How did you feel at your first kiss?
乾貞治は海堂薫の家族にすこぶる評判の良い男だった。
乾はとにかく礼儀正しい。
中学生のボキャブラリーかというような言葉を駆使するが決して付け焼刃でなく、あくまでも使い慣れた言葉での敬語であり、会話である。
上辺だけの物言いではないと、大人は聞けばすぐに判る。
乾の頭の良さと礼儀正しさ、そしてそれと匹敵するくらい、海堂家の面々が乾を気に入った理由がもうひとつあった。
至極簡単なことである。
乾は海堂薫を好きである。
それはそれは大事にしている。
そういう態度を隠そうとしないし、言葉を惜しまない。
褒めるし称えるし感心したりもする。
海堂の父も母も弟も、自分達の大事な家族である自慢の薫をそこまで尊重されれば、乾を気に入らないわけがなかった。
しかも海堂は家庭内で、そう饒舌なタイプでなかったから。
時々海堂家を訪れる乾がもたらす日常話には、食いついて離れない節がある。
乾がまた実に巧みに「こういう所がお父さんゆずりなんですね」とか「ああだから海堂はあの時こう言ったんだって今お母さんの話を伺って判りました」とか「葉末君と出かけるのが大事だから週末はなかなか俺とは約束してくれないんだよ」とか、それぞれが嬉しがることをこっそり言ったりするものだから。
乾が家に来るとなると、海堂家の全員がそれはもう大騒ぎになるのだ。
今日は平日の夕方だった為、まずは海堂の母である穂摘と弟の葉末が、学校が終って海堂家を訪れた乾の話を一頻り楽しく聞き、乾もまたそれに対してにこやかに対応していた。
ひとり苦い顔をしていた海堂に連れ去られ乾がリビングを後にした時には、穂摘も葉末も随分とその退出を惜しんで寂しがったものだった。
さすがに二人とも海堂の部屋まではついて行きはしない。
しかし数時間して母親に「お夕食の冷麺、ハムフン式とピョンヤン式、乾君はどっちが好きか聞いてきて頂戴」と言付かった葉末は、機嫌よく兄の部屋に向かった。
ノックをして、ドア越しに葉末は問いかける。
「葉末です。母が夕食の冷麺、乾さんはハムフン式とピョンヤン式どちらがお好きですかと聞いていますが」
「………すごいねお母さん」
少ししてドアが開いて、乾がそっと姿を現す。
兄の薫が見上げているくらいだから、葉末にとって乾は本当に大きい。
一生懸命見上げていると、乾が自然に、葉末が目線を合わせやすいように屈んできた。
「もしかして冷麺もお母さんの手打ち?」
「はい」
へえ、と感心しきって頷く乾は葉末を前に真剣な顔で考え込んだ。
「……ハムフン式は麺がサツマイモでんぷん100%のコシのうんと強い方…… ピョンヤン式がそば粉とジャガイモでんぷんが5対5の噛み切りやすい方……そうだな、ピョンヤン式…がいいかな。お言葉に甘えて。図々しくご馳走になります」
「図々しくなんかありません。乾さん。兄は」
「………海堂。どっちがいい?」
扉に手をかけたまま背後を振り返った乾の影で、葉末の視界は埋まってしまう。
「……同じで良い?………じゃ葉末君。海堂もピョンヤン式で」
「………あれ。今兄の声しましたか?」
「今海堂の部屋にあるマシン使って筋トレメニュー組んでてね。
やってもらってるんだ。動けないから合図でね」
「そうですか。では母に伝えます」
「うん。どうもありがとう」
乾に見送られ、葉末はキッチンにいる母親の元に足早に向かっていった。
ビニールレザー貼りのトレーニングマシンに仰向けに、正確には若干身体を横向きにし、身を丸めていた海堂の肩を乾は手のひらで包んだ。
「…………大丈夫だったろ?」
「……、……っ……」
僅かなスペースに乾も腰を下ろす。
