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How did you feel at your first kiss?
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 肌に若干の痛みを感じるくらいのきつい日差しを、宍戸は顰めた目で仰ぎ見た。
「どうしたの。宍戸?」
「あ?」
「そんな凶暴な顔して」
「悪かったな凶暴で。元々だっつの」
 おっとりと話しかけてきた滝を、宍戸は頭上を見た目そのままで見据えたが、滝は穏やかに笑って、冗談だってばと僅かに首を傾けた。
 肩からさらりと零れた長めの髪が、夏の光を小さく弾く。
 屋外にいると取り分けに目立つ滝の髪の目を向けて、宍戸は言った。
「きれいな髪だよなあ…」
 足を止め、手を伸ばし、指先に掬った滝の髪を見つめて宍戸が呟くと、宍戸に言われるとは思わなかったと滝は一層にこやかに笑った。
「どういう意味だよ」
「長い髪、綺麗だったから」
 今はもう短い宍戸の髪だけれど。
 ついこの間まではかなりの長さがあった。
「あれは傷んでただろ」
「そんなことなかったよ?」
「本人がそうだって言ってんだからそうなんだよ」
「謙遜するね」
「してねえよ」
 言葉を交わしながら二人で並んで歩いて、向かう先はテニスコートだ。
 レギュラー復帰をかけて宍戸は滝と戦い、滝の代わりに正レギュラーに返り咲いたのだが、不思議とお互いの間に軋轢は生まれなかった。
 全力でやって負けたんだから宍戸の方が強いって事だ、と滝は溜息のように言って、負けた悔しさを隠しはしなかったけれど、でも笑ってもいた。
 たおやかといった風情の滝だが、負けん気は強いのだ。
 それでいて達観した所もある。
 宍戸のレギュラー復帰に関して、準レギュラーを中心に一部で快く思われていないことは宍戸も知っていたが、宍戸と入れ替わる事になった当の滝が何も変わらずこうして宍戸の隣で笑っているので、結局宍戸に何か進言してくるような輩は出てこなかった。
「滝」
「なに?」
 言いたいことがあって呼びかけた訳ではなかったから、宍戸にはそれ以上言葉がない。
「……なんでもねー…」
「へんなの。宍戸」
「悪かったな…」
「暑いのにやられちゃった?」
「いかれてるみたいに言うんじゃねえよ」
「はいはい」
 宍戸の指先から、するりと滝の髪が零れていく。
 行こう、と歩き出した滝の少し後に宍戸はついていく。
 風が出てきた。
 背後から、背中を押すように。
「強いね、風」
 うなじに押さえつけるようにして、滝が髪に手をやりながら振り返ってくる。
 ああ、と宍戸は言いかけて。
 その時吹いた突風に、被っていたキャップを飛ばされた。
 勢いよく、高く、キャップは風に乗って。
 飛んで。
 その行方を目で追って。
「………………」
 短く舌打ちして宍戸が走り出そうとしたのを滝がやんわりと止める。
「大丈夫じゃない?」
 何が、と言いかけた宍戸を制して、滝がほっそりとした腕を持ち上げて、ほら、とすこし遠くを指さした。
 その先にあったのは、跳躍した長身のシルエットだ。
 風に舞い上がった宍戸のキャップに手を伸ばし、太陽を背負うようにして飛んだその存在感はひどく眩しかった。
 細めた眼で宍戸は見据える。
 長い腕で宍戸のキャップをキャッチしたその影は、顔など見えなくても誰なのかすぐに判った。
「宍戸さん」
 キャップを持って、前方から走り寄ってきた後輩に、宍戸はまだ眩しいように目を細めた。
「すごいね、鳳。あれ届いちゃうんだ」
「滝さん」
 お疲れ様です、と二人の上級生に頭を下げてから、鳳は滝に向かう。
「身長くらいしか取り柄ないんで。こういう時は頑張ります」
「またなに言ってるんだろうね、鳳は」
「だってあとは、ほら、あれでしょう? 俺の特徴って言ったら、ノーコンとか」
「そうだね。他にもノーコンとか、ノーコンとか」
「…滝さーん」
「情けない顔しない。鳳が自分で言ったんだろ?」
 屈託なく笑う滝が、なあ?と宍戸に話を振ってくる。
 何となくぼんやりしていた宍戸は、不意打ちの呼びかけに我にかえって、二人の視線を受け止めて。
 曖昧に言葉を濁した。
「宍戸さん。はい」
