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How did you feel at your first kiss?
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三つあるんだけど、いいかな、と乾は言った。
 いいかなって。
 言われても。
 だいたい何がと海堂薫は乾貞治を黙って見上げる。
 眼差しに海堂の疑問を読み取ったらしい乾が、変化のない表情で、誕生日プレゼント、と言った。
「…………………」
 海堂は全く予想していなかった乾の答えに沈黙したままになる。
 年は一つ上。
 身長は十一センチ上。
 そんな乾の顔を上目に見る海堂の顔つきは、相手をきつく睨み据えている、それである。
 他意はなくても相手を睨むような表情を海堂がすると、双瞳の大きさがやけに目立った。
 しかも海堂の場合、眦が鋭く切れ上がっていて、白と黒とのコントラストがきつい。
 そのうえ瞬きをあまりしないという体質もあって、海堂の目元の印象は鮮やかにくっきりと強かった。
 海堂が相手の顔を直視すると、大抵は、すぐさま逃げられるかたちどころに喧嘩になるかだ。
「海堂。いい?」
「………………」
 しかしこの時、海堂がきつく見据えている乾は、至ってのんびりと、優しい声で海堂の返事を促してくるだけだ。
 逃げることもなく、腹をたてることもない。
 全く似かよらない個性派で成らす青学テニス部の中でも独自の路線をいく乾は、近寄りがたい風貌なのに性格は気さくだという複雑さで、人見知りする海堂のテリトリーにまでするすると侵入してきた。
 気は短いが生半可な事では動じる事のない海堂が、突然に自分の隣に現れた男にナンダコノヒトとぎょっとしているうち、乾はいつの間にやら海堂の希望から体調から疑問から何から、全てを把握しきってここにいるようになっていた。
 恐らく部内で海堂が一番言葉を交わして共に行動する事が多いのは、一学年上のこの乾なのである。
 海堂は彼自身の近寄りがたい強面の風貌のせいや、家では弟がいたりするもので、べたべたに甘やかされたり、あれこれ面倒をみられたりすることが早くからなくなっていた。
 しかし乾はそんな海堂を構って構って構い倒してきたのである。
 ナンナンダコノヒトと海堂はますます唖然としたが、構われるという慣れない接触が不快になるどころか居心地がよくなってきて、今では部内の最上級生達の間で「乾にだけ懐いた海堂」という認識が定着するほどになってしまっていた。
 別に嫌ではなかった。
 しかし、それがひどく自分らしくないようには思っていた。
「海堂、明日、誕生日だろう?」
「……………………」
 問いかけに。
 黙って海堂は頷く。
 こんなことまで知っているのかと驚いてはいるが、それが顔に殆ど出ない海堂は傍目にはただ不機嫌そうにしか見えない。
 今日は土曜だがテニス部は部活があって、普段ならば鍵当番の副部長に次いで時間に早い海堂は、しかし今日はすでにその海堂よりも先に来ていた乾によって部室裏まで連れられてきていたのだ。
「はい。おめでとう」
「…………………」
 咄嗟に海堂が受け取ってしまっていたものは、一冊のノートだった。
 両手で持って、海堂は乾を再び見上げる。
 普段乾が持ち歩いているノートの半分の大きさ。
 表紙が真新しい。
「…………………」
 開けて、というように乾がノートを指差した。
 促されるままページをめくる海堂の手が、数枚捲って、すぐに止まる。
「……………これ、…」
「この間、海堂の部屋のトレーニングマシーン見せて貰ったろ。あれ使った室内用のメニュー」
 夏までな、という乾の言葉を聞きながら海堂は再びページを捲った。
 全部手書きで、ノート一冊、書ききってある。
「三ヶ月間、最短で一番効率よく筋力アップ出来るように作ってみたから。やってみて」
「…………………」
 海堂は自室にトレーニングマシンを持っている。
 前に何かの拍子でそれを乾に言った事があって、すると乾はひどく興味を示し、一度それを見せてくれないかと海堂に言ったのだ。
 それでこの間漸く乾を家に呼んで、マシンを見せたばかりだった。
「日付け入ってるだろ。一日一ページ。十四歳になってから始めろよ」
 五月十一日から組み込まれたメニュー。
 海堂がこれまでに貰ったこともないようなものが手の中にある。
「…先輩?」
「そこに書いてある一日の練習量がきちんと守れるなら、こっちの特別柔軟メニューもおまけでつけよう」
 手品師がトランプを取り出したみたいに、器用に乾はもう一冊同じ大きさのノートを海堂にかざしてみせた。
