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How did you feel at your first kiss?
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 乾の両手が背後から海堂の腹部に回される。
「………………」
 乾の手のひらの下にあると、何だか自分の身体がひどく薄っぺらなものになったように錯覚する。
 海堂がそんな事を思って視線を乾の手に落としていると、乾がほっと安心したような吐息を零したのが気配で判った。
 この時の安心というのは、リラックスしたという意味ではなくて、安堵のそれだ。
「乾先輩?」
「……ん」
 嫌がられないでよかった、と耳元で低く告げられた言葉。
 海堂は呆れて溜息をつく。
 どういうレベルで安堵しているのだと思うのが半分。
 もう半分は、嫌がってはいないけれど、その後の提言に続いた。
「部室っすよ」
「だな。…ああ、もう誰もいないよ」
「見りゃ判るっす」
「鍵はかけたよ?」
「……かけりゃいいってもんじゃねえよ。……だいたい、いつかけたんですか」
 さっき、と幼い子供のような応えを口にして、乾は海堂の肩口に額を当ててくる。
 長身の、年上の男に。
 これは、甘えられているらしいと海堂は察して、今度は小さな溜息をつく。
 自分の腹部に回っている、大きな手の、甲の部分を極軽くはたく。
「どうして後ろからなんですか。先輩?」
「んー……悪あがき」
「何の」
「格好悪いのは、承知でやってます」
 でもちょっとだけでも悪あがきね、と乾は囁いた。
 低く響く大人びた声で子供っぽい事を言うアンバランスさ。
 相変わらず顔が見えない。
 海堂が不服に思っているのは伝わっていないようだ。
「………………」
 乾は時々、こんな風に、ひとり、へこたれる。
 落ち込んだり暗くなるのではなくて、そういう時は、やたらと海堂に懐いてくるのだ。
 構われたがるというか。
 内心、弟の行動と似てるなあと海堂は思いながら。
 その相手が乾であるので、ただお兄ちゃんでもいられない。
 これだけで察する事も出来ないので。
 口のうまくない海堂は、そのままでいるしかない。
 夏のさなかに酔狂な態勢だ。
「海堂」
「…はい?」
 乾が口をひらかないと、自分たちの会話は進展しない。
 こんな時でもそうかと思うと、海堂は少しおかしかった。
「例えば、目標を作るとするだろう?」
「…はあ」
「その目標とした所に、なかなか……というか、一向に辿り着けない場合だ。そういう時の忍耐の仕方というか、続け方というか。どうして俺のやり方はいつも100%で完成しないのかとか」
 乾の低い呟きは、尚も淡々と続く。
 海堂は生真面目に耳を傾けている反面、今更ながらに乾の胸元に閉じ込められているかのように背後から抱き締められている体勢の甘ったるさに面映ゆくなる。
 なめらかな低音は、泣き言すらも甘く響かせてきて、ふしぎなひとだと海堂は背後の男を思った。
 こんな風に、誰かにぐずぐず言われたら一喝して終わりにするのが海堂の常なのに、乾にこうされるとそれが出来なくなる。
 海堂はふと立ったまま背後の乾の胸元にもたれかかるようにした。
 乾の淀みなく続いていた言葉が、ふっつりと途切れる。
「……海堂?」
「あんた、目標高いからな…」
「ん…? まあ、高望しがちなところはある、かな?」
 海堂とかね、と。
 囁きと一緒に後頭部に唇を押し当てられた。
 言われた言葉にも仕草にも少し狼狽えて、海堂は、違うと首を振った。
「俺は関係ねえよ」
「あるよ」
 俺は一番真剣だ、とからかうでもない声音で言われてますます海堂は気恥かしくなる。
 振り切るように幾分荒っぽく海堂は言った。
「あんたのデータの話してんでしょうが…!」
「まあ、そうなんだけどな」
