How did you feel at your first kiss?
きらきらするのは何でなんだろうと、神尾は待ち合わせ場所のオープンカフェを目前にして足を止めた。
今日は薄曇りで、太陽は雲に隠れてしまっている。
明け方まで雨が降っていたから、むしろどんよりとした感じの天気なのに。
それなのに。
テラス席に座っている制服姿の跡部の髪は、透けるようにきらきらしている。
綺麗な顔をしている事は勿論知っているけれど、遠目に見ても、尚綺麗だ。
ぼんやりしていて、それでも跡部はきらきらとしている。
「………………」
今更ながらに、ちょっととんでもない存在感だよなあと思いながら、神尾は跡部に近づいていった。
神尾が声をかけるより先に跡部は気付いて、軽く顎で指し示すように、向かいの席を無言で促してくる。
横柄な態度の筈なのに、跡部がすると粗野な印象はまるでない。
オープンカフェは待ち合わせには便利だけど目立つよなあと内心ひるんだ神尾だったが、跡部といればどこにいたって目立つのだからと思い直して、向かいの席に座った。
すぐにオーダーをとりにきたギャルソンに神尾がアイスミルクを頼むと、跡部が滑らかな低音で、洋梨とチョコレートのカンパーニュサンドとリンゴとカマンベールのサンドと言った。
「え?」
「腹へってんだろうが」
そう言って跡部が口をつけたカップの中身は多分ブラックのコーヒーだ。
ふわりといい香りがした。
神尾は言われた言葉に、うん、と素直に頷いて。
下がった目線が、カップを持っていない跡部の左手に止まる。
テーブルの上にある跡部の手は、しっかりと骨を感じさせる強さはあるけれど、本当にびっくりするくらい指先までしなやかに整っている。
その手に。
「え。跡部、それどうしたんだ?」
利き腕ではない方だけれど、親指の第一関節脇に、随分と痛々しい切り傷がある。
深く切ったのだろう。
生々しいようなそれは、跡部の手にあるから、その傷ひとつがやけに目につく。
「昼間、書類で切った」
「え。跡部がか」
「俺がだよ」
「え」
跡部がカップをテーブルに置き、眉を顰めて神尾を見据えてくる。
「何だ、お前さっきから」
「え、だって、跡部?」
「俺が切っちゃ悪いのか」
悪くはないけどびっくりだ。
神尾は内心で思う。
そういう事を跡部はしないような気がするのだ。
ちょっとしたミスだとか、怪我だとか。
些細な不注意というものに、無縁の男のように思えてならない。
普通であればそんな奴いないと思う所だが、何せ跡部なのだ。
「……ど…したんだ? 何か、調子悪いとか…?」
神尾が思わず心配になって尋ねると、跡部は少し細めた目で、器用に神尾を見下ろして。
薄い溜息を零してきた。
「跡部?」
「お前がなあ…」
更に溜息の混ざった呟きに、神尾は恐る恐る跡部を見つめ返す。
自分が、何だろう。
ここで何故自分が出てくるのか、神尾にはよく判らない。
「…俺? 何かした?」
「ちらつくんだよ」
「………………」
言われて。
神尾は目を瞠った。
俺が、ちらつく。
「えと、…えっと…?」
「………………」
神尾は首を傾げる。
跡部は黙って見据えてくる。
自分がちらついて跡部が指を切る。
よく判らない。
「……えー…っと、…ごめん」
神尾が考えるより先にそう言うと、跡部が不機嫌な顔になった。
「謝れっつったか」
「や、言ってないけどさ…」
何かあまりいい意味ではないような。
そう思って神尾は困っているのだが、跡部は別にそれは悪かねえよと言ってきた。
悪くないのか、と面食らう神尾に跡部はとんでもない事を言ってきた。
「お前が四六時中頭ん中ちらつく」
「………………」
どこか憮然と吐き捨ててさえ、跡部の秀麗な面立ちは欠片も崩れない。
またカップに手をやってコーヒーを飲む跡部は、落ち着いているようでもあるのに、和んでいるのとは無縁な強い眼差しを長い睫毛で少しだけけぶらせて神尾に向けてくる。