 少しだけ笑っている。
「どうする? 守れる? オーバートレーニングしない?」
「………っス」
「約束な。じゃ、これも」
 乾は唇を引き上げて、海堂の手の上に二冊目のノートを重ね、更にその上に何の装飾もないクラフト紙の紙包みを置いた。
 ノートとほぼ同じくらいの大きさ。
「……え?」
「これは二つ目」
 開けて、と二回目の促しがされる。
 海堂が狼狽えながらノートを小脇に挟んで、テープを外し、紙袋を開く。
 手に取って袋から引き出したもの。
 バンダナだった。
「クールバンダナ。持ってた?」
「…ク、……?…」
「そう。こいつ、水を軽く含ませると、気化冷却作用で自発的に冷えてクールダウン出来る加工がされてるバンダナ」
「そんなのがあるんスか…?」
「あるんだね。使ってみてよ」
 海堂は今度はきちんと頭を下げた。
「……ありがとうございます」
 普段から乾の言うことは海堂には聞いたこともないようなことだったり、乾が持っているものは見たこともないようなものだったりする。
 予測のスペシャリストである乾の言動を、あらかじめ自分に図れる訳がないと海堂も思っている。
 しかし、乾に誕生日を知られていたり、思いもしなかったものをプレゼントされたりして、海堂はその予想外の展開にはひたすらに、面食らうばかりだった。
 一緒に自主トレしたり、学校の外で会ったり、家に呼んだりもしたけれど。
 それでもこんな風に、乾にされるとは全く思っていなかったのだ。
「この二つは俺が勝手に用意したからさ」
「………………」
「最後に三つ目の誕生日プレゼント。海堂、なんでも言うこと聞いてあげるから、して欲しいこと言ってごらん」
「……………は…?……」
「言ってごらん。俺にして欲しいこと」
 して欲しいことって。
 この男に?と乾を見上げて自問する海堂は、呆気にとられた後、彼にしては珍しい事にうろたえた。
 そんなことを言われたってと、らしくもなく泣き言めいた事を言いかける。
 それを察したのか乾がぐいっと詰め寄ってきて、海堂はますます怯んでしまった。
「、あの」
「俺にして欲しいことなんて何もない?」
 いや、だから、そうでなくて、と海堂が目線で懸命に訴えてしまうのは、乾のその物言いが落胆したように聞こえたからだ。
 そうじゃない、という一生懸命な思いの海堂の視線に、乾は気づいていながら黙殺している。
 よくよく考えれば乾の言動とは思えないほど子供じみているのだが、海堂にはそれを指摘して責め立てるだけの余裕がなかった。
 むしろ、どうする、どうしよう、どうしたらいいんだ、と実は律儀な性格のまま、頭の中がぐるぐる回ってしまっているのだ。
「海堂」
「………、…バンダナ」
「…ん?」
 乾に軽く手首をとられた。
 それだけなのに、海堂はずきっとした何かを覚えて、驚いて。
 咄嗟に言っていた。
「バンダナ、結んでください」
 どうしてそんなことを口にしたのか、海堂は自分でもよく判らなかった。
 しかし目の前で乾が、ちょっとびっくりしたように自分を見てくるのが何となく胸がすくような感じで。
 自分だけを混乱させて、一人平静な顔をしている男への仕返しみたいな気持ちもあって、海堂は畳み掛けて言った。
「……冷却ナントカの。これ。俺、使い方よく判んないっすから」
「俺が、していいの?」
 海堂のバンダナ、と乾に言われて。
 ふと、海堂は顔を斜に向ける。
 何だかへんな事を言ってしまったような気がして狼狽が襲ってきたが、すこしして海堂が意を決して睨み据えるように乾を流し見ると、そこには何ともいえない、海堂が初めて見るような顔をした乾がいた。
「………先輩?」
「……水がいるから、手洗い場行こう」
 乾は海堂の手首を指先ですくうようにして、わずかな接触だけで海堂の腕を引いた。
 先に立って歩く乾に、少しだけとられて引かれている自分の手が、海堂には気恥ずかしかった。
 無言で後をついて行った手洗い場で、乾は海堂からバンダナを受け取り、蛇口の水を含ませた。
 ザッと水気をきって、余計な水分を絞ったバンダナを片手に、乾が海堂を振り返る。
「……………………」
 二人、正面から向き合った。
「…髪、耳にかけるの?」
「……………っス」
 小さく聞かれて海堂は頷く。
 乾の左の手の指が、海堂の髪の生え際に、そっとさしこまれる。
「………………、……」
 優しすぎる。
 触れ方に驚いて。
 海堂が息を詰めると、乾が僅かに首を傾けて呟いた。
「うわ、……」
「……………………」
「さらさらだな…髪」
 低い小さな乾の声に、無駄なからかいが交ざらないから。
 海堂は面映さや困惑を抱えつつもおとなしくされるままになっていた。