「完成するかしないかは結果の話じゃないんですか」
「…うん?」
「だから…100%で完成するかしないかより、目標が100%で作ってあるなら、俺はそれでいいと…」
 んん?と乾に伸しかかられるように背後から顔を覗きこまれる。
 海堂が、説明がうまくないことくらい誰よりも知っているのは乾なのだから。
 そういう促しは止めて欲しいと海堂は心底から思った。
「あー…なるほど…」
「……先輩?」
 そうかと思えば。
 目と目を合わせた途端これだ。
 乾は不器用で口下手の海堂の真意など容易く汲み取って。
「そうだよな…」
「………………」
「目標が最初から50%なら、どう頑張ったって80%の完成になる事はないけど」
「………………」
「目標が100%なら、その完成にはならないけど、80%で出来上がる事はあるよな」
 本当に容易く。
 汲み取って。
 言葉にしてくる。
 海堂は頭上の乾を流し見ながら呟いた。
「……最終的には、あんたはちゃんと、100%にしてくるっすよ」
「海堂にそんなこと言われたら何がなんでもそうしないとな」
 乾が薄く笑った。
 腕に少し力を入れてきて。
 海堂の背中は乾の胸元と密着する。
「先輩、」
 今度の接触は、どうもこれまでとは幾分意味合いが違う。
 海堂が戸惑って身体を捩ろうとしたものの、それは中途半端に叶わず。
「…っ……、……」
 僅かに捩れた反動を使って、乾が海堂の唇を盗んでくる。
 掠る程度の、キスだ。
「な、…っ……」
「復活しました」
「は?…ちょ、…どこ触…っ……」
 機嫌のいい艶っぽい笑みを耳元に零され、両腕での拘束が甘く狭まって、海堂がうろたえればうろたえるほど。
 乾は笑いを深めて、海堂と密着して。
「あっれー。なにいちゃいちゃしてんの? 二人して」
 突如飛び込んできた明るい声に、海堂は飛び上がり、乾は溜息をつく。
 バーン、と音をたてて部室の扉を開けて。
 夏の夕暮れの気配と共に、素早く侵入してきた菊丸は、ひょいと乾と海堂の前に現れる。
「あんた、鍵かけたって言ってなかったかっ?」
「……まさか今頃戻ってくる奴がいるとは…」
「忘れものだよん」
 指を二本立てて笑った菊丸は、乾の腕に囚われたままの海堂の頭を、軽くぽんぽんと叩いて。
「海堂」
「……っ……」
「乾に鍵かけたって言われても、信用しちゃダメだぞ!」
「な、……菊丸先輩…、……」
 菊丸の手つきは、何故かいつの間にか、いいこいいこと海堂の頭を撫でて。
「逃がしてあげるね。海堂」
「おい、英二……」
「知らなーい」
 乾の咎める声などお構いなしに、菊丸はあっさりと海堂を引っ張って。
 硬直している海堂を見つめて、なんかもう、いたいけすぎで俺心配、と言った。
 菊丸の言った言葉の意味が海堂にはよく判らなかったけれど。
「……どうしてお前はそうやって俺を虐げるんだ…」
「判ってて聞くからなー。乾は」
「大事にしてるよ。ちゃんと。見てればそれくらい判るだろう」
「えー。無体してるようにしか見えなかったけどー?」
「少しくらい甘えたっていいだろう!」
「気持ち悪いよ乾!」
 鬱々と溜息を吐き出す乾も、海堂には判らない。
 上級生二人のやり取りに、怪訝に立ち尽くすのが精一杯だ。
 痺れるような、熱の余韻。
 流れ込んできた外気に触発されたのか、今更ながらに。
 今の今まで乾に抱きこまれていた自身の身体に籠る熱を感じとって、海堂は極めて彼らしくないことに。
 じりじりと後ずさると荷物を掴んで、一言叫んで部室を飛び出た。
「お先失礼します…、っ」
 海堂の背後で聞こえてきた声は。
「やーい、逃げられたー」
 大笑いする菊丸の声と。
「お前のせいだろう! お前の!」
 全くもって普段の彼らしくもない、乾の声だった。
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