How did you feel at your first kiss?
中学生、友達同士お泊りっこくらいするだろうと、乾は校舎の影でそう言った。
六月最初の日の話だ。
「…………あんたと俺とでお泊まりっこですか」
わざと同じ言葉を使った海堂だったが、その言葉の面映さに言った側から後悔する。
すると海堂は傍目にはいかにも不機嫌そうな顔になる。
実際は気恥ずかしさの方が強いせいでの、きつい表情。
心得ているのか気にしないのか、乾は淡々と海堂に応えた。
「そう、俺達でだ。………うーん……まあかなりアダルトなお泊まりっこだな…」
「……………………」
ひとけはいないが、あくまで野外、しかも校内。
そんな場所でそのまま背中に手を宛がわれ、抱き寄せられる。
しかし抗う事無く海堂は、されるまま乾の胸元に軽く抱きこまれた。
両腕で大切に抱き締められる。
ゆるい抱かれ方はひどく甘ったるいが、不思議とあまり恥ずかしくならず、それが海堂は決して嫌いじゃないのだ。
「………そんなんで誕生日プレゼントになるんですか」
「なるよ。夢みたいじゃない。海堂が泊まりにくるなんて」
「それってつまりタダって事なんですけどね…」
「金額のつけようがないプレゼントだから」
価格なんかつけられない、価値ありすぎてとまで言われれば。
本当にそんなんでいいのかという海堂の不審も薄らぐ他無い。
「…わかりました」
泊まりに行きますと海堂が口にしたら、背中にあった乾の手の力が強くなった。
長い腕にきつく抱き締められた体勢で、海堂は自分の名前を囁く乾の声を聞いた。
「海堂」
「……………………」
人間の身体には快感を感じる神経があって、それは200~250ヘルツの振動で、最も強く人を興奮させるものらしい。
乾の声の振動は、恐らくそれそのものなのだ。
海堂は溜息のような吐息を細く逃がしながら、走るような胸の奥の鼓動を思う。
電話越しに伝わる声が300~3400ヘルツ。
だから電話では肝心な所が伝わらない。
会って、目の前で話さないと。
神経に訴える声は生まれない。
一瞬これは電話で聞いた方がよかった事なのかもしれないと海堂はくらくらする頭で考えたが、恐らく乾の声の効力は電話でも如何なく発揮させられたに違いないと思い直す。
「海堂」
200~250ヘルツで囁かれる自分の名前に、海堂は小さく息をつめて。
「俺の誕生日に、帰さなくていい海堂をありがとう」
「…………明後日言えよ…そんなこと…」
「駄目、すでにかなり浮かれちゃってて」
「……………………」
「済まないね」
真面目に笑んだ、また一つ年上になる男の腕の中で海堂は五時間目の予鈴のチャイム音を聞いた。
乾は普段からあまりガツガツした所のない男で、海堂を抱く時に少しだけそういう部分を垣間見せるのに。
六月三日に日付けが変わったばかりの深夜、その日の乾は終始穏やかだった。
「いつまで…、そこ、…」
「…いつまで? いくまで」
軽い吐息は微笑らしくて、海堂は濡れそぼった箇所に当たった乾の呼吸に身を竦ませる。
あやすように長いこと舌で撫でられ続けたそれから生まれる感覚が、海堂の意識を曖昧に霞ませる。
そのくせ掠れた声がひっきりなしに上がるように吸いつけられたりもして。
海堂は自分が快感の中にいるのか苦痛の狭間にあるのか判らなくなってくる。
「く………ン…、……ぅ…、…っ…、」
いつもと順序が逆なのだ。
もっと正確に言えば、それが乾の口腔に含まれ締め付けられているのは二度目になる。
殊更丁寧に海堂の身体を柔らかくしてから奥深く入り込んできた乾に長い事揺すりたてられ、所作の全てが優しいからこそおかしくもさせられて。
互いの解放でしとどに濡れた後、乾は再び海堂をその唇に捕らえた。
濡れた粘膜ではあったが、直後に与えられた直接的な刺激に海堂は狼狽えて。
泣き上擦った声で乾の真意を尋ねれば、返された言葉は海堂にとって意味の判りにくいものだった。