 乾は数回海堂の髪を後頭部まで撫で付けて、それから指先で軽くすくってみた海堂の髪が全くどこにもひっかかりもせず、するすると指先から落ちていくのを生真面目に繰り返して見つめてくる。
「……………先輩」
 正面から顔を合わせて、骨ばった乾の指に髪をいじられるのが、眼差しを向けられるのが、じっとしていられない未経験の衝動を疼かせて。
 海堂は耐え切れずに乾を呼んだ。
「ああ……」
「…………………」
 海堂に呼ばれるまで気づかなかったというように、乾は返答した。
 名残惜しげに自分から離れていく乾の指先を海堂が目で追っていると、乾は濡らしたバンダナを半分に折り込んで、海堂の頭にふわりと被せた。
「きつめ? それともゆるいほうがいい?」
「…………きつくていい」
「これくらい?……もっと?」
 そっと海堂を抱き込むように近づいて。
 乾の長い腕に囲われるように互いの距離が近くなる。
 海堂の頭の後ろ側でバンダナの先を結ぶため、乾は海堂に覆いかぶさるように身体を屈めてきた。
 抱きこまれているような、しかし身体は触れていない、曖昧な距離感。
「…………………」
 海堂は背筋をまっすぐ伸ばして立っている。
 手足が平均値よりも長く、すんなり伸びている海堂は、姿勢もすこぶるよくて、乾にバンダナを結ばれている間もきれいな姿勢で立ったままでいる。
 本音を言えば、少しでも動けば何かのバランスが一気に崩れてしまいそうで、海堂は身じろぐことが出来ないでいた。
 自分でしかしたことのない事を、乾にされているというだけで、どうしてこんなにも意識が乱れるのかと海堂が細く息を吐き出す。
 最後にきゅっとバンダナを引き結んだ音と一緒に、乾の身体がゆっくりと海堂の視界から離れた。
「…結べたけど」
「…………っス」
「大丈夫か? いつもと何か、形や感じが違うとかある?……」
「いえ……」
 どうも、と会釈する海堂に、こんなことで本当によかったのか?と乾が苦く笑んだ。
 俺が役得すぎてと続いたような言葉を追って海堂は顔を上げたが、乾は海堂と目が合うと、どう?とバンダナに指先を宛がって聞いてきた。
「…………気持良いっすね……だんだんひんやりしてきた」
「そう? よかった」
 ひどく甘やかされている気がした。
 普段とあまり変わらない態度の乾なのに、どうしようもなく優しくされている気になって、まさか普段から自分は相当乾に甘やかされているのだろうかと思い当たって、海堂は困惑と一緒にひっそり赤くなった。










 五月の新緑に輝く茂みで匍匐前進よろしく身体を伏せている人物の横に屈んで、不二周助はそっと尋ねた。
「何してるの。英二」
「いちゃいちゃ」
 そういう種族の動物名の名を読み上げるように、菊丸は身を伏せたまま不二に答える。
 不二は菊丸の目線を追っていって、頷いた。
「ほんとだ。いちゃいちゃだ」
 二人でいると独特の気配を放ち、異色ダブルスとも言われた乾と海堂が、石造りの手洗い場で、正面から向き合って立っていたり、相手の髪を指先で弄んでいたり、頭にバンダナを巻いてやったりしている。
 ズズッと菊丸が動き出す。
 肘を使って前進し始めたのを、膝を曲げてしゃがみこんでいる不二が止めた。
 菊丸の背後から、彼の足首を掴んで、進んだ分を引き戻したのだ。
「にゃっ!」
「やめなよ英二」
「やだ!もっと近くで見るんだ。あれなに?あの二人なに?どういうこと?」
「あんまり近くによってじっと見てたらきっと一目散に逃げてっちゃうよ」
 デリケートそうな生き物だしねえと不二が笑う。
「注意深く、気づかれないように観察するのがいいと思うな」
「むむ。さては不二、知ってたにゃ?」
 くるんと跳ねた髪に葉っぱをくっつけて睨んでくる友人に、不二は楽しげに笑う。
「海堂があんまりにも判りやすくてね」
「ええー? 乾だろー? 乾だよー。考えてみたらあいつ海堂にだけ異様に甘々じゃんか!」
「これまでの観察で判ったこと、英二にも一つ教えてあげるよ」
 不二は菊丸の髪から葉っぱを取ってやって立ち上がる。
「あの二人、気づいてないんだよ」
「…………にゃ?」
 ものすごい瞬発力で菊丸も飛び起きた。
「乾は完全な自分の片思いだと思ってるし、海堂に至っては自分の感情に気づきもしてないの。可愛いよね」
 今の所は隠れて見てるのが一番楽しい時期だよと不二が言い、不二が言うならそうなんだろうなーとあっさり納得した菊丸が、連れ立ってそっとその場を離れて行った。




 乾が手放し、海堂が見つける時まで、しばし眠ったまま。
 近々の目覚めを待っている恋愛感情。
 今は甘く深い眠りの中にいる。
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