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How did you feel at your first kiss?
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 鳳長太郎が、時々青い顔をしている。
 突然動きを止めて、何か痛みに耐えているようなきつい顔をして、そのくせ人から気遣われる言葉にはやんわりと首を振り、大丈夫です、とだけ言った。
 それ以上は何をどう聞いても何でもありませんと柔和な笑顔にかわされる。
 笑顔を浮かべている分、判る相手には尚の事それが痛々しい。
 絶対何もない訳がないと判るから余計にだ。
「おい宍戸! あいつ、やべーぞ! 鳳!」
「………………」
 放課後、校舎の渡り廊下で突然小柄な向日岳人に胸倉つかまれ詰め寄られ、宍戸はうんざりと溜息をついた。
 猪突猛進。
 見目が可愛らしい分、向日のこの勢いは強烈だ。
「明らかにどっかおかしいけどなあ、俺らが聞いたとこでは何にも言わへん」
 お前がどうにかしてやらなと眼鏡を中指で押し上げて、忍足もしたり顔で提言してくる。
「………あーうるせーなもう…」
「うっわー…! 聞いたか侑士! この横暴者の言い草!」
「ああ、しっかりと」
「宍戸サイテー! お前にあんだけ懐いてる後輩にそういうこと言う?」
「………っぐ、……どっちが最低だ…! おい、勢いで首絞めてんじゃねえ!」
 宍戸は向日の手を無理矢理胸倉から外して、くしゃくしゃになっているであろう制服のシャツの前合わせの釦をいくつか外した。
 渡り廊下の窓辺に寄りかかり、距離をおいた友人達を睨みつける。
「全く毎日毎日どいつもこいつも……」
 何で俺が責められなきゃなんねーんだよと毒づく宍戸に、氷帝のダブルス1は揃って声を上げた。
「鳳の事はお前だろう」
「…………訳わかんね……」
 実際、ここの所宍戸が鳳の事でこのような言われ方をされる日が続いている。
 原因はてめえかと、はなからそう決めてかかってきた跡部とは、昨日盛大な言い争いをしたばかりだ。
「あのよ……あいつがお前らや友人連中に心配させないように気を使って隠そうとしてる事を持ってるとしたら、それをこの俺に言うと思うか?」
「うっわ…! 何なんだそれ…! どういうこと?!」
 騒ぐ向日に細い眉を顰めながら宍戸は続けて言った。
 今の鳳の異変は、誰がどう言おうと宍戸が原因ではないし、寧ろ他の誰よりも宍戸にだけは隠したがっている鳳の気配を気付かない連中ではない筈だ。
「あいつが今おかしいの、俺が原因じゃねーし。どっちかっていうと俺には尚更隠したいんだろ。お前らが聞いたって言わないくらいなら」
「だから、お前になら言うかもしれへんで?」
「あいつは甘えただけど、俺に泣き付くような真似はしねーよ。寧ろ隠すだろ、俺には絶対な」
 だいたい鳳をどうにかしてやれと人から言われるのは腑に落ちない。
 あいつをどうにかしてやると決めるのは自分だ。
 そう続けた宍戸に忍足が真顔で言った。
「…はー…氷帝で岳人の次に男前やな宍戸」
 そんな事を言いながら可愛くてたまらないという目で向日を見る忍足の言葉にいよいよ宍戸は脱力する。
「岳人。もうほっとこな。多分大丈夫や」
「そっか? 侑士が言うならそうなんだろうな。よし、判ったぜ」
 散れ、という様に宍戸の手が空を払い、二人を促す。
 疲れきった表情の宍戸になどもうお構いなしで、忍足と向日は背を向けて肩を並べて歩いて行った。
「………ったく…」
 どっと疲労感が募る。
 宍戸は小さく吐き捨てて、二年の校舎へと足を向けた。
 元々そのつもりでここを歩いていたわけだ。
 今日は部活がない。
 今日が最適だ。
 そう思っていた宍戸はどうも妙な茶々が入ったような気がして、不機嫌な顔のまま校舎を移り階段を上る。
