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How did you feel at your first kiss?
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 今時分はいろいろな花が咲く。
 梅が咲いて、椿が咲いて、桜が咲いて、躑躅が咲いて、薔薇の季節がやってくる。
 心の花は季節を問わない。
 人の心の移ろいやすさを喩えた言葉でもあり、人の心の美しさを喩えた言葉でもあり、その花は心の中に咲くらしい。
 移ろいやすいから美しいのか、美しいから移ろいやすいのか、どんな色で、どんな形で、咲いているのかも知れない心の花は、自分の中にもあるのだろうか。
 彼の中にもあるのだろうか。
 移ろうならば咲かなくていい。
 どれだけ美しくても咲かなくていい。
 美しくなんてなくていいから。
 咲かせたくない。
 移ろいたくないし、移ろわせたくもないから。





 自分を抱いて、よかったのだろうか、この男は。
「………………」
 海堂は寝具に横たわったまま、そればかりを噛み締めるようにして考えていた。
 向き合って同じように身を横たえている乾は、深く静かに、寝入ったままだ。
 見慣れない乾の寝顔が海堂の胸に詰まる。
 苦しい思いは不快なせいではなく、ただ恋情が濃すぎるせいだ。
 自分の情の強さを海堂は判っている。
 だから極力、ひとりでいたかった。
 乾はそれを知ってか知らずか、ただ一人彼の方から、海堂の最も近くに近づいてきた男だった。
 部内の仲間だとか、ダブルスのパートナーだとか、名前をつけられる関係に収まっても尚、まだ乾は何かを望む顔で海堂の側にいた。
 それが何なのか、乾が言葉で海堂に告げたのは、乾が部活を引退してからだった。
 好きだという言葉を口にする。
 幾度も、そしてその度に、乾はひどく慎重で。
 聞けば必ず、逃げられたくないからだと言った。
 逃げる訳がない。
 海堂はその都度思ったが、口に出しはしなかった。
 何かを押し殺すようにして、そのくせ渇望するかの如く自分を欲しがってくる乾が見慣れなくて。
 時折姿をみせるあからさまな執着が、乾から自分へと向けられる事が訳も無く嬉しくて。
 多分乾が考えている以上に、とっくに、海堂は乾を好きだった。
 何を言われても、何をされても。
 仮に乾の感情が自分の感情と違っていたとしても、海堂は乾を好きだった。
 抱き締められる事にも、キスをされる事にも、抵抗を覚えた事はなかった。
 乱暴にではなく、しかし耐えかねたような拘束の強さで組み敷かれ、身体に大きな手のひらを宛がわれた時も、海堂は乾を好きなまま、ただ、微かな不安だけを抱いていた。
 乾は高等部に上がっていて、初めて組んだダブルスから一年が経っていた。
 その時間をかけた。
 そして今日、こうなったけれど。
 乾は海堂を、抱いたのだけれど。
「………………」
 乾は、よかったのだろうか。
 海堂は繰り返し繰り返しそれを考えた。
 時間も、手間暇もかけて、普通に出来る筈の事を普通に出来ない自分でして。
 慎重に、大事に、されてきたこれまでの時間に見合う程の事だったのかどうか。
 乾の耳に届いた声は。
 乾の手が触れた肌は。
 乾の唇が食んだ熱は。
 それで、よかったのだろうか。
 自分で、本当に、よかったのだろうか。
「………………」
 ねっとりとした熱を帯びた液体で身体の奥深くを濡らされて、つかみしめられた乾の手のひらに自分も零して、あの解放の瞬間から海堂の意識はない。
 せめて直後の乾の顔だけは見ておきたかった。
 もし仮に、心が移ろっていくさなかの表情であっても、せめて見ておいたのならば、今ここでこんなにも不安にかられることはなかったのだ。
 横向きに寝そべったまま、海堂は乾の寝顔を見つめ続けた。
 取り縋った肩が毛布から出て剥き出しになっている。
 固い、熱い、皮膚だった。