「絶対俺のがよかったから、海堂に足りなかった分、よくなって」
何を言われたのか判らないまま、ずっと乾の唇にそれは食まれている。
「も……、…ばかなこと、やめ……」
どこをどう見て足りない分などということを考えたのか、海堂は薄い胸を苦しげに喘がせながら浅い呼吸に声を乗せる。
絶対逆なのに。
どっちがよかったかなんて話なら、絶対逆だ。
それなのにこれ以上自分をおかしくさせてどうするんだと繰り返す海堂の悪態は、霞む頭の中でしか放たれず、優しく長く乾の舌に構われ続けてもう海堂は自分で自分が捕まえられない。
「……どうしてもしたくてしてるんだから馬鹿とか言わない」
「…っ…ぁぅ」
乾が笑って言っているのか怒って言っているのかも判らず、海堂は湿った髪を枕に擦りつけながら仰け反った。
何をされているのか、甘く練り上げられたような抵抗感の中を拓いていくように海堂は乾の唇に深く含まれる。
その中で、線で海堂を辿ってくるのは乾の舌先で、声を迸らせた衝撃で更に何かが体内を突き抜けていく。
「ャ……、っ、ァ…ッ、っ」
「……自分のものじゃない快感で頭の中がよくなるっていうのを」
「………っ……ぅ…、っ…ん…、っ」
「海堂で覚えたからね」
すっかり癖になったと笑って。
だから諦めてと囁いて。
次にはもう、乾の舌と唇とが器用に強く絡み付いてきて海堂は背筋を反らせて細い喉声を上げた。
「……っ………、ん…」
かたい指で丁寧に擦られて、快感の出口を一つに集められる。
舌に、唇に、指に、海堂の感覚全てをそこに凝縮させられ、絶え間なく弄られて。
「……、…っ…ぅ…、っ……」
「……………………」
逃げて捩れた腰を卑猥に撫でられ、乾の口腔に音をたてて吸い込まれる。
声も吸い出されたような気で海堂は弓なりに限界まで反らせた背中を、その一瞬の後、ベッドのスプリングに激しく投げ出した。
乾に何もしていない。
乾に何も渡していない。
どうにかしたいと気はどうしようもなくあるのに、自分の気持ちをどうもっていっていいのか判らない海堂は、ただ乾が望むように、こうして二人で乾の誕生日を迎えているだけだ。
ただ一緒にいるだけ。
「…………………」
それでも。
それだけでも。
ひょっとしたらいいのかもしれないと、海堂が次第に思うようになっていくのは。
ベッドで顔をつき合わせている乾の様子を見ているからなのかもしれない。
「十四歳になってまだ二十三日目なのかと思うと…壊しそうで、大事にしないとね」
「…………………」
低い声が訥々と言う言葉。
十五歳になって一日目の男はそんな事を言った。
そうして実際大事に抱き締められてしまえば、それなら自分はいったいどうすればと思うが。
とろりと脱力した乾は珍しくて、まあいいかと海堂は無言で大人しくしていることにした。
何かをしたつもりはないけれど。
乾は確かに和らいでいる。
眠気にまかせて重たい腕を持ち上げて。
昔、弟にした事のあるやり方で髪を撫でつけたら、浅く息のかかるキスで唇を塞がれた。
大人びたキスだった。
「…………………」
この近さとか。
この距離とか。
そういうものに何ら抵抗のない海堂は、乾が考えている以上に、自分が判っている以上に、この男の事が好きなのだろうと思い知らされる。
「…………………」
唇が離れると眠気の密度がまた少し濃くなって。
数回繰り返されて口づけられているうちに、とっぷりと睡魔に浸かってもう戻れない。
「来年も」
問うような。
断言のような。
どちらと決められない低い声だけ最後に届いて。
海堂が応えてその手に握りこんだものが何かを知るのは、翌朝のことになる。
「自分の意思とか努力とかだけじゃどうにもならないことで俺が欲しいのは海堂だけだから」
海堂しか欲しいものないしと笑った男は、誕生日の夜。
唯一欲した相手を腕に抱き締めて眠り、翌朝目覚めてそこに、己の指先をゆるく握りこんで眠る海堂の寝顔を見つけ、幸福というものが目に映せる事を知る。