 風に飛ばされたキャップを受け止めた鳳が、それを宍戸にそっと差し出してきた。
「…サンキュ」
「いいえ。風、強いですね」
 鳳の、すこし癖のあるやわらかそうな髪が風に吹かれる。
 目元にかかる前髪を鳳はかきあげて、そのままうなじで後ろ髪を押さえつける。
 滝がしていたのと同じ仕草だな、と宍戸はまたぼんやりと考えた。
 鳳の手からキャップを受け取って、ツバを後ろにして被りなおすと、宍戸は少しだけ痛む胸を誤魔化すように走り出した。
「宍戸?」
「先行ってるな」
 滝が驚いたように呼びかけてきたのを、笑いかけ追い越して。
 鳳も僅かに目を瞠っている様を視界の隅にとらえる。
 ダブルスを組んでいた、鳳と、滝を、見ていると近頃宍戸は胸の内がざわざわと落ち着かない。
 宍戸はレギュラー復帰にあたって、滝を落としただけでなく、ダブルスのパートナーだった鳳までも取ったようなものだ。
 宍戸自身が選んで、決断した。
 そのことを悔いている訳ではなかったけれど。
 ある意味、状況が変わっても関係には変化のないような鳳と滝の間に宍戸は立てない。
 どことなく、似ているものを持っている二人の間に宍戸は立てない。
「………………」
 鳳とダブルスを組むことに。
 鳳のパートナーであるということに。
 臆したのではないのだ。
 宍戸があの場にいられない理由は、テニスには関係がなかったから。
「………………」
 宍戸は左の胸の上、制服のシャツを手のひらに握りしめる。
 気持ちは、そんな事では握りつぶせないと判っていたけれど。
 きつく、指先に力を込めるしか宍戸には出来ない。
 ここまで臆病になる自分が信じ難かった。
 好きになった相手が。
 優しい顔で、友人に微笑む姿が。
 それが何故、こんなにも胸を痛ませるのか。
「……らしくねえよなぁ……激ダサ…」
 ぽつんと漏れたつぶやきは。
 宍戸自身呆れるくらいに力なかった。



 突然先に行ってしまった宍戸に面食らいながらも、すぐに滝は鳳の異変に気づいてひっそりと苦笑いを浮かべた。
「……滝さん」
 力ない声。
 しょうがないなと滝は背の高い後輩を見上げて促してやる。
「なに?」
「俺、やっぱり高望みですかね…」
「なんのこと?」
 知っててしらばっくれるのやめてくださいよと鳳がますます肩を落とすのを、滝は流し見て。
 唇の笑みを苦いまま深めた。
「高望みでも何でも、好きになっちゃったんなら頑張るしかないんじゃないの?」
 別段滝は、この後輩の恋を高望みと思っている訳ではないのだけれど、当の本人はそう決めつけている節がある。
「頑張りますよ、勿論」
「鳳のそういう前向きなところ、すごくいいなと俺は思うけど?」
「はあ……ありがとうございます」
 気の抜けた声に、とうとう滝は噴き出してしまった。
「俺じゃなくて、宍戸がどう思ってるかが肝心、ってとこか」
「や、別に滝さんの意見がどうでもいい訳ではないですが」
「はいはい。でも実際は、宍戸の意見が知りたい鳳君?」
「……いじめるの止めて下さい」
 へこんでんですから、と広い肩をがっくりと落とす鳳に、悪いと思いながらも滝は笑いを零してしまう。
「コートの外ではまだいろいろ課題がありそうだね。確かに」
「俺……ガツガツしすぎてます…?」
 気をつけてるんですけど、どうも、と頭を抱え込む勢いの鳳の背中を軽く叩いて、滝は実は宍戸の本音もうっすら気づいているので言葉を選んで話す羽目になる。
 うっかり滝が、双方の心情を勝手に相手に漏らしてしまう訳にはいかないだろうと思うので。
「何だか今のも微妙に俺、逃げられた気がするんですけど……」
「確かに」
「滝さん…!」
「ごめんごめん」
 真顔で頭を抱え込んでいる鳳の背中を滝は軽く叩いて促した。
「ま、とにかく早く部活に行こうか」
 鳳も、宍戸も。
 かわいいね、と滝は内心で思い、そうして浮かべているその笑みこそが、何よりも甘く滝を縁取っていた。
「がんばろうね。鳳」
「滝さん?」
「色々と翻弄されちゃうのは鳳だけじゃないんだよってこと」
「え?」
 なかなかすぐにはうまくいかないことばかりだけれど。
 好きなひとがいる。
 だから頑張りたいのだ。
 それはきっと誰もが思うこと。
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