 恐らくは自分もそうだ。
 あんなに気遣う事もなかったのに、乾は、ずっと優しかった。「………ん…」
「………………」
 身じろぐ肢体。
 乾の喉から微かな声が漏れる。
 目を覚ますのかもしれない。
 目を閉じてしまおうと海堂は思った。
 怖いのではない。
 不安なのだ。
「………海堂、…?…」
「………………」
 でも瞳を閉ざした拍子に、零れた。
 涙が、何故なのか。
「海堂」
「………………」
 眠った振りは容易く失敗して、ぎょっとしたような乾の声と共に目元に大きな手のひらが宛がわれて、海堂は結局双瞳を開けた。
 また流れていく。
 何で自分は泣くのかと自問したくなった。
「海堂? どこか辛い?」
 乾は半ば飛び起きるようにして上半身を起こし、海堂の目元を拭いながら切羽詰った声で言った。
 上半身を屈めて覗き込んでくるのを、海堂は懸命に見つめ返す。
 焦燥に駆られ、傷んでいるように眉根が寄せられている乾を海堂は掠れ声で呼んだ。
「先輩…」
「………………」
 海堂の言葉の続きを、乾は海堂が見た事のない表情で待っている。
 どうしてそんな、荒っぽい目で。
 見つめてくるのだろうか。
 どうしてそんな、怖がるように。
 自分の言葉を待つのだろうか。
 不安なのは自分の問いかけではなく、乾の返答の方だ。
 海堂はそう思う。
「……また…」
「………………」
「………しますか……さっきみたいなの…次も」
 もう、一度でいいと思われたのか、そうでないのか。
 乾の答えは、海堂が知りたい事を、教えてくれるはずだった。
 自分を抱いて乾はよかったのかどうか。
 享楽の話だけではない。
 快楽の話だけならば、確かに開放はしたのだ。
 お互いに。
「………、…っ……先輩……?」
 おもむろに乾の手が海堂の二の腕を掴んだ。
 骨に直接指が食い込んできたのかと思わせる、尋常でない力でだ。
 それも両方の二の腕をだ。
 海堂はベッドに押し付けられた。
 明確な痛みに海堂が歯を食いしばる。
 その唇に、乾の唇が重なってきた。
「……ン…っ…、……」
「………失敗したな…俺は…」
 唇の合間の乾の言葉に、海堂の胸が冷たく凍える。
 失敗、なのだろうか。
 乾にとって、やはり、自分とのこの行為は。
「…ぅ……、……っ…」
 口付けは、何故か一層強くなった。
 舌を、貪られる。
 合間で漏れる熱を帯びた呼気がどちらのものなのか判らない。
「怖かった?」
「………、ぇ…?……」
 息が継げずに苦しくて、朦朧となった海堂の耳に乾の声だけが届いた。
 意味が、よく判らなかった。
「嫌だったか? 辛かったか?」
「……な……に……、…」
「ごめんな。自覚はある。でもな」
 二の腕に更に強い力で乾の指先が沈んでくる。
 逃げ出す相手を束縛するかのような力だ。
 それはおかしいだろうと、海堂は微かに眉根を寄せて思う。
「海堂」
 そんな追い詰められた顔で。
「無理だ」
 ひそめた凶暴さで。
「好きだ」
 キスの深さ、強さ、そこから滲むこれまでの比ではない恋情。
「逃がしてはやれない。抱かないでもいられない」
 そんな事、望んだ事もない。
「先…、……」
「海堂」
 海堂が伝えたい言葉を、まるで怯えて封じるかのように、乾の口付けが執拗になる。
 固いその背を宥めて撫でてやりたいのに、海堂の腕は凄まじい力で固定されている。
 もどかしさは、しかし海堂の心情を甘く浸していった。
 この凶暴な執着は、美しいものではない。
 花も咲かない荒蕪地にも似ている。
 だからこそ移ろわない力強さを知って、海堂の唇が物言いたげに動く。
 乾が、深いキスを僅かに解く。
「………海堂…?」
 至近距離に、乱れた呼気が溶ける。
「嬉しいです」
「……え…?」
 次もあって、と。
 海堂の唇が、花開くように綻んだ。





 唇色の花が咲いた。


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