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How did you feel at your first kiss?
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 初めてっていうのは、免罪符になる。
 でもそのあと何度もというのは。
 果たして相手はどう思うだろうか。






 跡部に乱暴に扱われる事も少なくないけれど、神尾は別にそれは構わない。
 乱暴といっても殴られたりすることはなくて。
 それはただ、神尾が今まで人からされたことのないことを、されるというだけの話。
 息が全く出来なくなるくらい、長く唇を塞がれたり。
 肌を吸われて、それが後々まで、痛かったり。
 身体を拓かれたり、中を抉られたり、抱きすくめられたり、そういうのもかなり痛くて。
 でも、そういう風に痛いのに、それが嫌じゃない。
 傷になっても、跡がついても、体液の色を見ても、嫌じゃなくて。
 寧ろそんなことは平気だった。
 自分が男で良かった。
 大抵の事でも結構平気だ。
 でも、男だからこそ、いつまでたってもこうなのかもしれない。
「神尾」
「………………」
 本当は判ってる。
 跡部は乱暴なんかじゃない。
 酷い事なんて何もしない。
 やり方は同じなのだ。
 跡部が乱暴したみたいになってしまうのは、相手が自分だからだ。
「………………」
 背後からの呼びかけに応えず、神尾はそっと毛布を口元まで引き寄せる。
 もし。
 ほんの少しでも。
 跡部にとって。
 セックスが、よかったとして。
「神尾」
 ほんの少しでも、いいと、跡部が思ったとしても。
「………………」
 終わった後が毎回毎回これでは、いい加減跡部だってうんざりすると思う。
「…俺、眠いから、もう寝るな」
 最初から今日は跡部の家に泊まっていく事になっていたから、神尾は嗄れた声を毛布でくぐもらせて誤魔化し、跡部に背を向けたまま身体を丸めた。
 今まで気付かなかった雨音がふいに耳に聞こえてくる。
 今日は珍しくストリートテニスをしようという話だったのだが、それも雨で止めざるを得なく、早めに跡部の家に来た。
 シャワーを浴びて、食事をして、部屋に戻るなりの軽いキスから始まった、もう何度目にもなる行為。
 終わった後だが、眠るにはまだ大分早い時間だった。
 それでも神尾がそのまま眠ってしまうのは殆ど習慣となっているような事だから。
 神尾を巣食う自己嫌悪と不安の冷たさに、跡部が気付かないうちにと、目を閉じる。
 かたく。
「神尾」
「………寝るから離せよ…」
「………………」
 振り向かせようとしてくるのを、眠さを訴える事で拒んだ神尾だったが、毛布越しでも判る感触に思わず小さな悲鳴のような声を上げる。
「……………抱き締めんなってば……!」
「どこが痛む」
「………………」
 毛布ごと身包み抱き込まれて。
 背後からの跡部の手が、熱でも診るように額に触れてきて。
 神尾は身体を強張らせる。
 どこも痛くなんかない。
 その思いだけで口を噤んでいると、跡部の苦い声が耳からだけでなく振動でも神尾へと伝わってきた。
「お前が隠すと俺はまた次も同じことするぞ」
「……いいよ」
「よくねえよ」
「別にどこも痛くない」
「ふざけんな馬鹿」
 本気で怒っている声に神尾が身体を竦めた一瞬で、跡部は神尾が身体に巻きつけていた毛布を剥ぎ取った。
 勢いで身体も反転されて、跡部の視線にあらいざらい晒される。
 予測はしていたようで跡部は驚きはしなかったけれど、その端整な顔立ちが歪んでいくのを見て取って、神尾は本当に、今更でもいいから何もかも隠して、跡部の目に触れないようにしたかった。
 時間が経つ毎に、体内から零れて足を伝ってきていたものや、本当の傷口のように色味が変化してしまう肌の跡。
 泣き出したら興奮が冷めても止まらない涙や、噛み締めすぎて切れているらしい唇の感触。
「神尾」
「違うんだって…これは…っ」
 いつもいつも。
 好きな相手としているのに、不必要な傷ばかりついて。
 そんなものなど残さずに、きれいに、跡部に、抱かれる事の出来る相手はいっぱいいるのに。
「………、……っ…」
 いつも、自分は、こんな風になるけれど。
 でも跡部が好きだし、跡部としたいし、本当は自分だって、終わった後に何でもないように平気な顔で笑っていたい。
 動けないとか。
 声が嗄れるとか。
 傷がつくとか。
 涙が止まらないとか。
 そんな自分じゃなくて。
「……神尾」
「ゃ、…」
 いつもいつもこんなで、自分で本当に嫌になる。
 だから神尾は両腕を突っ張るのに、跡部は執拗に神尾を抱きこんでくる。
 もう何度もしているのに。
 初めてならまだしも、どうしてこんなに何度もしても、その度いつもこうなるのか。
 誰だって、そんな相手とするのは面倒になってくると思う。
 跡部だって、そうだ。
「…………っ…、」
 結局小競り合いに負けて、跡部に抱き締めらた神尾は。
 重い溜息や苛立ちを隠さない跡部に、しゃくりあげた。