何で恥ずかしくなってきたんだろうと、神尾は自分で自分の事が判らなくなり、うろうろと視線を彷徨わせてしまった。
「あ! そうだ、俺、絆創膏持ってる」
急に思い立って、神尾は鞄の中を探った。
いつでも持ち歩いている訳ではないけれど、学校帰りならば鞄に入れてあるのを思い出したのだ。
昼間切ったと言っていたけれど、別に今から貼っておいても損はないだろう。
跡部の事だからまさかこういうものまで高級品仕様なのかなあと思いながらも、神尾は極々普通の絆創膏を一枚取り出した。
切ったのは左手だから巻くのも簡単だろうと神尾は思って、はい、とそれを跡部に差し出すより先に。
跡部が左手を伸ばしてきた。
恐ろしく優美な仕草で伸ばされてきた手。
手の甲を上にして。
何だろう、このどこかで見たことのあるシチュエーションはと神尾は呆気にとられた。
跡部は唇の端を引き上げて笑う。
仕草といい、表情といい、王様というか、お姫様?と神尾は溜息をつく。
「……自分で出来るだろ」
一応言うだけは言ったが、跡部は素知らぬ顔だった。
手も差し伸べてきたままだ。
「………………」
ううう、と呻いた神尾は結局、絆創膏を包む薄紙を破いた。
この俺様めと内心で愚痴を言いつつ、神尾は跡部の左手をとった。
親指に絆創膏を巻いてやる。
人にする事に慣れていないから、慎重なぐらいに真面目に巻いていた所に、跡部がまた余計な事を言ってくる。
「そのうち本物、はめさせてやるよ」
「……は…?」
「薬指にな」
横柄に笑う。
でもそれが綺麗で、本当に綺麗で、神尾は絶句した。
お待たせしました、とギャルソンの声が割って入ってくるまで神尾はそのまま呆けていて。
色とりどりのカンパーニュサンドを並べられても、空腹はどこへやらだ。
あたためられたバケットの上でチョコレートがとけかける匂いが刺激したのは、神尾の麻痺した空腹ではなく、機嫌よく微笑む跡部に対しての、どうしようもない、どうしようもない甘い気持ちだ。
今日は薄曇りで、太陽は雲に隠れてしまっている。
明け方まで雨が降っていたから、むしろどんよりとした感じの天気なのに。
それなのに。
テラス席に座っている制服姿の跡部の髪は、透けるようにきらきらしている。
綺麗な顔をしている事は勿論知っているけれど、遠目に見ても、尚綺麗だ。
ぼんやりしていて、それでも跡部はきらきらとしている。
「………………」
今更ながらに、ちょっととんでもない存在感だよなあと思いながら、神尾は跡部に近づいていった。
神尾が声をかけるより先に跡部は気付いて、軽く顎で指し示すように、向かいの席を無言で促してくる。
横柄な態度の筈なのに、跡部がすると粗野な印象はまるでない。
オープンカフェは待ち合わせには便利だけど目立つよなあと内心ひるんだ神尾だったが、跡部といればどこにいたって目立つのだからと思い直して、向かいの席に座った。
すぐにオーダーをとりにきたギャルソンに神尾がアイスミルクを頼むと、跡部が滑らかな低音で、洋梨とチョコレートのカンパーニュサンドとリンゴとカマンベールのサンドと言った。
「え?」
「腹へってんだろうが」
そう言って跡部が口をつけたカップの中身は多分ブラックのコーヒーだ。
ふわりといい香りがした。
神尾は言われた言葉に、うん、と素直に頷いて。
下がった目線が、カップを持っていない跡部の左手に止まる。
テーブルの上にある跡部の手は、しっかりと骨を感じさせる強さはあるけれど、本当にびっくりするくらい指先までしなやかに整っている。
その手に。
「え。跡部、それどうしたんだ?」
利き腕ではない方だけれど、親指の第一関節脇に、随分と痛々しい切り傷がある。
深く切ったのだろう。
生々しいようなそれは、跡部の手にあるから、その傷ひとつがやけに目につく。
「昼間、書類で切った」
「え。跡部がか」
「俺がだよ」
「え」
跡部がカップをテーブルに置き、眉を顰めて神尾を見据えてくる。
