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How did you feel at your first kiss?
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 海堂が乾の胸元にここまでぴったりと背中を寄りかからせたのは、今日が初めてのことである。
 今日は乾の誕生日だ。
「はい。あーん」
「………………」
 乾の指に顎を持ち上げられた海堂は、乾が背後にいるから顔を真っ向から見られない事だけを救いに、そっと唇をひらく。
 しかし顔をきちんと上げれば正面は洗面台の鏡であるから、実際は全て見られているのと同じことだった。
「……………ん…」
 口腔に細いものが差し込まれる。
 アップルミントの香りと味。
 乾が胸元に海堂をもたれかけさせ、そっと海堂の口の中に入れたのは真新しい歯ブラシだった。
 海堂が乾にねだられて、今日の彼の誕生日プレゼントとして買ってきたものだ。
 乾の手にある歯ブラシが海堂の奥歯の真上を適度な強さで行き来する。
 そのやり方は、こまかくて、ゆっくりで、丁寧だ。
「……………………」
 人に歯を磨いてもらうなんて経験が、記憶上の親にだってなくて。
 海堂は面映くて仕方なかった。
 乾はといえば優し気な笑みを浮かべて、本当に楽しそうに、海堂の歯を磨いている。
 海堂のことを胸元に引き寄せ、微かに上向かせ、顎を支えて少しずつ歯を磨いていった。
「……………………」
 海堂の顎をそっとすくうようにして支えている乾の指先の甘さに、海堂は何だかどうしようもなく甘ったるい事をしている気になってしまった。
 歯磨きなんてどうってことない日常行為で、それを誕生日プレゼントにねだる乾は変わり者だとは思ったが、断固拒否したい類のものではなかった。
 乾が背後の高い位置からじっと海堂を見下ろしてくる視線も、ただひたすらに、海堂を可愛がる気でいっぱいの熱っぽさだ。
 どんな顔をしていればいいのか判らない。
 しいて言えば海堂のもっかの困惑はこれくらいのことだった。







 気づいたら前日になっていたのだ。
 6月3日は乾の誕生日で、しかし誕生日だからといってうまい具合には何も思い浮かばず、とうとうその日は明日に迫って、だから海堂は率直に本人に尋ねた。
 部活を終えて、いつものように何とはなしに一緒に帰っていた道すがら。
「先輩、明日…誕生、」
「欲しいもの言っていいの?」
「……………………」
 遮られた。
 しかもそのうえ幾つまで言っていいの?などと聞いてきた乾を、海堂は意識しないまま睨みつけてしまっていたが。
「……………………」
 いざ顔を上げて見てみると乾の表情があまりにも嬉しげで、にこやかなので。
 溜息だけついて怒鳴りかけた言葉はぐっと腹に収めた。
 毒気が抜かれるのだ。
 乾のそういう和やかな笑みには。
 一つだけしか違わない、明日までなら同じ歳の筈なのに。
 乾は物凄く達観したところがあって、いつでもひたすらに落ち着き払っている。
 むしろ暢気と言っていいくらいだ。
 全く動じることがない。
 海堂は小さく呟いた。
「…一個」
 てっきり一つだけかとブーイングがくるのだろうと海堂は思ったのだが、乾はそうかと頷くと、何にしよう?と真剣に悩みだした。
「………………………」
 眼鏡を押し上げる節のある長い指を横目にしながら、海堂は少しだけ、自分の物言いをつらめしく思った。
 言葉が足りなくて、態度もよくなくて、でも本当に好きな相手の誕生日だから。
 望まれれば何でもすると決めている。
 それが無茶であっても、無理難題であっても、とにかく何でもだ。
 乾はあまり物欲がないから、恐らくねだられるのは物ではないだろうと海堂は思っていた。
 自分に何かさせたいことがあるか、もしくは乾が自分に何かしたいことがあるか、恐らくそのあたりだろうと考えながら海堂は乾の返答を待った。
「海堂」
「……………」
「決まった」
「………っす」
「歯ブラシ」
「……………」
「同じものを2本。それ持って明日、家に来て…………ん?…あれ、これってプレゼント2つの、指示1つで、数量オーバーか?」
「…………別に…んなこたねーっすけど…」
「よかった」
 海堂が無言でいた理由は、乾が口にした疑問とは全く別物なのだが、改めて説明するのも憚られる。
 どうして歯ブラシで、それも2本で、そして自分が必要か。
