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How did you feel at your first kiss?
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 夏場の校舎は、場所によっては屋外のように暑かったり、木陰のようにひんやりとしていたりする。
 室内であるのに不思議とどこか森のような空間の集まりだ。
 廊下に沿ったガラス窓から差し込む夏の日差しの眩しさに、さながら渡り廊下は温室じみていると、そこを歩く宍戸は思った。
 温室ならばこの暑さも納得できるというものだ。
 思わず漏らした溜息にも、熱気がこもっているようだった。
 宍戸が自然と足早になっていた渡り廊下を抜けきって、ふと歩調を緩めた所で。
 人目を盗むようにして。
「宍戸さん」
 何だと尋ねるまでもない。
 誰だと確かめるまでもない。
 突然現れた相手に突然かけられた呼びかけでありながら、宍戸は少しも不審に思わなかった。
 だだ、本来は違う場所で待ち合わせをしている筈の相手が何故かここにいる事だけはすこし不思議だった。
「………………」
 扉が開いた教室は音楽室に隣接する楽器教材が多々置いてある音楽準備室だ。
 そこから姿を現した相手に、伸びてきた手に、宍戸はふわりと肩を抱かれる。
 そうやって宍戸をふいに抱き寄せたのは鳳だ。
 長い両腕で宍戸を囲う鳳に導かれるまま、宍戸は教室の中へと入り込む。
 驚きこそしなかったものの、面食らった宍戸は鳳のされるままだ。
 音楽準備室の中は適度に冷えていた。
「………長太郎…?」
 肩を包む大きな手のひら。
 教室の中では本格的に抱き込まれて、互いの距離が近くなる。
 宍戸がこめかみを押し当てている鳳の胸元は広かった。
「宍戸さん」
 ぎゅっと鳳の腕に力が入る。
 時折音楽教師から調音など頼まれているらしい鳳からするとここは慣れた部屋なのかもしれないが、宍戸には不慣れでどうも落ち着かない場所だ。
 いきなりこんな風に連れ込まれればそれは尚更の事。
 しかしこんな風に身ぐるみしっかり抱き締められてしまえば、宍戸の視界や意識を埋めるものは鳳の存在だけになる。
「なん、…だよ…?」
 近すぎる距離と、まるで自分を全て包み込むかのような鳳の身体の大きさに、宍戸はひっそりと戸惑う。
 抱き締められているのだと再認識させられる。
 あたたかい身体。
 かたい胸元と、大きな手のひら。
 抗えないのは逆らえないからではなくて、そうしたくないからか。
「長太郎……?」
 宍戸自身が驚くような細い声しか出てこない。
 鳳は何も言わないので、宍戸は腕を伸ばして鳳の背中辺りの制服を手に握りこんだ。
 咎めた訳ではなかったのだけれど。
「もう少し」
「………………」
 ね?と、そそのかす甘えるような声と一緒に、宍戸の髪に軽く押し当てられたのは多分鳳の唇だ。
 鳳は宍戸に対して従順なくらい優しいけれど、こういう時は絶対に引かない事も知っている。
 宍戸も別段この状況が嫌だった訳ではないので。
 鳳の言葉を否定しなかった。
「別に、いいけどよ…」
「じゃあ、少しじゃなくて、…たくさんがいいです」
「おいー……」
 また鳳の手に力が込められる。
 痛いとか、きついとかじゃなくて、丁寧に丁寧に執着されているような抱擁は、いっそ甘ったるくて眩暈がする。
 背筋が反って、すこし苦しい。
 でも、離れたくない、離されたくない、鳳はそんな不思議な抱き方をする。
「…どうしたんだよ、長太郎」
「いつもと違いますか?」
「や、………違わねえけど」
 今がすごくおかしな状況という訳ではない。
 鳳は時々こんな風に宍戸に接してくる。
 やさしく笑っているけれど、絶対に宍戸を逃がさない両腕で拘束して。