「何だ、お前さっきから」
「え、だって、跡部?」
「俺が切っちゃ悪いのか」
悪くはないけどびっくりだ。
神尾は内心で思う。
そういう事を跡部はしないような気がするのだ。
ちょっとしたミスだとか、怪我だとか。
些細な不注意というものに、無縁の男のように思えてならない。
普通であればそんな奴いないと思う所だが、何せ跡部なのだ。
「……ど…したんだ? 何か、調子悪いとか…?」
神尾が思わず心配になって尋ねると、跡部は少し細めた目で、器用に神尾を見下ろして。
薄い溜息を零してきた。
「跡部?」
「お前がなあ…」
更に溜息の混ざった呟きに、神尾は恐る恐る跡部を見つめ返す。
自分が、何だろう。
ここで何故自分が出てくるのか、神尾にはよく判らない。
「…俺? 何かした?」
「ちらつくんだよ」
「………………」
言われて。
神尾は目を瞠った。
俺が、ちらつく。
「えと、…えっと…?」
「………………」
神尾は首を傾げる。
跡部は黙って見据えてくる。
自分がちらついて跡部が指を切る。
よく判らない。
「……えー…っと、…ごめん」
神尾が考えるより先にそう言うと、跡部が不機嫌な顔になった。
「謝れっつったか」
「や、言ってないけどさ…」
何かあまりいい意味ではないような。
そう思って神尾は困っているのだが、跡部は別にそれは悪かねえよと言ってきた。
悪くないのか、と面食らう神尾に跡部はとんでもない事を言ってきた。
「お前が四六時中頭ん中ちらつく」
「………………」
どこか憮然と吐き捨ててさえ、跡部の秀麗な面立ちは欠片も崩れない。
またカップに手をやってコーヒーを飲む跡部は、落ち着いているようでもあるのに、和んでいるのとは無縁な強い眼差しを長い睫毛で少しだけけぶらせて神尾に向けてくる。
何で恥ずかしくなってきたんだろうと、神尾は自分で自分の事が判らなくなり、うろうろと視線を彷徨わせてしまった。
「あ! そうだ、俺、絆創膏持ってる」
急に思い立って、神尾は鞄の中を探った。
いつでも持ち歩いている訳ではないけれど、学校帰りならば鞄に入れてあるのを思い出したのだ。
昼間切ったと言っていたけれど、別に今から貼っておいても損はないだろう。
跡部の事だからまさかこういうものまで高級品仕様なのかなあと思いながらも、神尾は極々普通の絆創膏を一枚取り出した。
切ったのは左手だから巻くのも簡単だろうと神尾は思って、はい、とそれを跡部に差し出すより先に。
跡部が左手を伸ばしてきた。
恐ろしく優美な仕草で伸ばされてきた手。
手の甲を上にして。
何だろう、このどこかで見たことのあるシチュエーションはと神尾は呆気にとられた。
跡部は唇の端を引き上げて笑う。
仕草といい、表情といい、王様というか、お姫様?と神尾は溜息をつく。
「……自分で出来るだろ」
一応言うだけは言ったが、跡部は素知らぬ顔だった。
手も差し伸べてきたままだ。
「………………」
ううう、と呻いた神尾は結局、絆創膏を包む薄紙を破いた。
この俺様めと内心で愚痴を言いつつ、神尾は跡部の左手をとった。
親指に絆創膏を巻いてやる。
人にする事に慣れていないから、慎重なぐらいに真面目に巻いていた所に、跡部がまた余計な事を言ってくる。
「そのうち本物、はめさせてやるよ」
「……は…?」
「薬指にな」
横柄に笑う。
でもそれが綺麗で、本当に綺麗で、神尾は絶句した。
お待たせしました、とギャルソンの声が割って入ってくるまで神尾はそのまま呆けていて。
色とりどりのカンパーニュサンドを並べられても、空腹はどこへやらだ。
あたためられたバケットの上でチョコレートがとけかける匂いが刺激したのは、神尾の麻痺した空腹ではなく、機嫌よく微笑む跡部に対しての、どうしようもない、どうしようもない甘い気持ちだ。
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