 海堂はそれを言いたかったのだが。
「じゃ海堂。明日。楽しみにしてる」
「……………」
 大人びた人が、子供のように喜んで笑んでくるから。
 あんまりこういう顔を、他の人には見せないなあと思うから。
「………お疲れ様っす」
 詰め寄れない。
「うん」
「…………………」
 去り際、目を閉じて海堂の額に唇を押し当てた乾は、唇と一緒にその姿をも海堂から離していった。
 咄嗟の秘め事めいた接触に、海堂が我に返る前に、乾はもういなくなっていた。
「…………………」
 唇で触れられたのは額なのに、頬が熱い気がする。
 海堂はこういうことを自然に、海堂が怒るタイミングもないままにやってのける乾にやはり適わないと思って、まだ閉店には充分時間のある大型ドラッグストアへと寄り道をした。
 そこで、乾にねだれたものを2つ用意した。
 歯ブラシ。
 あまりに普通ものでは、試供品かコンビニ買いかという気がしてならなかったので、海堂は本来ならあまり手にすることのない色つきの毛の歯ブラシを買った。







 6月3日の誕生日当日、部活が終わって乾の家に連れられていくと、今日もそこに家族の姿はなかった。
 帰りも遅いと乾が言っていて、海堂は自分の家が子供の誕生日には両親ともかなり熱心なのだと気づかされる。
 乾はひどく楽しげで、海堂がぎこちなく差し出した誕生日プレゼントを両手で受け取り笑顔を見せた。
「開けていい?」
「………はあ」
 改めて言われるようなものではないと躊躇した海堂を前に、乾はパッケージを破きハブラシを取り出した。
「海堂」
 長い指に小さく手招かれて、何が何だか判らないまま海堂が連れて行かれたのは洗面所だった。
 充分なスペースを確保しているその場の電気をつけて、乾は蛇口を捻り水を出す。
「歯、みがいていい?」
「……………どーぞ…」
 ここで自分は見てればいいのか?と自問自答した海堂は、しかし乾の思惑にまるで気づけていなかった。
「………え?」
 歯磨き粉をつけたハブラシを片手に、乾は空いているほうの手で海堂を引き寄せた。
 胸元に後ろ向きのまま抱き込まれる。
 海堂の背中と乾の胸元が、ぴったりと重ねられた。
「……なん…、……」
 こんな近くで見てなきゃなんないのかと責めるような目で背後の乾を伺おうとした海堂は、耳の縁に軽く乾の唇を重ねられて、びくっと肩を揺らした。
「………じゃ、みがかせてね。海堂」
「…、え?……俺…、…?」
「そうだよ」
「そ………って、…あんた…」
 当然のように言われた言葉に海堂が愕然としていると、乾の笑い声が振動で伝わってきた。
「海堂から貰ったこのハブラシで、海堂の歯磨きがしたいっていうのが、俺の欲しい誕生日プレゼント」
「………っ……なんだよそれ…、…」
「おかしいか」
 おかしいに決まってると言い返そうとした所、乾に抱き込まれた身体がゆるく揺すられた。
 あやされているような、この密着が、心地いいと思うのは随分と恥ずかしかったけれど。
「海堂に、したいことがたくさんあるんだよね」
「…………………」
「へんなことって意味じゃなくて、例えば全力で甘やかさせてくれないかなあとか」
「……あんたが俺のこと甘やかしまくってるって皆が言ってるの知らないんすか……」
「そんなこと言われてるのか? 全力には程遠いんだけど。まだ」
 部活中も放課後も、しまいには自主トレにまでつきっきりで、幸い海堂の生真面目で立ち寄りがたい独自のスタンスが崩れないから悪目立ちこそしないものの、これ以上の甘やかしというものが果たして何なのか海堂には予想もつかなかった。
「誰も海堂にしたことない事っていうのにもそそられるんだよね」
 だからこれとか、とハブラシを翳された。
「…………乾先輩…」
「そんな呆れた風な溜息つくなよ海堂」
「………ふうなんじゃなくて、呆れてる」
「ひどいなあ」
 それでもやっぱり機嫌よく笑う乾に、歯磨きしていい?と耳元に囁かれ、海堂は結局、乾の思考回路を理解できないまま、同意の頷きを返すのだった。







 子供相手みたいに甲斐甲斐しくお世話されるような気分で乾に歯を磨かれた海堂は、口をゆすいで、乾から手渡された厚手のタオルで口元を拭いた。
「はい、おつかれ」
「…………どーもっす…」
 借りたタオルを返す。
 口の中に残るアップルミントの味と香りは適度な辛みと清涼感で海堂の好みだった。
「いい誕生日だなあ」
「………………」
 にこやかにそんな事を言う乾を上目に見やりながら、海堂は何が何だかと口元を片手で覆う。
