How did you feel at your first kiss?
氷帝テニス部のレギュラー専用部室のソファでは、今日もジローが赤ん坊のような寝顔で、すかーっと眠っている。
「ジロー! お前、せめて着替えろよ!」
向日の手に肩を揺すられてもジローは何ら眠りを妨げられている様子はなく、すうすうと寝息を立てて丸まっている。
部活を終えて、一斉にメンバーが着替えを始めている中、ユニフォーム姿のまま寝入っているジローも、つい今しがたまでは起きていたのに。
ちょっと目を離した隙にいつものようにこんな状態だ。
「こいつさあ、実は魔女に呪いでもかけられてるんじゃねえの」
「眠り姫ならぬ、眠り王子って?」
向日の悪態に、忍足が笑って応えている。
「これだけ寝てる割には育たんしな」
「寝る子は育つって、あれ完全にデマだ。ガセだ」
「いっぱい試してみたんやなあ。岳人」
「てめ、…! 侑士、お気の毒さまーみたいな哀れっぽい顔すんじゃねえ!」
勇ましく怒鳴る向日と、淡々としつつも笑いを絶やさない忍足のやりとりはいつもの事だ。
日常そのままのテニス部の光景だ。
「うるせえなあ、外まで聞こえてるぞ、岳人」
部室の扉が開いて、最後の最後まで居残って練習をしていた宍戸が憮然とした顔で入ってくる。
宍戸の背後には鳳がいて、この二人はとにかく一番最初に部活にきて、一番最後までコートにいる。
それもまたいつものことだ。
「悪かったな! つーか、それでもまだ起きねえけどな、ジローは」
向日が宍戸に噛みつくようにして言い、宍戸はソファに視線を落として、ああ、と薄く笑った。
「ほんとだ。すげえな、こいつ」
ソファの背後に回り、宍戸は腰から上半身を僅かに屈めるようにしてジローの寝顔を見下ろした。
「………何やってんの。宍戸」
向日が、ぽかんとした顔で言った言葉に、周囲の視線も自然と宍戸に集まった。
宍戸はソファの裏側から僅かに身体を屈めてジローの髪を撫でている。
「…あ?」
視線に気づいた宍戸がジローから目線を上げて、何だよ、と僅かに怯んだように周囲を見回す。
宍戸といえば毒気のある言葉こそ吐かないが、口調は荒く、所作もさばさばと男っぽい。
とても今のように、寝ている友人の頭を撫でるような仕草をするタイプではないのだ。
それが今、眠るジローの頭を何度も撫でているのだから。
向日を始め周囲の人物こそ怯んでいる。
追い討ちをかけたのは宍戸が次に怒鳴ったこの言葉だ。
「長太郎はこれで起きるんだよ!」
レギュラー陣は引きまくった。
長太郎というのは、その、宍戸の背後で穏やかで人好きのする笑みを浮かべて立っている、長身の男前な後輩のことか。
判り切った事を確認したくなるのも無理ないだろうと、面々は臆面もなくそんな事を言い放った宍戸の、あっけらかんとした態度に対して断言したい気持ちでいっぱいになった。
てらいがない。
そんな当たり前のように言うなと思う面々の前で、名指しされた鳳が、顎の辺りに手をやって、僅かに首を傾け思案顔だ。
そうかと思うといきなり長い足でソファの前方に向かい、両腕で。
ひょい、と。
ジローを抱き上げた。
「な……っ、…」
何だ何だ、何なんだ、と面くらい絶叫するレギュラー陣を前にして。
鳳は暫く両腕でお姫様抱っこしたジローを見やり、その後溜息を吐きだした。
「うーん…駄目ですね…」
「駄目か」
「はい。宍戸さん。駄目です」
律儀に鳳に問いかけたのは宍戸で、二人で顔を見合わせ溜息などつきあっている。
周囲の人間のあからさまな視線に気づいたのか、鳳が顔を上げて真顔で言った。
「宍戸さんは、こうすると起きるんですけど」
抱っこされて目が覚めるとか。
それがまたお姫様抱っことか。
どういう二人だと、今更ながらに悩ましく脱力した忍足と向日を余所に、鳳は宍戸を見つめて、ねえ?と甘く同意を求めている。
特別な相手への恋愛感情を隠さない目をして、腕にはジロー。
鳳という男は判らないと忍足と向日は思わず互いの手と手を取り合ってしまう。
そもそも鳳といい宍戸といい、そんな甘ったるい起こし合い方をしているあたり似た者同士だ。
「日本人の奥ゆかしさとか、慎み深さっちゅーもんは、あいつらにはないんやろな…」
「全くだぜ侑士。これっぽっちも持ってねえぞ、あいつら」
