How did you feel at your first kiss?
跡部から甘い匂いがした。
アルコールのような、ちょっとくらっとするけれど、甘い匂い。
何だろう?と神尾は机に向かっている跡部の背後に近づいて行って、跡部の肩越しに、ひょいと彼の手元を覗き込んだ。
「あと五分で終わる」
待ってろ、と振り返りもしないくせに、思いのほか強い声で言った跡部に、神尾は笑ってしまう。
跡部の俺様っぷりは相変わらずだが、最近神尾には、跡部の命令にも色々な種類がある事が判ってきた。
今のは、跡部なりの、けん制なのだ。
本当に、本当に、ほんの少しだけれど、だから帰るなというニュアンスが込められている事が判るので、神尾は取り敢えず帰るつもりはないという事を態度で表した。
跡部の背中におぶさるように貼りついて。
書き物をしている跡部の邪魔になるならすぐに離れようと思ったが、器用な男はそのまま変わらずにペンを走らせている。
跡部が先程から書いているのはプライベートな手紙のようなのだが、何せ英語で書かれているので、どうせ見ても判らないしと神尾もそのままの体勢でいることにした。
紙面をペンが走る音だけがする。
相変わらず跡部からは甘い匂いがする。
こうしてくっついていると、はっきりと判る香りに、今日はバレンタインデーだから、たぶんチョコレートの匂いかな、と神尾は思った。
毎年、とんでもない量のチョコレートを跡部は貰うらしい。
神尾は学校も学年も違うし、それは跡部のチームメイトから聞いただけの話なのだが、聞かされていなくても、そのとんでもなさぶりは容易く想像することが出来た。
跡部の家に呼ばれ、部活を済ませてからやってきた神尾は、正直な所、今日はあまりここに来たくなかったなと思っていた。
跡部にチョコレートを渡しにくる女の子達と鉢合わせするんじゃないかと思って身構えていたのもある。
きっと家中チョコレートだらけで、そういう、跡部の事を好きで、それで集まったチョコレートに囲まれるのもどうかと思った。
しかし、神尾の予想に反して、跡部の家に来客はないし、目につく所にチョコレートも見えなかった。
跡部は神尾を部屋に招き入れて、ちょっと長いキスをしてから、少し待っていろと神尾をソファに座らせた。
それからずっと手紙を書いている。
「神尾」
「ん?」
「五分経った途端、離れんじゃねえぞ」
凄むような言葉の割に、跡部の声がかなり優しかったので、急に神尾は気恥ずかしくなってくる。
「それはわかんない」
「アア?」
「………わかんない」
何かくらくらする。
甘い匂いがするから。
神尾がぼんやりとした言葉を紡いで跡部の肩口に顔を伏せると、頭上に跡部の手のひらが置かれた感触がする。
「てめえ、まさか匂いだけで酔ってんじゃねえだろうな」
「……、ん…?」
無造作に髪をかきまぜられる感触が気持ち良い。
羞恥が溶かされていくようで、神尾は自分からも、跡部に抱きつく手に力を込める。
「デ・アトラメンティスのワインインク。バローロベースの」
「……眠たくなるような名前だなぁ…」
「寝かせるか、バカ」
そういえば紙面に綴られた文字は、ワインレッドの色をしていた。
その後も跡部の説明は続いて、それが水を一滴も使わずに、インク剤と純粋なワインだけを混ぜて作られたインクだと知る。
神尾がぼんやりと相槌を打っていると、急激にペンの走る音が速くなり、またあのくらっとする香りが強くなる。
「ガキくせえな、本当にお前は」
そしてペンを置く音。
跡部の身体が椅子に座ったまま反転し、ふりほどかれたと感じたのは一瞬、すぐに頭を抱え込まれるように支えられ、今日二回目のキスで唇を塞がれる。
「いらねえのか?」
「……なに…?……」
「俺様からのチョコレートだよ」
思いもしなかった言葉に、ぱちりと神尾は目を開けた。
「え?」
跡部?と神尾が呟くと。
そうだよ、と尊大に跡部が頷く。
「俺に? 跡部がくれんの?」
その発想はなかった。
神尾は心底驚いた。
「ラブレター付きだ。有難さも倍増だろうが。死ぬ気で訳せよ」
跡部が立てた親指で、今まで書いていたあの手紙を指し示す。
「えー、俺が英語苦手なの知ってんだろ。何で日本語で書かねえんだよう」
「あれはドイツ語だ、バーカ」
「余計悪いだろっ」
いつもの言い争い、何ら変わらぬ自分達。
そんな中での、今日だけのスペシャルは。
チョコレートとラブレター。
