How did you feel at your first kiss?
跡部の家は大金持ちだ。
だから例えば跡部の家で見たものの価格や、起こった出来事のスケールに、腰が抜けそうになると神尾が思った事も度々ある。
けれども、それより何より。
神尾を一番驚かせるのはいつも跡部自身だ。
「ほらよ」
「……ふ……わ…ー……」
「気の抜けるような声出すんじゃねえよ」
眉を顰めて毒づく跡部が、テーブルの上に置いたもの。
神尾の手の届く位置に置かれたカップからはコーヒーのいい香りがして、ふわふわのスチームがふちいっぱいまで注がれて、その上に描かれているのは薔薇の花だ。
「すっげー…! 何でこんなこと出来んの? 跡部」
「出来ねえわけねえだろ」
神尾の感動など気にも留めずに、跡部は再び水差しを手にもう一つのカップにミルクを注ぎ入れる。
ミルクの流れを微妙に操ってエスプレッソの上に注ぐことをフリープアというのは、今しがたテレビで言っていた事だ。
泡の上にまた、細いスティックで手際よくデザインを描いていく跡部を前に、神尾は再び大きく息を吐き出した。
たまたまだったのだ。
跡部の部屋で見ていたテレビでバリスタの世界選手権の映像が流されて、数々のラテアートに神尾がびっくりしたり感動したりしていたら、跡部が呆れたようにそんなに気に入ったのなら作ってやると言いだした。
キッチンに連れてこられて、そうしたら神尾の目の前で恐ろしいほど優雅な所作で跡部が用意した道具でカフェラテを淹れた。
「跡部って、ほんとなんでも出来んのなー」
「今更判り切ったこと言うな」
こういうの、よくやんの?と神尾が聞くと、馬鹿かと跡部は神尾を睨んできた。
「俺様が自分でわざわざ淹れるわけねえだろ」
「え。じゃあ今初めてやったのか?」
「お前がガキ並に感動してうるせえからな」
泣きボクロのある側から怜悧な流し目を寄こされて、思わず神尾はどぎまぎする。
「寄こせ」
「え?」
「こっちのが出来がいい」
カップを取り換えるよう促された神尾がテーブルに視線を落とすと、ロゼッタのラテアートが施されたカフェラテのカップを跡部は持って行き、代わりに滑らせてきた方を見つめた神尾は、ぽかんと口を開けた後、じわじわと顔を赤くした。
「ちょ、……これ…」
「いい出来だろ?」
神尾の向かい側の席についた跡部が、片肘をついた手のひらの上に頬を乗せ、にやりと唇で笑う。
跡部が淹れた二杯目のカフェラテには、片目が長い髪で覆われたデフォルメされた人の顔のイラストと、誕生日を祝う英文でのメッセージが描かれている。
今日は確かに、神尾の誕生日だ。
こういうのは、なんだか恥ずかしくて、擽ったくて、嬉しくて嬉しくて、どうしたらいいのか。
「飲めよ」
「…ぅー」
「何だよ」
跡部と向かい合いながら神尾は唸った。
「飲めねえよう…」
「猫舌だからな、お前」
「…そういうんじゃなくて」
「ガキはゆっくり飲めばいいだろ」
跡部は綺麗な指でカップを掴み、睫毛を伏せてカフェラテに口をつける。
口は悪いし、素っ気ないようであるのに。
そんな跡部の中には、むしろ神尾には太刀打ちできないような甘ったるい態度も潜んでいるのだ。
「………………」
もったいないっていう言葉の意味が目の前の男に通じるだろうか。
おずおずとカップに手を伸ばし、何だかもう気恥かしいような嬉しくてたまらないような、ふわふわとした気分でラテアートを見つめていた神尾は、ふと何かの気配に気づいて顔を上げた。
「なに、見てんだよう…」
気配を感じて当然だ。
ものすごい、見られている。
跡部に。
「見ちゃ悪いかよ」
別に悪くはない筈なのだけれど。
長い睫毛を軽く伏せられても尚、強く澄んだ眼の力は強くて、神尾はうまく説明出来ずにうろたえる。
「……なんか、落ち着かないんだよう」
「だから見ちゃ悪いのか」
「………だから、…だからさあ…悪いとかじゃなくてさあ…落ち着かないんだってば…」
「うるせえ。知るか」
睨むような目をして跡部は立ち上がり、ガラスの天板に手をついて。
近付いてきて。
神尾の唇を掠ってくる。
ほろ苦いような香りと一緒に、やわらかなキスが一瞬。
「…、…ん」
神尾の目前まで迫っていたきつい目付きからするとびっくりしてしまうくらい丁寧に。
跡部の指先は神尾の頬を支え、そこがじわりと神尾は熱くなる。
「慣れねえのな。お前は」
「………慣れるわけないだろ…っ…」
目を閉じたまま泣き言混じりに神尾が怒鳴ると、跡部は笑い出して、神尾の頬を支えたままこめかみにも唇を落としてきて。
さらさらと神尾の肌に触れた感触は、跡部の髪だ。
「なあ」
「…………に…?…」
「飽きんなよ」
「……は…?」
神尾は思わず目を開けた。
「…ま、ちっとも慣れねえくらいだから、そっちの心配はまだいいか」
「跡部ぇ…?」
ひとりごちる跡部の言葉が、全くもって神尾には理解不能だった。
慣れろとか、飽きるなとか、跡部の言う事は本当にもう、めちゃくちゃだ。
「おら、いい加減冷めたぜ。お子様向けだ」
跡部が唇に笑みを浮かべたままそっと神尾から離れていく。
目線で促されたカフェラテに救いを求めるように、神尾はキスを引きずる唇で、熱いままの頬で。
半分涙目に。
今日の為のメッセージを飲み干した。
