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How did you feel at your first kiss?
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 言葉が通じる。
 それが、乾が海堂に抱いた印象だ。
 もっと正確に言うと、言葉が通じて驚いたのは、通じないだろうと思う原因が、乾自身にあったからだ。
 乾の話は、何故か人に通じにくい。
 間違ってはいないけれど、判り辛いと言われるのが常だ。
 話の途中で、話しきる前にも関わらず、もう判ったと遮られてしまうこともよくあった。
 たくさん言葉を使わないと乾の言いたい事は表現できない。
 でもそういう言葉がいつも膨大すぎて、それをまともに全部受け止める相手というのは、あまりいない。
 もっと短く、もっと纏めて、つまり一言でいえば、などと要求されてそれに答えると、今度はどこからその結論が出たんだと首を傾げられてしまうのだ。
 考えの発起から結論に至るまで、乾の思考はいつもフル回転していて。
 だから経緯を全て省いて結論だけを口にすると、ひどく突飛な結論だと傍目には映るらしい。
 要するに、コミュニケーションがうまくないのだ。
 そういう自分自身を乾は理解していた。
 饒舌で、データ重視、人への興味もあるし、探究心もある。
 そんな乾をコミュニケーションが下手だと思う相手はそういない。
 しかし、誰よりも乾自身がそれを自覚していた。
 そして、そんな風に、見目では伝わり辛い乾と違って。
 人とのコミュニケーションを、判りやすく、不得手としていたのが海堂だ。
 海堂はあまり言葉を使わない。
 その実、感情はとても豊かだけれど。
 それをまるで表に出さないので人には全く伝わらないのだ。
 ところが、そんな海堂の心情が乾にはとてもよく判った。
 理由は判らない。
 ただ、海堂のちょっとした仕草や表情で、乾はそれを正確に汲む事が出来た。
 海堂は驚いていた。
 だが驚く海堂にこそ、乾は驚かされてもいた。
 海堂は一見短気なように見えて、実際はとても辛抱強かった。
 乾の回りくどいようなとりとめもない話も、全て黙って聞いていて。
 気難しい顔で、結局判らないなどと言いながら、乾が一番言いたかった事はきちんと受け止めていたりする。
 言葉が通じる。
 乾は初めて味わう感じを海堂で知る。
 海堂にしてみれば不本意であるような事、例えば注意や嗜めなどを乾が口にする時でも。
 海堂は乾の言葉に正しく耳を傾けた。
 いつだったか、どうしても乾が指示した以上の、多少ならばまだしも一種過酷すぎるような自主トレを繰り返す海堂に
対して、それまで敢えて黙認していたオーバーワークに対し、乾が戒めた事があった。
 何時間練習するかじゃない、何を、どのくらいしたのかが重要なんだと乾が告げると、海堂は目を瞠った後で、いっそあどけないくらいの表情で乾を見上げて。
 こくりと頷いた後からはもう、無茶な酷使をすることはなくなった。
 そういえば、乾が海堂に好きだと告げた時のリアクションも同じだったなと乾は思い出す。
「……なに、笑ってんですか」
「ん?」
 両腕で乾が自分の胸元に抱き込んでいた海堂が、何か不穏なものを感じたとでも言いたげに低く呟きながら目線を上げてくる。
 きつい眼差しと、それでいておとなしくされるがままでいる様子とのギャップが乾の手のひらを疼かせる。
 乾は海堂の背をその手のひらで軽く撫でながら声にしない笑いを喉で響かせた。
「頷いたのが、可愛かったなあと思ってさ」
「………いい加減そういうの思い出して笑うの止めてくれませんか。乾先輩」
「やだ」
 いつの、なんの、話かなんて。
 一言も口にしていないのに。
 お互いの考えが言葉でない形で流れ込んでいるかのように会話になってしまう。
 乾が子供じみた口調で返した短い返事に、海堂は呆れたような溜息を零すだけで。
 ちゃんと乾の腕の中におさまったままだ。
 乾が海堂の背中を撫でていた手で、今度は海堂の後ろ髪を撫でると、海堂の肌の感触がちょっとやわらかく甘くなって、乾の胸元に顔を伏せてくる。
 冬休みの間ほとんど会えなかったから、こんな風にお互いの距離が近いのが随分と久し振りで。
 始業式の後、乾がそのまま自分の家に連れ帰ってきた海堂を、部屋に入ってからずっと抱き込んで話をしている。
 会えないでいた間の出来事。
 話したい事もたくさんあるけれど、話さなくてもいいような気もして、とりとめもなく短く言葉を交わしながら乾は海堂を抱きしめている。
 海堂は乾に抱きしめられている。
「……ん? 海堂はなに笑ってんの」
「………笑ってませんよ。別に」
「笑ってるだろう明らかに」
 海堂は乾の胸元に顔を伏せているので、表情などはまるで窺い知れない。
 でも乾にはその気配が判ったし、海堂も否定はしないのだ。
「海堂ー…」
「…………、…や、…だって、あんた」
「何」
「やだ……って。なんだ、それ」
 海堂の肩が震えている。
 珍しく本気で笑っているらしい。
「なんだと言われても」
 嫌だから嫌だと言ったまでだと乾が告げると、あんたも可愛いんじゃないですか、と海堂は笑いの滲む声で返してくる。
「俺に聞くなよ。そもそも俺が可愛いってのはないだろう。それから海堂もそうやって思い出し笑いしてるじゃないか」
「はいはい」
「はいはいって何だ。はいはいって」
 顔は見えない。
 でも伝わる。
 抱きしめあって、近い距離で。
 どうでもいいような事ばかり口にしながら、不思議と胸の中に溜まっていくのは会えなかった時間分の恋情だ。
 足りなかったものが判る。
 欲しかったものが判る。
 キスがしたいなと思ったタイミングで海堂が顔を上げてきたので。
 乾は笑って、ありがたく、その唇を貰った。
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