How did you feel at your first kiss?
キスをほどいた後、神尾は少し考えた。
これでいいわけないよなと真剣に首を傾げる。
不満というか、言うなれば不審に思う。
そういった感情は、そのまま神尾の表情に浮かんでいたようで、跡部が眉をひそめて神尾の頬を手のひらで擦るようにしてきた。
「何だ? お前、このツラ」
素気ない言葉、呆れた口調。
怜悧な目は睨むようで、でも、跡部の手がやわらかく神尾の頬を包み直してくるその触れかたはひどく優しかった。
猫の顔でも撫でるみたいにされて、神尾は首を竦める。
だらりとソファに寄りかかっている跡部と向き合って、神尾はソファについていた右膝を降ろした。
神尾の手は、まだ跡部の両肩の上に乗っている。
「……あのさ」
「アア?」
ソファに座っている分、跡部の方が神尾よりも視線の位置が低い。
それでも神尾は俯きがちにしながら上目で窺うように跡部を見やって、少しだけ唇を尖らせ、不平を口にした。
「これ、おかしくね?」
「何が」
「……や、…おかしいって言うか、………跡部さぁ…もうちょっと真面目に」
言われ方が気に食わなかったのか、言葉の途中で跡部の手が神尾の髪をぐしゃぐしゃにしてくる。
雑な手つきに咄嗟に怒って逃れようとする神尾が、跡部の肩の上に置いたまま突っ張った腕の手首辺りに。
跡部が軽く頭を凭れかけさせてくる。
ラインのきつい輪郭に跡部の髪がふわりとかかって、こちらの息が詰まるような流し目で見つめて来られて、神尾は、うわあと咄嗟に視線をよそに逃がした。
こういう表情をする跡部には引きずられる。
引きずり込まれる。
「俺様にどうしろって?」
「………………」
どうしろって、だからもう少し真面目に、とよそを向いたまま言いかけて。
結局神尾は止めた。
正直、神尾も判っていたので。
跡部がふざけている訳ではないという事。
ただ、それでも、これではおかしいと思う。
「………っていうかさ、あのさ、……これじゃ、同じじゃん」
「だから何が」
「だから…っ」
あくまで冷静な跡部に、神尾は跡部の肩を掴んだまま声を大きくした。
「好きだって言って、抱き締めて、キスして、これじゃ、こういうんじゃ、普段とおんなじじゃん!」
「それが何だ」
「それが何だじゃないだろっ。跡部、今日、誕生日なんだから、もっとちゃんと…! なんかあんだろ、なんか…! こんな、普通のことじゃくて…!」
繰り返すが、今日は、跡部の誕生日なのだ。
跡部はとにかく何でも持ってる男なので、誕生日にあげるプレゼントなんて神尾は到底思いつかない。
だから跡部に直接聞いた。
何かしてほしいこととか、ある?
そう聞いた神尾に跡部がねだったのは、家に来い、泊まって行け、好きだって言え、抱き締めろ、それでキスしろ、そんな命令みたいな出来事。
たいして考えるでもなく言われたそれらが、神尾の不審の原因だ。
言う通りにしたはしたけど。
こんなこと、普段だって普通にしている。
当たり前みたいに、とまではさすがにいかないが、好きだなあって思ったら神尾は跡部に好きだって言うし。
自分から抱きついたり、跡部の抱擁に彼を抱き締め返したりもするし、神尾の方からキスすることだってある。
だから、そういう事じゃなくて。
せっかく誕生日なのだから、もっと何かあるだろうと神尾は思うのだ。
跡部が言うなら、多少ハードルの高い事でも頑張ってみようかなんて思っての提案だったのに、どうして跡部が欲してくるものが、当たり前になりつつある自分達の日常の行動ばかりなのか。
「神尾」
「え、?………、っわ」
跡部の肩に置いていた腕を引かれた。
神尾は再びソファに膝をつくようにして、跡部の胸元に抱き込まれる。
「俺はこれが当たり前だなんて思った事ねえよ」
「……え…?」
跡部の胸元から、声が直接響いてくる。
髪を撫でつけるように後頭部を撫でられて、神尾は視線を上げて跡部を見上げた。
どの角度から見ても隙のない綺麗な顔だ。
そんな跡部が何か不思議な事を神尾に言う。
「お前がここに来るのも、泊まっていくのも。俺を好きだって言うのも、俺を抱き締めるのも、キスすんのも、俺は特別なことだと思ってるから、今日もそうしろって言った」
「………………」
普段から、きつい事ばっかり言って、口は悪いし、態度もえらそうだし。
甘いところなんて無いに等しい、そんな跡部が言うから、神尾は何だかくらくらしてくる。
「俺が……跡部のこと好きなのとか、…跡部には当たり前のことじゃないの…?」
そう言ってんだろうがと憮然とした跡部に低く言われて、噛みつくようにキスされた。
深く角度のついたキスはきつくて、でも、口腔を探ってきた舌は甘くてやわらかかった。
神尾はゆっくり目を閉じながら両手を伸ばす。
跡部の後ろ髪に指先を潜り込ませて、ゆるく髪をかきまぜ、縋りつく。
それでキスがまたなめらかに深くなった。
「………………」
跡部の誕生日なのに、まるで自分がとてもいいもののように思えてくる。
こんなんでいいのかな?と神尾はやはり思うのだけれど。
自分を抱き締める跡部の手つきの甘さに、それもうやむやになっていった。
「跡部、誕生日おめでと」
酔っ払ったような気分でキスの合間に神尾が告げると、跡部が少し笑ったのが判る。
すぐに再開されたキスで合わせた跡部の唇が、笑みの形を、していたので。
それを同じく唇で感じとって、神尾もまた、自然と微笑んだ。
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