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How did you feel at your first kiss?
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 自分に携帯電話は必要ないと海堂は思っていた。
 わざわざ電話で話をするような相手もいないしメールのやりとりも行わない。
 欲しいと思ったことも一度もない。
 そんな海堂だったが家族にせがまれる形で、中2になってすぐ携帯を持つようになった。
 持つといっても鞄の底の方に入れておくのがせいぜいで、通話は一日中留守電、一日中バイブレーション設定、メールチェックは日に三度すればいい方、通常二度である。
 要は持っているだけで放ったらかしということなのである。
「………あれ、海堂、携帯持ち始めたのか」
「…………………」
 それなのに気づく相手がいた。
「…………先輩」
「何で睨むかな」
 暢気な笑いで乾は海堂の鞄を指差した。
「振動してたから。何も荷物チェックしてるわけじゃないよ」
「………確か三コールで留守電になるように……」
 低く吐き捨てた言葉を拾われる。
「三コールあれば充分だ」
「………………」
 そういう男だった。
 乾を横目に、海堂は長くゆっくり息を吐く。
 番号教えて下さい、と笑いながら言われて。
「覚えてねーんで…」
「じゃ、ちょっと貸して」
「………………」
 何をどう言ったって駄目。
 今度は盛大に溜息をついて、海堂は渋々と自分の鞄を探った。
 掴み取ったものを片手で突き出すと、乾はあっという間に彼のものと海堂のものとに番号登録を済ませる。
「アドレスいじってないんだ。迷惑メール来るから変えておいたほうがいいよ」
「……もう何でも好きなようにすりゃあいいだろ」
 どうせ言わなくてもするんだろうと思いながら、海堂はそっぽを向いて吐き出す。
 案の定。
「そう?」
「………………」
 そう?じゃねえと海堂が内心で毒づいているうち、乾は海堂のアドレス登録を済ませ、海堂の携帯の受信トレイと送信トレイに一件ずつ乾からのメールと乾へのメールを入れてしまっていた。
「………………」
 誰にでもする事なのだろうが自分の携帯番号やメールアドレスなど、不必要なデータにしかならないと、海堂は乾を見やって思う。
 自分達は電話もメールも別にすることもない。
「はい」
「……何すか。これ」
 漸く乾から返されてきた自分の携帯に、海堂は眉根を寄せた。
 下から睨みあげるようにして言うと、にこにこと、乾は実に機嫌がよかった。
「ストラップ。あった方が便利だよ」
 シンプルな金属プレートのついた黒いレザーのストラップが、海堂の真新しい携帯に取り付けられていた。
「それチタンだから、電磁波防止にもいいよ」
「…あんたのでしょうが」
「そうだよ」
「…………自分はどうするんですか」
「そりゃ勿論、同じのを買ってお揃いに………って、だから何でそんなに睨むかなあ?」
 お揃いだと!?と顔を勢いよく上げた海堂に、乾はホールドアップの体勢で両手を上げた。
「革の色は変える。な?」
「………………」
 無言の海堂に、絶対駄目?どうしても駄目?としつこく聞く乾に、結局海堂は同意させられてしまう。
 とびきり大人びているくせに、乾はときおり海堂に甘えるような言い回しをすることがあった。
「…お揃いだとか絶対に」
「言いません」
 聖書に誓うように、片手を上げる乾の、いちいちのオーバーアクション。
 それがまた似合うものだから、ますます変な人だと思う羽目になる。
 よくよく考えれば練習メニューをつくってもらっているとはいえ、こうして部活後一緒に帰ることだって、今更ながら何故なのかと海堂は疑問に思った。
 誰かと一緒に帰ること。
 海堂はしたことがなかった。
「……使う事ないデータまで集めておく必要があるんすか」
 電話だってメールだって。
「使ったら駄目なのか?」
「………………」
 なめらかな声が真面目に問いかけてくる。
