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How did you feel at your first kiss?
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 跡部の眠りはいつも比較的短い。
 寝付き自体あまり良い方ではないけれど、眠りは浅いという事はなく、ただ何時に眠っても五時間ばかりで必ず目が覚める。
 大抵はそうやって目が覚めた時にはそのまま起き出して一日を初めてしまう跡部なのだが、その日、明け方前に目覚めた跡部は珍しくももう少しこのまま眠ろうと考えた。
 跡部の胸元近くで華奢な肩を丸めるようにして神尾が寝ていたからだ。
 薄暗い室内、ベッドの上で、跡部は神尾の小さな丸い頭をぼんやりと見つめた。
「………………」
 跡部と違い、神尾はとにかくよく眠る。
 寝付きもいいし、夜中に起き出す事もしないし、朝は辛抱強く起こさないとなかなか起きてこない。
 とりわけ昨夜のように、眠りに落ちるギリギリまで跡部が加減なしに疲労困憊させてしまえば、もう生半可な事では目など覚まさないのだ。
 無意識に跡部の手が伸びて、神尾の髪を頭の形に撫でつけるように触れる。
 当然それくらいでは神尾は目を覚まさない。
 手のひらにあるさらさらと手触りのいい感触を感じ取りながら、跡部はそのまま閉じかけていた目を、ふと開けた。
「………………」
 思い立ったのはオリオン座流星群のことで、確かそれはここ数日がピークだった筈だ。
 それも明け方近くが一番よく見える。
 ならばちょうど今時分かと目線だけ窓の外へ向ける。
 冬物に替えたばかりのカーテンがしっかりと下りているので、外の様子は伺い知れない。
 しかし、部屋から直結しているテラスに出れば夜空を見上げるのも簡単な事だ。
 決断は一瞬。
 跡部は極力そっと起き上がってベッドから降りた。
 神尾は起きてこないと判ってはいても、身体が勝手にそう動いた。
 サイドテーブルに置いてある携帯を手にとって時間を確かめれば、一番良い頃合いと思われる。
 跡部はそのまま大きなガラス窓を押して開け、テラコッタの敷き詰めてあるテラスを歩いて行く。
 素足で歩くのはもう、涼しいというよりは寒々しいのに近い夜明け前だ。
 扉はきっちり閉めてきたから神尾が寒がることはないだろうと跡部は思い、その後ですぐ苦笑する。
 いつの間に、自分はいちいち何につけても神尾の事を基準に置くようになったのかと思ったからだ。
「………………」
 明け方前の東の空を見上げる。
 判りやすい並びのオリオン座はよく見える。
 跡部はテラスの柵に寄りかかるようにして頭上を仰ぎ見る。
 いきなり最初の一つ目の流れ星が夜空を撫でるようにすべり、一瞬で消えていく。
 その後も二つ目、三つ目、と流星を見つけて。
 朝になってこの話をしたら、おそらく神尾は盛大に拗ねるだろうと思い、跡部は唇にまた新たな苦笑を刻んだ。
 見せてやろうかとも思ったが、どうせ今跡部が起こしたところで神尾は起きっこない。
 それでも明日になって話を聞けば、自分も見たかったと、さぞかし拗ねて大変だろう。
 子供っぽい悪態を並べるのは想像に難くない。
「………………」
 こんな風に一人で星を見上げている間、考えていることが結局神尾のことだけだというのだから、跡部は自分がおかしかった。
 早くベッドに帰りたくなったのは寒さのせいでもないし、眠気がよみがえったからでもない。
 そこに神尾がいるからだ。
「………………」
 跡部は出てきた時と同じように、静かに室内へと戻った。
 ベッドに入る。
 寝そべる手前。
 跡部は中途半端な体勢で動きを止めた。
 神尾の目が開いている。
 跡部を、見ている。
 珍しいと思う反面、起こしてしまったかとも思い、跡部がそのまま神尾を抱き込んで眠りの続きに入ろうとしたのをとどめたのも神尾だった。
「………………」
 神尾の唇が動いた。
 読み取ろうと顔を近づけた跡部を見上げたまま、神尾は頼りない表情で、ぽつんと言った。
「……電話?」
「あ?」
 問い返しながらもその短い一言で神尾が言おうとした意味は全て悟った跡部だ。
 半ば寝ぼけているような相手を怒鳴りつけても仕方がないが、それでも跡部は短く舌打ちして、バァカ、と言った。
「かかってきてねえし、かけてもいねえよ」
「……そう…なのか…」
 ぼんやりとした声だったけれど神尾は返事をしてきた。
 当り前だろうがと跡部は少しきつく神尾を抱き込んだ。
「何時だと思ってんだ」
「……跡部、いないし」
 携帯、ないし、と神尾が跡部の胸元で小さく喋る。
 絡んでくるというより、途方にくれているような様子だ。
 何かを疑っているというより、戸惑っているような声だ。
 跡部は神尾の唇をキスで掠めた。
「何で目が覚めるんだかな。お前」
 普段の寝起きの悪さでは考えられない。
 でも今夜目覚めた理由が、一緒に寝ていた跡部がいない気配に気づいたからだというのなら上出来だと跡部は思った。
 機嫌の良い跡部の呟きを、しかし神尾は盛大に勘違いしているようで黙り込んでいるけれど。
 跡部からの抱擁でもキスでも声音でも、真意を察することも出来ない神尾に。
 さてどう判らせてやるかと、跡部は神尾を抱き込みながら思案する。
 仰ぎ見た夜空の流星群のように、幾つかの考えが跡部の思考を流れていくけれど。
「跡部」
 擦り寄るようにしてきた神尾の所作に、結局太刀打ちできるものなどなくて。
 もう一度改めて、跡部は神尾を抱き込み、口づけ、名前を囁き、そして話をする。

 証拠はオリオン座流星群だという話。
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