How did you feel at your first kiss?
乾はたくさんチョコレートを持っている。
普段から鞄の中に結構な数のチョコレートが入っているのだ。
データ収集癖のある彼が言うには、チョコレートの原料であるカカオの成分は色々と利点が多いそうで、以前海堂もその話を幾度となく聞いたのだが、要するに身体や頭に良いんだなくらいの認識として残っていた。
何せ乾にかかると、ポリフェノールの効能やら、カカオマスの含有量が五十%ならどう、七十%ならこう、ととてもお菓子の類の蘊蓄を聞いているとは思えない事態になるからだ。
いっそ薬かサプリメントの一貫という気になってくる。
そんなチョコレートの他にも、ガムや飴なども乾は持ち歩いていて、確かブドウ糖の塊やらナッツ類なども常備していた筈だ。
そういう事を海堂が知ったのは、乾とダブルスを組むようになってからだった。
一緒にトレーニングをしたり、戦術の解説などを受けたりしている時に、乾がちょくちょくそれらを海堂にくれたので。
その時々に一番効果のあるものを、いつもの蘊蓄と一緒に手渡されるので、海堂も乾からチョコレートやガムや飴などを貰って食べる事には慣れきっていた。
「はい、海堂」
「………………」
だが流石にこんな風に。
直接口に運ばれた事は、なかったのに。
つい条件反射のように、名前を呼ばれて顔を上げた海堂は、その時すでに口元に近づけられていたチョコレートをそのまま乾の指先から口に入れてしまった。
乾の指の先が唇に少し当たって、受け入れてしまってから海堂は目を瞠った。
いつものチョコレートだけれど。
何となく、今日がバレンタインデーで。
乾に呼ばれた待ち合わせ場所の正門前で、出会い頭に食べさせられてしまうと、意味合いが特別なもののように思えてしまう。
そんな自分の思考回路に少々落ち込んで、海堂は会釈で礼を告げ、チョコレートを咀嚼した。
「………………」
このタイミングで食べる事に、どういう意味があるんだろうと、怪訝に思ったのがどうやら表情に明け透けに出てしまっていたようだ。
乾が小さく笑って、自身も薄いアルミ箔を剥いたチョコレートを口に入れて海堂を見下ろす。
「特別に用意って訳じゃないけどな。バレンタインチョコレートってやつだ」
「………はあ…」
「ん?」
「いや……何であんたが俺に何ですか」
「海堂が俺の好きな子だから」
もう口の中で溶けてなくなってしまっているチョコレートを、詰まらせたような気分で、海堂は、ぐっと息を飲んだ。
乾は相変わらず真意の掴めない飄々とした表情で海堂の背中を大きな手のひらで軽く擦った。
「バレンタインデー当日に、学校の正門前でチョコレートを食べさせて、この程度のリアクションで済んだんだから、やっぱり計画っていうのは重要だな」
「………計画って、あんた」
まさか、と海堂は眉を顰めた。
まさか、乾が普段からチョコレートを常備して、それを何かにつけ海堂に与えていた、昨年の初夏からの日常は。
今日の日の為の前振りだとでも言うのだろうか。
まさかと言いつつ、海堂はすでにそれを確信してしまった。
確かに、チョコレートにおけるこれまでの日常の積み重ねがあったから。
バレンタインデーに乾からチョコレートを食べさせられたこんな事態にも、然して抵抗感を覚えなかった。
「………乾先輩」
「何だ、海堂?」
「……あんた……どれだけ先まで、計画っての、立ててるんですか」
「海堂に関してはねえ……」
長期計画だよ、と流し目を寄越してくる乾を、ちらりと上目で見返して海堂は複雑に口を噤む。
海堂には、到底見越せないくらい先の先まで。
きっと乾は見ているのだろう。
「俺は、今の事しか判んねえよ……」
「いいんだよ、それで。今の積み重ねが、過去になるし未来になるんだから」
海堂が堅実で俺はすごく助かってる、と告げてきた乾の言葉の意味が。
やはり海堂にはよく判らなかったけれど。
「………どうもッス」
「うん?」
「チョコレート」
眉間に皺を寄せたまま海堂は言ったのに、それは嬉しそうに乾が笑うので。
海堂もまた、乾と同様。
これでいいんだな、と思ったのだった。