 当たり前の疑問のように。
 海堂は思わず舌打ちした。
 そういう言い方がずるい。
「電話嫌か」
「………顔つき合わせてたってこんなで、電話で何話すってんですか」
 愛想に欠けて、協調性もない。
 場を乱しこそしないが、そもそも人付き合い自体が海堂は不得手なのだ。
 そんな自分と電話なんて普通誰も思わないだろうに、何故か乾はやけに拘る。
「こんなって言われてもなあ。俺はそれが良いんだけど」
「……………………」
「口数が少ないだけで、海堂は疑問があったらきちんと聞いてくるし、自分の言いたい事は言うだろう? 俺の話だって、長話だろうがなんだろうが聞いてくれる。コミニュケーションはバッチリだと思うんだけど」
 言われた事のない台詞が次々投げられてきて、海堂は唖然と乾を見上げるばかりだった。
「海堂の声がね、好きなんだ。いい声だよね。電話でも聞けたらいいなって思ったんだけど」
「……………………」
 それはそっちだろうと海堂は睨みつける視線に言葉を込めた。
 正確に意味合いを受け取ったらしい乾はちょっと苦笑めいたものを浮かべて、行こうか、と海堂を促した。
 いつの間にか立ち止まっていたのだ。
 足を止め、じっと相手の顔だけを見上げ、見下ろされ、話していたのかと。
 気づけばそれが何とも言いようのない感情になる。
 肩を並べつつも少し先をいく乾は、海堂を流し見ながら肩の鞄をかけ直す。
「………なんだったらさ、海堂。練習してみる?」
「練習?」
「ああ。電話で話す練習。せっかく一緒だから今ここで」
「…………馬鹿だろあんた」
「そうか?」
 乾がどうしようもなく真顔だったから。
 海堂は呆れ気味に、微かに表情をゆるめた。
 身体から力がふっと抜けるような感じ。
 乾といると時々こうなる。
「海堂はさ、DKグループって何のことだか知ってるか?」
 海堂の沈黙がよくあることなら、乾の突飛な話題転換もまた同様。
 そういえば乾が海堂の無愛想が気にならないというように、海堂も乾のつかみどころのなさが気にならない。
 それが乾だと思うので。
 変わった人だと思っても、嫌だと思った事はないのだ。
「知らねえ」
「そうか。世論調査ってあるだろう。ああいう時に、知らないとか判らないとか答える人々の総称なんだ」
 DKって何の略だか判る?と乾に聞かれ、海堂は真面目に考えた。
 暫くして、頭に何かが、ぽん、と乗せられて。
 それが乾の手のひらだったことに海堂は驚いた。
 気安く優しい不思議な手のひら。
 他人とのこんな近い距離感を海堂は知らない。
「答えは今晩電話で」
「先輩」
「いいだろ?電話しても」
 判らない事を引き伸ばしされることが焦れったくて乾を呼んだ海堂だったが。
 わざわざ手間をかけてでも、そういう理由づけをしてくる乾の言動は、海堂の為。
 悔しいけれど、そういう理由を貰えば電話を気にしなくていいのも確かで。
「………………」
 乾の手のひらの重みを頭に受けながら、海堂は黙って頷いた。
 それで乾が、海堂が見たこともない笑みを浮かべて海堂の髪を軽くかきまぜてくる。
 気持ちが良いと海堂は思った。
 誰かと一緒にいることも。



 数時間後、それでもただ待っているだけは癪だと、海堂は帰りがけに本屋に調べた答えをメールに打って乾に送信した。
 乾宛ての初めてのメールだった。
 電話の約束が反故にされたわけではない。
「Don’t know グループ。当ってるよ。当ってるけどな、海堂。今晩の俺の楽しみをあっさり奪ったな。お前」
 すぐさま電話がかかってきたからだ。
「…………今かけてきてるんですからいいじゃないっすか」
 話するのが予定より早かったのがそんなに不満かと海堂が言ってやれば。
 自分の予期せぬところで出し抜かれると途端に楽しくなって本気を出すという厄介な性分をしている乾は。
 やはりこの時も。
 至極満足そうに海堂を賛辞したのだった。
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