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How did you feel at your first kiss?
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 無関心というものとは違う。
 けれど宍戸にとっては、人は人、自分は自分、という考えは己の中に強かった。
「んなわけあるか。最初っから俺に突っかかってきておいて」
 跡部が呆れて吐き捨てたのは、恐らく初めて言葉を交わした時の事を言っているのだろう。
 宍戸は宍戸で憮然と跡部の背中を睨みつけた。
「あれはお前の言動があまりにも目に余ったからだ」
「アア? そんなもん、それこそ人は人で放っておけばよかったんじゃねえの?」
「自分が入部しようとしてるテニス部で余計ないざこざ起こされたら堪らねえだろうが!」
 中等部の入学式。
 代表挨拶の檀上で異才を放った跡部は、その日中にテニス部でも派手にやらかしてトップの座を奪い取った。
 あまりの傍若無人ぶりに宍戸は今でも心底呆れている。
 そんな跡部と最初から随分と剣呑とした接触ばかり持っていた宍戸だったが、付き合いも三年目になってくると、荒い言葉を交わしながらでも、こうして二人でいる時間も増えてくる。
「そんなこと気にするタマかよ、お前が」
「どっかの俺様に、ふてぶてしさは鍛えられたんでね」
「よく言うぜ。そこまで落ちてて」
「あ?」
「大方てめえが、いま何でへこんでんのかの見当くらいつくがな」
「……るせえよ」
 レギュラー専用部室で、跡部はパソコンに向かっている。
 モニタを見たままの跡部の背中に向けて宍戸は悪態をついているのだが、本気で喧嘩腰になるような気力は正直なかった。
 椅子に座って、机に上半身を投げ出すようにしている。
 跡部が部室に入ってきた時から宍戸はそうしていて、跡部がやってきたからといってそのままでいたし、跡部もまるでお構いなしに自分の仕事をしている。
 そのくせぽつりぽつりとどちらからでもなく会話が始まってもいた。
「鳳のあれは性分だ」
 いきなり名前を出されて、呼吸が止まったのは一瞬。
 何の疑いもしない跡部の口調に、何だか否定や取り繕いも面倒になる。
 宍戸は溜息をつきながらぼそぼそと言った。
「わかってる」
 一学年下の背の高い後輩は、何故だか宍戸を慕っていて、どちらかといえば性格のきつさが災いしてあまり人に懐かれるという経験のない宍戸にとっては稀有な後輩だ。 
「わかってる。あいつは、誰に対しても優しいよ」
 宍戸の呟きに含まれたものを跡部は察したようで。
「そうだな」
 ただな、と気のない声でその後を続けた。
「その誰もを、お前と同じ位置に置くな」
 どう見たっててめえには特別扱いだろうがと、うんざりとした様子で告げられる。
 宍戸はまたも溜息だ。
「……んな事ねえよ」
 跡部は呆れ返っていると伝える沈黙しか返してこない。
 それは宍戸の予想の範疇内だ。
 そもそも跡部がこの話を振ってきただけでも珍しいくらいだ。
 恋愛沙汰に対して、跡部はシビアで厳しい。
 まるで手加減をしない。、
 宍戸とて、少なくとも跡部相手には決して話す類の内容でないと判っている上で、うっかりと零してしまったのだ。
 こうなればやけだと宍戸は溜息をついて白状した。
「わかんねえんだよ。あいつ」
「………………」
「わかんなくて、なんかもう、……自分自身にイラつくんだよ」
 優しく、穏やかで、素直な後輩。
 何故あそこまで慕われるのかと宍戸自身が怪訝に思う。
 しかしそれと同時に、何も自分だけが特別なのではないとも、宍戸は思う。
 鳳は誰に対してもそうなのだ。
 礼儀正しく、気さくで、丁寧だ。
 宍戸は物慣れなくて戸惑うけれど、鳳のそういう態度は誰にでも向けられていて。
 だから別段自分だけが特別なのだとは思わないようにしようと、言い聞かせていないと。
 なんだかおかしな感情を生みそうで宍戸は落ち着かない。
 こわい、と思うのだ。
「誰にでも優しいのがそんなに不満か」
「………………」