だから例えば跡部の家で見たものの価格や、起こった出来事のスケールに、腰が抜けそうになると神尾が思った事も度々ある。
けれども、それより何より。
神尾を一番驚かせるのはいつも跡部自身だ。
「ほらよ」
「……ふ……わ…ー……」
「気の抜けるような声出すんじゃねえよ」
眉を顰めて毒づく跡部が、テーブルの上に置いたもの。
神尾の手の届く位置に置かれたカップからはコーヒーのいい香りがして、ふわふわのスチームがふちいっぱいまで注がれて、その上に描かれているのは薔薇の花だ。
「すっげー…! 何でこんなこと出来んの? 跡部」
「出来ねえわけねえだろ」
神尾の感動など気にも留めずに、跡部は再び水差しを手にもう一つのカップにミルクを注ぎ入れる。
ミルクの流れを微妙に操ってエスプレッソの上に注ぐことをフリープアというのは、今しがたテレビで言っていた事だ。
泡の上にまた、細いスティックで手際よくデザインを描いていく跡部を前に、神尾は再び大きく息を吐き出した。
たまたまだったのだ。
跡部の部屋で見ていたテレビでバリスタの世界選手権の映像が流されて、数々のラテアートに神尾がびっくりしたり感動したりしていたら、跡部が呆れたようにそんなに気に入ったのなら作ってやると言いだした。
キッチンに連れてこられて、そうしたら神尾の目の前で恐ろしいほど優雅な所作で跡部が用意した道具でカフェラテを淹れた。
「跡部って、ほんとなんでも出来んのなー」
「今更判り切ったこと言うな」
こういうの、よくやんの?と神尾が聞くと、馬鹿かと跡部は神尾を睨んできた。
「俺様が自分でわざわざ淹れるわけねえだろ」
「え。じゃあ今初めてやったのか?」
「お前がガキ並に感動してうるせえからな」
泣きボクロのある側から怜悧な流し目を寄こされて、思わず神尾はどぎまぎする。
「寄こせ」
「え?」
「こっちのが出来がいい」
カップを取り換えるよう促された神尾がテーブルに視線を落とすと、ロゼッタのラテアートが施されたカフェラテのカップを跡部は持って行き、代わりに滑らせてきた方を見つめた神尾は、ぽかんと口を開けた後、じわじわと顔を赤くした。
「ちょ、……これ…」
「いい出来だろ?」
神尾の向かい側の席についた跡部が、片肘をついた手のひらの上に頬を乗せ、にやりと唇で笑う。
跡部が淹れた二杯目のカフェラテには、片目が長い髪で覆われたデフォルメされた人の顔のイラストと、誕生日を祝う英文でのメッセージが描かれている。
今日は確かに、神尾の誕生日だ。
こういうのは、なんだか恥ずかしくて、擽ったくて、嬉しくて嬉しくて、どうしたらいいのか。
「飲めよ」
「…ぅー」
「何だよ」
跡部と向かい合いながら神尾は唸った。
「飲めねえよう…」
「猫舌だからな、お前」
「…そういうんじゃなくて」
「ガキはゆっくり飲めばいいだろ」
跡部は綺麗な指でカップを掴み、睫毛を伏せてカフェラテに口をつける。
口は悪いし、素っ気ないようであるのに。
そんな跡部の中には、むしろ神尾には太刀打ちできないような甘ったるい態度も潜んでいるのだ。
「………………」
もったいないっていう言葉の意味が目の前の男に通じるだろうか。
おずおずとカップに手を伸ばし、何だかもう気恥かしいような嬉しくてたまらないような、ふわふわとした気分でラテアートを見つめていた神尾は、ふと何かの気配に気づいて顔を上げた。
「なに、見てんだよう…」
気配を感じて当然だ。
ものすごい、見られている。
跡部に。
「見ちゃ悪いかよ」
別に悪くはない筈なのだけれど。
長い睫毛を軽く伏せられても尚、強く澄んだ眼の力は強くて、神尾はうまく説明出来ずにうろたえる。
「……なんか、落ち着かないんだよう」
「だから見ちゃ悪いのか」
「………だから、…だからさあ…悪いとかじゃなくてさあ…落ち着かないんだってば…」
「うるせえ。知るか」
睨むような目をして跡部は立ち上がり、ガラスの天板に手をついて。
近付いてきて。
神尾の唇を掠ってくる。
ほろ苦いような香りと一緒に、やわらかなキスが一瞬。
「…、…ん」
神尾の目前まで迫っていたきつい目付きからするとびっくりしてしまうくらい丁寧に。
跡部の指先は神尾の頬を支え、そこがじわりと神尾は熱くなる。
「慣れねえのな。お前は」
「………慣れるわけないだろ…っ…」
目を閉じたまま泣き言混じりに神尾が怒鳴ると、跡部は笑い出して、神尾の頬を支えたままこめかみにも唇を落としてきて。
さらさらと神尾の肌に触れた感触は、跡部の髪だ。
「なあ」
「…………に…?…」
「飽きんなよ」
「……は…?」
神尾は思わず目を開けた。
「…ま、ちっとも慣れねえくらいだから、そっちの心配はまだいいか」
「跡部ぇ…?」
ひとりごちる跡部の言葉が、全くもって神尾には理解不能だった。
慣れろとか、飽きるなとか、跡部の言う事は本当にもう、めちゃくちゃだ。
「おら、いい加減冷めたぜ。お子様向けだ」
跡部が唇に笑みを浮かべたままそっと神尾から離れていく。
目線で促されたカフェラテに救いを求めるように、神尾はキスを引きずる唇で、熱いままの頬で。
半分涙目に。
今日の為のメッセージを飲み干した。
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