忍足と向日が顔を合わせて言い合うのをよそに、鳳はそっとジローを元のソファに戻すと、先に着替えを始めた宍戸の隣で、この後の予定などを伺っていた。
「ねえ宍戸さん。俺、先週からサンドイッチメニューに、チーズサンドを新しく入れたお店見つけたんです。帰りに一緒に行きませんか」
「へえ。お前、そういうのよく知ってるよな」
「そうですか? でもこれは宍戸さんに言おうって、見た時思って」
「腹減ったしな。行くか」
「はい」
にこにこと笑っている鳳と、あくまでもさばさばしている宍戸に対して、忍足と向日は深い深い溜息をつくばかりだ。
「………ほえ…? ちーずさんど…?」
いきなり、むくっとジローがソファから上半身を起こす。
「おれもいくー!」
寝ぼけ眼の割に大声で言い放った言葉に、おののいたのは忍足と向日で。
おう、お前も行くか、と言った宍戸の言葉に鳳はきれいに彼の言葉を被せてきた。
「ジロー先輩、なんの夢みてるんですかねー。さ、行きましょう宍戸さん」
「え? あ、おい…ちょっと…。長太郎?」
お先に失礼しますと言った鳳は、しっかりと宍戸の手を握って鞄を肩にかけ、部室を出ていく。
半ば引きずられるようになっている宍戸は、僅かばかり戸惑いを見せつつも、結局しょうがないと言わんばかりの顔で鳳の後に続いた。
「…………ちーずさんど」
置いて行かれたジローはといえば、可哀想なくらいしょぼくれて。
忍足と向日は慌ててその両側に立った。
「わかったわかった。チーズサンドな? ジロー、食べて帰ろな。な?」
「そうそう。侑士が奢ってくれるって! よかったな、ジロー。な?」
「奢りとか言うてへんわ!」
思いっきり恨みがましい顔をする忍足に、向日は構わぬ顔で、ジローの手を引き、着替えを促している。
そんな向日の後ろに忍足はぴったりとくっついている。
「おい、岳人」
「侑士の分は俺が奢ってやるよ」
屈託のない笑顔に忍足は一瞬ぐっと黙り込んで。
思わず、といった風情で呟いていた。
「……そういう、可愛ええ顔すんなや」
「で、俺の分は侑士が奢れよな」
「結局二人分かい!」
部室の片隅。
どっちもこっちも本当に、と。
呆れかえって吐き出された日吉の呟きは、もはや誰の耳にも届かなかった。
「ジロー! お前、せめて着替えろよ!」
向日の手に肩を揺すられてもジローは何ら眠りを妨げられている様子はなく、すうすうと寝息を立てて丸まっている。
部活を終えて、一斉にメンバーが着替えを始めている中、ユニフォーム姿のまま寝入っているジローも、つい今しがたまでは起きていたのに。
ちょっと目を離した隙にいつものようにこんな状態だ。
「こいつさあ、実は魔女に呪いでもかけられてるんじゃねえの」
「眠り姫ならぬ、眠り王子って?」
向日の悪態に、忍足が笑って応えている。
「これだけ寝てる割には育たんしな」
「寝る子は育つって、あれ完全にデマだ。ガセだ」
「いっぱい試してみたんやなあ。岳人」
「てめ、…! 侑士、お気の毒さまーみたいな哀れっぽい顔すんじゃねえ!」
勇ましく怒鳴る向日と、淡々としつつも笑いを絶やさない忍足のやりとりはいつもの事だ。
日常そのままのテニス部の光景だ。
「うるせえなあ、外まで聞こえてるぞ、岳人」
部室の扉が開いて、最後の最後まで居残って練習をしていた宍戸が憮然とした顔で入ってくる。
宍戸の背後には鳳がいて、この二人はとにかく一番最初に部活にきて、一番最後までコートにいる。
それもまたいつものことだ。
「悪かったな! つーか、それでもまだ起きねえけどな、ジローは」
向日が宍戸に噛みつくようにして言い、宍戸はソファに視線を落として、ああ、と薄く笑った。
「ほんとだ。すげえな、こいつ」
ソファの背後に回り、宍戸は腰から上半身を僅かに屈めるようにしてジローの寝顔を見下ろした。
「………何やってんの。宍戸」
向日が、ぽかんとした顔で言った言葉に、周囲の視線も自然と宍戸に集まった。
宍戸はソファの裏側から僅かに身体を屈めてジローの髪を撫でている。
「…あ?」
視線に気づいた宍戸がジローから目線を上げて、何だよ、と僅かに怯んだように周囲を見回す。
宍戸といえば毒気のある言葉こそ吐かないが、口調は荒く、所作もさばさばと男っぽい。
とても今のように、寝ている友人の頭を撫でるような仕草をするタイプではないのだ。
それが今、眠るジローの頭を何度も撫でているのだから。