「………んなにびびらなくたっていいだろうが!」
「……っ…てな…、ぃ…!」
「乱暴なら乱暴だってちゃんと言いやがれ。馬鹿」
「………じゃ…な…っ」
 本当に、本当は、跡部は乱暴なんかじゃない。
 跡部は全然、そんなことない。
 時々意地悪だったりするけれど、そうした分、あとで必ず、まるでかしずくように、丁寧に触れてきてくれるのを知っている。
 軽い、浅い、キスで宥めてくれるのも。
 熱を帯びた声で名前を囁いてくれるのも。
 みんな跡部だ。
「それなら何で隠す」
「……隠す…って…何を?」
「隠してやがるだろうが」
 唇を舌で辿られ、労るような手のひらで腰を撫でられる。
 神尾は、ぐっと息を飲んだ。
 睫毛も触れそうな至近距離にいる跡部に、まるで、絡むような声が自然と神尾の口から零れる。
「……だって、面倒だろ」
「ああ面倒だ」
 即答された跡部の言葉に神尾はもう二度と立ち直れないんじゃないかと思うほど一気に落ち込んだ。
 しかしそれは一瞬のことだった。
「どうして俺には判りやすく出来ないんだ。お前」
「………俺判りにくいのか?」
 単純だと、跡部に何度その毒舌をふるわれたか判らないくらいなのに。
 まさかその跡部に判りにくいなんていわれるとは思わなくて。
 神尾は心底驚いて跡部の目を見た。
 跡部は、それは横柄に神尾の問いかけに頷いた。
「俺が全能力出しても酌んで酌めない心情ばっかだろうが。お前には」
「そんな事ない」
「お前が隠した事は、どれ一つ、俺には見つけられない」
「そんなに幾つもない」
 一つしかない。
 難しくなんか、ない。
「跡部…しょっちゅう言ってるじゃんよう……単純だって…俺に」
 簡単なんだよ、と神尾は呟き、じっと跡部を見上げた。
「跡部が好きなんだ」
「………………」
「跡部と、するのも好きで」
「…おい」
「でも、した後、俺はいつも、いつまでも、こんなで」
「神尾」
「もっとちゃんと出来る子は、いっぱい、いっぱい、いるだろうけど、でもしたいし、好きだし、俺、跡部」
「……、黙れ。てめえはもう」
 何言い出すんだと跡部は吐き捨てるように言って、神尾を両腕で抱き締めてきた。
 そして、まるで呻くように、神尾の耳に囁いた。
「そんな事そんな顔で言って、俺に何をどう答えろっていう気だ」
「もう一回」
「……………」
「させろって」
「………てめえ…」
 跡部に言われた事がない。
 何度もしているけれど。
 同じ日に、二度というのはされた事がない。
 跡部が神尾を気遣っているからだという事も判るし、実際神尾の身体は一回で毎回ここまで疲労困憊で傷もつく。
 でも、何度でもしたいこの気持ちを、それではどうすればいいのか神尾には判らなかった。
 早くそう出来たらいいのにと、思うからこそ神尾はいつまで経っても慣れない頑なな自分の身体が恨めしかった。
「………跡、」
 思い切って、今日は口にしてみた言葉を跡部はどう思ったのか。
 僅かな怯え交じりに問いかけた神尾の唇は、深いキスで塞がれた。
 強い舌が性急に神尾の口腔を動き、すきまなく噛み合わせた筈の互いの唇の合わせ目から、唾液が零れる。
 溺れるように喉を喘がせながら。
 溺れている人間が助けを求めるように腕を頭上に持ち上げ、縋るよすがを跡部に見つける。
 指通りの良い髪を震える指でつかみ絞めたら、痛いくらいにきつく舌を奪われた。
「…っ…ぁ…ぅ…ん」
「………、……」
 跡部が息を乱すくらいのキスは、解かれた途端、神尾を喘がせる。
 痺れた舌先が口腔で泳いで、とろとろと零れ出てくる口液に身体も幾度となく跳ね上がる。
 跡部、と目の前にいる男の名前を呼びたいだけなのに、もうそれも出来なくて。
 潤んでくる視界の中で必死でその姿を見上げていると、ゆっくりと綺麗な顔が近づいてくる。
「もう一回」
「………………」
「いいか。抱いて」
 呻くような声に神尾は全身を震わせた。
 させろって言えばいいのにと泣き笑いのような顔をした神尾の頬を包んだ手を、頭皮へと潜らせていきながら、跡部は食い入るような激しい目をして繰り返す。
「お前を抱いていいか」
「……俺…言ってるだろ」
「いい加減おかしくなりそうだ」
 どこか懇願にも似た跡部の言葉はこの上なく荒っぽくて、神尾の神経を完全に麻痺させた。
 して、と動いた神尾の唇は。
 かぶりつくような口付けにすぐさま覆われた。




 酔ったように激しく浮かされて、熱く惑わされて、本当にもうとんでもないような事まで、したりされたりしてしまったような気がする。
 大きな枕を抱え込むようにしてうつ伏せた神尾の後頭部を、跡部が飽きる様子もなく撫で付けてくるのに任せて。
 我慢させてごめんと今までの跡部に謝りたくなるような抱かれ方だったと、神尾がぐったりしたままそう言うと。
 跡部は尊大に唇の端を引き上げて、それなら俺はその台詞を今さっきまでのお前に言わなきゃならねえなと言った。


 謝ることなんて何もない。


 そう知ったのだから、身体の痛みは報酬なのかもしれなかった。

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