乱れきっていた海堂の服に手をかける。
葉末がドアをノックしてきた直前に手をかけていた所から、確実にその続きを。
「……先輩…、……」
「………ん…?」
「…………頼……から」
きつい目を伏せているけれど、瞳が濡れかけているのは睫の震えで見て取れた。
カッターシャツの釦はすでに全部外されていて、腹部の一番細い所の僅か下にあるベルトは半分引き抜かれ、そこの前合わせも乾の指がくぐれるように暴かれている。
薄い胸元の尖りはシャツごと含まれて濡れている。
乾の肩を掴んで、必至に突っ張っている海堂の腕は震えていた。
懸命に乾を押しとどめようとして必至になっている目が乾の手に足の狭間を掴み締められた途端、打たれたようにぎゅっと閉ざされた。
「………、…ッ……」
「葉末君の部屋、隣…?…」
「……も……、やめ…」
のけぞって露になった海堂の喉に舌を触れ合わせると、悲痛な悲鳴の振動が乾の舌に染み込んできた。
噛み締められた唇まで、喉からゆっくり舌先を辿らせていく。
顎をゆるく噛んで、その先のひらいた唇を貪ると、海堂の両手が乾の背中のシャツをきつく握りこんできた。
「…………ぅ……、…」
「声出さないでしよう」
「………出来っこないって知ってるくせ…、…ど……して、そういう…こと…言……」
泣き言に近い言い方は普段海堂が絶対に口にしない物言いだけに、特別な秘め事めいて乾の耳に届く。
「痛くしない。絶対」
「……、…………」
「気をつけてするから」
海堂の耳元で低く根気強く繰り返す乾の声に合わせて、海堂は息を詰めた。
「…………じゃ……ね…ぇ…、…よ」
「……ん?」
「そうじゃないだろ……っ……」
上ずった怒声が、しかしたっぷりと涙を含んでいて。
「海堂」
「も、離………」
どれもこれも中途半端に身体に絡んでいる服ごと乾が海堂を抱き込むと、離れたがってはいるが、される行為が嫌なわけではない事を表すように、海堂はおとなしく抱き込まれた。
「したくない? 嫌か?」
「…そ、………ずる………」
「………ずるいかな。こういう風に聞くのは…?」
抱きしめながら、海堂の全身をまさぐる乾の大きな手のひらは随分と卑猥に動き、でも言葉だけは極力ゆっくりと海堂に囁きかけてくる。
「声が心配ならずっと唇を塞いでいるし………後のことが心配なら、大丈夫、汚れないように元通りにしてあげるから」
全部しないで、これ元通りに戻してあげるからと乾に指を使われて、海堂は細い喉声を上げた。
すぐに乾の唇に強く塞がれる。
「……っ…ぅ…、ッ…ン…、」
トレーニングマシンの上の無理な体勢では身じろぐたびに身体がどこかにぶつかって、海堂は乾に唇を塞がれたまま抱き上げられた。
「…、…ぇ……?…、……っん…ぁ…」
そんなに簡単に抱き上げられるはずもないと唖然としているうちに、床に組み敷かれていた。
海堂の部屋の中には寝室として使えるように、仕切られているスペースがある。
常にダブル用の布団が用意されている和室に、しかし運んでいく程悠長な気は乾にはないようで、その場で圧し掛かられた。
「ん……、…っ……ン……っ」
舌をとられたまま次第に温んできた指に愛撫を繰り返され、ぴったりと海堂をくるんでくる乾の手のひらの感触に、海堂は押し潰されそうになっている身体と意識とを、更に何処かへと引きずられていく。
自分ではどうしようも出来ない。
「……先輩…、……」
口付けられながら、指で追い詰められていきながら、海堂は気配で乾がシャツを脱ぎかけているのに気づく。
お互い半端にシャツの合わせがはだけられたような胸元が重なって、鼓動の速さと強さとに息が詰まった。
「…ッ…ん、っ………」