六月最初の日の話だ。
「…………あんたと俺とでお泊まりっこですか」
わざと同じ言葉を使った海堂だったが、その言葉の面映さに言った側から後悔する。
すると海堂は傍目にはいかにも不機嫌そうな顔になる。
実際は気恥ずかしさの方が強いせいでの、きつい表情。
心得ているのか気にしないのか、乾は淡々と海堂に応えた。
「そう、俺達でだ。………うーん……まあかなりアダルトなお泊まりっこだな…」
「……………………」
ひとけはいないが、あくまで野外、しかも校内。
そんな場所でそのまま背中に手を宛がわれ、抱き寄せられる。
しかし抗う事無く海堂は、されるまま乾の胸元に軽く抱きこまれた。
両腕で大切に抱き締められる。
ゆるい抱かれ方はひどく甘ったるいが、不思議とあまり恥ずかしくならず、それが海堂は決して嫌いじゃないのだ。
「………そんなんで誕生日プレゼントになるんですか」
「なるよ。夢みたいじゃない。海堂が泊まりにくるなんて」
「それってつまりタダって事なんですけどね…」
「金額のつけようがないプレゼントだから」
価格なんかつけられない、価値ありすぎてとまで言われれば。
本当にそんなんでいいのかという海堂の不審も薄らぐ他無い。
「…わかりました」
泊まりに行きますと海堂が口にしたら、背中にあった乾の手の力が強くなった。
長い腕にきつく抱き締められた体勢で、海堂は自分の名前を囁く乾の声を聞いた。
「海堂」
「……………………」
人間の身体には快感を感じる神経があって、それは200~250ヘルツの振動で、最も強く人を興奮させるものらしい。
乾の声の振動は、恐らくそれそのものなのだ。
海堂は溜息のような吐息を細く逃がしながら、走るような胸の奥の鼓動を思う。
電話越しに伝わる声が300~3400ヘルツ。
だから電話では肝心な所が伝わらない。
会って、目の前で話さないと。
神経に訴える声は生まれない。
一瞬これは電話で聞いた方がよかった事なのかもしれないと海堂はくらくらする頭で考えたが、恐らく乾の声の効力は電話でも如何なく発揮させられたに違いないと思い直す。
「海堂」
200~250ヘルツで囁かれる自分の名前に、海堂は小さく息をつめて。
「俺の誕生日に、帰さなくていい海堂をありがとう」
「…………明後日言えよ…そんなこと…」
「駄目、すでにかなり浮かれちゃってて」
「……………………」
「済まないね」
真面目に笑んだ、また一つ年上になる男の腕の中で海堂は五時間目の予鈴のチャイム音を聞いた。
乾は普段からあまりガツガツした所のない男で、海堂を抱く時に少しだけそういう部分を垣間見せるのに。
六月三日に日付けが変わったばかりの深夜、その日の乾は終始穏やかだった。
「いつまで…、そこ、…」
「…いつまで? いくまで」
軽い吐息は微笑らしくて、海堂は濡れそぼった箇所に当たった乾の呼吸に身を竦ませる。
あやすように長いこと舌で撫でられ続けたそれから生まれる感覚が、海堂の意識を曖昧に霞ませる。
そのくせ掠れた声がひっきりなしに上がるように吸いつけられたりもして。
海堂は自分が快感の中にいるのか苦痛の狭間にあるのか判らなくなってくる。
「く………ン…、……ぅ…、…っ…、」
いつもと順序が逆なのだ。
もっと正確に言えば、それが乾の口腔に含まれ締め付けられているのは二度目になる。
殊更丁寧に海堂の身体を柔らかくしてから奥深く入り込んできた乾に長い事揺すりたてられ、所作の全てが優しいからこそおかしくもさせられて。
互いの解放でしとどに濡れた後、乾は再び海堂をその唇に捕らえた。
濡れた粘膜ではあったが、直後に与えられた直接的な刺激に海堂は狼狽えて。
泣き上擦った声で乾の真意を尋ねれば、返された言葉は海堂にとって意味の判りにくいものだった。
「絶対俺のがよかったから、海堂に足りなかった分、よくなって」
何を言われたのか判らないまま、ずっと乾の唇にそれは食まれている。
「も……、…ばかなこと、やめ……」