 踊り場は壁いっぱいにとられた大きな窓から差し込む光でひどく眩しかった。
 目を瞑り、片手を翳して前方を振り仰いだ宍戸は、そこに見慣れた男を見つける。
「…………………」
 普段ならば、どこで会ってたとしても、宍戸に気付かない筈のない相手。
 今は階段の手すりに手を当てたまま、踊り場で、自身の足元を見下ろすようにしてじっとしている相手。
「…………………」
 宍戸は眩しい視界の中から徐々に姿がはっきり見えてきた後輩に静かに近寄った。
「長太郎」
「……、…宍戸さん?……あれ、どうしたんですか?」
 宍戸の呼びかけにすごい勢いで顔を上げた鳳は、宍戸を見て綻ぶように笑った。
 長い手足を持った長身でありながらも、人に全く威圧感を与えないやわらかな所作で。
 鳳は姿勢を正して宍戸を見つめてくる。
「…………………」
「………あれ…宍戸さん怒ってる…」
「…………………」
「俺の…せいですね? その顔は。俺何かしましか?」
 その顔ってどんな顔だよと宍戸は内心思ったが、鳳の読みは全くもって正しいので。
 憮然と鳳を見据える。
 鳳は徐々に慌ててくる。
「すみません宍戸さん」
「………訳も判ってないで謝んじゃねーよ」
「はい、だから訳が判らない事をまず謝りたくて」
「……お前なあ…」
「すみません」
 茶化すでもなく鳳は頭を下げてきた。
 その時に視線だけは伺うように宍戸へと残すから。
 どこの子犬の上目遣いだと宍戸は溜息をつく。
「そういう顔すんなよ……またお前、俺の犬扱いされんぞ」
「いいんですって。それは別に」
 鳳が笑って言う。
「宍戸さんが好きです」
「…………………」
「だから犬でも何でもいいです。……ああ、でもみんなちょっと誤解してますよね」
「誤解?」
「犬は犬でもですね……ペットじゃなくて、俺は番犬になりたいです。宍戸さんの」
「…………………」
 人懐っこくて、でも宍戸には別格な程懐いてきた鳳は、伸ばした両手で宍戸の頬を軽く包んだ。
「長太郎?」
「…日に透けて、綺麗で」
 はあ?と宍戸は呆れ返って鳳を睨みつけた。
 どっちがだよと言い捨てもしたが、鳳がそれを聞いた風はない。
「…………………」
 日の光に溶けそうな淡い髪の下から。
 蜂蜜を煮詰めたような茶色の目で。
 見つめられて。
 頬に宛がわれている大きな手のひら。
 胸元が広くなって、大きくなって、抱き込まれると感触に異変を感じるくらいに、急激に。
 近頃ひどく大人びてきた年下の男を宍戸は見上げて告げる。
「長太郎」
「はい」
「お前、成長痛、相当激しいんじゃねーの」
「…………………」
「しらばっくれたら蹴り落とすぞ」
「怖いなあ……宍戸さん……」
 やんわり苦笑した鳳は、しかし宍戸が考えていたのとは違って、あっさり認めた。
 実はそうなんですと宍戸を見つめて苦笑いを深めた。
「………随分簡単に認めたな。隠しまくってたのに」
「出来れば隠したいですけど。でも宍戸さんに嘘はつけないし」
 宍戸は鳳の足に目線をやった。
 大丈夫です、と鳳の指先が宍戸の頬を軽く滑る。
「どうして判ったんですか」
「お前があんな顔して四六時中固まってたからに決まってんだろ」
「いえ…そうじゃなくて…成長痛だってどうして?」
「…ああ。俺にも覚えがあったからよ」
 宍戸の最初の過度な成長期は、小学校の高学年に上がるや否やの頃だった。
 いきなり身長が伸びた。
 それと同時に毎夜両足を酷く鈍く疼かせた成長痛がやってきた。
 病気ではないと判ってはいても、時には医者に行かざるを得ない程で、いつまでこんな事が続くのかと内心怯んだこともあった。
 宍戸の成長痛は、そうやって数ヶ月宍戸を痛ませたが、気付くと無くなっていたというほど引き際は呆気なかった。
 あれっきりどうも身長が止まっている気がする。
「………何してんだ長太郎」
 足の側面を鳳の手に軽く撫で上げられ、欲の滲まない所作と判るだけに突っぱねる事も出来ず宍戸は怪訝に鳳を見やる。