「俺のシャツで、いいよ。海堂」
「……な………、ァ…っ…」
「代えのTシャツあるから」
幾分乱雑に乾はシャツを腕から引き抜き、脱いでしまうと。
この中で、と低く告げてそのシャツで海堂を包んできた。
「……、…っ、…っゃ」
乾の体温の残るシャツごとつかまれて、そのまま動かされる。
「……やめ……、……」
いくらなんでもそんなこと出来ないと抗う海堂を、乾は加減のないキスで封じてきた。
「………ン…、……ぅ…、っ」
「……大丈夫だから」
「…ッ…ぁ………」
足の狭間にある乾のシャツの感触にも、使われる指にも、言い聞かせるような声にも。
キスで判る熱い息や、濡れそぼった舌、絡める時の音。
全てにやられて海堂は最後に。
「………これに弱いんだよなあ…」
眦からこめかみに落としたものは乾の唇に吸い取られた。
苦笑いを含んだ乾の声を聞きながら、海堂はゆるく抱き取られて。
漸く、小さく。
安堵の吐息をつく事が出来た。
今日二度目の部屋のノックの音に、今度は海堂だけでなく、乾も些か驚いた。
「乾さん。兄さん。夕食の準備が出来ました」
葉末の声に、乾は海堂の髪を素早く撫でつけながら問いかける。
「冷麺って随分出来上がるの早いな」
「………茹でるの30秒くらいっす………麺も、うち圧搾機あるし……」
ぼそっと呟いた海堂は、葉末に返事してくださいと浅い息で乾に言った。
「…ありがとう葉末君。簡単に片付けて、すぐ行くよ」
「はい。お待ちしてます」
明るい返事の後、去っていく足音を聞き、乾は海堂からそっと身体を離した。
海堂が上半身を起こすのを腕を引いて手伝う。
「……目はもう赤くないけど……俺が泣かしたのばれたら潔く謝るか」
ひとりごちた乾の言葉にぎこちなく顔を反らせた海堂は、くしゃくしゃになっている乾の制服のシャツを見つけて、目でなく顔を赤くした。
「………あんた、あのシャツ……」
「持って帰るよ勿論」
「冗談……ッ……」
眼差しも言葉も噛み付く鋭さで海堂が食ってかかっても、乾は飄々と、バッグの中から部活の練習用にと予備で入れていたTシャツを取り出し、着替えている。
乾の背中の筋肉の動きに、そしてそこに自分が縋りついたせいだろう赤い跡を見つけ、海堂はぐっと息をのむ。
「………先輩は……」
「ん?」
自分の着替えが済むと、乾はまめなことに今度は海堂の上着を着せ替えながら、首を傾けて海堂の目を覗き込んだ。
「……先輩は……何もしないで……」
いいのかと。
その時だけ乾の目を懸命に見返した海堂に、乾は小さく笑った。
「俺としては出入り禁止は絶対避けたいから、今我慢する。
でもいろいろおみやげ貰ったから、取り合えずうち帰って今日の埋め合わせはどうとでもなるよ」
「てめ……、…あのシャツとか…まさか……!…」
「シャツ?………ああ。シャツね。ちゃんと洗ってから、着るなり使うなりするから安心しなさい」
「つか、……っ………」
「本当は今のあれにしたいけどねえ…」
からかってるのか本気なのか全く読み取れない。
きつく睨みつける海堂を他所に、乾はいかにも惜しそうに、乱れたシャツを横目にしている。
「捨てろ……」
「勿体無い…」
「じゃ、俺が洗うから、置いてけ……っ…」
「うーん………そのへんのことは食事しながら考えておこう」
「メシ食いながら、んなこと考えんじゃねー…っ!…」
本気で怒る海堂の、この上ないきつい眼差しすら愛おしそうに。
乾は見つめて笑顔を見せる。
食事をしながら、泊まっていって頂戴という穂摘と葉末の誘いの言葉を、今日はしなければならない洗濯があるのでという理由で。
乾は丁重に詫びて、断った。
それを聞いた瞬間の海堂の表情は、幸い乾の目にだけ映っていた。
