
喉に冷たい封印。
唇は温かかった。
キスだった。
紛れも無く、ネットを挟んでテニスコートでしたことは。
「……………だって宍戸さん罵詈雑言つくすから………… 好きな人に怒鳴られるの、しんどいです」
「お前な、」
「黙らせたかったし、特訓も止めさせたかったし、………ずっと、すごく好きだし。宍戸さんのこと」
ひっそりと告げてくる後輩の、どことなく力ない気配に宍戸は深い溜息をついた。
我慢出来なくなってて、と後輩に囁かれ、なんだかくらくらしてきた。
しかも逃げられるとでも思っているのか、鳳の手に、宍戸は利き手をきつく握りこまれていた。
「長太郎」
「……やです」
「泣きそうな顔すんな。そんなデカイ図体してみっともねえ」
「宍戸さんに嫌われたらマジで泣く」
「半ベソで脅すなバカ」
でも振りほどけないほど強い手の力。
触れるだけだったけれど、我慢が出来なくなったみたいにひどく熱っぽかった口づけ方。
背の高い、広い胸の、後輩。
「………………ったく。しょうがねえな」
「宍戸さん……」
「黙らせよう止めさせようで咄嗟にやっちまった事なら、しょうがねえ。俺もお前にやっちまったしな」
「………なんのことです…?」
怪訝に問い返されて、宍戸はおとなしく手を握られながら嘆息する。
「この髪だよ」
「…宍戸さんの髪?」
「お前が俺の代わりにレギュラー落ちるなんざ、めちゃくちゃなこと言い出すから。焦るわ腹立つわ困ったわで、お前を黙らせて止めさせる方法が俺もあれ以外浮かばなかったしよ」
「宍戸さんの髪、切らせちゃったの俺が原因だったんですか?!」
鳳が、宍戸が髪を切った事に異様に固執していたのが判っていただけにそのことを言う気は全くなかったのだが。
あれと同じかと思えば、宍戸は、何だか突然されたこのキスにも対応できる気がしたのだ。
「バーカ。鋏持ってたんだから、最初から髪は切るつもりだったさ」
「………宍戸さん」
「ただお前が予想もしなかったこと言い出すから、慌てちまってとんでもない切り方しちまったけどな」
ここまでしなくてもよかったかと、毛先の見えなくなった髪を指先でつまんで宍戸はぼやいた。
「……、っ……おい」
話をしているというのに、いきなり頭を抱き込まれる。
後輩のくせしてそう易々と先輩を抱きこむんじゃねえと思ったが、そうされることが気持ち良いと知ってしまって宍戸は溜息を吐き出した。
それを鳳はどう受け取ったのか、どこか必死な声が宍戸の耳に触れた。
「………俺、……黙らせたいとか、止めさせたいとかって、それが理由なのは、本当はほんの少しで。正直言うと」
「……………………」
「宍戸さん」
「……………そんなに好きか?俺が」
はい、と耳元で躊躇わない声がして。
遠慮がちに、でもひどく熱っぽくかき抱かれる。
感情が伝染してくる。
強く抱きしめられていって、宍戸の唇に鳳のクロスが当たる。
押さえつけられる。
キスをする。
クロスに。
「………気持ち悪かったり……します…?」
「いや………お前のことは気に入ってるしな」
「厭とかじゃ……?」
「別に」
今までわざわざ恋愛感情を気にしたことがない相手なだけに、意識させられたらそれは案外するりとはまって、宍戸はあっさり納得した。
何事にもスピードが信条の宍戸は、新しく捕まえた感情を怪訝に思うことはしなかった。
「おい。長太郎」
「はい」
「明日、髪切りに行くの付き合え」
「…………まだ切るんですか?」
「こんなザンバラなまんまで試合に行かせる気か。お前」
ついでにお前も切れよと言いつけると、はい、と鳳はおとなしく返事をする。
そうして名残おしそうに腕を緩めていくから、宍戸は鳳を可愛いなどと思ってしまった。
もう一度キスしたかったら、サーブ100本と引き換えに俺からしてやろうかとそそのかしたら、容赦のない100本が浴びせられて腹が立ち、そしてそのうちおかしくなって、宍戸は鳳のサーブ100本を、最初は怒って最後は笑って、全てその手で受け止めた。
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