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How did you feel at your first kiss?
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 宍戸は思わず居住いを正して床に座り直し、暫し沈黙した後、頭を下げた。
「あー………何つーか……すまん」
 ごめん、と続けてから、ちらりと目線を上げて。
 伺ったのは正面にいる鳳の様子だ。
「……長太郎?」
 宍戸が呼べば目と目が合う。
 ごめんと宍戸が再度口にすると、鳳は普段の彼らしくもない中途半端な態度で、はあ、とだけ呟き口を噤んでしまう。
 一度はかちあった視線がそのまま余所に流されてしまって、鳳の眼差しは宍戸を見ないまま複雑な色で淀んだ。
「………………」
 本気でまずったなと、宍戸は途方にくれる。
 はっきり言って、鳳が宍戸に対してこういうリアクションをとったことはこれまで一度もなかった。
 あまり言いたくないが、宍戸から見たところ、鳳はまるで、うんざりしているように、見える。
 宍戸に対して。
「………………」
 そんな事を思えば、うっかり傷つきそうになってしまって、宍戸は、これはもう、本気で、徹底的に、謝るしかないと悟った。
 ほんの少し前まで、宍戸は、この鳳の部屋から自分の家へと帰ろうとしていたのだけれど。
 もはやそれどころではない。
 掴んでいたバッグのショルダーから手を放し、きっちりと鳳の正面で、両腿に手をおいて、悪かったと頭を下げる。
 どこから、どう、言ったものかと。
 思案しながら、そもそも自分が謝るのも変な話なのだが、どうやら鳳は怒ってしまったので、ここは謝るしかないのだろうと、そんな風に色々。
 宍戸なりにきちんと考えているつもりで、実際にはまるで纏まらない思考で。
 やけっぱちになってはいないが、謝るというこの行為が、どことなく宍戸には理不尽な気はしている。
 何だこの状況はと首をかしげるのが半分。
 そして残りのもう半分は、これまでに見たことのない鳳の態度に内心びくついている自分を宍戸が自覚しているからだ。
 鳳の態度ひとつでこんなに落ち着かない気分になることを思い知らされて、宍戸は複雑な気分だった。
「………………」
 鳳は、いつもはやわらかな笑みを浮かべている唇を引き結んで、何だか遠い眼をして。
 宍戸を目の前にしているのに、明らかに何か別の事に気を取られている風情だ。
 再度上目にそんな鳳の様子を窺いながら、宍戸は元より言葉のうまくない自分自身を知っているからよけい、しどろもどろになる。
「長太郎…」
「……はあ…」
「………や、……ごめん…」
「…はあ」
「ええと…な……いや、俺は、そんなたいした事じゃねえって思…」
「はあ!?」
 鳳の発する相槌の言葉はどれも同じで、でも含む意味合いがまるで違う。
 最後のそれは鳳の唇から放たれたとはとても思えないような荒っぽさで、宍戸は、びくんと背筋を伸ばした。
 やばい。
 こいつ、怖ぇ。
 宍戸が頬を引きつらせていると、鳳が胡乱な眼差しで宍戸を直視してくるので、辺りの空気が張り詰める。
 日頃から、笑みにとろけるような優しい顔立ちの、王子様然とした鳳ばかり見てきているので、穏やかで従順な可愛い後輩である彼の変貌に宍戸はすっかりのまれてしまった。
「たいしたことない、ですか」
 眇めた眼元で見据えられ、鳳の零す溜息の荒さに、宍戸は明らかに自分の発言がよくなかったようだと思いながらも、その鳳に迫力負けして、つい泣き言を言ってしまう。
「……昨日が誕生日だったってだけだろうがよ…」
「だけ!?」
 うわあ、と宍戸は無意識に少し後ずさってしまった。
 物凄い勢いで、鳳が宍戸の言葉に噛みついてくる。
 やわらかな色の眼を宍戸がこれまで見たことのないような強さできつく引絞って、あんたねえ、と本当に珍しい荒れた口調で膝立ちに宍戸に詰め寄りながら、鳳は途中で口を噤んだ。
「………………」
「………………」
「……長太郎…?…」
 宍戸の戸惑いがちな呼びかけに、怖いくらいの無表情だった鳳は顔を背けて溜息を吐きだし、節くれ立ってもすんなりと長い指の片手を額に押し当て、座り込んでしまう。
 ひやりとしたのは宍戸だ。
 まだ宍戸に対して怒鳴るなり何なりしてくれればいい。
 でもこんな風に、中途半端に投げ捨てられると、不安が胸を巣食って落ち着かない。
 宍戸はぎこちなく手を伸ばす。
 鳳の頭に、そっと手をおいて、やわらかい髪を遠慮がちに撫でて。
 ごめんな?と囁くように告げると。
 鳳の腕が伸びてきた。
 腰を抱かれるようにして引き寄せられる。