乾はとにかく礼儀正しい。
中学生のボキャブラリーかというような言葉を駆使するが決して付け焼刃でなく、あくまでも使い慣れた言葉での敬語であり、会話である。
上辺だけの物言いではないと、大人は聞けばすぐに判る。
乾の頭の良さと礼儀正しさ、そしてそれと匹敵するくらい、海堂家の面々が乾を気に入った理由がもうひとつあった。
至極簡単なことである。
乾は海堂薫を好きである。
それはそれは大事にしている。
そういう態度を隠そうとしないし、言葉を惜しまない。
褒めるし称えるし感心したりもする。
海堂の父も母も弟も、自分達の大事な家族である自慢の薫をそこまで尊重されれば、乾を気に入らないわけがなかった。
しかも海堂は家庭内で、そう饒舌なタイプでなかったから。
時々海堂家を訪れる乾がもたらす日常話には、食いついて離れない節がある。
乾がまた実に巧みに「こういう所がお父さんゆずりなんですね」とか「ああだから海堂はあの時こう言ったんだって今お母さんの話を伺って判りました」とか「葉末君と出かけるのが大事だから週末はなかなか俺とは約束してくれないんだよ」とか、それぞれが嬉しがることをこっそり言ったりするものだから。
乾が家に来るとなると、海堂家の全員がそれはもう大騒ぎになるのだ。
今日は平日の夕方だった為、まずは海堂の母である穂摘と弟の葉末が、学校が終って海堂家を訪れた乾の話を一頻り楽しく聞き、乾もまたそれに対してにこやかに対応していた。
ひとり苦い顔をしていた海堂に連れ去られ乾がリビングを後にした時には、穂摘も葉末も随分とその退出を惜しんで寂しがったものだった。
さすがに二人とも海堂の部屋まではついて行きはしない。
しかし数時間して母親に「お夕食の冷麺、ハムフン式とピョンヤン式、乾君はどっちが好きか聞いてきて頂戴」と言付かった葉末は、機嫌よく兄の部屋に向かった。
ノックをして、ドア越しに葉末は問いかける。
「葉末です。母が夕食の冷麺、乾さんはハムフン式とピョンヤン式どちらがお好きですかと聞いていますが」
「………すごいねお母さん」
少ししてドアが開いて、乾がそっと姿を現す。
兄の薫が見上げているくらいだから、葉末にとって乾は本当に大きい。
一生懸命見上げていると、乾が自然に、葉末が目線を合わせやすいように屈んできた。
「もしかして冷麺もお母さんの手打ち?」
「はい」
へえ、と感心しきって頷く乾は葉末を前に真剣な顔で考え込んだ。
「……ハムフン式は麺がサツマイモでんぷん100%のコシのうんと強い方…… ピョンヤン式がそば粉とジャガイモでんぷんが5対5の噛み切りやすい方……そうだな、ピョンヤン式…がいいかな。お言葉に甘えて。図々しくご馳走になります」
「図々しくなんかありません。乾さん。兄は」
「………海堂。どっちがいい?」
扉に手をかけたまま背後を振り返った乾の影で、葉末の視界は埋まってしまう。
「……同じで良い?………じゃ葉末君。海堂もピョンヤン式で」
「………あれ。今兄の声しましたか?」
「今海堂の部屋にあるマシン使って筋トレメニュー組んでてね。
やってもらってるんだ。動けないから合図でね」
「そうですか。では母に伝えます」
「うん。どうもありがとう」
乾に見送られ、葉末はキッチンにいる母親の元に足早に向かっていった。
ビニールレザー貼りのトレーニングマシンに仰向けに、正確には若干身体を横向きにし、身を丸めていた海堂の肩を乾は手のひらで包んだ。
「…………大丈夫だったろ?」
「……、……っ……」
僅かなスペースに乾も腰を下ろす。
乱れきっていた海堂の服に手をかける。
葉末がドアをノックしてきた直前に手をかけていた所から、確実にその続きを。
