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How did you feel at your first kiss?
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 宍戸の髪は、ずっと長かった。
 そういえば宍戸も意識しないうちから髪を長く伸ばしていて、特にそうしている理由はなかったし、長い髪に宍戸自身取り立てて思い入れがあった訳でもない。
 けれども以前、宍戸がレギュラー復帰の為の特訓につき合わせていた後輩の鳳が、真顔で宍戸に、綺麗な髪ですねと言ってきた事があって。
 正直そんな事を面と向かって言われた事のなかった宍戸は内心驚いて、どう返していいものか判らなかったから。
 笑いだけを返したのだ。
 それで鳳は、その長い髪が宍戸にとって自慢の髪だという風に認識したらしかった。
 そんな宍戸の長髪も、今はばっさりと短くなっている。
 宍戸が自らの手で髪を切り落とした時、鳳は随分驚いていたけれど。
 たいしたことではないと、宍戸はあの時も今も、思っている。
 寧ろすっきりした。
 色々な意味で。
 今、宍戸はレギュラーに復帰している。
 それは宍戸が試合に勝ったから叶った事ではなく、結果として監督に提言した跡部の言葉や、こうしてあの時からずっと宍戸の傍にいる鳳の存在があったからだ。
「帰るか、長太郎」
「はい」
 ダブルスを組むことになって、一緒にいる時間はますます増えた。
 部活を終えた後の自主トレも、帰り道も、一緒にいる。
 後輩だけれど体躯は宍戸よりも鳳の方が余程大きい。
 背が高くて、手も大きくて、それでいてものやわらかな温和な雰囲気で人に威圧感を与えない鳳は、宍戸の隣で、そっと目線と言葉を落としてくる。
「あの、宍戸さん」
「んー?」
 まだ夕暮れには時間がある。
 日増しに明るい時間が長くなっていて、辺りは少しだけぼんやりと日が霞む程度だ。
 やけに生真面目な顔をしている鳳を仰ぎ見ながら、何だよ、と宍戸は先を促した。
 鳳は、じっと宍戸を見つめてきて、目を伏せる。
 睫毛が、長い。
「今度、一度、宍戸さんのおうちにお邪魔してもいいですか?」
 何を改まった風情で言うのかと思えば、鳳はそんな事を言った。
 宍戸は怪訝な顔をする。
「好きな時に来ればいいだろ」
 別に今これからだって宍戸は構わないのだ。
 そんな思いで告げた言葉に、鳳が、ほっと肩で息をつく。
「はい、…じゃあ、皆さんのご都合のいい時に…」
「皆さんって何だ」
 宍戸はますます訳が判らなくなる。
 鳳が何を言っているのかといぶかしんでいると、ですから、と鳳は本当に大真面目に言った。
 足を止めて、真っ直ぐな目で宍戸を見つめて。
「ご家族の皆さんにお詫びをしないと…」
「…はあ?」
「宍戸さんを、こんなに傷だらけにして」
 鳳の眼差しが撫でたのは宍戸の傷だ。
 実際、それは宍戸の身体のあちこちにある。
 鳳が打ったサーブでついた痣や傷で、今鳳がうっすらと痛ましげな目で見つめているのは、耳元に程近い左頬の微かな擦り傷の痕だ。
 宍戸はわざとその傷を見せるように首を傾け、下から横柄に鳳を睨み据える。
「なに言ってんの。お前」
 これくらいで、とそういう意味合いで宍戸は言ったのだが、鳳は遠慮がちな手を慎重に宍戸の頬に伸ばしてきて、指先でするりと痕を辿って、尚痛ましそうな顔をした。
 宍戸は呆れた。
 盛大な溜息をついて鳳を睨んで。
「お前なあ…そういうくだらねえこと言ってると、」
「くだらなくなんかないですよ…!」
「…っ、…怒鳴んな耳元で!」
 いきなり至近距離から怒鳴られて、宍戸は眉根を寄せて言い返す。
 テニスコートにいる時以外で鳳が大きな声を出すことは殆どない。
 珍しい上に、本当に耳元近くで叫ばれて、宍戸は憤慨した。
 すぐに鳳はごめんなさいと謝り倒してくるから、本当に真剣に、すまなさそうに言ってくるから。
 いつまでも怒ってもいられなくなる。
 仕方ねえなあ、と宍戸は苦笑いして、右の親指の腹で、左頬の傷跡を軽く擦った。
「これは、くだらなくねえよ」
「…え?」
「これごと、今の俺だからな」
 傷跡も。
 屈辱や、喪失も。
 誰に負けて、誰に勝って、気づかされて、悔やんで、傷つけて。
 そういったことのどれもを、宍戸は持ったままここにいる。
 自分のしてきたこと全てが正しいとは思っていない。
 正しくないと判っていても、あがいて縋った自分の、無様さも自覚した上で、宍戸はそのどれもを捨てたいと思わなかった。
 多分、以前の自分であったら、放り投げていただろう出来事も全て。
「それにな、長太郎」
「……はい?」
「お前がくれたのは、傷じゃねえよ」
「え…?」
 鳳が目を瞠って問い返してくるその表情に、宍戸は小さく笑みを零す。
 穏やかで人当たりが良いのに、優柔不断の欠片もない鳳の自我は、見目の印象を裏切るくらいに真っ当に強い。
 誰に対しても誠実で、目上には従順で、でもだからといって鳳は譲らない部分には決して妥協を見せない。
 一緒にいる時間が増えて、時々宍戸がびっくりするくらい包容力のある懐を見せてくる鳳が、今は宍戸の言葉に戸惑ったような頼りない顔をしてくるのが無性に可愛かった。
「お前は俺にくれた」
 傷どころか、もっと。
「…俺、ですか?」
「ああ」
 くれたよ、と宍戸が笑いかけると。
 鳳が目を細めるように宍戸を見返してくる。
「長太郎。お前、いろよ」
 願いを込めるように、宍戸は言った。
 鳳は、鳳という存在を、宍戸にくれた。
 だから、いろよ、と宍戸は願うのだ。
 ここに。
 これからも。
「いろ」
 命じるような言葉なのに。
 宍戸が言うと、鳳は。
 その甘く整った顔に、ゆっくりと優しい綺麗な笑みを浮かべて。
 はい、と丁寧に頷いた。
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