 宍戸は膝立ちのまま、胸元にある鳳の頭上に唇を落とし、繰り返し告げた。
「…ごめん」
「……八つ当たりしてるのこっちなんですけど」
 謝らないでよと、いつもより子供っぽい言い方で鳳が呟いてくる。
 宍戸の胸元に顔を寄せる仕草は通常よりも幼いようで、しかし宍戸の背と腰を抱く手は大きく強かった。
「八つ当たりって、お前……」
「昨日が宍戸さんの誕生日だったこと、俺が知らないのは俺のせいでしょう?」
「いや、お前のせいってことねえだろ…」
 宍戸は本気で首をかしげてしまう。
 特に意味があって言ったわけではない一言で、ここまで鳳が怒ったり落ち込んだりする訳が、宍戸には正直、よく判らない。
 たまたま何の話の流れだったか、帰り際の宍戸が、昨日が誕生日だったことをもらした途端、鳳は激変したのだ。
 それまではいつもの通り、あまいやさしい笑みを浮かべていたのにだ。
「昨日が俺の誕生日だったら……何か、まずいか」
「まずいかって……宍戸さん。あなたねえ…」
「何でそれで、お前が落ち込んだり、怒ったり、するんだよ」
 本音で言えば、その程度のことで鳳からあんな態度をとられること自体が、宍戸には予想以上にこたえた。
 びくついた自分に気づかれたくない気持ちも確かにあったが、鳳の頭を抱き込む宍戸の腕からは、心細さが滲んでしまったようで、責めるつもりの言葉まで頼りなく揺れる。
「……アホ。…そんな事くらいで怒んな、ばか」
「そんな事じゃないから怒るのに……」
 しっかりと意見だけはしてきたものの、鳳は宍戸の口調に気づいてか、手のひらで宥めるように宍戸の背筋をゆっくりと撫でた。
 思わずぎゅっと鳳の頭を抱き込む腕に力を込めた宍戸の背中を、鳳はやわらかく幾度も擦り、ごめんなさい、と静かに囁いてくる。
「……さっきも言いましたけど、八つ当たりだからね…俺の。ごめんね、宍戸さん」
 哀しくならないでね、と低い声で告げられ、なるかと悪態をつく気にもなれない。
 実際なったのだから。
 どうしようもなく。
「八つ当たりの意味が判らねえよ…」
「ん…?……宍戸さんの誕生日、知らないで終わらせちゃった俺が馬鹿なんですけど。…でも、宍戸さんも、どうしてなんにも言ってくれなかったのっていう意味ですけど…」
「俺が? 何を?」
「いろいろ。……ねだるんでも、命令するんでも、甘えるんでも、いいじゃないですか。誕生日なんだから。俺に何かしろって、宍戸さんはこれっぽっちも思ってくれなかったのかなって。拗ねたんです」
「……拗ねたとか自分で言うなよ」
 思わず小さく噴き出してしまった宍戸は、先の鳳と同じことを思う。
 哀しくならないでいい。
 そんなことで。
「言いますよ。……あー…駄目だ、やっぱショックだ」
「………………」
 宍戸の胸元で、ぶつぶつと呟き、鳳はまた暗く沈んでいく。
 そんな鳳の髪を、宍戸はそっと手のひらで撫でた。
「来年」
「…はい?」
「じゃあ、来年は何かしてくれ」
「来年どころじゃないですから」
「……ん?」
「これからは、もうずっと」
「俺の誕生日?」
 宍戸は笑って問いかける。
 鳳が宍戸の胸元から顔を上げて。
 真っ直ぐな目で宍戸を見つめてくるので、鳳の唇に、宍戸は唇を重ねた。
 唇と唇が触れあった瞬間、ふわりと体内に熱が滲む。
「ずっとか……」
「…なんですか宍戸さんは。もう。そんなにきれいに笑って」
 悔しそうに笑ってみせる鳳に、相変わらず馬鹿な事を言うと思いながらも。
 そう言われて嬉しいのだと、伝われと。
 宍戸は願った。
 来年はと言った宍戸の言葉を容易く否定して、当たり前のようにこれからはもうずっとと鳳が言った事。
 嬉しいと、伝われと、口づける。
「……帰したく、ないな…」
 唇と唇の合間で、吐息に混ざって漏らされた鳳の言葉に。
「お前が俺を、帰そうなんて思ってたって事の方が驚きだ」
 この状態で、と宍戸が笑うと、鳳は少しばかり苦しそうに顔を歪めて、宍戸を身ぐるみ両腕で抱き込んで、引きずり込んで、床に組み敷いてくる。
「………降参」
 宍戸の耳元に鳳の呻き声。
「ま、当然」
 笑み交じりに当然だと返したのは、殆ど虚勢のようなものだ。
 だってもう、宍戸は知ってしまったから。
「長太郎」
「…はい?」
 呼びかけただけだと言うように、あとはもう何も告げず、宍戸は鳳の背中に手を回した。
 広く、固い背中を抱き込んで、つかまえていようと思う。
 これから、もう、ずっと。
 こうしてつかまえていよう。
 無くしたら辛い、怖い、哀しい。
 そんな背中を、でもこうして抱き込んでいれば。
 確かにはっきりとした幸せを、手に出来ると知ったので。
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