「……先輩…、……」
「………ん…?」
「…………頼……から」
きつい目を伏せているけれど、瞳が濡れかけているのは睫の震えで見て取れた。
カッターシャツの釦はすでに全部外されていて、腹部の一番細い所の僅か下にあるベルトは半分引き抜かれ、そこの前合わせも乾の指がくぐれるように暴かれている。
薄い胸元の尖りはシャツごと含まれて濡れている。
乾の肩を掴んで、必至に突っ張っている海堂の腕は震えていた。
懸命に乾を押しとどめようとして必至になっている目が乾の手に足の狭間を掴み締められた途端、打たれたようにぎゅっと閉ざされた。
「………、…ッ……」
「葉末君の部屋、隣…?…」
「……も……、やめ…」
のけぞって露になった海堂の喉に舌を触れ合わせると、悲痛な悲鳴の振動が乾の舌に染み込んできた。
噛み締められた唇まで、喉からゆっくり舌先を辿らせていく。
顎をゆるく噛んで、その先のひらいた唇を貪ると、海堂の両手が乾の背中のシャツをきつく握りこんできた。
「…………ぅ……、…」
「声出さないでしよう」
「………出来っこないって知ってるくせ…、…ど……して、そういう…こと…言……」
泣き言に近い言い方は普段海堂が絶対に口にしない物言いだけに、特別な秘め事めいて乾の耳に届く。
「痛くしない。絶対」
「……、…………」
「気をつけてするから」
海堂の耳元で低く根気強く繰り返す乾の声に合わせて、海堂は息を詰めた。
「…………じゃ……ね…ぇ…、…よ」
「……ん?」
「そうじゃないだろ……っ……」
上ずった怒声が、しかしたっぷりと涙を含んでいて。
「海堂」
「も、離………」
どれもこれも中途半端に身体に絡んでいる服ごと乾が海堂を抱き込むと、離れたがってはいるが、される行為が嫌なわけではない事を表すように、海堂はおとなしく抱き込まれた。
「したくない? 嫌か?」
「…そ、………ずる………」
「………ずるいかな。こういう風に聞くのは…?」
抱きしめながら、海堂の全身をまさぐる乾の大きな手のひらは随分と卑猥に動き、でも言葉だけは極力ゆっくりと海堂に囁きかけてくる。
「声が心配ならずっと唇を塞いでいるし………後のことが心配なら、大丈夫、汚れないように元通りにしてあげるから」
全部しないで、これ元通りに戻してあげるからと乾に指を使われて、海堂は細い喉声を上げた。
すぐに乾の唇に強く塞がれる。
「……っ…ぅ…、ッ…ン…、」
トレーニングマシンの上の無理な体勢では身じろぐたびに身体がどこかにぶつかって、海堂は乾に唇を塞がれたまま抱き上げられた。
「…、…ぇ……?…、……っん…ぁ…」
そんなに簡単に抱き上げられるはずもないと唖然としているうちに、床に組み敷かれていた。
海堂の部屋の中には寝室として使えるように、仕切られているスペースがある。
常にダブル用の布団が用意されている和室に、しかし運んでいく程悠長な気は乾にはないようで、その場で圧し掛かられた。
「ん……、…っ……ン……っ」
舌をとられたまま次第に温んできた指に愛撫を繰り返され、ぴったりと海堂をくるんでくる乾の手のひらの感触に、海堂は押し潰されそうになっている身体と意識とを、更に何処かへと引きずられていく。
自分ではどうしようも出来ない。
「……先輩…、……」
口付けられながら、指で追い詰められていきながら、海堂は気配で乾がシャツを脱ぎかけているのに気づく。
お互い半端にシャツの合わせがはだけられたような胸元が重なって、鼓動の速さと強さとに息が詰まった。
「…ッ…ん、っ………」
「俺のシャツで、いいよ。海堂」
「……な………、ァ…っ…」
「代えのTシャツあるから」
幾分乱雑に乾はシャツを腕から引き抜き、脱いでしまうと。
