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How did you feel at your first kiss?
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 海堂薫は人の側に近寄らず、また人を自分に近づける事もしな
  かった。
   目つきがきつく、無口で無愛想な、孤高の14歳である。
   それでてっきり海堂は人見知りか人嫌いなのかと思って。
   彼より一つ年上の乾貞治は、海堂が苦痛にならない距離を丁寧
  に酌みとって、海堂の隣に自分の居場所をしっかりちゃっかり確
  保した。
   ところがどうした事か、ただいま海堂は乾の肩に凭れて眠って
  いる。
   これはいったい。
   どういうことか。
  「……………………」
   マイノートの中でも、今乾が見ていて最も楽しい一冊。
   「海堂のヒミツ100」を一ページ目から見返している乾であ
  る。
   どこかにデータの漏れがあったかと、乾は真剣極まりない。
   あの海堂が、乾によりかかってうとうととまどろむ要素、確立、
  可能性。
   肩にかかっている海堂の頭の重みは、乾にはひどく甘いものに
  思えた。
   横目で見やれば、海堂の小さくて丸い頭が見える。
   何で洗ったらこんなにツヤツヤでサラサラの、ピカピカした黒髪
  になるんだろうかと乾はしみじみ思う。
   この情報は絶対欲しがる相手がいるだろうと判断し、乾は調べて
  おくべきことの箇所書き欄に、ヘアケア用品と書き加えた。
  「……いや、そうでなく」
   今はそんなことでなく。
   うーん、と乾はひとりごちて、ノートを捲る手を早めた。
  「渋谷と新宿を、新聞屋と心中苦と海堂が聞き違えたのは先週の事
  だよな…………だいぶ疲れてるなあと思ったのはこの辺りからで…
  ………俺が海堂に何でも言って欲しいって言ったら、何でも鬱陶し
  いって聞き違えられて、まる二日避けられたし」
   流暢な独り言は乾の専売特許である。
   いまや部内では乾がいくら一人語りをしようとも、怪訝がる者は
  誰一人としていなかった。
  「やっぱり疲れからきた行動なのか? これは」
  「………何すか……」
  「おう、海堂……」
   起きたのかと乾が目線をやれば、鋭すぎる程に鋭い海堂のきつい
  眼差しが、珍しい事に、とろんとしている。
   こしこしと手のひらで目元を擦る仕草も初めて乾が見るもので。
   おまけに海堂は目覚めた後も乾の側から離れない。
   また目を閉じて、乾の肩口で、おさまりのいい場所を探すように
  身じろいでいた。
   それを、ねぐら探し中のマムシの図と称する事は、乾にはひどく
  難しい事だった。
   眠たげな海堂の動作を、これはやけに可愛いなあとしみじみ眺め
  ている以上、マムシと例える余地はない。
  「疲れたの? 海堂」
   そっと囁く乾の声は、歳に見合わない上に不必要な色気の垂れ流
  しだと、友人達の間で評判のよくない張りのある低音である。
  「鬱陶しいっすか」
  「またそれを言う。この間の件は、俺の発音不明瞭、お前の聞き取
  りミス、それでちゃんとカタをつけただろう」
   離れていかれそうで。
   しかし乾が、全然鬱陶しくなんかないからと言い募れば、海堂は
  再び乾の肩に力を抜いて凭れた体制になる。
  「…………ひょっとして俺はお前に結構懐かれてるのかな」
  「…………………」
  「海堂?」
  「…………………」
   海堂は何も応える気はないようだった。
   いいけどねと乾はかすかに笑った。
   苦笑、自嘲、照れ、そんなものが少しづつ交ざった笑みだ。
  「海堂は変わってるな」
  「……ここがもし部室だったら、あんたがそう言うかって絶対つっ
  こまれてるっすよ。その発言」
  「そういえば海堂は言わないね。俺のこと変人って」
   思ってるだけなのかなと付け足すと、海堂は目を閉じたまま言った。
  「……変な人じゃなくて。変えない人って読むなら、そう思ってます
  よ」
  「変えない人?」
  「信念のある人って思ってますけど。乾先輩」


   寡黙で愛想のない海堂薫。
   それでも不意にこんな事を言ってくる。
   もうデータでは収まりきれなくなってきた相手と気づいているから、
  乾はここで海堂にキスがしたくなる自分の壊れかけの思考回路に戸惑
  わなかった。
   今したら、その結果はきっと散々で、この感情を海堂に伝える取っ
  掛かりとしてはとてもまずい事なのだと判っているのに。
   どうしてそれでも自分は、そんな行動を起こしたがっているのかと、
  思って乾は流石にほとほと弱ってしまった。

   He missed the kiss?
  
   彼はキスをしそこねたの?

   Yes

   そう、つまりはそういうこと。
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