向日を始め周囲の人物こそ怯んでいる。
追い討ちをかけたのは宍戸が次に怒鳴ったこの言葉だ。
「長太郎はこれで起きるんだよ!」
レギュラー陣は引きまくった。
長太郎というのは、その、宍戸の背後で穏やかで人好きのする笑みを浮かべて立っている、長身の男前な後輩のことか。
判り切った事を確認したくなるのも無理ないだろうと、面々は臆面もなくそんな事を言い放った宍戸の、あっけらかんとした態度に対して断言したい気持ちでいっぱいになった。
てらいがない。
そんな当たり前のように言うなと思う面々の前で、名指しされた鳳が、顎の辺りに手をやって、僅かに首を傾け思案顔だ。
そうかと思うといきなり長い足でソファの前方に向かい、両腕で。
ひょい、と。
ジローを抱き上げた。
「な……っ、…」
何だ何だ、何なんだ、と面くらい絶叫するレギュラー陣を前にして。
鳳は暫く両腕でお姫様抱っこしたジローを見やり、その後溜息を吐きだした。
「うーん…駄目ですね…」
「駄目か」
「はい。宍戸さん。駄目です」
律儀に鳳に問いかけたのは宍戸で、二人で顔を見合わせ溜息などつきあっている。
周囲の人間のあからさまな視線に気づいたのか、鳳が顔を上げて真顔で言った。
「宍戸さんは、こうすると起きるんですけど」
抱っこされて目が覚めるとか。
それがまたお姫様抱っことか。
どういう二人だと、今更ながらに悩ましく脱力した忍足と向日を余所に、鳳は宍戸を見つめて、ねえ?と甘く同意を求めている。
特別な相手への恋愛感情を隠さない目をして、腕にはジロー。
鳳という男は判らないと忍足と向日は思わず互いの手と手を取り合ってしまう。
そもそも鳳といい宍戸といい、そんな甘ったるい起こし合い方をしているあたり似た者同士だ。
「日本人の奥ゆかしさとか、慎み深さっちゅーもんは、あいつらにはないんやろな…」
「全くだぜ侑士。これっぽっちも持ってねえぞ、あいつら」
忍足と向日が顔を合わせて言い合うのをよそに、鳳はそっとジローを元のソファに戻すと、先に着替えを始めた宍戸の隣で、この後の予定などを伺っていた。
「ねえ宍戸さん。俺、先週からサンドイッチメニューに、チーズサンドを新しく入れたお店見つけたんです。帰りに一緒に行きませんか」
「へえ。お前、そういうのよく知ってるよな」
「そうですか? でもこれは宍戸さんに言おうって、見た時思って」
「腹減ったしな。行くか」
「はい」
にこにこと笑っている鳳と、あくまでもさばさばしている宍戸に対して、忍足と向日は深い深い溜息をつくばかりだ。
「………ほえ…? ちーずさんど…?」
いきなり、むくっとジローがソファから上半身を起こす。
「おれもいくー!」
寝ぼけ眼の割に大声で言い放った言葉に、おののいたのは忍足と向日で。
おう、お前も行くか、と言った宍戸の言葉に鳳はきれいに彼の言葉を被せてきた。
「ジロー先輩、なんの夢みてるんですかねー。さ、行きましょう宍戸さん」
「え? あ、おい…ちょっと…。長太郎?」
お先に失礼しますと言った鳳は、しっかりと宍戸の手を握って鞄を肩にかけ、部室を出ていく。
半ば引きずられるようになっている宍戸は、僅かばかり戸惑いを見せつつも、結局しょうがないと言わんばかりの顔で鳳の後に続いた。
「…………ちーずさんど」
置いて行かれたジローはといえば、可哀想なくらいしょぼくれて。
忍足と向日は慌ててその両側に立った。
「わかったわかった。チーズサンドな? ジロー、食べて帰ろな。な?」
「そうそう。侑士が奢ってくれるって! よかったな、ジロー。な?」
「奢りとか言うてへんわ!」
思いっきり恨みがましい顔をする忍足に、向日は構わぬ顔で、ジローの手を引き、着替えを促している。
そんな向日の後ろに忍足はぴったりとくっついている。
「おい、岳人」
「侑士の分は俺が奢ってやるよ」
屈託のない笑顔に忍足は一瞬ぐっと黙り込んで。
思わず、といった風情で呟いていた。
「……そういう、可愛ええ顔すんなや」
「で、俺の分は侑士が奢れよな」
「結局二人分かい!」
部室の片隅。
どっちもこっちも本当に、と。
呆れかえって吐き出された日吉の呟きは、もはや誰の耳にも届かなかった。
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