 そういう風に言われると、よく判らなくなってくる。
 それが嫌なのだろうか。
 それとも、自分に優しいのが嫌なのだろうか。
 結局何だろうなと宍戸はあいまいな苦笑いを浮かべるだけになる。
 溜息混じりにうつぶせていた顔を上げる。
 パソコンに向かっていた跡部が、椅子の背もたれに肘を乗せて、振り返ってきた。
「宍戸」
「……なんだよ」
「びびるな」
 短いその一言に宍戸は押し黙った。
 言葉がすぐに出てこなかった。
 いつもなら反抗心に火をつけるような言葉である筈なのに。
 跡部相手に、宍戸は何も言えなくなる。
「何でてめえがそんなにびくついてる」
「………びくついてんのか…俺は」
 驚いて確認した声は、何故だか途方にくれたような弱い声音になってしまう。
 跡部は秀麗な顔を呆れで歪めて、きつく嘆息した。
「は、…自覚ねえのかよ」
「………………」
「てめえはな、宍戸。懐いて、慕って、盲目的にお前に心酔してる鳳に、びびってんだよ。ここまで言ってやりゃ、何でだかもう判んだろうが」
「跡部…」
「呆れて物も言えねえよ」
「……それだけ喋っておいてよく言うぜ」
「いい加減その鬱陶しい顔引っ込めろ。うぜえ」
 吐き捨てる口調にも、いつもと違い腹もたたない。
 宍戸はのろのろと上体を起こした。
「悪ぃ。へんな話した」
「全くだ」
 容赦ない返答をしながら、跡部は立ち上がった。
 宍戸の二の腕を掴んで歩き出す。
「なん、…」
「うるせえ。腑抜けのお前と試合をしてやるから有り難く思え」
「はあ?」
 何なんだよと睨みつけて毒づきながらも、でも何となく笑ってしまって、宍戸は跡部に引っ張られるようにしてコートへ向かった。




 ここ最近の宍戸の鬱々としたものなど木端微塵にしてくれる勢いの跡部とのゲームを終えて、宍戸はコート脇に座りキャップを外して髪から汗をうちふるう。
「……あの野郎…」
 えげつないくらい完璧な強さを見せつけてきた相手に対して毒づきながらも、言葉ほど宍戸の機嫌は悪くなかった。
 腹が立つのは勝てない自分に対してだけだ。
「宍戸さん」
 ふと影が落ちてきて。
 声も降ってきて。
 顔を上げた宍戸の視界は、自分の向かいに立った鳳でいっぱいになる。
「長太郎」
「隣、いいですか?」
「おう」
 背が高いけれど圧迫感のない鳳は、宍戸の横に腰を下ろして、手にしていたタオルを差し出してくる。
「サンキュ」
「いいえ」
 やわらかく穏やかな鳳の笑みは、いつ見ても丁寧で甘い。
 自分にまでこんな表情を見せる鳳に、正直宍戸は躊躇いを覚えるのだ。
 正直慣れない。
 好意だとか、信頼だとか、そういうものに。
 当たり前のようにそれらを示してくる鳳に、宍戸は、それがひどく特別な事のように感じ取ってしまう事が怖い。
 いつも自分に、そうではないのだと言い聞かせていないと、まるで自分だけが特別扱いされているような気にうっかりなって困るのだ。
「珍しいですね、試合」
「ああ…」
 そういえばそうかなと宍戸は跡部との対戦を思い返した。
 鳳から向けられる呼びかけは、いつでも自然だ。
 だから宍戸も気負いなく返事が出来る。
「なにか…」
 しかし今はすこし違っていて。
 鳳の言葉は、そこで途切れて。
 宍戸はタオルをこめかみに押し当てたまま鳳を見やった。
 何だ?と目線で促すと、やけに真面目な顔をした鳳が、しばらく宍戸をじっと見た後、ぽつりと言った。
「会話、してるみたいな試合でしたね…」
「…会話?」
「宍戸さんと、跡部部長。テニスしながら、二人だけが判るような言葉で、話してるみたいで…」
 また言葉が途切れる。
 その違和感よりも更に強いのは鳳の表情だった。
「長太郎?」
「ちょっと…悔しかった」
 言葉通りの表情。
 宍戸は面食らう。
「何言ってんだ、お前」
 別段責めるような言い方ではなかったのに、鳳はまるで睨むように宍戸を見据えてきた。
 それがあまり見たことのない顔で、宍戸も戸惑ってしまった。
「…長太郎…?」
「だって、俺の言葉は届きそこなってばっかなのに」
「え?」
「どうして?」
 なんでなんだろう、と力なく呟かれてしまってますます宍戸は混乱してしまった。