普段から鞄の中に結構な数のチョコレートが入っているのだ。
データ収集癖のある彼が言うには、チョコレートの原料であるカカオの成分は色々と利点が多いそうで、以前海堂もその話を幾度となく聞いたのだが、要するに身体や頭に良いんだなくらいの認識として残っていた。
何せ乾にかかると、ポリフェノールの効能やら、カカオマスの含有量が五十%ならどう、七十%ならこう、ととてもお菓子の類の蘊蓄を聞いているとは思えない事態になるからだ。
いっそ薬かサプリメントの一貫という気になってくる。
そんなチョコレートの他にも、ガムや飴なども乾は持ち歩いていて、確かブドウ糖の塊やらナッツ類なども常備していた筈だ。
そういう事を海堂が知ったのは、乾とダブルスを組むようになってからだった。
一緒にトレーニングをしたり、戦術の解説などを受けたりしている時に、乾がちょくちょくそれらを海堂にくれたので。
その時々に一番効果のあるものを、いつもの蘊蓄と一緒に手渡されるので、海堂も乾からチョコレートやガムや飴などを貰って食べる事には慣れきっていた。
「はい、海堂」
「………………」
だが流石にこんな風に。
直接口に運ばれた事は、なかったのに。
つい条件反射のように、名前を呼ばれて顔を上げた海堂は、その時すでに口元に近づけられていたチョコレートをそのまま乾の指先から口に入れてしまった。
乾の指の先が唇に少し当たって、受け入れてしまってから海堂は目を瞠った。
いつものチョコレートだけれど。
何となく、今日がバレンタインデーで。
乾に呼ばれた待ち合わせ場所の正門前で、出会い頭に食べさせられてしまうと、意味合いが特別なもののように思えてしまう。
そんな自分の思考回路に少々落ち込んで、海堂は会釈で礼を告げ、チョコレートを咀嚼した。
「………………」
このタイミングで食べる事に、どういう意味があるんだろうと、怪訝に思ったのがどうやら表情に明け透けに出てしまっていたようだ。
乾が小さく笑って、自身も薄いアルミ箔を剥いたチョコレートを口に入れて海堂を見下ろす。
「特別に用意って訳じゃないけどな。バレンタインチョコレートってやつだ」
「………はあ…」
「ん?」
「いや……何であんたが俺に何ですか」
「海堂が俺の好きな子だから」
もう口の中で溶けてなくなってしまっているチョコレートを、詰まらせたような気分で、海堂は、ぐっと息を飲んだ。
乾は相変わらず真意の掴めない飄々とした表情で海堂の背中を大きな手のひらで軽く擦った。
「バレンタインデー当日に、学校の正門前でチョコレートを食べさせて、この程度のリアクションで済んだんだから、やっぱり計画っていうのは重要だな」
「………計画って、あんた」
まさか、と海堂は眉を顰めた。
まさか、乾が普段からチョコレートを常備して、それを何かにつけ海堂に与えていた、昨年の初夏からの日常は。
今日の日の為の前振りだとでも言うのだろうか。
まさかと言いつつ、海堂はすでにそれを確信してしまった。
確かに、チョコレートにおけるこれまでの日常の積み重ねがあったから。
バレンタインデーに乾からチョコレートを食べさせられたこんな事態にも、然して抵抗感を覚えなかった。
「………乾先輩」
「何だ、海堂?」
「……あんた……どれだけ先まで、計画っての、立ててるんですか」
「海堂に関してはねえ……」
長期計画だよ、と流し目を寄越してくる乾を、ちらりと上目で見返して海堂は複雑に口を噤む。
海堂には、到底見越せないくらい先の先まで。
きっと乾は見ているのだろう。
「俺は、今の事しか判んねえよ……」
「いいんだよ、それで。今の積み重ねが、過去になるし未来になるんだから」
海堂が堅実で俺はすごく助かってる、と告げてきた乾の言葉の意味が。
やはり海堂にはよく判らなかったけれど。
「………どうもッス」
「うん?」
「チョコレート」
眉間に皺を寄せたまま海堂は言ったのに、それは嬉しそうに乾が笑うので。
海堂もまた、乾と同様。
これでいいんだな、と思ったのだった。
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