「…………んなに…楽しいっすか。人の歯みがくのが」
「いや、人じゃなくて。海堂の、ね」
 だから嬉しいと乾の訂正は早かった。
「……あんたが俺にしたいことって、そんなにあるっすか」
「そうだねえ……一個叶うと二個増えて、って感じかな」
「…………………」
 結局それでは海堂が、乾にして貰うことばかりが増えていくという事で。
 乾がそれがいいと言っても、海堂には納得いかない気がした。
 乾が望んだ誕生日プレゼントがこれなら、それはそれでいいけれど。
 たまには海堂の方から行動に出る事を乾にあげられたらというのは、大分対抗心のようなものであったけれど。
 慣れないことをされて、感覚が麻痺していたのかもしれない。
「海堂?」
 乾の身体に片手の手のひらを当てて。
 そのまま膝を曲げ、屈み込んでいく海堂を、乾の怪訝な声が追う。
 貧血か?と危惧してくる真面目な声に、海堂は俯かせた顔を赤くした。
 自分でも何をしようとしているのかと思うけれど。
「海堂」
「…………………」
 制服のズボンの釦に手をかけて、俯いたまま海堂がその下のジッパーも下ろすと。
 さすがに乾は面食らったような短い沈黙の後、慌てた声を出した。
「おい、………」
「…………るせ…」
「海堂」
 うるさい、と泣きそうになって頭の中でもう一度それを言った海堂は、両手を乾の下腹部に当てて唇をひらいた。
 手は支えとしては使わなかったから、舌ですくって、被せた唇で推し進めた。
「……、ん」
 いきなり口腔で角度がついて、驚いて喉が鳴ってしまう。
「海堂、ちょっと」
 焦りというより少し怒っているようにも聞こえる乾の声に、海堂はますます意固地になった。
 口の中の粘膜を乾に密着させる。
 最初に感じたのは自分の口腔にまだ残っているアップルミントの味や香りで、スーッと呼びこされた清涼感は、乾にも刺激を与えたようだった。
「………、…ッ……」
「ン……っ………」
 乾が洗面台に寄りかかったらしかった。
 僅かに引かれた距離を追うように、海堂が更に深く唇に含むと、質感も温度もまた急に変わった。
「……ふ……ぅ…」
 細い喉声が海堂から零れるのと、乾の手に海堂の髪が握り込まれたのはほぼ同時だった。
 やりかたを考える余裕もない海堂が、噛まないように歯だけは使わず咀嚼する口腔の動きが乾に何を与えているのか、触れるそばから変化していく刺激に海堂はぎこちなく舌を動かし続けた。
 自分がしていることへの羞恥心は止まないが、自分のしていることで起こる乾の変化への奇妙な探究心も止まなくて。
 重だるくなっている顎を一層引き下げられながら、海堂は粘膜を絡ませる。
「く………、ぅ…ん……」
「………海堂」
 癒着しかけているかのように乾と密着し続けている舌が痺れて蕩けそうで怖い。
 すこしだけと逃れたくても海堂の口腔にそれだけのスペースは、もうどこにもなかった。
 目を閉じて今出来ることはもうこれだけだと無心に舌を使う海堂の耳に、切り詰めては短く吐き出される乾の吐息が聞こえた。
 その息遣いに相手の欲情を突きつけられた気になった。
「………ぅ」
 肩をきつくつかまれて海堂の眉根が顰められた。
 海堂の肩を砕きそうな勢いで、しかしそれは海堂を引き剥がそうとしている為らしかった。
「…………、…っ…」
「海堂……」
 力づくは強行しない。
 乾はすぐに、今度は優しく海堂の後ろ髪を撫でて、うなじをあやすようにしながら離れるように言ってくる。
 熱のこもった息遣いに眩暈がして、海堂はぼんやりと乾を見上げた。
 潤んだ視界の中で目が合ったような気がしたその瞬間に上顎が押し上げられた。
 喉の奥に熱いものが、固体か液体か判らない感触でぶつかってくる。
 海堂は打たれたように震えて。
「………、……っ…」
 口からそれが引き出され、膝立ちから床に直接座り込んでしまった海堂の両肩を、同じように屈んできた乾の両手が包み込む。
「…………飲んじゃったの?」
「……………………」
 真摯な問いかけに、じわっと顔が熱くなる。
 俯いたまま初めて海堂は自分が乾にしていた事を思い知らされたような気になった。
 急に乾のいなくなった口腔には、まだ様々な気配が残ったままだった。
 感触も、熱も、質感も。
「……大丈夫か? 海堂?」
「……………………」
「具合悪くなったりしないかな……お前潔癖症なのに何であんな」
 言いかけて、乾は別の事を言った。
