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How did you feel at your first kiss?
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 暑い暑い暑いと、判りきったことを揃いも揃って口にしている。
 観月は辟易とした。
「はいはい、うるさいですよー、あなたたち」
 面倒極まりないと赤裸々に態度に出して、観月は手を打ち叩く。
「集中して聞かないとどんどん時間は延びますからね。それでもいいのならいつまでもそうやって囀っていなさい」
「さえずるって何だーね」
「そうだよ観月。だいたい観月」
「ああもう好きなだけどうぞ。まだまだここで太陽を浴びていたいようなので、お付き合いしますよ」
 観月が意図的に冷徹な言い方で畳みかければ、チームメイトは揃って一気に大人しくなった。
 出来るなら最初からそうして下さいよと観月はこっそり溜息を零す。
 暑いのなんて、観月だって当然そうなのだ。
 さっさと説明も終わりにしたい。
「それでは。明日の練習試合の注意事項について。説明の所要時間は五分です。邪魔しないで聞きなさい」 
 はーい、と少々間延びはしているが従順な返事が上がったので、観月は中断していた話を再開させた。
 強い日差しの下、ただ一人だけが心地よさそうに青空を見上げて笑んでいるのを横目に。



 観月の話が終わると、テニス部の面々は解散の掛声と共に一気にコートから散らばった。
 観月がラケットの他に資料を入れたファイルやフォーム確認の為のデジカメなどをまとめて持つと、横から一式攫われた。
「……何ですか」
 持って行く、というように赤澤が観月の結構な荷物を手に軽く首を傾ける。
「いいです。自分で持てます」
「じゃ、観月は俺のラケット頼む」
「………………」
 交換条件のようで、ちっとも釣り合っていない。
 観月は日に焼けた赤澤の顔を見上げてあからさまに溜息をついた。
 無論赤澤がそれを気にした風はない。
 赤澤が、こんな風にどこかエスコートじみた立ち居振る舞いを観月にすることは珍しくなかった。
 一見、粗野といったほうがいいかもしれないくらい大雑把な赤澤なのだが、彼は相当なフェミニストだ。
 それも相手を選ばないで自然にやってのけるので、見た目のギャップと相まってか、かなりもてる。
 だからといって観月は女生徒達のように、赤澤に優しくされてはしゃいだりときめいたりなどする気はないので、結局単に居心地が悪いだけになる。
 部長とマネージャーという大義名分があるが、それを使う場合甲斐甲斐しく世話をするのはマネージャーである観月の役目の筈だ。
 何故こういう関係になっているのか観月は不思議でならなかった。
「………荷物なんて持たなくていいから、それだったら試合の説明の方してください」
「観月が話す方が判りやすいからさ」
 サンキューな、と快活に赤澤は笑う。
 観月の小言も気にせず、照りつける太陽を見上げて赤澤の笑みは消えないままだ。
「好きですか」
 そんなに暑いのが、と観月が尋ねると。
 何故か一瞬面食らったように押し黙った赤澤が、そっちかと言ってまた笑う。
「好きだぜ。夏はいいよな」
「そっちかってどういう…」
「いや、お前のことをって意味かと思ってよ」
「はい?」
 好きですか、そんなに。
 それがどうして自分の事になるのだ。
 だいたいそんな事を何故自分が真っ向から赤澤に聞かなければならないのだ。
 観月は叫びそうになるのをぐっと堪えた。
「赤澤、貴方……平気そうに見えますけど、のぼせてるんじゃないんですか。本当は」
「のぼせてっつーか、浮かれてるみたいだな」
「……は?」
「夏好きだし、隣にお前いるし」
「………………」
 この、男は、と。
 観月は奥歯を噛み締めた。
 さっきから言いたい放題何なんだ。
 観月が無言で赤澤を睨み上げると、すぐにその視線に気づいて、悪いと赤澤が苦笑いした。
 おそらくは率直な、何の意図もなく赤澤の口をついて出たであろう言葉だという事は観月も判っている。
 いわゆる口説くような言葉を赤澤が口にする事を、観月は徹底的に諫めているので。
「………………」
 別に赤澤が嫌いな訳ではない。
 現に、こんな風に突っぱねてみせた所で、実際観月は赤澤と付き合っているのだ。
 それを観月が公にしたくないだけの話。
 そういう心情が素気ない態度を呼んで、素気ないくらいならまだいいのだが、随分ひどい態度をとってしまっている気がする。
 今更ながらに観月は気になって、そっと隣の赤澤を盗み見た。
 見たところ赤澤は怒った風もないし、不機嫌な様子も見受けられなかった。
 でも、こんな態度を繰り返していたら、そのうち本気で呆れられそうだ。
 いくら飄々とした赤澤だって、四六時中素気なくされていれば嫌気もわいてくるかもしれない。
 そう思った途端、無性に観月は不安にかられた。
 歩みが遅くなる。
「観月?」
 どうした?と赤澤はすぐに観月の様子の変化に気づいて振り返ってきた。
 足の止まってしまった観月の所まで近づいてきて。
 ぽん、と頭の上に赤澤の手のひらが乗せられた感触に、観月は自分が俯いていた事を知る。
「俺、何かお前を不安にさせたか?」
 実際、不安になっている。
 でもそれは、赤澤のせいではない事も知っている。
 それでも観月は顔を上げる事すら出来なくて。
「なあ」
「………………」
「お前、色々怒ったり嫌がったりするけどさ。二人っきりの時に好きだって言うと、ちゃんと聞いてくれて、すごく恥ずかしそうにしてるのが可愛いなって思ってんだよ。俺はいつも」
「………………」
「今のは、俺が、気が緩んで口に出しちまっただけ。な?」
 ごめん、と軽く頭を撫でられて。
 たいしたことないみたいに観月の不安を浚って。
 そんな風に何もかも見透かされているのに、今度はもう腹を立てる事も観月は出来ない。
 ただ、そんな風に言ってくれる赤澤に、訳もなく安心もして、憎まれ口の一つも言えないまま小さく一つ頷くので、観月は精一杯だった。




 優しく、出来たらいい。
 普通で、いられたらいい。
 好きだと、素直に返せたらいい。
 そのどれも、何一つ、出来ないのに。
 それなのに。




 観月が黙って頷いただけの事で、赤澤は笑った。
 明るく、優しい、当たり前のような笑顔で。
 観月の傍にいたまま観月の何もかもを奪っていく、そんな男だった。

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