 どうしてだとか、何故だとか、そんな事は自分の方こそ聞きたい。
 鳳が突然何を言い出したのかまるで判らない。
「お前が……なんだよ?」
「俺…?」
 問いかけに問いかけで返してきて。
 鳳はひどく悔しそうに肩を落とした。
 見たことのない表情ばかり見せつけられて宍戸は言葉に詰まる。
「本当は…独占したいとか、そういうのだけです。俺は」
「長太郎?……」
「我儘だって…判ってますよ、ちゃんと。でもね」
 タオルに手を伸ばしたのかと思った鳳の手は、タオルごと、宍戸の手を包んできた。
 宍戸がぎくりと肩先を跳ね上がらせたのと同時。
 鳳が座ったままお互いの距離をぐっと縮めてくる。
 怖くて竦んだ訳ではなかった。
 ただ、宍戸は驚いたのだ。
「宍戸さん」
「………………」
 俺ばっかりのひとになってくれたらいいのに、と呻くような声で言われてしまって、宍戸は本当に唖然とした。
 鳳に掴まれている手首は痛いくらいだった。
 そういう言葉や力強さは、どれも宍戸の知らない鳳だ。
「頼ったり、憂さ晴らしとか、愚痴言うだけでも、八つ当たりだっていい」
「長太郎、…」
「俺は、全部、欲しいって。それが伝わらない」
「おい……」
「好きですって、何度も言ってるけど、本気にして貰えないの、どうしてなんだろう」
「は、…?……」
 切羽詰まった態度では、笑い飛ばす事も出来ないけれど。
 いったい鳳が何を言い出したのかと、言われた言葉すべてに宍戸は茫然となるばかりだった。
 好きだという言葉。
 確かに鳳はやわらかく、丁寧に、会話に織り込んできたけれど。
 でもそれは。
「宍戸さんは言われ慣れてるんでしょうけど……でも俺はね、そういう人たちと同じ位置に置かれたくないって事だけ、判って」
 どこかで聞いたことのあるような言葉が放たれた鳳の口元を、凝視するくらいしか、宍戸に出来る事はなかった。
 言われ慣れてるってなんだ、と愕然とした。
 鳳は宍戸の沈黙をどう受け取ったのか、最後の懇願めいた言葉で少し感情を落ち着かせたようで、宍戸の手首を掴んでいた指をそっとほどいた。
 労わるように指先で宍戸の皮膚を撫でて、徐に立ち上がる。
「宍戸さん」
 それはもう、宍戸のよく知っている鳳の声だ。
 逆光になった鳳を、宍戸は眼を細めて見上げる。
 表情までは判らなかった。
 けれど鳳は微笑んでいるように宍戸には思えた。
「宍戸さんが好きです」
「………………」
「諦めないです」
 手を差し伸べて引き起こしてくれる鳳の手に無意識に従ったまま、宍戸も立ち上がり、そうしてからもまだどこかぼんやりとした感じで足元が覚束ない。
 誰にでも優しく真摯な後輩。
 それを自分にまで、と宍戸が思っていた、これまで。
「宍戸! 鳳! いい加減にしろ、てめえら」
「うわ、部長相当怒ってますね……行きましょう、宍戸さん」
「……長太郎…?」
 鳳に再度掴まれた手首。
 走り出した鳳に優しげに引きずられ、宍戸も走る。
 跡部の怒声は呆れのたっぷり染み込んだ声音で、その意味合いは、きっといろいろな理由を含んでいる。
 ひょっとすると跡部は、宍戸の心中を見透かしていたのと同じように、鳳の心中もまた判っていたのかもしれない。
 今宍戸は面食らうばかりで、いったい何をどうすればいいのかまるで判らない状態だけれど。
 きっと鳳も、宍戸の思っている事になど、まるで気づいていないのだ。
 甘い目眩と戸惑いの坩堝で溶けていくような感覚。
 迷子のような自分達。
 早く抜け出さないと。
 早く気付かないと。
 早く、早く、そう、思いが募って、走って、走っていて、言葉が追い付かない、気持ちは膨れ上がる。
 どうしたらいい?という疑問は己に向けるべきか、相手に投げかけるべきか。
 今はただ目の回るような高揚感に攫われるようにして走っているので精一杯。
 鳳の手はしっかりと宍戸の手を握っていて、宍戸の思考は鳳でのみ埋められている。
 こんなにも近くにいて、こんなにも懸命で、それでも今尚、自分達は迷子のままだ。
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