 もう一回歯みがいてあげると真顔で引き上げられ、海堂は首を振る。
「いい」
「でもな、海堂」
「……嫌だ」
 朦朧となっている海堂は、何が嫌なのか自分でも判らないまま首を振った。
「……平気なのか?」
 乾の声は、まだ気にやんでいる。
 嫌だったのは乾の方だったかと、初めて自分のした事を後悔しながら。
 海堂が平気だと頷くと、乾にきつく抱き寄せられた。
「じゃあ俺もしていい?」
「……………先輩…?…」
「俺にああいう風にされるのは嫌かと思って、我慢してたんだけど」
「…我慢?」
 何を言われているのかよく判らなかった。
 まだどこか自分は熱に浮かされているのかもしれないと海堂は思った。
 乾の腕の力はまた強くなる。
「…………そのうち、させてって言ってみようかとは思ってたけどね」
 そういうものではないんじゃないかと海堂は怪訝に思ったが、今回に関してはまず自分が無理矢理してしまったという事実があるので強くは出れない。
「………、ていい?」
「……っぁ……」
 伸びてきた乾の手に包み込まれて、海堂は息を詰めて乾の胸元に顔を押し当てた。







 乾の部屋に連れて行かれると、ベッドに寝かされ、いきなり下半身の衣服だけ次々剥ぎ取られた。
 足首でまだ制服がわだかまっているうち、膝を折り曲げられ胸元に押し付けるようなあまりの体勢をとらされて、足の狭間を貪られる。
「……っぅ…っ…ぁ……」
 自分はこんな事していないと海堂は思った。
 頭の中が真ん中からじわじわとたちどころに溶けて、熱が広がって、痺れて、ぐずぐずになっていく。
「…………っ…ん、っ…ゃ…、…っん」
 腰が熱くて、甘ったるく煮詰められて、羞恥心も啜るような音で付け根から先まで余す所なく愛撫されていた。
「ゃめ……、……っ……」
「………海堂は…もっとすごいこと俺にしたろ…?」
 熱い息と微かな笑いの振動もそこに絡められ、海堂は咽び泣いて身体を捩らせた。
 どうもがいても下半身はベッドに押さえ込まれ、乾の口から離れられない。
「し………て、ね……っ………ァっ、ぁ…ッ…」
「………したよ」
「…、………て……な………ゃ…ッ……も…離、……」
 泣き濡れた声で懇願しても、俺もそう言ったのにと許す気は全く無いらしい乾はにべもない。
 吸い込まれた先で何をされているのか、海堂は自分から何もかもがあふれて零れ出す心もとなさと、耐え切れなくなってしまったものをそこで放たなければならない羞恥とに最後は声も出せずにのけぞった。
「………っく…ぅ、んっ」
 吐き出す側から更に促すように吸い込まれ、舌を使われ、海堂は開放感よりも止まない長い絶頂感に錯乱して泣きじゃくるしかなかった。







 その後もう一回、乾の唇で同じ事をされて。
 正確には、同じどころか一度目以上にもっと凄かったので、いったい何をどうされているのかと迂闊に見てしまったのが、またいけなかった。
 視覚からの急激な刺激に追い詰められた海堂に、お前だって俺に見せたと乾に囁かれ、頬をゆっくり撫でられた。
 お互いに、自分はここまでのことはしてないと言いながら、与え合って。
 最後は均等に分け合うように身体を繋げて抱き締めあった。
 シャワーを使わなければどうしようもない状態になっていたので、二人で浴室に行き、手早く湯を浴びる。
 乾の両親だって一日帰ってこないわけではないし、海堂もそんなに帰りが遅くなるわけにもいかない。
「………先輩…俺の使った方のハブラシ」
「なんだ。気づいちゃったか」
 正直、浴室を出て、身支度を整えた際、洗面台を見るまで海堂も忘れていた。
 乾が海堂の歯を磨いたハブラシ。
「…………まさか使う気だったんじゃ…」
「残念だなあ」
「………あんたな……!…」
 噛み付く勢いの海堂を笑って嗜めて、乾はコップにさしていたハブラシを海堂に手渡した。
「今日から海堂のハブラシはこれな」
「……………………」
「俺も、もう一本の方、使わせて貰うから」
 初めて好きになった相手の、初めての誕生日、なれないことばかりで歯がゆい気持ばかりが募ったけれど。
 一生物の誕生日だなあと乾がひとりごちているから。
 ありがとうなと目を合わせて笑うから。
 気持ちに見合うだけの行動がなかなか取れないで、ひそかなジレンマに陥る海堂の、人には言えない自責の部分を、乾は優しく丁寧に撫でていった。




 6月3日のことである。  
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