この中で、と低く告げてそのシャツで海堂を包んできた。
「……、…っ、…っゃ」
乾の体温の残るシャツごとつかまれて、そのまま動かされる。
「……やめ……、……」
いくらなんでもそんなこと出来ないと抗う海堂を、乾は加減のないキスで封じてきた。
「………ン…、……ぅ…、っ」
「……大丈夫だから」
「…ッ…ぁ………」
足の狭間にある乾のシャツの感触にも、使われる指にも、言い聞かせるような声にも。
キスで判る熱い息や、濡れそぼった舌、絡める時の音。
全てにやられて海堂は最後に。
「………これに弱いんだよなあ…」
眦からこめかみに落としたものは乾の唇に吸い取られた。
苦笑いを含んだ乾の声を聞きながら、海堂はゆるく抱き取られて。
漸く、小さく。
安堵の吐息をつく事が出来た。
今日二度目の部屋のノックの音に、今度は海堂だけでなく、乾も些か驚いた。
「乾さん。兄さん。夕食の準備が出来ました」
葉末の声に、乾は海堂の髪を素早く撫でつけながら問いかける。
「冷麺って随分出来上がるの早いな」
「………茹でるの30秒くらいっす………麺も、うち圧搾機あるし……」
ぼそっと呟いた海堂は、葉末に返事してくださいと浅い息で乾に言った。
「…ありがとう葉末君。簡単に片付けて、すぐ行くよ」
「はい。お待ちしてます」
明るい返事の後、去っていく足音を聞き、乾は海堂からそっと身体を離した。
海堂が上半身を起こすのを腕を引いて手伝う。
「……目はもう赤くないけど……俺が泣かしたのばれたら潔く謝るか」
ひとりごちた乾の言葉にぎこちなく顔を反らせた海堂は、くしゃくしゃになっている乾の制服のシャツを見つけて、目でなく顔を赤くした。
「………あんた、あのシャツ……」
「持って帰るよ勿論」
「冗談……ッ……」
眼差しも言葉も噛み付く鋭さで海堂が食ってかかっても、乾は飄々と、バッグの中から部活の練習用にと予備で入れていたTシャツを取り出し、着替えている。
乾の背中の筋肉の動きに、そしてそこに自分が縋りついたせいだろう赤い跡を見つけ、海堂はぐっと息をのむ。
「………先輩は……」
「ん?」
自分の着替えが済むと、乾はまめなことに今度は海堂の上着を着せ替えながら、首を傾けて海堂の目を覗き込んだ。
「……先輩は……何もしないで……」
いいのかと。
その時だけ乾の目を懸命に見返した海堂に、乾は小さく笑った。
「俺としては出入り禁止は絶対避けたいから、今我慢する。
でもいろいろおみやげ貰ったから、取り合えずうち帰って今日の埋め合わせはどうとでもなるよ」
「てめ……、…あのシャツとか…まさか……!…」
「シャツ?………ああ。シャツね。ちゃんと洗ってから、着るなり使うなりするから安心しなさい」
「つか、……っ………」
「本当は今のあれにしたいけどねえ…」
からかってるのか本気なのか全く読み取れない。
きつく睨みつける海堂を他所に、乾はいかにも惜しそうに、乱れたシャツを横目にしている。
「捨てろ……」
「勿体無い…」
「じゃ、俺が洗うから、置いてけ……っ…」
「うーん………そのへんのことは食事しながら考えておこう」
「メシ食いながら、んなこと考えんじゃねー…っ!…」
本気で怒る海堂の、この上ないきつい眼差しすら愛おしそうに。
乾は見つめて笑顔を見せる。
食事をしながら、泊まっていって頂戴という穂摘と葉末の誘いの言葉を、今日はしなければならない洗濯があるのでという理由で。
乾は丁重に詫びて、断った。
それを聞いた瞬間の海堂の表情は、幸い乾の目にだけ映っていた。
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