 丁重な手つきで触れてくるけれど、宍戸を全部奪い取る力の強さで。
「宍戸さん」
「………………」」
「おなか…すきました?」
「……別に」
 学年も違うし、いつもそうしているのではないのだが、たまに一緒に昼食の時間を過ごす。
 今日もそうだった。
 確か中庭で待ち合わせていたはずなのに。
 何故か今、自分たちは途中の教室の中で息をひそめている。
 確かに今しがたまで覚えていたはずの空腹感は、何だか今、胸に詰められた感情ですっかり薄れてしまった。
「あと少し」
「……たくさんじゃねえのかよ」
「あんまり我儘言うと」
「…怒りゃしねえよ」
 先手を打った宍戸に淡く苦笑いの気配を湛えて鳳が優しい声を出す。
「怒られるのはいいんですけど、嫌われるのは嫌だなって思って」
 そっと腕がほどけて、屈んできた鳳が宍戸の唇をキスでそっと掠る。
 額と額とを静かに合わせるようにして、目を閉じている鳳の睫毛は、至近距離で見るとびっくりするほど長い。
 目を開けていると可愛いのに。
 目を閉じている時の面立ちはその印象が真逆だ。
 ふと宍戸はそんなことを考える。
 こうして目を閉じていると、鳳の表情は、急激に大人びて見える。
 宍戸は目を開けたまま、自分から鳳の唇に口づける。
 一度目は軽く。
 二度目は長く。
 浅く、深く。
 キスをすると、鳳の手が、すくいあげるように宍戸の背と腰を抱く。
 委ねて安心できるくらい力強い手だ。
 塞ぎ返された鳳からの深い口付けに応えながら、宍戸は舌の触れあうあまい感触に力が抜けていく。
 離れたキスの合間で零れたお互いの吐息は、混ざって、小さく、とろけた。
 目を閉じた宍戸の目元に宛がった手のひらで、鳳は宍戸の前髪を後頭部へ撫でつけながら呟くようにして言った。
「目を開けているときれいなのに」
「………………」
「目を閉じてると、可愛い」
 頬に軽いキスで触れられる。
 鳳が言った事は、先程宍戸が思った事と正反対だ。
 手をつないで、指先が絡んで、お互いの距離は近くて、感触を追うのは唇で。
 足りなかったんだな、と気づいたのは、お互いある程度満ち足りてからだ。
 ほっと息をついて、ひとしきり絡ませたキスを終わらせる。
 終わらせる事が出来た。
「宍戸さん…」
「…、ん…」
 こういうことは、さすがに屋外では出来ない。
 だから鳳はここにいて。
 だから宍戸もここにいる。
「……やっぱ…腹減った」
 宍戸の呟きに、鳳は笑って、俺も、と頷いた。
「急いで行きましょうか」
 食堂まだ間に合いますね、と鳳が骨ばった手首にある腕時計の文字盤に目線を当てて囁いた。
 何となく。
 そう、何となくだ。
 つられて鳳の手首に目をやった宍戸は、鳳のその手をとって、指の中ほど、関節の上に唇を寄せる。
 鳳が息をのんだのは気配で伝わって、宍戸は唇をそこに寄せたまま、笑った上目で鳳を見やる。
 唸るとも溜息ともつかない鳳の複雑な吐息で、宍戸の胸の内は埋まるけれど。
「腹減った。長太郎」
 そこまでは埋まらない。
「判ってます。…邪魔してるの、宍戸さんでしょう」
 もう、と鳳が唇から心底呆れたような声を洩らすので。
 うっかり昼食を食べはぐる事になる前にと、宍戸は先に立って教室を出る。
 廊下に出ると、相変わらず渡り廊下は温室さながらの日当たりの良さで、でもそこから走りだして突っ切った中庭は、夏の外気に強い風が混ざって心地よかった。
 鳳は、突然走りだした宍戸の隣に、きちんと並んでいる。
 走って、二人で。
 それでも決して振り払われない抱擁の余韻は、夏の熱とは異なる熱で、互いを裡から焼いている。
 夏とか恋とかどれもが鮮やかで強いから。
 抗う気もなく存分に、さらされていたくて、どうしようもないだけだ。
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