どこをどう見て足りない分などということを考えたのか、海堂は薄い胸を苦しげに喘がせながら浅い呼吸に声を乗せる。
絶対逆なのに。
どっちがよかったかなんて話なら、絶対逆だ。
それなのにこれ以上自分をおかしくさせてどうするんだと繰り返す海堂の悪態は、霞む頭の中でしか放たれず、優しく長く乾の舌に構われ続けてもう海堂は自分で自分が捕まえられない。
「……どうしてもしたくてしてるんだから馬鹿とか言わない」
「…っ…ぁぅ」
乾が笑って言っているのか怒って言っているのかも判らず、海堂は湿った髪を枕に擦りつけながら仰け反った。
何をされているのか、甘く練り上げられたような抵抗感の中を拓いていくように海堂は乾の唇に深く含まれる。
その中で、線で海堂を辿ってくるのは乾の舌先で、声を迸らせた衝撃で更に何かが体内を突き抜けていく。
「ャ……、っ、ァ…ッ、っ」
「……自分のものじゃない快感で頭の中がよくなるっていうのを」
「………っ……ぅ…、っ…ん…、っ」
「海堂で覚えたからね」
すっかり癖になったと笑って。
だから諦めてと囁いて。
次にはもう、乾の舌と唇とが器用に強く絡み付いてきて海堂は背筋を反らせて細い喉声を上げた。
「……っ………、ん…」
かたい指で丁寧に擦られて、快感の出口を一つに集められる。
舌に、唇に、指に、海堂の感覚全てをそこに凝縮させられ、絶え間なく弄られて。
「……、…っ…ぅ…、っ……」
「……………………」
逃げて捩れた腰を卑猥に撫でられ、乾の口腔に音をたてて吸い込まれる。
声も吸い出されたような気で海堂は弓なりに限界まで反らせた背中を、その一瞬の後、ベッドのスプリングに激しく投げ出した。
乾に何もしていない。
乾に何も渡していない。
どうにかしたいと気はどうしようもなくあるのに、自分の気持ちをどうもっていっていいのか判らない海堂は、ただ乾が望むように、こうして二人で乾の誕生日を迎えているだけだ。
ただ一緒にいるだけ。
「…………………」
それでも。
それだけでも。
ひょっとしたらいいのかもしれないと、海堂が次第に思うようになっていくのは。
ベッドで顔をつき合わせている乾の様子を見ているからなのかもしれない。
「十四歳になってまだ二十三日目なのかと思うと…壊しそうで、大事にしないとね」
「…………………」
低い声が訥々と言う言葉。
十五歳になって一日目の男はそんな事を言った。
そうして実際大事に抱き締められてしまえば、それなら自分はいったいどうすればと思うが。
とろりと脱力した乾は珍しくて、まあいいかと海堂は無言で大人しくしていることにした。
何かをしたつもりはないけれど。
乾は確かに和らいでいる。
眠気にまかせて重たい腕を持ち上げて。
昔、弟にした事のあるやり方で髪を撫でつけたら、浅く息のかかるキスで唇を塞がれた。
大人びたキスだった。
「…………………」
この近さとか。
この距離とか。
そういうものに何ら抵抗のない海堂は、乾が考えている以上に、自分が判っている以上に、この男の事が好きなのだろうと思い知らされる。
「…………………」
唇が離れると眠気の密度がまた少し濃くなって。
数回繰り返されて口づけられているうちに、とっぷりと睡魔に浸かってもう戻れない。
「来年も」
問うような。
断言のような。
どちらと決められない低い声だけ最後に届いて。
海堂が応えてその手に握りこんだものが何かを知るのは、翌朝のことになる。
「自分の意思とか努力とかだけじゃどうにもならないことで俺が欲しいのは海堂だけだから」
海堂しか欲しいものないしと笑った男は、誕生日の夜。
唯一欲した相手を腕に抱き締めて眠り、翌朝目覚めてそこに、己の指先をゆるく握りこんで眠る海堂の寝顔を見つけ、幸福というものが目に映せる事を知る。
PR
この記事にコメントする
カテゴリー
アーカイブ
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析