アルコールのような、ちょっとくらっとするけれど、甘い匂い。
何だろう?と神尾は机に向かっている跡部の背後に近づいて行って、跡部の肩越しに、ひょいと彼の手元を覗き込んだ。
「あと五分で終わる」
待ってろ、と振り返りもしないくせに、思いのほか強い声で言った跡部に、神尾は笑ってしまう。
跡部の俺様っぷりは相変わらずだが、最近神尾には、跡部の命令にも色々な種類がある事が判ってきた。
今のは、跡部なりの、けん制なのだ。
本当に、本当に、ほんの少しだけれど、だから帰るなというニュアンスが込められている事が判るので、神尾は取り敢えず帰るつもりはないという事を態度で表した。
跡部の背中におぶさるように貼りついて。
書き物をしている跡部の邪魔になるならすぐに離れようと思ったが、器用な男はそのまま変わらずにペンを走らせている。
跡部が先程から書いているのはプライベートな手紙のようなのだが、何せ英語で書かれているので、どうせ見ても判らないしと神尾もそのままの体勢でいることにした。
紙面をペンが走る音だけがする。
相変わらず跡部からは甘い匂いがする。
こうしてくっついていると、はっきりと判る香りに、今日はバレンタインデーだから、たぶんチョコレートの匂いかな、と神尾は思った。
毎年、とんでもない量のチョコレートを跡部は貰うらしい。
神尾は学校も学年も違うし、それは跡部のチームメイトから聞いただけの話なのだが、聞かされていなくても、そのとんでもなさぶりは容易く想像することが出来た。
跡部の家に呼ばれ、部活を済ませてからやってきた神尾は、正直な所、今日はあまりここに来たくなかったなと思っていた。
跡部にチョコレートを渡しにくる女の子達と鉢合わせするんじゃないかと思って身構えていたのもある。
きっと家中チョコレートだらけで、そういう、跡部の事を好きで、それで集まったチョコレートに囲まれるのもどうかと思った。
しかし、神尾の予想に反して、跡部の家に来客はないし、目につく所にチョコレートも見えなかった。
跡部は神尾を部屋に招き入れて、ちょっと長いキスをしてから、少し待っていろと神尾をソファに座らせた。
それからずっと手紙を書いている。
「神尾」
「ん?」
「五分経った途端、離れんじゃねえぞ」
凄むような言葉の割に、跡部の声がかなり優しかったので、急に神尾は気恥ずかしくなってくる。
「それはわかんない」
「アア?」
「………わかんない」
何かくらくらする。
甘い匂いがするから。
神尾がぼんやりとした言葉を紡いで跡部の肩口に顔を伏せると、頭上に跡部の手のひらが置かれた感触がする。
「てめえ、まさか匂いだけで酔ってんじゃねえだろうな」
「……、ん…?」
無造作に髪をかきまぜられる感触が気持ち良い。
羞恥が溶かされていくようで、神尾は自分からも、跡部に抱きつく手に力を込める。
「デ・アトラメンティスのワインインク。バローロベースの」
「……眠たくなるような名前だなぁ…」
「寝かせるか、バカ」
そういえば紙面に綴られた文字は、ワインレッドの色をしていた。
その後も跡部の説明は続いて、それが水を一滴も使わずに、インク剤と純粋なワインだけを混ぜて作られたインクだと知る。
神尾がぼんやりと相槌を打っていると、急激にペンの走る音が速くなり、またあのくらっとする香りが強くなる。
「ガキくせえな、本当にお前は」
そしてペンを置く音。
跡部の身体が椅子に座ったまま反転し、ふりほどかれたと感じたのは一瞬、すぐに頭を抱え込まれるように支えられ、今日二回目のキスで唇を塞がれる。
「いらねえのか?」
「……なに…?……」
「俺様からのチョコレートだよ」
思いもしなかった言葉に、ぱちりと神尾は目を開けた。
「え?」
跡部?と神尾が呟くと。
そうだよ、と尊大に跡部が頷く。
「俺に? 跡部がくれんの?」
その発想はなかった。
神尾は心底驚いた。
「ラブレター付きだ。有難さも倍増だろうが。死ぬ気で訳せよ」
跡部が立てた親指で、今まで書いていたあの手紙を指し示す。
「えー、俺が英語苦手なの知ってんだろ。何で日本語で書かねえんだよう」
「あれはドイツ語だ、バーカ」
「余計悪いだろっ」
いつもの言い争い、何ら変わらぬ自分達。
そんな中での、今日だけのスペシャルは。
チョコレートとラブレター。
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