「痛かったですよね…」
「……そりゃお前だろ」
 もう今はそこには無い、かつて痛みのあった場所を、鳳が宥めるように手を宛がう。
 その痛ましい表情に。
 逆に、今鳳が感じている痛みが判るような気がして宍戸は鳳の胸元に額を当てた。
「………、宍戸さん…?」
「何か気がまぎれるような事とかねーの?」
「いいですか?」
「何がだよ」
「抱き締めても?」
 言い終わるなり、鳳の両手が宍戸の背中にまわった。
 加減した手で、しかし深く抱きこまれて。
 宍戸は身包み鳳の腕の中に閉じ込められる。
「………こんなんで楽になれんのか」
「充分です」
「嘘つけよ」
 溜息をつきながら、宍戸は自分の方から鳳に擦り寄った。
 身体を全部密着させる。
「………宍戸、さ…?…」
 困惑の入り混じる鳳の声に宍戸は見えない場所で笑う。
「もう一度言ってみな」
「………………」
「本当にただこれだけで紛れんのか?」
「……気持ちの問題なんですって」
 力の抜けた低い声。
 つけ込むのも、そそのかすのも、そう難しい事ではないと宍戸は思う。
「言えよ。長太郎。本当にもう痛くないのか?」
「宍戸さん」
 焦れたように、鳳の腕に初めて本気の力がこもる。
 痛いくらい抱き締められて、宍戸は穏やかに言った。
「最初からそれくらいしんどそうな声出してりゃ俺だってこんな真似しねーよ」
 俺の前で作り笑いすんな阿呆、と素っ気無く告げて。
 そして宍戸は小さな声でひとりごちる。
「………ったく……まだでかくなんのかよお前」
「親にも言われました」
 くすりと小さく笑った鳳の吐息が首の側面にかかって、宍戸は苦しい体勢から腕を伸ばす。
 鳳の髪をかきあげる。
 抱き締められたままで。
「夜、結構辛くて寝れないんだろ? 俺もそうだった」
「………すみません」
「今度のそのすみませんの理由は何だ」
「宍戸さんに、俺の事で何か気にかけさたりするような事、何もないと良いと思って」
「よくわかんねーな…お前はホント…」
 宍戸は鳳の腕の中で吐息を零しながら尋ねる。
「全部無くはしてはやれないけど、せめて誤魔化してやろうか?」
「………………」
「言ってる意味判んねーか?」
「いえ、判ります……でも本当に……こうしてるだけでも痛み忘れますよ」
「これだけでいいのか」
 普段どうでもいい事は甘え上手なくせに肝心な時はこれかと宍戸が思っていると、違います、と鳳が笑ったのが振動で伝わってきた。
「意味はちゃんと判ります。誤魔化しにきて下さい。これから俺の家に」
「…………………」
「本当はもう一日中、骨だか肉だか痛いままで……気が紛れなくて寝れないのも、情けないけど本当。だから宍戸さんが来てくれたら嬉しいです」
 宍戸はちょっと前まで自分が思っていた事を、粗方撤回したい欲求にかられる。
 肝心な時に甘えられない男どころか、肝心な時には一切の加減も無く甘えてくる男だったらしい。
 一つ年下のこの男は。
「でも今こうしているのでも、ちゃんと楽になってます…」
「そーかい……」
「今いる宍戸さんは、昼用の宍戸さんだから」
「………………」
「夜用の宍戸さんも貰っていいですか」
 しまいに宍戸は笑い出す。
「薬は大概一日三回だろ」
 掠めるように鳳の唇にキスをして。
 宍戸はするりと鳳の腕から離れた。
 名残を惜しんで差し伸べられた鳳の指先に軽く触れてやる。
 指先だけ微かに触れ合わせて。
「鞄取りに戻る」
「はい」
「三年の昇降口で待ってる」
「はい」
 鳳は笑っていた。
 やわらかい笑みだ。
 まだ身の内に痛みがあっても、宍戸がいることで宥めらた穏やかさで、やわらかく、笑んでいた。




 指先が離れる。
 背を向けあう。
 指切りをといた後のような、約束の温みが。
 胸の内から気持ちを揺らす。

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